● はじめに
中国農業の歴史,現状や課題に関する著述は多いが,中国農業の環境パフォーマンスの状況と課題を簡潔にまとめた著述が少ない。その1つとして,下記がある。
本書は,OECD貿易・農業局エコノミストの木村伸吾(OECD以前は農林水産省に在籍)と,Guillaume Gruéreの両氏が中心になって執筆したものである。その「第2章 中国の食料および農業の状況の概要」を中心にして,中国の農業とその環境パフォーマンスの現状と課題を紹介する。
● 中国農村の土地請負制度
中国における農地の所有権や農業経営権が現在どうなっているのか。中国農業に疎い者には,人民公社以降,現在どうなっているのかに不案内な者が少なくないであろう。OECD (2018)の記述に,下記の資料から補完して,概略をごく簡単にまとめておく。
河原昌一郎 (2017) 第2章中国農村の土地制度と土地流動化.農林水産政策研究所プロジェクト研究[主要国農業戦略横断・総合]研究資料第4号.26pp.
人民公社の時代には,人民公社が農地の所有権を有して統一経営を実行し,農具,役畜等の生産資材も人民公社が保有していた。しかし,1978年に改革開放政策が開始され,人民公社が順次解体されて,最終的には1985年に全てが解体された。これにともなって,村に村民委員会とその下部に村民小組が設置され,土地は村レベルまたは農民小組の農民集団有となっている。そして,人民公社による統一経営が否定され,個々の農家を農業の経営単位とする農家請負経営が実施されている。人民公社時代には農具や農業機械は人民公社の所有物であったが,人民公社の解体後は,農家への配分が困難な一部の大型機械等を除き,原則として農家に分配されることとなった。
河原昌一郎 (2017) が指摘しているが,個人として「土地を請け負う権利」は,農村集団経済組織の成員であるという身分から生じる一種の身分権であり,他に譲渡できない。その一方で,請負方が貸し手側の同意を得れば,「農家が土地請負経営を行う権利」を他者の請負方に譲渡することは可能で,自分では事情があって農業経営を行えないような場合に,他者に農業経営を依頼するということは可能となっている。最近になって,土地請負経営権の流動化が政策的にも推進されるようになっているが,その流動化の対象とする権利は,この「農家が土地請負経営を行う権利」なのである。
しかし,暫く前には,請負農地の流動化が可能であることを口実として農民の意向に反して請負農地の変更等を行うケースや,村収入増加のために土地流動化を利用したり,ある村では広大の農地を長期にわたり企業にリースして農民の利益を害したり,またある村では土地流動化を名目として土地の用途を変更してしまうことなどが行なわれた。こうした事態に対処して,中国共産党中央は2001年12月30日付けで「農家請負地使用権の流動化作業を適正に実施することに関する通知」を出して,土地流動化の適正化を図っている。
●中国農業の問題点の概要
中国農業の問題点の概要をOECD (2018)から摘出しておく。
- 中国は,主要穀物の自給を目的にして,自然資源を犠牲にして農業生産を顕著に拡大してきている。土地と水資源の最大の使用者である農業は,化学資材を集約的に使用して,土壌劣化や水汚染を引き起こし,生物多様性を損ないながら,生産を拡大してきた。特に集約的灌漑がなされている地域や水資源が乏しい地域では,水資源が持続可能な使用の限界に達してしまった。集約的家畜生産の発展によって,特に水質については深刻な環境負荷が生み出された。気候変動が,気温上昇,病害虫の蔓延や,より頻繁で程度のひどい旱魃や洪水によって,農業生産に影響すると予想されている。土地や水の他の利用者との競争強化も食料・農業セクターの将来に影響しよう。
- 急速な工業化によって都市と農村で大きな所得格差が生じている。中国では農業がまだ雇用の30%近くを占めているが,GDPの10%未満しか産出しておらず,労働生産性が他の経済部門よりもかなり低く,農業の生産性向上が重要課題となっている。
- 高度経済成長期の日本と同様に,所得向上にともなう食生活の変化が,農業を家畜生産,果実や野菜にシフトさせる大きな駆動力となっている。これらの作目は既に,生産額の点で他の作目を凌駕している。狭隘な経営規模で農地集約的な穀物生産を行うことは相対的に有利ではなく,穀物生産推進政策が,より付加価値の高い生産に向けた構造変化を妨げている。中国農業をさらに発展させるには,資本と知識を集約させた付加価値の高い農業生産物の生産が必要である。
- 労働賃金の上昇や農村人口の急速な高齢化から,農業生産をより生産性の高い,より少数の農場に集中させることが必要である。非常に小規模で圃場の錯綜した農場を,より規模の大きな経営単位に統合することが,中国において生産性向上を図る上で最も重要な課題の1つである。
- 小規模かつ圃場の錯綜した農場構造の小規模農業者は,投入物使用に関する知識が不十分なために,化学投入物使用が非効率的になりやすい。
- 小規模農業者は農外雇用に兼業従事するのが一般的であり,兼業時間を増やすために,化学資材の使用量を増やしているケースが多くなっている。
- 小規模家族農場がまだ優占しているが,大規模家族農場,協同農場,アグリビジネス企業の運営する農場などの「新スタイル」農場が,数はまだ少ないが増えてきて,重要性を増してきている。労働コストの上昇から,農業機械化を助長し,これによって労働投入量を節約し,農場サイズを拡大したり農外活動に従事したりすることが可能になる。
- 2014年に中国の戸籍制度に,国家単一住民登録システムが導入された。それにもかかわらず,農村地域で登録した世帯に対しては,都市地域で社会保障や教育システムを受けることを禁止している。中国は,医療保険,農村住民のための年金や公教育を改善しているものの,都市住民と農村住民の間に社会保障システムにアクセスする権利に不平等がある。社会サービスへのもっと均等なアクセスを担保すれば,農村住民の都市地域への移住が容易になり,高齢農業者が農業資源を効率的で生産的な農業者に移転することが可能になろう。これによって農場の経営規模拡大が促進され,都市住民と農村住民との間に存在する大きな所得格差が低減し,農業における生産性を向上させることになろう。
●化学肥料と農薬の使用実態
中国では1978年に改革開放政策が開始され,村の土地が農村の全ての家庭に再配分され,1985年で,世帯当たりの平均経営農地は0.7 haとなった。その後,農場の平均規模は2000年に0.55haに徐々に低下したが, その後,農業を止めた農村世帯数が増加したために,2013年には0.78 haに増えたと試算されている。このように,中国農業では小規模家族農場が優占する結果となっている。
こうした小規模経営体は,所得がある程度増えれば,化学肥料と農薬を多投して単収を飛躍的に向上させて,所得のさらなる向上を図ることが世界共通である。
1戸当たりの経営農地面積が中国と同様に狭隘な日本と韓国を含む東アジア3カ国における,耕地+永年作物(茶樹や果樹など)面積当たりの化学肥料窒素の総消費量の推移を図1に示す。参考に,多肥国として有名なオランダでの推移を示しておく。図1の統計は1961年からだが,この頃には化学肥料窒素の消費量が,最も多かったのは,農業所得が高くて,資材購入力の高い日本,次いで韓国であり,改革開放前の中国では農業所得が低く,肥料投入量も極めて少なかった。その後,中国では農業所得の向上とともに,窒素使用量は,ヘクタール当たり1986年の105 kgから2013年には288 kgに174%増加し,化学肥料窒素の消費量を急速に増やし,日本や韓国を超えている。
因みにオランダは,狭い国土で穀物生産に力を注ぐことは経済効率が悪いとして,面積当たりの集積の高い施設での野菜や花きの生産,集約草地と輸入濃厚飼料を組み合わせた集約的家畜生産などを中心とする農業を行なって,化学肥料窒素を多投した。その結果,農業に起因した環境汚染が深刻となって,1985年頃から農業環境保全を条件にした農業支払が開始され,それが徐々に強化されて,化学肥料窒素の投入が激減してきている。
因みに,余剰窒素の環境負荷を問題にする際には,化学肥料窒素だけでなく,家畜から排泄された糞尿窒素も考慮しなければならない。その点は環境保全型農業レポート「No.331 OECDが農業環境指標DBを2014年分まで追加」を参照されたい。
農薬についても,東アジア3か国とオランダにおける耕地+永年作物面積当たりの農薬有効成分の使用量(kg/ha)を図2に示す。一般に作物病害虫の出現は温暖な気候下で多いので,オランダよりも東アジア3か国のほうが農薬使用量が多い。農薬使用量のデータは1990年からしかないが,この頃,農家所得が高かった日本で農薬使用量が最も多かった。その後,中国では年々使用量が増加し,2009年以降は,東アジアで断然最多の使用量となっている。
中国のha当たりの農薬使用量は,1991-2012年に5.8 kgから14.6 kgに135%増加した。これと対照的に,OECD国の平均農薬使用量は同じ期間に18%増加し,2008年以降,減少傾向を示している。中国は,毒性や残留性の強い農薬の段階的排除や禁止によって,農薬の安全性を向上させたものの,ha当たりの農薬使用量では世界平均の2倍のままである。
●土壌の質
中国は,工業および農業由来の汚染物質の両者による深刻な土壌汚染に直面している。なかでも,工業からの排水,排ガスや固形廃棄物残渣からの重金属汚染による土壌汚染が,特に工場,鉱山や集約農業の隣接地で高い。「第1回国家土壌汚染状況調査2005年4月-2013年2月期」によると,調査した場所の16%が土壌汚染を被っており,この率は耕地でもっと高く20%であった。汚染物質は,特にカドミウム,水銀,ヒ素,銅,鉛,亜鉛とニッケルといった重金属であった。
いくつかの研究から,土壌汚染と農産物の安全性や品質との関連性が証明されている。例えば,1999-2009年に実施された調査から,主たるコメ生産省の多くで,生産されたコメにかなりの重金属汚染が認められている。
●水質
農業,工業および生活による表流水や地下水の汚染が,多くの地域で深刻になり続けており,水質問題がいろいろなタイプの水不足の引き金をひき,飲料水供給のみならず,農業や環境に対するリスクを高めている。特に水使用量と汚染の増加によって,灌漑農業の今後の生産力や食料の安全性が懸念されている。
中国の環境保護を担当している部局によると,地下水汚染は2011年以降悪化した。水資源を担当している部局による2016年の調査で,試験した地下井戸水の80%が飲料や農業使用に不適切であった。家畜生産の急速な増加が主汚染源で,水路が,年間生成される40億トンの家畜糞尿でますます汚染されている。農薬と肥料の非効率的な使用と,ダイズ,トウモロコシや他の飼料作物の集約的な単作によって,農薬と肥料,工業による汚染に次ぐ2番目に顕著な汚染源となっている。
また,多数の湖沼や貯水池で富栄養化が問題であり,「中国環境広報」によると,重要な湖沼や貯水池の25%から56%が2006-14年の調査の結果,何らかの富栄養化の状態にあったと報告された。こうした状態は,農地からの表面流去水で生ずることが多い。
●化学肥料と農薬の年間使用量増加を2020年までにゼロにする法律の制定
化学肥料と農薬に加えて,家畜糞尿などの農業廃棄物に起因した非特定汚染の防止が中国で重視され,非特定汚染の防止が法律で強く規制されるようになっている。この点については,中国のJinらがより具体的に記述している下記資料によって概要を紹介する。
1.法律制定の経緯
中国共産党中央委員会が農業由来の非特定汚染の防止を重視し,2014年4月に「改正環境保護法」が公布された。改正した法律は,農業による非特定汚染に対する注意を高め,条文に,農業汚染モニタリングと早期警戒、化学肥料や農薬汚染の防止,並びに家畜による汚染防止に関する条項を追加した。
この改正環境保護法の公布を受けて,農業農村部が2015年2月に「2020年までに化学肥料使用量のゼロ増加を達成する法律」と「2020年までに農薬使用量のゼロ増加を達成する法律」を導入した。
2015年4月に国務院(注:最高国家権力機関である全国人民代表大会および全国人民代表大会常務委員会の執行機関であり,最高国家行政機関である)によって「水汚染防止行動プラン」が公布され,農業による非特定汚染防止のための国のプランを施行することが要求された。このプランで,2020年までに土壌診断や施肥設計のカバー率は90%を超え,主要作物に対する化学肥料の利用率は40%を超え,主要作物に対する農薬の利用率は40%を超えなければならないことが提案された。また,プランは,北京,天津,河北,揚子江や珠江流域は,これらのターゲットを1年は早めて達成すべきとされた。
2015年5月に農業農村部,国家発展改革委員会,科学技術部を含む,8つの省名で「農業持続可能発展プログラム」(2015-2030)が共同提案され,農業の持続可能な発展の一般的要件,課題やキーとなる地域を明確に定義した。プログラムは,土壌診断と施肥設計,改良施肥方法の使用,有機質肥料,バイオ肥料や緑肥の使用を奨励している。2020年までに土壌診断と施肥設計のカバー率を対象面積の90%超とし,土壌診断とそれに基づいた施肥設計を用いずに,「かん」に頼ったいい加減な施肥を極力止める一方,次が指示されていると推定される。すなわち,多肥を要する野菜への施肥を確保するために,政府が従来から生産の中核にしている穀物などの主要作物に対する化学肥料の施用を農業者が大幅に減らして減収するのを防止するために,主要作物に対する施用面積率が40%を超えるようにしつつ,化学肥料の総使用量の増加をゼロにすることを規定したと推定される。さらに効率的,低毒性,低残留性で,バイオ農薬や進歩した散布機械の使用を助長し,病害虫防除の統一されたグリーンな方法を普及し,2020年までに国家統一病害虫防除方法のカバー率を40%にし,農薬使用量増加をゼロにすることを規定した。
2015年9月に中国共産党中央委員会と国務院によって公布された「生態学的発展促進のための総合的改革プラン」は,農村環境に対する様々な管理システムを支援する方策や政府の調達サービスの仕方を摘出し,市場ベースの事業体が発展することが,農村における非特定汚染および固形廃棄物や液状廃棄物の防止に発展しようと期待も示した。
2.2020年までに化学肥料と農薬の使用量のゼロ増加を達成する法律の内容
(A) 化学肥料のゼロ増加
- 「2020年までに化学肥料使用量のゼロ増加を達成する法律」は,化学肥料使用量の年間増加率を2015年から2019年は1%未満に抑制し,2020年までには主要作物への化学肥料使用量のゼロ成長を実現することを目標にしている。
- 各地域,各作物について,土壌条件や作物単収可能性別に,単位面積当たりの施肥上限を設定し,適当な“めくら施肥”をできるだけなくす。
- 肥料の窒素,リンおよびカリウムの比率を,最適化させる。
- 土壌診断や配合肥料も一般化させ,施肥方法も,伝統的な表面散布や噴霧に替わって深層施肥なども導入し,化学肥料の一部を有機肥料に置き換える。
- 大規模穀物農場,家族農場や協同組合などを含む新しい企業体が,技術トレーニングや助言サービスを強化し,高度な適用可能なテクニックを普及し,改善した施肥方法を推進するのに模範的な役割を果たすようにする。
- 2020年までに,耕地の土壌肥沃度を,中国の等級(日本は使用していない)で少なくとも5%,土壌の有機物含量で0.2%増加させ,耕地の酸性化,汚染などの問題を効果的に制御しなければならない。
(B) 農薬のゼロ増加
- 「2020年までに農薬使用量のゼロ増加を達成する法律」は,農地単位面積当たりの農薬使用量を2012年から2014年の平均レベル未満に抑え,農薬使用総量増加のゼロ成長を2020年には達成することを目的にしている。
- 耕種防除,生物防除および物理防除といった,農薬を使用しない,グリーン防除テクニックを用いて,農薬使用量を削減する。
- 政府の支援を整理して,市場メカニズムを導入して,総合的防除技術の普及,グリーン防除の実証ゾーンの設置や,テクニッカルスタッフのトレーニングを含め,グリーン防除を加速するようにする。
- 高い毒性で残留性の高い農薬を,生物農薬のような低毒性で低残留性の農薬で代替する。
- 有害生物の抵抗性レベルの正確な同定と診断に基づいて,農薬を選定して有害生物に対処し,乱用を回避する。
- 科学的な農薬使用を助長するために,第1に,効果的で,低毒性,低残留性の農薬を普及する必要がある。第2に,新しい効果的な作物保護用機械を普及する必要がある,第3に農薬の科学的知識を農業者に普及するようにする。
- 多様な防除方法を一体化した総合防除を,そのためのプロのサービス機関が,総合防除の大規模な実施を支援するようにする。
(C) 法律達成のための課題
- 政府は,肥料使用についての統計を有しているが,農薬に関することになると,正確なデータを有していない。正確なデータを得るために,モニタリングや統計の改善を図ることが大切である。
- 化学肥料や農薬の使用量増加率ゼロ政策の目的は,科学的で効率的な化学肥料や農薬使用を促進し,過剰や非合理的な使用を排除し,農業生産の効率を上げることである。こうした観点からみると,増加ゼロ政策は農業手法を変換し,農業をもっと持続可能なものにする機会なのである。こうした観点からゼロ増加を理解することによってのみ,我々はこの業務に情熱を維持できるのである。さらに,化学肥料や農薬使用の削減には,非常に具体的なやり方を含んでおり,実際の生産のなかで試行しなければならない。統計データだけでは,化学肥料や農薬削減の1つの側面を反映するだけである。もっと重要なものは,農業生産環境,生態学的環境や農業生産物の質の向上である。
- 作物の生育や病害虫・雑草による被害は複雑であり,農業者はこれらの問題を評価するのに十分な知識を有していないことが多い。農業者は,収量の増加または少なくとも一定していることを望み,そのために,農業者はより多くのタイプの肥料や農薬を使用して,望んでいる結果を達成しようとしがちである。また,農業者は,化学肥料や農薬の販売業者や,農業技術普及員から提供される情報に大きく依存している。販売額を増やしたいとの願望を持っている販売業者は,必要な化学肥料や農薬の量を多めにいったりしており,農業者は販売業者を信頼していないので,必要量よりも多く施用したりしているケースもある。
- 化学肥料や農薬の使用の増加ゼロを達成するために,下記を勧告する。
(a) 製造や販売などを含め,いろいろな要因が肥料や農薬の使用に与える影響を明確にして,いろいろな条件下で化学肥料や農薬の過剰使用の主たる理由を明確にする基礎的な研究を行なう。
(b) 肥料や農薬の使用についてのモニタリングや統計データの収集システムを改善することが必要である。
(c) 全体のターゲットの達成度合いを評価するための実証プロジェクトが必要である。
(d) 化学肥料や農薬の使用を削減する政策を強化することが必要である。農業による化学肥料や農薬の過剰使用による非特定汚染源汚染は,農業問題であると同時に,公共に対する社会的問題であり,この種の汚染を防止することは公共サービスの一種である。汚染者負担原則からいえば,農業由来の非特定汚染防止のコストは農業者だけでは負担できず,農業者の負担に加えて,公的財源や農業資材製造業者の金で支払わなければならない。化学肥料や農薬の使用の増加ゼロを達成するために,農業汚染防止施設への投資を増やし,既存の農業補助金政策を総合化し,グリーン生態学に基づいた農業補助金を確立することが必要である。化学肥料や農薬の使用の増加ゼロを奨励する,積極的インセンティブや奨励金支給の政策を策定すべきである。農業者は社会に大きな貢献をしているものの,所得が低かったり購入力を抑制されたりしていることが多い。このため,政策として,農業者が化学肥料や農薬の使用を減らす技術を使用するのを助長する補助金ないし金銭的インセンティブを提供すべきである。
●おわりに
化学肥料や農薬の単位面積当たりの施用量が日本よりも多く,しかも国土面積に占める農地率も日本よりもはるかに高い中国では,非特定汚染は日本よりもはるかに深刻であろう。そのため,中国共産党中央委員会が率先して非特定汚染を取り上げて,農業農村部を始めとする関係行政機関も取組を強化していると理解される。
こうした状況をOECDでの考え方と比較すると,汚染者負担原則に基づいて,どこまでを農業者の責任として農業者に罰則を加えるのか,その基準を超えて環境負荷を減らす場合には,農業者に奨励金を支給したり,そのために必要な経費への補助金の支給を与えたりしないのか,こうした点が不明である。上が決めた目標数値を農業者は守れ,そのための下に代償となる金を支給するなど毛頭考えないという,上意下達の発想だけで,目的が達成できるとは考えにくい。そのために,Jin and Zhou (2018)も農業者への奨励金や必要な経費の支給の必要性を指摘している。こうした奨励金や必要な経費の支給はEUなどでは常套手段として使用しているが,中国はまだ皆無のようである。