No.008-1 機能性肥料を利用したチャへの窒素施肥量削減技術

●問題の背景

チャへの施肥量が多く,茶園から排出された窒素やリンが周囲の水質を汚染していることが指摘されている。20年近く前に行われた野菜・茶業試験場(当時)の研究(小菅伸郎・石垣幸三・中島田誠・渡部育夫・保科次雄(1987)茶園地における窒素,リンの発生負荷低減について。野菜・茶業試験場研究報告B.1:23-44)でも,次の結果がえられている。

1)農家の慣行施肥量は標準施肥量の2倍以上で,窒素は100kg/10a以上,リン酸は50kg/10a以上施用されている。
2)暗渠排水中の濃度は,無機態窒素(大部分が硝酸性窒素)が10〜40mg/L,リン酸が0〜2mg/Lで,窒素は主に地下浸透,リン酸は表面流去によって排出されると推定された。
3)茶園地帯の湧水の硝酸性窒素濃度は最高50mg/Lに達していた。
4)茶園から集中豪雨で流れ出た表面流去水中の全窒素濃度は平均10。7mg/L,全リン酸は1。3mg/Lで,流出した窒素の50%,リン酸の90%は土壌粒子に吸着されたものであり,特に茶樹による被覆が少ない土壌侵食の多い茶園で問題であった。

かつて茶樹への窒素の施肥量は少なく,1960年頃まで徐々に増加して,茶の生産量もそれにともなって増加した。1970年頃からさらに窒素施用量が急激に増加したが,収量は同じであった(野中邦彦(2004)茶園における環境問題と施肥の適正化.圃場と土壌.10・11月号.P.42-47)。この施肥量増加は,窒素多肥でないと旨味成分のテアニンが増えない,との考えによるものであろう。
窒素多肥を続けた結果,1997年には静岡県で「県内の溜め池において過剰施肥が原因と思われる魚の大量死」との新聞報道がなされるなど,茶園への過剰施肥が問題になった。最近では茶園への窒素施用量の削減が全国的に取り組まれ,JAなどの指導する窒素の標準年間施用量が,全国平均値で1993年には92kg/10aであったものが,1998年に70kg,2002年に60kgに減少し,茶生産農家現場でもそれぞれ78kg/10aから70kgを経て61kgに減少してきた。とはいえ,窒素の投入量と搬出量の差は,2002年において34.1〜67.1kg/10aと推定され,他の作物に比べて高く,一層の窒素施用の削減が必要になっている(野中:同上誌)。
こうした背景から,チャへの窒素肥料施用量をさらに削減する技術について,野菜茶業研究所が取り組んでいる最近の研究を紹介する。

●被覆尿素の利用

茶樹の窒素吸収特性を踏まえて,つぎのような窒素施肥量の削減シナリオが描かれた(徳田進一(2001)窒素多肥茶園における被覆尿素の利用.季刊肥料.89:70-76)。
すなわち,茶樹が夏〜秋に吸収した窒素の多くは樹体内に蓄積され,翌年の一番茶の新芽に転流する。そして,樹体内蓄積窒素は収量に影響し,品質への寄与はさほど大きくないことが知られている。このことから,夏〜秋に土壌中の窒素濃度を低濃度で良いから維持することが必要で,高濃度に維持する必要はない。降雨によって夏〜秋に溶脱する窒素量を少なくするために,無機態窒素の放出をコントロールできる被覆尿素を利用すれば,施肥量を大幅に削減して,土壌中の窒素濃度を低く維持することが可能になろう。他方,品質を決定づける新芽の遊離アミノ酸含量を高めるには,一番茶の収穫直前に窒素施肥(春肥)が不可欠であることが知られている。このため,春肥の量を大幅に削減することは無理で,地温の低い時期であるため,速効性の通常の化学肥料を使わざるをえない。そこで,被覆尿素と速効性肥料を組み合わせて,品質を維持しながら,施肥量を削減することが可能になるはずだ。
しばらく前の慣行の窒素施肥量は年間72kg/10aで,下図のように7回に分けて施していた。

慣行の窒素施用 (野菜茶業研究所:パンフレット「環境に優しい茶生産のための窒素施肥量削減技術」から)

 分施の手間も大変であり,省力化のために,3月初めに窒素を硫安13kg+被覆尿素(30日タイプ10kgと100日タイプ16kg)26kg/10a(計39kg/10a)を一度に施用するなどの試験区を設けて圃場試験を行った。その結果,年間39kg/10aの窒素施肥でも,一番茶の収量やアミノ酸含量などの品質は,慣行区と何ら変わらないという結果が4年間にわたって確認された。ただし,二番茶の収量や品質が2年目以降,慣行区に比べて低く,二番茶収穫直前に速効性肥料の追肥が必要であった(徳田進一・渡部育夫・加藤忠司(1999)被覆尿素の利用による窒素施肥量と施肥回数の削減.平成11年度野菜・茶業試験場研究成果情報)。

●石灰窒素の利用

茶園では過剰の窒素肥料を長年にわたって畦間に施用してきたために,畦間の土壌pHが極端に低くなっており,そのために,畦間への根張りが悪くなっている。根張りが悪い茶樹に窒素を吸収させるためには,ますます多肥しなければならなくなる・・・という悪循環が起きている。
石灰窒素(カルシウムシアナミド)は,土壌中で水に溶けてシアナミド(H2CN2)を遊離する。シアナミドは生物に軽い毒作用を持ち,硝化菌,病原菌,雑草などの生育をある程度抑制する。シアナミドは加水分解されて尿素を生じた後,アンモニウムを生成する。このため,硫安などにくらべてアンモニウムを生ずるのが10日ほど遅れ,しかも硝化菌が抑制されているので,アンモニウムが長期存続して,含有されるカルシウムの作用も加わって,酸性土壌のpHを上昇させる効果も持っている。
そこで,石灰窒素を用いて畦間の土壌pHを上昇させて,根張りを改善したうえで,緩効的に窒素を供給して,窒素の利用率を向上させ,窒素施肥量を削減することが農家の茶園で3年間試みられた(加藤忠司・徳田進一・渡部育夫(1999)石灰窒素利用による茶園の窒素施肥量の削減.平成11年度野菜・茶業試験場研究成果情報)。
この試験では,3つの試験区を設けられた。

A 慣行多肥区:有機配合肥料で年間112kg/10aの窒素を慣行に従って分施。
B 慣行減肥区:有機配合肥料で年間40kg/10aの窒素を慣行に準拠して分施。
C 石灰窒素加用減肥区(石灰40kg区):春肥と秋肥にそれぞれ8kgと4kg/10aの窒素を石灰窒素で混合した有機配合肥料で,年間の窒素施用量を40kg/10aとして年2回施用。

その結果,つぎの結果が得られた。

1)一番茶と二番茶(品種:やぶきた)の収量とそれらの全窒素含量は,慣行多肥区に比べ,2つの減肥区でも3年間何ら遜色なかった。
2)慣行多肥区にくらべて,2つの減肥区では畦間に伸びる吸収根が大幅に再生した。

石灰窒素加用減肥区における畦間の吸収根の再生
(野菜茶業研究所:パンフレット「環境に優しい茶生産のための窒素施肥量削減技術」から)

3)石灰窒素加用減肥区では,慣行減肥区にくらべて,土壌中のアンモニウムを主体とする無機態窒素含量が平均10mg/100g程度多く推移した。このことは,石灰窒素の利用により肥料窒素が年間7kg/10a程度多く土壌に残存することに相当する。

土壌中の無機態窒素含量とそれに占めるアンモニア態窒素の割合の推移
(加藤忠司・徳田進一・渡部育夫(1999)平成11年度野菜・茶業試験場研究成果情報より)

 アンモニウムは土壌粒子に保持されて溶脱されにくい。また,強酸性土壌ではアンモニウムが硝化される過程で,アンモニウムのかなりの部分が,強力な温室効果ガスであると同時にオゾン層破壊物質でもある亜酸化窒素として揮散する。石灰窒素を併用することによって,土壌pHが上昇し,かつ硝化が抑制されることは,亜酸化窒素の揮散量が減少していることを予測させる。

●窒素施肥量削減技術のパンフレット

こうした研究成果を踏まえ,野菜茶業研究所(金谷茶業研究拠点)は,「環境に優しい茶生産のための窒素施肥量削減技術」と題する8頁の普及パンフレットを刊行している(問い合わせ先 E-mail:kikaku-tea@ml.affrc.go.jp)。
石灰窒素や被覆尿素がよいといっても,有機質肥料無施用とはいかないようである。静岡県大井川農業協同組合の山下唯好氏は,化学肥料だけの連用では次第に生育が落ち,油粕の施用で生育が回復したこと,ボカシ肥の施用で根張りが大きく改善されることを述べている(山下唯好(2004)環境保全型茶業への取り組みとその成果.圃場と土壌.10・11月号.p.67-72)。上記の石灰窒素の試験でも有機配合肥料に石灰窒素を混合している。