●EUの有機農業基準と,加盟国の民間有機農業団体の基準の関係
EUは,2007年に有機農業規則( Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 )を全面改正し,これに基づく有機農業実施規則( Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control )を施行した。この有機農業規則とその実施規則に適合した農産物は,有機農産物としてEU加盟国間で貿易障壁なしに取引すべきことが,これらの法律で規定されている。
ところで,これらの法律が対象としている作物は露地栽培作物であって,施設栽培作物は中心に置いていない。目下,欧州委員会が施設での有機栽培基準を検討しているようだが,まだ案を公表するに至っていない。そこで,ある加盟国が独自に施設栽培作物の有機生産基準を決めて施行したとしても,その基準に適合していない他の加盟国産の有機農産物の輸入を排除することはできない。
有機農業規則の第34条2項は,「EU加盟国は,(有機農業規則よりも厳しい規則を作り)自国領土内において,有機の作物および家畜の生産について,当該規則が非有機生産にも適用され,かつ,共同体の法律に合致し,当該加盟国の領土の外で生産された有機産物の販売を禁止ないし制限しないならば,より厳しい規則を適用することができる。」と規定している。この規定は,非有機農業にも適用される内容であって,EUの法律に合致している規則となれば,有機農業のための規則というより,EUの法律で認められた農業一般の規則にすぎないことになる。つまり,有機農業に限った,より厳しい生産基準を独自に作ることは事実上認められていない。それは,域内における有機農産物の貿易促進を最優先しているからであると理解される。
それでは国が有機農業のより厳しい基準を策定できないかというと,代替措置が用意されている。第42条には「・・・詳しい生産規則や国の規則が,検討中であるか,ない場合には,加盟国によって承認された民間基準を適用しなければならない。」とある。つまり,国が直接より厳しい基準を作ることはできないが,民間の自ら生産基準を定めている有機農業団体が,国の基準よりも厳しい基準を作り,それを国が承認することはできることになっている。ただし,輸入に際しては,より厳しい民間の基準に適合していなくても,EUの規則に適合している限り輸入を拒むことはできない。
こうした論拠に基づいて,ソイル・アソシエーションは,EUの有機農業規則にない施設栽培作物の有機生産基準の策定を行なった。
●ソイル・アソシエーションの基準策定プロセス
ソイル・アソシエーションの基準委員会が,まず2010年5月に,関係者に対して60日間をかけて施設栽培作物の有機生産基準案についての意見照会を行なった(Soil Association (2010) Protected Cropping Green Paper: Standards consultation. 19p.)。これに対して49の意見が寄せられた。基準委員会によって,その意見の概要と,意見を踏まえた施設栽培作物の有機生産基準案が作成され,公表された(Soil Association (2011) Standards for organic protected cropping: Consultation two. 14p.)。寄せられた有機生産基準案に対する意見を踏まえて,基準委員会はさらに必要な修正などを行ない,ソイル・アソシエーションの評議員会が案を承認した。それが新たな生産基準(Soil Association organic standards: farming and growing. Revision 16.6 April 2012. 240p.)として施行された(環境保全型農業レポート「No.207 有機農業の理念と現実」も参照)。
2010年のソイル・アソシエーションの上記第1回の意見照会文書,2011年の第2回の意見照会文書,ならびに,これらを踏まえて2012年に改正された生産基準を基にして,ソイル・アソシエーションの施設栽培に関する生産基準策定の経緯と基準を紹介する。
●施設栽培とは
ソイル・アソシエーションの上記の文書では,施設栽培(保護栽培:protected cropping )は,ガラス温室,耐久性ポリトンネル(スペイントンネルとも呼ばれている)や,一時的ポリトンネルのような構造物内での作物栽培のことである。
*筆者注) 1つのポリトンネルは数個の畦にまたがるプラスチックシートを張ったトンネルで,人間が立って作業できるだけの高さがある。天井の低い日本のプラスチックトンネルとは高さが大きく異なる。そして、多くのポリトンネルを隙間なく配置する点も異なる。トンネルの両端はシートでふさぐ場合と開放する場合がある。ただし,加温はしない。
●イギリスのガラス温室施設面積
ポリトンネルの面積は不明だが,イギリスの食用作物生産用の加温ガラス温室は約350 haで,その約8 %(約30 ha)が有機栽培である。ガラス温室で栽培されている主要作物は,トマト,キュウリ,トウガラシ,サラダ用野菜など,付加価値の高い作物であり,なかでもトマトが突出している。
ソイル・アソシエーションには,277名の農業者が有機の温室作物生産の登録をしている。ただし,これらのうち,加温しているのはごく少数にすぎない。
●施設栽培では有機の露地栽培の原則を守れない
A.有機露地栽培の原則
例えば,EUの有機農業規則は,露地栽培を前提にしたものだが,その第5条において,有機農業の個別的原則として下記を記している(作物生産に関するものだけとし,家畜生産に関するものを省略する)。
- (a) 土壌の圧密と土壌侵食の防止と戦いつつ,土壌生物,土壌肥沃度,土壌安定性および土壌生物多様性を維持・増進し,かつ,主に土壌生態系を介して植物に養分を供給すること
- (b) 非再生可能資源や農場外投入物の使用を最少化すること
- (c) 植物および家畜生産で使用される植物および動物起源の廃棄物や副産物の投入物を,リサイクリングすること
- (d) 生産を決定する際には,ローカルまたは地域の生態的バランスを考慮すること
- (e) 病害虫に抵抗性を持つ適切な種や品種の選択,適切な作物輪作,機械的・物理的手法,害虫の天敵に保護などの予防的手段によって植物の健康を維持すること
このように有機栽培では,病害虫の集積防止や土壌肥沃度の維持向上のために輪作を行なうことが原則になっており,露地野菜では同じ種の野菜を栽培するまでに4年またはそれ以上の休みを置いているのが一般的である。しかし,ガラス温室栽培では,建設に要した多額の投資(約100万ポンド/ha=2010年の平均為替レートで約1億366万円/ha)下で,収益を最大にするために,付加価値の低い輪作作物の栽培をせずに,付加価値の高い特定作物だけを連作する傾向が強い。
B.原則を守れない実例
イギリス最大のトマト生産事業体のワイトサラダは,有機の加温ガラス温室を,ワイト島に10 haとポルトガルに9 ha所有し,大手スーパーマーケットにトマトを供給している。同社は,輪作せずに,土壌の生物学や生態学に注意しつつ,堆肥(地元厩舎からの馬ふん,剪定屑,いろいろな農場廃棄物などから製造)のタイムリーな施用によって,病害を防除できるとし,かつ,作物養分の大部分をまかない,不足する窒素を植物質有機質肥料で補っている。
ケンブリッジシャー州にあるワイルド・カントリー・オーガニックスは,2 haのガラス温室で有機作物を周年生産しているが,加温,人工照明や二酸化炭素添加は行なっていない。生産している品目は,トウガラシ,トマト,キュウリ,サラダ用葉菜類,チャード(フダンソウ),ホウレンソウ,アブラナ科やイチゴで,これらを単純に輪作して休みなしに栽培を行なっている。苗は種苗屋から入手し,年間の生産を最大化するために,密な栽培スケジュールで栽培と収穫を行なっている。
弱アルカリ性土壌(pH 7.8 – 8.0)と作物品種の選択によって,トマトやアブラナ科の病害を防止できているとしている。同社の施設内での輪作によって土壌に蓄積される窒素量はわずかで,その5倍もの量が作物に収奪されており,認められた有機物源によるかなりの養分補給が必要なことを認識していた。ただし,自社の農場内の露地圃場で有機の緑肥などの作物や家畜を生産することができないので,投入有機物は購入によらざるをえない。
C.施設栽培の方が環境負荷の多い事項が少なくない
施設栽培で加温,人工照明の補光,灌水,二酸化炭素の放出などを行なえば,そのためのエネルギー源や二酸化炭素源として化石燃料の消費量が露地栽培よりも増えるし,雨水を遮断する一方で灌漑水を入手しなければならないので,水の必要量も増える。その上,施設を建設するのに必要な鉄骨,ガラス,プラスチックなどの材料を製造するためにエネルギーを消費し,二酸化炭素を排出しているという問題もある。
●ソイル・アソシエーションの第1回意見照会
有機の施設栽培に,露地栽培での有機栽培原則をそのまま適用するのは,上記のように難しい。しかし,施設栽培で生産された有機の野菜などについて,できるだけ有機栽培の原則を踏まえるように生産基準を策定して欲しいとの要望が,消費者と生産者の双方から出されていた。このため,ソイル・アソシエーションの基準委員会は,2010年に第1回の意見照会として,問題点を解説しつつ,問題点に対する意見を照会した。下記に各問題で特に意見を問うたポイントを列記する。
A.輪作
改正前のソイル・アソシエーションの生産基準は,輪作を行なえないケースとして施設栽培(同じ属の連作ないし毎年の栽培を含む。ただし,ネギ属,ジャガイモないしアブラナ科の連作は不可。)をあげ,施設栽培では有機生産基準全般の適用を除外して良いことを規定していた。こうした状況の下で,下記のポイントの意見照会を行なった。
□ソイル・アソシエーションの基準では,有機の施設栽培でも作物輪作を要求すべきか?
□有機の施設栽培では生産者に対して輪作しないことを許すのか?
□本来の輪作の代わりとして,間作や立毛畦間播種のような他の方法を認めるべきか?
B.有害生物防除
ガラス温室栽培では,輪作以外の方法によって病害虫や雑草の防除が可能になる。EUの有機農業規則は,その第12条の1項(g)で,「害虫,病気や雑草によって生ずる被害は,一義的には天敵,種や品種の選択,作物輪作,栽培技術や熱処理によって防止しなければならない。」と規定し,旧法になかった熱処理による防除を認めた。これによって,太陽熱消毒,蒸気消毒やホットフォーム( hot foam:非毒性で生分解性の物質を溶かした熱い泡を,雑草に10〜20秒間付着させて雑草を萎れさせる熱泡法)が有機栽培で使えるようになっている。
□有機の施設栽培でも,これらのいずれの方法を認めるべきか?
□土壌を健康にして病虫害を最小に維持するのに,他の方法を基準に入れるべきか?
□例えば,品種選択,堆肥施用,微生物の施用,間作,接ぎ木などを入れるべきか?
C.肥沃度管理
大規模施設栽培では輪作や家畜の放牧による土壌養分の富化は無理である上に,好適条件下での旺盛な生育のために,作物の養分要求量が露地栽培よりも多い。露地の有機栽培作物に通常施用されている窒素レベルは,承認された有機の肥料の形で年間ha当たり170〜250 kg窒素だが,これでは施設では一般に十分ではない。イギリスの環境・食料・農村地域省( DEFRA )に設置されている,イギリスの有機農業問題の行政や法的問題を助言する有機基準に関するアドバイス委員会( Advisory Committee on Organic Standards: ACOS )は,年間ha当たり600 kg窒素を上限とし,そのうちの最大170 kgは家畜ふん尿由来で良いという案を提案している。
他方,施用量の上限値を設定するよりも,養分バランスに注目して,作物に吸収されない窒素量が,作物に吸収された量の2倍を超えるレベルで窒素を施用してはならないとする意見もある。
また,施設栽培のトマトではカリ不足が生じやすい。
□養分の施用許容量は,作物の要求量に基づくべきか?
□それを測定する信頼できる方法があるか?
□養分施用許容量は,加温と無加温のシステムで変えるべきか?
□生産者が硫酸カリウムの添加について柔軟性を得られるように,基準を改正すべきか?
D.土壌管理
ソイル・アソシエーションは,「人間の健康は,我々が食べている食べ物に直接結びついており,最終的には土壌の健康に結びついている。」という認識の上に構築されており,それゆえにソイル(土壌)・アソシエーションという名称になっている。また,「●施設栽培では有機の露地栽培の原則を守れない」の「A.有機露地栽培の原則」に記したように,EUの有機農業規則は,その第12条パラグラフ1(a)において,「有機の植物生産は,土壌有機物を維持ないし向上させ,土壌の安定性と土壌生物多様性を高め,土壌圧密と土壌侵食を防止する耕耘や栽培方法を使用しなければならない。」と,有機栽培における土壌管理の重要性を指摘している。
ソイル・アソシエーションは施設でも土壌での作物栽培を前提にしているが,有機農業での使用が認められた資材で製造した培地を満たしたバッグやコンテナで栽培した作物を,有機農産物として認めるのか否かの問題がある。デンマーク,スウェーデンとフィンランドでは,コンテナやバッグでの栽培を有機として認めており,デンマークの食料農業漁業大臣は,生育培地は「有機土壌に匹敵するか見なしうるもの」と述べている。この方法だと,土壌の育成のためにも必要であった有機栽培への転換期間の省略が可能になる。
また,施設にコンクリート床を設けて,その中の土壌で作物を栽培することは,周囲の病害虫汚染土壌から隔離する利点をもっており,以前から現実的レベルで承認されている。
□土壌でなく,培地での栽培を有機施設栽培として認めるのか?
E.施設の構造と装置
この問題では下記が論点として提起された。
(1)加温エネルギー
□加温を行なっている生産者に使用量の測定を依頼し,段階的に加温目的でのエネルギー使用量を減らすように要求するべきか?
□ガラス温室の加温のための化石エネルギーの使用を禁止すべきか?
□再生可能エネルギーの使用を教育によって奨励すべきか?
(2)二酸化炭素濃度強化
□生産力の低下抑制ないし向上を図るために,大気の二酸化炭素濃度強化を認めて良いか?
□良いとするなら,二酸化炭素を如何に生産するかについての要件を用意すべきか?
(3)水利用
□ガラス温室など耐久性建築物から表面流去する雨水を利用するための,集水・貯水・灌水装置を奨励する方法をソイル・アソシエーションは検討すべきか?
□ガラス室やポリトンネルを,農場内の何処に、どのように配置させているかを基準として入れるべきか?(この問題については,環境保全型農業レポート「No. 213 イギリスではポリトンネルが禁止に?」を参照)
●第1回意見照会に対して寄せられた応答
?A.輪作
作物輪作はできる限り奨励すべきで,有機施設栽培でも当然のオプションにすべきであるとの強い意見が寄せられた。しかし,回答者の大部分は,生産者が市場の要求に応えられるように,輪作なしでも施設で有機栽培できるようにする例外ケースが必要なことを認めていた。その際,施設での栽培形態が多様なことから,基準は過度に具体的規制を行なわず,作物を輪作していない生産者は,自分の土壌や作物の健康を確保し,病害虫に対処するプランを有しているべきであると,例外ケースが必要という意見を寄せた全ての者が感じていた。
B.有害生物防除
寄せられた意見は,現在の基準が適切であるとしていた。なお,土壌の蒸気消毒は,改正前においては,施設栽培に限って,深刻な事態に陥った場合の最後の1回限りの手段として,ソイル・アソシエーションの許可を得て使用することが規定されている。これはそのように残すべきだと判断された。また,雑草防除用の熱泡法はEUの法律では許されているが,見直し対象として残した。
C.肥沃度管理
外部から購入ないし調達した堆肥や有機質肥料などの投入物については,持続可能性の観点から危惧する意見が多かった。大部分の者は,生産者に対して,投入物の購入をやがては地元調達にするように奨励することを基準に入れるべきであると考えていた。これは,外部の非有機投入物に依存した生産では,汚染問題が生じたり,入手の難易や価格の変動によって,経営が危うくなったりしやすいことによる。
また,廃棄物が肥沃度源として重要であり,廃棄物のリサイクルの重要性が指摘された。
窒素などの養分の施用量は,作物や土壌の必要量を支えるように最適化させることが大切で,加温栽培か無加温栽培かに基づいて施用量の上限値を設定すべきではないとの意見が多かった。 多くの者は,生産者が養分を効率的に使用し,硝酸などの溶脱を回避していることを証明すべきだと考えていた。多量の外部投入物を使用している大規模生産者に対して,完全な養分収支を作成させることが適切な方策であるとの指摘があった。しかし,この方策は広範な種類の作物を栽培している者にとっては,複雑すぎて無理であろう。
硫酸カリウムについては,有機システムでは硫酸カリウムを認めるべきでないとする者がいる一方,欠乏症を治すために認めるべきとする者もいた。しかし,回答者の大部分は,基準は生産者がより好ましい代替カリ源をさがし,それを最大限使用するのを奨励すると同時に,他の代替物がない場合には硫酸カリウムの使用を生産者に認める現実的な基準を求めていた。これを踏まえて,ソイル・アソシエーションは,使用する必要性があって,それを証明できる場合に限って,物理的抽出によって製造された硫酸カリウムの使用を認めるようにした。
D.土壌管理
少数の回答者だが,コンテナ栽培でも,有機の堆肥に基づいた培地であって,使用後に責任をもって廃棄するなら,持続可能な生産ができるとの意見があったが,そうした意見の者も,そうしたやり方は有機生産というべきでないと考えていた。そして,圧倒的に多かった意見は,ソイル・アソシエーションの基準は,有機農業での使用が認められた資材で製造された基質で満たされたバッグやコンテナでなく,土壌で栽培することに固執し続けるべきとするものであった。また,作物が土壌で生育されないなら,有機と非有機生産の違いが大幅に小さくなってしまい,市場で相違点を失ってしまうと感じている者もいた。
それ故,土壌管理に関する基準の変更は不要と判断された。
E.施設の構造と装置
(1)加温エネルギー
ガラス温室の加温エネルギー問題については,加温のための化石燃料から脱すべきとの強い意見があった。しかし,加温方式の変更には非常に多額の投資が必要であり,生産者が採用するのに時間がかかる。化石燃料を直ちに禁止することは,外国で生産された野菜などの輸入を増やすだけになろう。
再生可能エネルギーへの切り替えには,人によって難易の差がある。火力発電所の近くの人は廃熱利用のオプションがあり,バイオマスボイラー用の木材資源を入手しやすい人は木材利用のオプションがある。また,太陽エネルギー技術はガラス室システムにとってはまだ発展段階にあり,商業的に眼に見える解決は何年か先になろう。コジェネレーションシステムによる発電にともなう廃熱利用も,今後普及が期待される。
再生可能エネルギーへの切り替えは重要だが,早急な全面切り替えは無理であるため,基準は徐々に導入すべきであり,また,生産者がより高い環境基準を満たすことに対して,市場で報いられるように確保することが大切であることも指摘された。そして,生産者を再生可能エネルギー利用に向けて動き出すのを助けるためのアドバイスや,優良実際例を提供することの必要性も指摘された。
(2)二酸化炭素濃度強化
回答者の大部分は,別のプロセスの副産物ならば,温室の二酸化炭素濃度を高めることに同意した。生産者が二酸化炭素を生産するだけのために化石燃料を燃焼させることは許されないが,加温ないし堆肥化で放出された二酸化炭素を循環させることは可能となる。
(3)水利用
意見の多くは,有機の施設栽培を行なう者に,できるだけガラス温室やポリトンネルからの表面流去水を収集・再利用することを,特に奨励すべきであるとしていた。大きな貯水槽やろ過システムの高い投資コストゆえに,これを今の時点で要件にするのは現実的でないが,将来的には水代金の上昇が生産者をこの方向に押しやる可能性があるとの意見もあった。
また,温室やポリトンネルの配置の仕方については,農業一般の問題であり,有機農業の基準として入れる必要はないとの意見が大部分であった。
●ソイル・アソシエーションの施設栽培基準
上記の意見を踏まえて,ソイル・アソシエーションは最終的に,既往の基準の関連部分を改正するとともに,施設栽培の基準を追加した。既往の基準の関連部分の改正箇所は省略するが,追加された施設栽培の基準を下記に再録する(Soil Association organic standards: farming and growing. Revision 16.6 April 2012. 240p.)。
5.2 施設栽培のための追加基準
5.2.1 新規
施設(保護)栽培システムでは輪作なしで作物を生産することができる。ただし,下記を行なわなければならない。
・当該栽培システムが,土壌および作物の健康を形成し,維持していることを証明する。 ・当該栽培システムが,病害虫や雑草の防除用の禁止製品の恒常的な使用に依存していないことを証明する。 ・基準5.1.13を遵守する。[参考]
5.1.13 改正
当該輪作が基準5.1.10の要件を満たさず,作物生産が外部からの持ち込み投入物に依存している場合,下記を示さなければならない。
・肥沃度形成と肥沃度消耗作物のバランスをとる ・マメ科作物,緑肥,堆肥化資材の使用を最適化させる ・持ち込み投入物への依存を減少ないし最小にする5.1.10 輪作が可能な場合,農地の各区画で行なう毎年の輪作は,下記でなければならない。
・使用する肥沃度形成作物と肥沃度消耗作物のバランスをとる ・いろいろな根系の作物を含める ・マメ科作物(例えば,クローバや食用マメ類など) ・類似の病害虫のリスクのある作物とは十分な間隔を置く5.2.2 新規
当該施設栽培システムにおける肥沃度管理プランを作成しなければならない。プランにおいて当該栽培システムが下記であることを証明しなければならない。
・養分の効率的利用を最大化させている ・土壌の健康と肥沃度を形成している ・肥沃度用投入資材の持続可能性を最適化している下記の表は,肥沃度管理プランを通知する際に,最良の方法に至るステップの要点を述べたものである。各プランには,時間をかけてより持続可能な肥沃度源に向けて改善できるように,選択肢の概略を記さなければならない。
注: 肥沃度管理プランは基準5.1.13の遵守に役立つ。肥沃度管理に関する一般的基準は4.7と4.8を見よ(4.7と4.8は省略)。
5.2.3 新規
施設栽培構造物を加温するために燃料や電力を使用する場合には,加温のためのエネルギー使用量を,週当たりのkWh/m2で記録しなければならない。使用したエネルギー源のタイプも記録しなければならない。
5.2.4 新規
施設栽培構造物を加温し,加温のために年間100 kWh/m2を超えるエネルギーを使用する場合は,今後5年間にわたって,再生可能エネルギーまたは熱と電力の複合に向けて,如何に前進させるかの概略を述べたエネルギープランを作成しなければならない。
注: 2016年の見直し後に,再生可能エネルギー使用量のターゲットと,この基準要件を作成する期日を設定する。
5.2.5 新規
別のプロセスの副産物として製造された場合に限って,施設栽培構造物のなかで二酸化炭素を使用することができる。化石燃料を二酸化炭素の生産だけのために燃焼させてはならない。
5.2.6 新規
施設栽培構造物からの雨水の表面流去水を収集し,使用しなければならない。
注: 水管理の追加の基準については,基準4.5と4.16を見よ(4.5と4.16は省略)。
●おわりに
施設栽培では付加価値の高い特定作物を連作するケースが多く,露地での有機栽培における輪作などの基本技術を適用しにくい。しかし,温室などの施設栽培は外部と隔絶した環境であるため,外部からの病害虫や雑草種子の侵入を防止しやすく,施設内に放飼した天敵昆虫などが内部に止まるので,露地栽培よりも農薬なしでの栽培が容易になる。その反面,好適な温度条件などによって作物生育が旺盛になって活発な養分吸収が起きる。このため,慣行栽培では,露地栽培よりも施肥量が多くなり,収穫後に多量の養分が土壌に残存するケースが多い。有機栽培では,化学肥料に比べて可給態養分量の予測が難しいために,養分の過剰蓄積が生じているケースも少なくない(環境保全型農業レポート「集約的な有機栽培土壌における養分過剰蓄積の実態」2004年9月22日号 参照)。
イギリスでは,温室と呼ばれている施設はガラス温室が通常で,耐久性の乏しいプラスチックハウスは多くないようである。しかし,日本ではイギリスよりも夏季が高温で多雨なために,夏季には作物栽培を休み,プラスチックフィルムを剥がして,湛水や降雨によって,土壌に残っている養分を流して,濃度障害が起きるのを防止したり,太陽熱消毒で土壌伝染性病害虫を防除したりしている。しかし,この過程で硝酸などの養分が土壌に浸透して地下水汚染などを起こしやすい。このように,環境保全と食品の安全性の双方を確保することを目指した有機農業には,施設栽培では容易と思われる反面,難しい側面もある。
そこで,施設での有機栽培基準をどうするのか。ソイル・アソシエーションはこの問題に正面から取り組んで,新たに基準を作った。
しかし,環境保全の観点からはまだ決して十分なものとはいえない。イギリスでの問題の状況はよく分からないが,日本ですでに明らかになってきている問題を考えると,下記の課題があろう。
(1) 日本では授粉昆虫として外来のセイヨウオオマルハナバチの放飼が規制されたが,外来の授粉昆虫や天敵の放飼規制について何らの考慮がなされていない。
(2) 「太陽熱消毒は,蒸気消毒の代替法で,より暖かい国々で使用されている。」と記されているところから,イギリスではあまり実践されていないようだが,今後,再生可能エネルギーとしての太陽熱利用を推進する必要性が強調されている。太陽熱消毒にともなう,土壌中の硝酸の溶脱による地下水汚染などが配慮されていない。
(3) ソイル・アソシエーションの行なった施設栽培の有機生産基準についての意見照会で,多量の外部投入物を使用している大規模生産者に対して,完全な養分収支を作成させることが適切な方策であるとの指摘があった。「しかし,この方策は広範な種類の作物を栽培している者にとっては複雑すぎて無理であろう。」と,ソイル・アソシエーションは採択しなかった。しかし年間の作付回数の多い施設では,過剰施肥をくり返していると養分集積が急速に進行してしまう。このため,作物の種類別の単位収穫量当たりの標準的な養分吸収量と収穫量の積によって,単位面積当たりの養分収奪量を計算し,施用した堆肥,有機質肥料,緑肥などから放出される可給態養分量の概算値を農業者が計算し,過剰施肥を回避する必要性を意識させるべきであったろう。
(4) ソイル・アソシエーションの有機生産基準「4.6 土壌管理」では,「4.6.3 土壌中の有機物,可給態養分および養分貯蔵量のレベルを,土壌分析と養分の収支計算によってモニターしなければならない。毎年同じ時期にこれを実施するように努めなければならない。」と規定している。このことは露地だけでなく,施設にも適用される。しかし,施設では年間の栽培回数が露地の数倍に達するので,収穫後の土壌中の養分残量が露地よりもはるかに急速に増加するケースが多いことがありうる。それゆえ,施設については,「毎年同じ時期にこれを実施しなければならない。」と強化すべきと考えられる。これによって上記(3)の概算の不正確性を是正することができる。
(5) 大面積の露地畑がポリトンネルやプラスチックマルチで被覆されていると,これらによって地下浸透できなった雨水が畑の外に流出して,隣の畑や農道の土壌侵食を起こすケースが少なくない。イギリスの平均年間降水量は700 mm程度で,日本の約1,400 mmの半分程度と少なく,土壌侵食への影響は日本より小さいであろうが,それでもこうした点への配慮が必要である。
環境保全型農業レポートNo.212および今回の2回にわたって,イギリスの民間有機農業団体であるソイル・アソシエーションの有機農業栽培基準と,その策定過程を見てきた。海外での話だとやりすごすのではなく,日本でも,国あるいは認証組織のレベルで施設栽培で農業者に分かりやすい有機生産基準を整備する必要があろう。