No.170 有機JAS規格の改正論議が進行

●現行の有機JAS規格の有機農産物の生産原則の規定は不十分

 現在の有機農産物の日本農林規格は2000年1月に告示された。その冒頭の第2条に有機農産物の生産原則が記載されている。すなわち,

 『第2条 有機農産物は,次のいずれかに従い生産することとする。

 (1) 農業の自然循環機能の維持増進を図るため,化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避けることを基本として,土壌の性質に由来する農地の生産力(きのこ類の生産にあっては農林産物に由来する生産力を含む。)を発揮させるとともに,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用したほ場において生産すること。

 (2) 採取場(自生している農産物を採取する場所をいう。以下同じ。)において,採取場の生態系の維持に支障を生じない方法により採取すること。』

 この生産原則に書かれている「農業の自然循環機能」は1999年に公布された「食料・農業・農村基本法」の第四条で用いられたものである。すなわち,

 『第四条 農業については,その有する食料その他の農産物の供給の機能及び多面的機能の重要性にかんがみ,必要な農地,農業用水その他の農業資源及び農業の担い手が確保され,地域の特性に応じてこれらが効率的に組み合わされた望ましい農業構造が確立されるとともに,農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し,かつ,これを促進する機能をいう。以下同じ。)が維持増進されることにより,その持続的な発展が図られなければならない。』

 この「自然循環」あるいは「自然循環機能」という言葉はこの基本法以前には存在せず,現在でも広辞苑の第6版にも収録されてなく,一般的な用語となっていない。基本法の括弧書きをみるなら,「物質循環」あるいは「物質循環機能」で良いと理解するのが通常であろう。しかし,「自然循環」を「物質循環」と理解すると,有機農産物の生産原則は狭い片手落ちのものとなる。

 1999年に合意されたコーデックス委員会の「オーガニック(有機)に生産した食品の生産,加工,表示及び流通のためのガイドライン」では,生産原則として次を記している。

 『5.有機農業は一連の環境にやさしい方法の一つである。有機な生産システムは,社会的,生態的及び経済的に持続可能な最適農業システムを達成することを目指した,特定の明確な生産基準に基づくものである。有機システムをより明確に記述するために,「バイオロジカル」とか「エコロジカル」といった用語を使用することもある。有機に生産された食品の要件は,生産方法を当該生産物の確認,表示及び宣言のための本質としている点で,他の農業生産物の要件と異なる。

 6.有「機」とは表示用語で,有機生産基準に従って生産され,正規に設立された認証/検査組織によって認証された生産物を表す。有機農業は合成した肥料や農薬の使用を避けつつ,外部からの投入資材の使用を最小にすることを基本としている。有機な農法といえども,一般的な環境汚染のために,生産物が残留物を全く含んでいないとの保証はない。しかし,そこで使用される農法は大気,土壌及び水の汚染を最小にするのに役立つ。有機食品の取扱者,加工者及び販売者は,有機農業生産物の完全性を維持する基準をかたくなに遵守する。有機農業の第一の目標は,土壌の生命体,植物,家畜及び人間の相互に依存しあっているコミュニティの健全性と生産力を最適にすることである。

 7.有機農業は,生物多様性,生物的循環や土壌の生物活性を含む農業生態系の健全性を促進かつ向上させるトータルな生産管理システムである。有機農業では,地域の条件には地域に適応したシステムが必要であることを考慮し,農場外の投入物よりも,トータル的管理的方法の使用を強調する。システム内の機能を満たすために,可能な限り,資材を使用せずに,栽培的,生物的及び機械的な方法を使用して,有機農業を達成する。有機な生産システムは下記をねらいにしている。

 a) システム全体の生物多様性を高める

 b) 土壌の生物活性を増強する

 c) 土壌の肥沃度を長期的に維持する

 d) 農地へ養分を還元させるために,植物及び家畜起源の廃棄物をリサイクルし,非再生可能資源の使用を最小にする

 e) ローカル組織化された農業システム内の再生可能資源に依存する

 f) 土壌,水,大気の健全な使用を助長するとともに,農業行為によって生ずるこれらへの全ての形態の汚染を最小にする

 g) 全ての段階において生産物の有機としての完全性や重要な品質を維持するために,慎重な加工方法を重視しつつ,農業生産物を流通・加工する

 h) 転換期間を経て既往の農場に有機農業を確立する。ただし,転換期間の長さは農地の履歴,生産する作物や家畜のタイプのような場固有の要因によって定める。』

 コーデックス委員会のガイドラインにおける有機農業の生産原則に比べて,JAS有機規格は簡単すぎる上に,「自然循環」といった成熟していない用語を用いている。このため,有機農業の生産原則が正しく理解されない恐れがある。

●日本の有機農産物の輸出意欲の高まり

 日本で生産した有機農産物を輸出しようとする際には,相手国の有機農産物生産基準に準拠していると認証されることが必要である。日本は,ニュージーランドとイギリス(2002年),デンマーク(2003年),インドとイスラエル(2006年),アメリカ(2008年)との間で,日本の農林水産省がこれらの国の法律に準拠した認定業務を行なうことが了解されている(環境保全型農業レポート「No.140 農水省が米国有機農業法に基づく国内認証機関認定へ」)。具体的には農林水産省消費安全局の表示・規格課が担当だが,同課の監督の下に独立行政法人農林水産消費安全技術センターが,応募のあった国内の認証組織を審査して,適格と判断された国内の認証組織が相手国の生産基準で行なう認証作業を行なうのをチェックしている。

 こうした有機農産物の国際貿易が活発化してくると,日本のJAS有機規格も国際的スタイルを保持していることが必要性だとの認識が高まってきたと考えられる。

●有機JAS規格の改正論議が進行

 有機農産物の生産原則の改正を含め,有機の農産物,畜産物,加工食品のJAS規格の見直しが,2010年の2月から3つの検討委員会で進行している。検討委員会の事務局は農林水産消費安全技術センターで,そのホームページから,これまでの検討委員会の資料が提供されている。

 例えば,2010年10月20日に開催された「第4回有機農産物のJAS規格及び有機加工食品のJAS規格の見直しに関する検討委員会」に提出された有機農産物の日本農林規格の改正素案で,下記の有機農産物の生産の原則が提示された。

 『(有機農産物の生産の原則)

 第2条 有機農産物の生産は,次のいずれかの生産管理を採用して生産することとする。

 (1) 有機農産物の生産は,生物の多様性,生物的循環及び土壌の生物活性等,農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理の実施に基づくものである。このため,耕種的,生物的及び物理的な生産管理手法を用いることにより,化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避け,地域の再生可能な資源を利用した栽培管理方法により生産すること。

 (2) 採取場(自生している農産物を採取する場所をいう。以下同じ。)において,採取場の生態系の維持に支障を生じない方法により採取すること。』

 この素案の方が現行の規格よりも分かりやすい。ただし,「環境負荷の最少化」,「安全」,「持続可能」という言葉をどこかに入れた方が良いように思える。例えば,『(1) 有機農産物の生産は,生物の多様性,生物的循環及び土壌の生物活性等,農業生態系の健全性を促進し強化する全体的な生産管理によって,環境負荷を最小にしつつ安全な農産物の持続可能な生産をはかるものである。このため,耕種的,生物的及び物理的な生産管理手法を用いることにより,化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避け,地域の再生可能な資源を利用した栽培管理方法により生産すること。』

 この他にも現行を改正する素案が多々示されている。

 検討委員会の当初予定では,2010年の秋には検討委員会の案をまとめる予定であったようで,それよりは作業が遅れているようだが,検討委員会の作業はほぼ終わったようである。今後,JAS制度調査会の専門部会,パブリックコメント,WTO通報,JAS制度調査会総会,大臣告示を経て,2011年10月26日までに改正告示になる予定である。