No.175 2011年度から環境保全型農業実践者に支援金を直接支払い

●日本で実施されている農業環境対策事業

EU(欧州連合)では,農業者を支援するために金銭を直接支払っているが,それを受給するには,環境を保全する農業の実践,農地の良好な農業的および環境的状態の維持,食品の安全性,動物および植物の健全性ならびに動物福祉の確保を規定に準じて遵守することが義務となっている(環境保全型農業レポート.No.161.EUでは農地を良好な状態に保つのが直接支払の条件)。

 日本では多額の補助金が農業者に支払われているが,その大部分は,政府が生産を奨励ないし誘導しようとしている作目の,生産量や栽培面積に応じて支払いを行なう生産とリンクした支給であり,環境保全を支払い条件にしている農業環境対策事業はまだ少ない。

OECD(経済協力開発機構:2010年12月9日現在で日本を含め先進34か国が加盟)の農業部門では,環境や資源を保全しつつ,農業生産を持続的に発展させることを目標の一つに掲げ,そのために様々な調査,分析や政策提言を行なっている。その一環として,2010年11月に「農業政策と環境影響との関連性:OECDの様式化した農業環境政策インパクトモデルの使用」( Linkages between Agricultural Policies and Environmental Effects: Using the OECD Stylised Agri-environmental Policy Impact Model, OECD Publishing. 176p.)を刊行した。その中で日本は,水田で水稲と小麦を生産している6 ha規模の農業者を想定し,その農業者が政策によって水稲,小麦および不作付の面積をどのように変え,それにともなって農業の持つプラスの環境保全機能がどのように変わるかをモデル計算した。その報告のなかで,農林水産省が行なっている環境負荷軽減のための農業環境対策として表1を掲載している。

●農業生産活動規範(農業環境規範)の問題点

農林水産省は,「農林水産環境政策の基本方針−環境保全を重視する農林水産業への移行」(2003年)に基づいて,環境にやさしい農業の推進を図っている。
2005年3月31日に農林水産省は,「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)の通達を出した(環境保全型農業レポート.No.12.「農業生産活動規範」とは)。

農林水産省の位置づけでは,この規範は農業者が環境保全のために採択すべき必要な生産行為であり,規範を守ることが農業環境対策事業での直接支払を受ける最低要件となっている(クロス・コンプライアンス)。しかし,この規範の内容は,環境保全の視点からすれば,違反する者が誰もいないと考えられるほどのあまりにも低いレベルの内容で,単に形式を作ったにすぎないといっても過言ではない。

●エコファーマーの問題点

エコファーマーは,1999年10月に施行された「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律」で導入された制度である。農業者は,有機質資材施用技術,化学肥料削減技術および農薬代替防除技術の3つのカテゴリーの環境と調和した技術として,都道府県が指定した各カテゴリーの技術を導入する計画を作成し,都道府県知事に申請する。承認を受けた農業者はエコファーマーとして認定され,計画遂行に必要な機械や施設の購入や,建設に要する資金を低利で長期に借り受け,所得税の軽減を受けることもできる。

エコファーマーは環境保全型農業実践者と見なされているが,厳密には問題がある。例えば,堆肥施用を行なうことを計画に入れて承認を受けたなら,マニュアスプレッダーの購入資金の貸付を受けることができる。しかし,堆肥の施用量については何の制限もない。このため,極端なことをいえば,有機質資材と肥効調節型肥料を合わせて,過剰施用を行なって地下水を硝酸汚染させても,エコファーマーとして認定されうるのである。化学肥料と堆肥の双方を合わせて,作物の種類ごとに適正な養分施用をすることが大切だが,そのための具体的規制はない。

●農地・水・環境保全向上対策の先進的営農支援の問題点

農業者の高齢化や離農者の増加によって,残っている農業者だけでは,地域で農業を維持するために不可欠な水路や農道などの維持が困難になってきた。このため,非農業者を含めた地域の共同活動により,農地・農業用水などの農業資源を図ることを主目的にして「農地・水・環境保全向上対策」が創設され,その一部として環境の保全向上を図る営農を支援する仕組みが作られた(環境保全型農業レポート.No.54.対象範囲の狭い「農地・水・環境保全向上対策」)。

この仕組みでは,(1)地域が非農業者を含めてまとまって行なう農地,農業用水などの農業資源を適切に保全する活動に助成金(基礎支援)が支払われる。(2)基礎支援を受けている農業者が,当該地域の協定に基づいて環境負荷低減に向けた農業生産での取組を共同で行ない(営農基礎活動支援),(3)その上で地域において相当程度のまとまりを持って,持続性の高い農業生産方式として指定された技術を導入したり,化学肥料と化学合成農薬を地域の慣行よりも原則5割以上削減したりするなどの先進的な取組を実践する場合に,支払が行なわれる(先進的営農支援)(水稲3,000円/10a,麦・豆類1,500円/10a,果菜類9,000円/10aなど)。

ここでの化学肥料の5割以上の削減とは,窒素化学肥料施用量の削減であって,有機質資材の施用量には制限がない。こため,窒素肥料を減らして,有機質資材の施用量を大幅に増やせば,逆に窒素の施用量を増やしてしまう場合もある。また,湖沼などでアオコが異常繁殖する富栄養化の原因として,窒素とともにリンが問題である。全国の農地でリンの過剰集積が問題になっており,豪雨時の水食によって,土壌粒子に吸着したリンが湖沼などに流入して富栄養化の要因となっている。しかし,リン施用量については何の削減も求められていない。

この支援では地域でのまとまりが前提になるため,1人やごくわずかの人数で頑張っている有機農業者は対象にならない。そして,予算的にも先進的営農支援は対策事業全体のわずかを占めているだけである。

●環境保全型農業直接支援交付金の導入

2011年度から環境保全型農業直接支援交付金が支給されることになった。

農業者等が,化学肥料(化学肥料窒素施用量)と化学合成農薬(散布回数)を原則5割以上低減する取組とセットで,地球温暖化防止や生物多様性保全に効果の高い営農活動に取り組む場合,取組面積に応じた支援(国の支援額:4,000円/10a)を行なうものである。そして,2010年度まで農地・水・環境保全向上対策の先進的営農支援の支給対象となっていた農業者グループが,協定に基づいて行なう化学肥や化学合成農薬を原則5割以上低減する取組に対しては,2010年度までの支払い実績の範囲内で,2011年限りで支援を継続する。予算額は,環境保全型農業直接支払交付金と先進的営農活動支援交付金を合わせて,44億6200万円。この支援事業を推進するための事務経費や効果の調査・検証などの予算と合わせた総額は48億710万円。

この交付金は,現在,世界的に大きな関心を集めている地球温暖化防止と生物多様性保全とを錦の御旗に掲げて予算を獲得したものである。そして,支援対象の活動として下記の4つの取組を指定しており,それらの主な環境保全効果として,次を見込んでいる。

(1) カバークロップの作付:地球温暖化防止(土壌炭素貯留),水質保全など

(2) リビングマルチ・草生栽培の実施:地球温暖化防止(土壌炭素貯留),水質保全など

なお,果樹園の雑草草生栽培は,粗放管理と区別できないので,対象としない。

(3) 冬期湛水管理:生物多様性保全など

(4) 有機農業の取組:生物多様性保全など

この(1)〜(4)の取組だけを行なっても,支援の対象にはならない。あくまでも化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組とセットで行なうことが条件となっている。

化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減する取組としては,(1) 有機農業,(2) 特別栽培および,(3) 都道府県のエコファーマーの要件である「持続性の高い農業生産方式導入指針」で化学肥料・化学合成農薬を原則5割以上低減が規定されている場合にはエコファーマーが対象となる。(2) および (3) では通常エコファーマーの認定を受けているケースが多く,エコファーマーの認定を受けていれば承認事務がスムースである。有機農業の場合はエコファーマーの認定を受けていなくても良い。なお,有機農業については,収穫前に実施確認を行なうので,交付申請書や実施計画書を市町村にすみやかに(遅くとも収穫前までに)提出することが求められる。有機JASの認定を受けているケースでは,有機JAS認定書と誓約書で確認事務が簡単である。しかし,有機JASの認定を受けていない場合には,生産記録によって化学肥料や農薬が使用されていないことを確認し,無作為に抽出した対象に対してヒヤリングを行なって,生産記録の正確性の確認も行なわれる。

そして,環境と調和のとれた農業生産活動規範点検シートに基づいて,農業者自らが点検を行なうとともに,当該点検シートを提出することが求められる。

国の支援額は4,000円/10aで,地方公共団体(都道府県と市町村の双方の場合がありうる)が国と同額の負担(4000円/10a)を行なった取組に対して行なうことが基本だが,他の対策事業とことなり,地方公共団体が負担を行なわない場合であっても,国の支援額だけは支給される。

●有機農業促進のための予算

政策目標として有機JAS認定農産物の生産量を2014年度までに5割増加させることを掲げて,環境保全型農業直接支援交付金で有機農業者を対象に加えたこと以外にも,有機農業を促進するための予算が2011年度に認められている。

民間団体が行なう全国段階での有機農業普及・参入支援事業として,有機農業参入希望者を対象にした相談,研修,情報提供などの支援,有機農業技術の実態把握や標準技術の体系化などに1億400万円。

また,有機農業に取り組む産地の収益力向上対策として,(1)販売企画力,生産技術力や人材育成力強化などの取組,(2)有機農産物市場を開拓するために,産地と流通業者をマッチングさせる有機農産物マッチングフェアなの開催,(3)有機農業技術支援センターを設置する際に融資残の自己負担部分の補助金などの支援を行なう。これらは産地活性化対策事業として,有機農業でないケースと合わせた予算総額(約107億円)が決められているが,有機農業分としての枠は設けられていない。