No.005-3 「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」と「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」

●登録農薬と安全性

農業用農薬の製造・輸入・販売・使用は,人間の健康と野生生物への安全性に関する試験結果を踏まえて認可されている。認可を受けた農薬は国に登録されるので,登録農薬とよばれる。国は登録に際して,個々の作物ごとに調べた農薬の残留量とその作物の日本人による平均摂食量とから計算した当該農薬の平均的な総摂食量が,安全レベルを超えないことを確認している。従って,登録された種類以外の作物に農薬が使用されると,当該農薬の総摂取量が国の推計する量を超えることになりかねないし,日本で登録されていない農薬が違法に輸入されて使用されれば,その摂食量を把握できず,安全性の確認ができなくなる。
2002年7月以降,登録はされてはいるが,登録対象外の作物に使用されたり,日本で登録されていない農薬が違法に輸入されて使用されたりしている事例が立て続けに発覚した。このため,2002年と2003年に農薬取締法が改正され,次の点が強化された(農薬取締法関係の資料はhttp://www.maff.go.jp/nouyaku/から入手できる)。すなわち,
(1)販売だけでなく,無登録農薬の製造及び輸入の禁止
(2)無登録農薬の輸入の代行手続を行う業者の広告の制限
(3)無登録農薬の使用規制の創設
(4)農薬の使用基準の設定
(5)法律違反の罰則の強化
(6)販売された違法農薬の回収を販売者に対して命令
(7)登録の必要ない非農耕地専用除草剤が農業で使用できないことを表示する義務
(8)農林水産大臣所管の農薬登録と厚生労働大臣所管の残留農薬基準の整合性確保

●「特定防除資材」というカテゴリ

なお,農業用農薬は全て農林水産大臣の登録を受けなければならないが,2002年の農薬取締法の改正の際に,登録を受ける農薬の範囲が問題になった。そして,農薬のうち,健康や野生生物への悪影響を考えにくいものを「特定農薬」に指定して,登録の対象外とするように改正された。有機農業は無農薬栽培を行っているが,化学薬剤の農薬を使用してなくても,特定農薬に属すると考えられる資材を使用するケースが多い。このため,特定農薬という農薬を使用した栽培となり,消費者が無農薬栽培と理解してくれなくなるという恐れがある。この点を有機農業関係者が問題にしたため,特定農薬は「特定防除資材」と通称されることになったものの,正規には特定農薬であることに変わりはない。
特定農薬の論議の初期段階では,アイガモも農薬かといった論議が起きたが,農業資材審議会の論議を経て,アイガモやコイ,防虫シート等は農薬に該当せず,2003年3月に食酢,重曹および使用場所の周辺で採取された天敵が特定農薬として指定された。そして,申請のあった莫大な数の各種資材については,情報不足から判断が保留されている。保留されている資材は販売せず,自ら製造して使用する限り,取締の対象にしないことになった。
特定農薬というカテゴリを設けたために混乱が生じたが,これは農薬取締法の農薬の定義に無理があるためといえよう。すなわち,農薬取締法では農薬を有害生物の防除や作物の生理機能の増進や抑制に使用する薬剤と定義しているものの,これに加えて,防除のために利用される天敵も農薬とみなしている。世間一般の概念からすれば,農薬はあくまでも薬剤(合成および天然化学物質)に限定すべきであり,天敵などの生物は別のカテゴリ(例えば作物保護生物)に位置づけて,農薬取締法と別の法律で規制するようにすれば,用語上の混乱はかなり減っていたと考えられる。

●農薬の「使用基準」がはらむ不徹底さ

さて,農薬取締法の改正にポイントの一つである「4)農薬の使用基準の設定」として,「農薬を使用する者が遵守すべき基準を定める省令」(農林水産省・環境省令第5号)が定められ,2003年3月10日から施行された。
ここでいう農薬使用者は,防除業者,農家,ゴルフ場管理者などである。使用基準はまず農薬使用者の責務を記している。すなわち,農薬使用者は,(1)農作物等に害を及ぼさない,(2)人畜に危険を及ぼさない,(3)農作物等を汚染し,かつ,その汚染農作物等の利用が原因となって人畜に被害を生じさせない,(4)土壌を汚染し,かつ,そこで栽培された農作物等の利用が原因となって人畜に被害を生じさせない,(5)水産動植物に被害を発生させない,(6)公共用水域の水質を汚染し,かつ,その水や水産動植物の利用が原因となって人畜に被害を生じさせないようにする責務を有すると規定されている。これは当然で,そのために具体的に何をすべきで,何をしてはならないかが使用基準としては重要である。
具体的には,(1)登録されていない作物に当該農薬を使用しない,(2)定められた量を超えて使用しない,(3)定められた希釈倍数の最低限度を下回る希釈倍数で使用しない,(4)定められた使用時期以外に使用しない,(5)は種から収穫までの間に定められた総使用回数を超えて使用しないことを遵守し,(6)最終有効年月を過ぎた農薬を使用しないよう努めること,並びに,(7)水田で指定された農薬を使用する際には流出防止に必要な措置を講じるよう努めること,(8)クロルピクリンおよび臭化メチルは土壌からの揮散を防止するのに必要な措置を講ずるように努めること,などが規定されている。要するに,農薬容器のラベルに記されている注意事項を守れと記されている。
食料輸入業者や防除業者などによるくん蒸剤の使用や航空機散布およびゴルフ場での農薬散布に関する項目もあるが,農家を含めた農薬使用者に対して,(1)農薬を使用した年月日,(2)使用場所,(3)使用農作物等,(4)使用農薬の種類・名称,(5)使用農薬の単位面積当たりの使用量または希釈倍数を,帳簿に記載するように努めることを記している。
こうした国の定めた農薬使用基準では,実際に農薬が基準に従って使用されたかどうかが判然としない。この点に踏み込んで,国の農薬使用に上乗せした条例を群馬県が施行している。それは,2002年10月に制定され,2003年3月に改正された「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」である。条例は群馬県法規集の【第5編経済-第2章農業-第5節農薬・肥料・農機具】から入手できる(同条例施行規則はメニュー画面に表示されてはいるが,入手できない)。

●群馬県の条例で特筆すべき諸点

群馬県の条例で特筆される第1点は残留農薬の自主検査を課している点である。すなわち,
残留農薬の自主検査)
第十条 農産物の出荷団体又は農薬使用者は,農産物を出荷し,又は販売しようとするときは,その出荷又は販売前に自主的な残留農薬の検査を実施し,当該農産物の安全を確認するよう努めるものとする。
2 知事は,前項の検査について,必要があると認めるときは,農産物の出荷団体又は農薬使用者に対し,必要な助言を行うことができる。
(残留農薬の検査)
第十一条 知事は,残留農薬の検査体制を整備し,農産物の安全を確認するため特に必要があると認めるときは,残留農薬について検査するものとする。
(出荷停止等の勧告)
第十二条 知事は,無登録農薬その他農産物の安全に著しい影響を及ぼすおそれのある農薬の使用が確認されたときは,農産物の出荷団体又は農薬使用者に対し,当該農産物の出荷若しくは販売の停止又は回収の勧告をすることができる。
つまり,農産物の出荷団体または農薬使用者が自主的に農産物の残留農薬検査を実施し,しかも,県も必要に応じて残留農薬検査を行って,基準を超える残留が検出された場合には,当該農産物の出荷・販売の停止や回収を勧告できることを規定している。農薬の使用をこのような形でモニタリングして始めて使用基準が遵守されたか否かが確認できる。
特筆される第2点は,農薬使用の管理を強化した点である。すなわち,国の使用基準では農薬購入の記録を記帳することが記されていないが,群馬県は使用に加えて,農薬の購入も記帳し,記録を3年間保持することを記している。そして,農薬の販売者と使用者に対して必要な場合には立入検査を行うことを明記している。
第3点は,違反を認めた場合,知事は,販売者や農薬使用者に対して,必要な措置をとるように勧告することができ,勧告に従わないときは,その旨を公表することができることを規定している点である。

行政がモニタリングや立入検査をし,違反がないか否かのチェックを行わない限り,使用基準は守るべき「礼儀」に終わってしまう恐れがある。
こうした条例を制定した意図について,群馬県食品安全会議の内山征洋議長は,雑誌の中で,「農薬取締法においては,農薬の使用に際しては安全使用基準に従って使用しなさい,と指導していただいただけでした。それでは消費者はとても納得できないだろうということで,県として条例をつくることになったわけです。」と述べている(内山征洋:地方自治体の責務を果たすための群馬県の取り組み.法律文化.2003年10月号.p.10-13)。

●長崎県の条例で特筆すべき諸点

一方,長崎県は2003年12月に「人と環境にやさしい長崎県農林漁業推進条例」を公布し,2004年4月1日から施行している。この条例は,農薬、肥料、飼料および動物用医薬品を適正に使用し、かつ,家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進及び養殖漁場の改善などを図ることによって,安全・安心な農林水産物の安定供給と,環境保全および多面的機能の発揮を一体的に推進することを目的としている。
長崎県はこのために必要な基本方針((1)安全で安心な農林水産物の生産及び供給,(2)環境と調和した農林漁業の推進,(3)生産者と消費者の連携強化,(4)農薬等の適正使用の指導,(5)その他必要な事項)を定め,これに基づいて必要な施策を推進することとしている(条例はhttp://www.pref.nagasaki.jp/subindex/kurashi/shokuhin.htmlから入手できる)。
農薬については,
(1)生産者等は農林水産物を出荷・販売しようとするとき,残留物に関する検査を自主的に実施して,農林水産物の安全性を確保するよう努める
(2)県は生産過程における履歴を確認することができるシステムの構築し,食品の表示の適正化および衛生管理の高度化並びにその状況の監視の強化などの施策を推進する
(3)生産者等は,農薬,肥料,飼料および動物用医薬品の使用方法について法令で定める基準に従って農林水産物を生産し,違反があった場合には出荷・販売してはならない
(4)知事は,生産者等から必要な報告を求め,職員に立入検査をさせることができる
(5)知事は,違反があった場合,勧告を行い,その旨を公表することができる
ことなどを定めている。
この長崎県の条例は,農薬に関して,県による残留農薬等の検査が規定されていない点を除き,群馬県の条例と同様の条項を規定している。長崎県の条例は食の安全と環境の安全を結合させた点で評価される。