No.223 有機農業による炭素の土壌蓄積増加は温暖化防止の解決策か

●土壌の炭素貯留と二酸化炭素放出量をめぐって

有機農業では,緑肥作物を含む輪作や,作物残渣,堆肥や家畜ふん尿の鋤きこみなどを行なうので,慣行農業に比べて,土壌に蓄積される有機態炭素量が顕著に増加する。これによって,化石燃料から工業などによって人為的に放出された二酸化炭素を,難分解性の土壌有機物として長期に貯蔵できるので,有機農業は地球温暖化防止に貢献できるといわれている。しかし,これまでの堆肥などの有機物資材を毎年土壌に長期連用した実験から,土壌中の炭素量が顕著に増加するのは数10年までで,100年近く連用していると,土壌炭素量は一定となって増えず,1年間に施用した有機物資材中の炭素が全て1年間に二酸化炭素となって放出されることが明らかにされている(堆肥などの有機物資材の連用にともなう土壌炭素量の増加傾向については,農林水産省生産局「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書,2008年3月を参照 )。したがって,有機物の鍬込みにともなう土壌への炭素貯蔵は短期的な解決にしかならず,長期的には土壌からの二酸化炭素を増やして,二酸化炭素放出量増加という負の遺産を子孫に渡すことになりかねない。

この点について,有機農業での長期にわたる土壌炭素蓄積を,シミュレーションモデルによって解析した,デンマーク植物および土壌科学研究所のフェライドらの研究を紹介する。
Foereid, B. and H. Hogh-Jensen (2004) Carbon sequestration potential of organic agriculture in northern Europe – a modelling approach. Nutrient Cycling in Agroecosystems 68: 13-24, 2004.

●センチュリーモデル

フェライドらが使用したシミュレーションモデルは,センチュリーモデルと呼ばれているものである。このモデルは元々,アメリカの大平原での物質生産,土壌有機物分解やそれらにともなう土壌中の炭素,窒素,リンなどの元素の動態をシミュレートするために開発されたものだが,その後,このモデルが様々な土地利用や気候タイプにわたって適用できることが見いだされて広く利用されるようになった。
モデルは,主な変数として,月間の最高と最低の平均温度,降水量,土壌に投入ないし還元される植物遺体などの有機物のリグニン,窒素,リン,イオウの含量,土性,大気降下窒素量と生物的窒素固定量,土壌中の炭素,窒素,リン,イオウの実験開始時のレベルを使用する。
このモデルは草地,耕地,森林,サバンナを対象にして,植物生産,土壌有機物(炭素),窒素,リン,イオウの動態を予測するサブモデルが含まれている。シミュレーションに際しては,これらのサブモデルに必要な変数を投入して計算を行なう。以前から,有機物資材を連用したときの,土壌における炭素や窒素を集積するシミュレーションモデルは作られているが,植物生産の予測と連動させている点で,一歩進んだモデルとなっている。

土壌有機物分解のサブモデルは,土壌学では有名なイギリスのロザムステッド研究所のモデルを参考にしている。土壌に還元される植物遺体や施用される有機物資材を構成している有機物は,そのリグニンの窒素に対する含有率から,「構造プール」と「代謝プール」に分けられる。分解の遅いリグニンを含む素材は構造プールに位置づけられる。2つのプールは土壌表面に落下ないし施用されて,微生物によって分解される。分解速度はその微生物分解に対する物質的特性に加え,水分や温度などの環境条件や耕耘方法などの作業条件で異なる。
土壌有機物は,分解速度から3つの画分に分けられている。最も早く分解されるのが,「活発画分」で,土壌微生物菌体や微生物の生産した産物からなり,代謝回転速度は環境条件などによって,月から数年の範囲となる。次のランクの分解速度の画分は,「ゆっくり画分」で,植物遺体や施用有機物中の構造プールや微生物産物の分解残渣で,代謝回転速度は20〜50年である。最も分解が遅いのは「不活発画分」と呼ばれ,土壌中で化学的や物理的に安定化した土壌有機物で,代謝回転速度は400〜2000年である。ちなみに,以下のシミュレーションでは,「活発」:「ゆっくり」:「不活発」各画分中の炭素の初期値を3:47:50の割合で配分した。こうした想定を行なって,土壌有機物サブモデルが作られている。
センチュリーモデルそのものについては,下記を参照されたい。
Metherell A.K., Harding L.A., Cole C.V. and Parton W.J. (1993) CENTURY soil organic matter model environment. Technical documentation. Agroecosystem version 4.0. Great Plains System. Research Unit Technical Report No. 4. USDA-ARS, Fort Collins, CO.

●長期輪作圃場

デンマーク植物および土壌科学研究所は長期輪作試験を長年にわたって実施している。
長期輪作圃場の1つでは,「冬コムギ→飼料用ビート→春オオムギとイネ科牧草(ペレニアルライグラス)・シロクローバの間作」の3年輪作を行なっている。この圃場の1画には,30年超にわたって作物や雑草なしの裸地状態で休閑している区画もある。もう1つは,1894年から100年超にわたって行われており,輪作作物は経時的に若干変化したが,基本的には3年輪作の「冬穀物→根系作物→春穀物」と「イネ科牧草−クローバの間作→イネ科牧草−クローバ」である。輪作は「壌土」と「砂土」の2つの土壌タイプで行なわれ,施肥はカバークロップや作物残渣の鋤きこみ,家畜ふん尿ないしスラリーと化学肥料で行なわれている。

●センチュリーモデルの妥当性の確認

前者の長期輪作圃において,1955年から1985年の30年超の土壌中の炭素と窒素の含量について,実測値とセンチュリーモデルによる予測値を比較し,北ヨーロッパの沿岸地域を特徴づけている湿潤条件と温暖な冬の年には,両者が良く一致することが確認された。
後者の100年超の輪作圃場では,作物収量の実測値と予測値を比較すると,砂土ではどの作物でも予測精度が低く,壌土では飼料用ビートや春穀物で予測精度が低かったものの,壌土の春穀物とイネ科牧草−クローバでは高いレベルの精度で予測できた。
このように予測精度が低かったケースがあった主原因としては,養分や水分の供給が不足すると,根と茎葉の重量比が異なってくるが,シミュレーションモデルはこの点を考慮していないことが1つ推測された。また,作物生産には降水量と温度だけでなく,デンマークのような高緯度地帯では日照量も必要だが,シミュレーションモデルは日照量を考慮していないことも推測された。今後これらの点の改良が必要である。

●シミュレーションモデルによる慣行と有機農業での土壌炭素蓄積の予測

シナリオとして,仮想の慣行農業と有機農業の栽培条件を設定し,それらの変数を上記のシミュレーションモデルに投入して,慣行農業と有機農業を200年間継続した際の土壌炭素の蓄積量を予測した。豚や牛を生産する農業タイプでのシナリオも仮想したが,家畜なしの耕種農業のシナリオで下記の結果が得られた。

仮想した慣行の耕種農業は,「冬コムギ→春オオムギ→根系作物→マメ科作物→油料用ナタネ→イネ科牧草」という5年6作の輪作体系で,いずれの作物にも窒素は化学肥料で施用した(ただしマメ科作物は無肥料)。
有機の耕種農業では,「春オオムギ/イネ科牧草−クローバの間作→イネ科牧草−クローバ→冬コムギ/春オオムギを間作→春オオムギ/エンバクを間作→エンバク」という5年5作の輪作を仮想した。穀物には100ないし150 kg/haの窒素をスラリーで施用するとともに,穀物には前作の穀物のワラを鋤きこんだ。耕種農業でのイネ科牧草−クローバは放牧や刈り取りせず,次作播種前に鋤きこんだ。
仮想実験では,上出の100年超の輪作圃場について,慣行の耕種農業を60年間継続した後に,有機と慣行の輪作を200年間継続するとして,モデルを動かした。

その結果,いずれのケースでも慣行農業では土壌炭素が長期にわたって漸減し,有機農業では土壌炭素が最初の50年間に比較的急速に増加し,その後,増加は漸減し,100年後には,長期実験での経験と合致してほぼ安定レベルに達した。
例えば,壌土での慣行の耕種農業では,100年間に351 g C/m2も減少した。そして,炭素が最も多く蓄積されたのは有機の耕種農業シナリオで,壌土で100年間に1954.6 g C/m2も増加した。これは慣行管理を60年間行なった後にシミュレーションを開始したので,慣行の耕種農業で土壌は有機物に不足していて,有機農業に転換してから炭素が多く増加したためである。そして,長期にわたって永年性放牧草地として維持した場合,100年間に1548.3 g C/m2増加すると予測されたが,耕種有機農業のほうが永年放牧地よりも炭素の土壌蓄積量が多く増加すると予測されたことが注目された。

●おわりに

こうした結果から,有機農業に転換して土壌炭素が増加するのは最初の50年程度で,その後は毎年の土壌への蓄積量が漸減し,やがてはゼロになってしまう。つまり,やがて見かけ上,1年間に投入された炭素が全て二酸化炭素として放出されてしまい,有機農業といえども土壌炭素を貯蔵できなくなってしまう。
また,土壌の耕耘を大幅に減らす不耕起ないしミニマムティレッジでも,土壌表層の炭素蓄積量が増加するが,これも有機農業への転換と同様に,その効果は永続しない。
京都議定書で10年後とか20年後までに温室効果ガスの排出を削減するという範囲では,有機農業や不耕起は土壌に炭素を貯蔵させるので,温室効果ガス削減の有効な手段に思える。しかし,その先になると,次第に手段としての有効性が消失してしまう。つまり,有機農業や不耕起への転換は二酸化炭素発生問題に対して一時的な解決を与えるだけである。有機農業や不耕起は二酸化炭素を削減する大切なオプションではあるが,著者が指摘しているように,温室効果ガスの排出削減を長期的に解決するには,人間社会での化石エネルギー消費量全体の削減に真剣と取り組むべきである。