●化学農薬半減のためのマニュアル
特別栽培農産物は,化学肥料の窒素成分量を慣行の5割以下にするとともに,化学合成農薬の使用回数を慣行的使用回数(土壌消毒剤,除草剤等の使用回数を含む)の5割以下にして生産しなければならない(環境保全型農業レポート,2004年7月1日号)。また,持続農業法に基づくエコファーマーでは,化学肥料窒素の施用量や化学農薬の散布回数を,慣行の2〜3割削減することを規定している自治体が多い。では,病虫害を現在よりもひどくしないで,化学農薬の散布回数を5割以下にするには具体的にどうすれば良いのか。これに応える格好のマニュアルが発行された。
中央農業総合研究センターは1999〜2003年度に,化学農薬使用量の大幅な削減を可能にする病害虫群管理技術の確立を目指したプロジェクト研究「環境負荷低減のための病害虫群高度管理技術の開発」(IPMプロジェクト)を実施し,その成果の一つとして,「IPMマニュアル〜環境負荷低減のための病害虫総合管理技術マニュアル」を2004年9月に発行した(注:IPMは総合的病害虫管理と訳され,経済,健康および環境へのリスクが最小になるように,生物的,耕種的,物理的,化学的手段を組み合わせた持続的な病害虫管理体系)。
このマニュアルは,作物と地域を組み合わせた13の作目(施設トマト,施設ナス,施設メロン,キャベツ,カンキツ,ナシ,チャ,水稲(東日本),水稲(西日本),バレイショ,ダイズ(東日本)とダイズ(西日本)を対象にしている。現時点において現場で利用できる化学農薬によらない病害虫防除法と,その効果に影響を与えない化学農薬とを組合せて,病害虫の被害を経済的に許容できる範囲に抑える具体的防除体系を提言している。
各作目において,まず,化学農薬によらない技術で,現場で利用できる技術を,(1)病害虫抵抗性品種(穂木と台木),(2)生物的防除法および(3)物理的防除法に分けて解説している。例えば,施設トマトの場合,
(1)病害虫抵抗性品種(穂木と台木)では,品種名,その病害虫に対する抵抗性特性,適用作型,価格,メーカーを解説し,使用方法と使用上の留意点を記している。
(2)生物的防除法では,ハモグリバエに有効なイサエアヒメコバチとハモグリコマユバチ,コナジラミ類に有効なオンシツツヤコバチとサバクツヤコバチ,センチュウに有効なモナクロスポリウム・フィマトパガム剤とパスツーリア・ペネトランス剤,灰色かび病に有効なバチルス・ズブチリス剤について,商品名や価格も記して,対象病害虫と作用機構を解説し,使用方法および使用上の留意点を記している。
(3)物理的防除法では,防虫ネット,吸放湿性フィルム,近赤外線カットフィルム,土壌還元消毒(フスマまたは米ヌカ+灌水),根域制限栽培と太陽熱土壌消毒の併用,熱水土壌消毒について,対象病害虫と作用機構を解説し,使用方法および使用上の留意点を記している。
●作目ごとの具体的防除技術体系の提案
これらの現場で使える技術を組み合わせた具体的防除技術体系を,作目ごとにいくつかのケースについて一覧表で提示して解説している。例えば,施設トマトでは,南関東の半促成栽培で,センチュウが問題になる通常のケースを対象に,表1を提示している。この例では除草剤を除く化学農薬の使用回数が,慣行の20回を8回に削減できている。しかし,防除資材費が,想定したハウス面積(10a)で慣行の2.1倍の23.2万円に増加している。他の施設トマトの例でもIPM体系では防除資材費が2倍強となっている。
次いで,将来利用可能な技術を解説している。例えば,施設トマトでは,トマト萎凋病に効果のあるカラシナの鋤き込み,センチュウとフザリウム属菌に効果のあるアミノ酸のメチオニン,トマトサビダニに効果のあるトマトツメナシコハリダニ,トマト萎凋病などに効果のある非病原性フザリウム菌株,トマトモザイクウイルスの弱毒株を解説し,これらも取り込んだ将来のIPM体系の事例も提示し,現在利用可能な技術を用いたIPM体系よりも,化学農薬の使用回数を減らすことができることを示している。
*1回のみ.2回目以降は植穴くん蒸処理
ハウス規模は,間口8m×3連棟×奥行き42m,軒高(肩まで)2.3m,棟高(峰の最高所まで)3.9m,勾配4寸(横に1m行って0.4m下がる),両側天窓の屋根型を想定。ビニール資材は機能性資材の価格と通常資材の差額を原価償却して計上。種子代も計上した。
化学農薬によらない防除法に対する関心が高まっている。個々の技術だけをみると,どんな病害虫でも防除できるかのような錯覚に陥るが,化学農薬によらない方法で防除できる病害虫の範囲は限定されている。このため,化学農薬との併用が必要だが,生物農薬に悪影響を与えない化学農薬はどれなのかなど,現実的な防除体系のマニュアルが望まれていた。本マニュアルはそうした要望に応えるものであるが,まだ一般には配布できる状況になっていない。近く同センターの叢書として市販される予定とのことである。
▼総合防除については『総合防除の考え方と実際』で各作物での具体的な技術が紹介されている。