No.165 春先に深刻な農地の風食とその抑制策

●畑の風食

 土壌が雨や風といった自然の力で圃場の外へ搬出される現象を土壌侵食といい,水によって搬出される場合を水食,風によって搬出される場合を風食という。アメリカでは連邦政府の土壌保全活動によって農地の侵食量はかなり減少したが,水食と風食を合わせて全国平均で年間約10 t/haに達し,その約45%が風食による(環境保全型農業レポート.「No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態」)。日本では,侵食の全国的モニタリングはなされていないが,一般的にはアメリカのように水食や風食は深刻でないと考えられている。とはいえ,深刻なケースが少なくない。

 ここでは日本の農地での風食問題の一端を紹介する。軽い土壌が乾燥していて,圃場が作物に被覆されずに裸地状態のときに強風が吹くと,土ぼこりが舞い上がり,ひどい風食が起きる。このため,風食は湿った水田よりも畑で起きやすい。日本の露地畑の多くでは春から秋に野菜が栽培されるが,野菜の跡に秋から春ないし初夏まで栽培される冬作物(ムギ類,ナタネ,イタリアンライグラスなど)の作付面積が昔に比べて激減し,野菜収穫後は裸地状態のケースが増えている。また,耕作放棄地が増え,裸地ないし裸地に近い状態で放置されているケースも多い。こうして,3月に春一番が吹くと,もうもうと土ぼこりが舞い上がってしまうケースが増えている(図1)。

 風食のひどさは地域によってかなり違いがあるので,春先の全国的な風食リスクを概観してみる。気象庁(2002)の「メッシュ気候値2000」(統計期間1971〜2000年:(財)気象業務支援センター発行)によって3月の平均降水量の分布をみると,100 mm未満の比較的降水量の少ない地方は,北海道,東北地方の太平洋側,関東・甲信,瀬戸内海沿岸地方(図1)である。しかし,北海道と北東北では積雪が残っており(図2),南東北の太平洋側でも,積雪がなくなっても霜柱や溶けた雪で土壌が湿っているケースが多く,3月に乾燥した畑が多いのは関東・甲信と瀬戸内海沿岸地方であろう。さらに,細かく軽い火山灰が降り積もってできた黒ボク土の耕地は,北海道,東北,関東・甲信,南九州に多く分布していて(環境保全型農業レポート「No.154 全国の農耕地土壌図をインターネットで公開」),黒ボク土の耕地は大部分畑として利用されている。これらのことを総合すると,3月に畑の風食が問題なのは関東と甲信で,北海道や東北でも4月ないし5月になれば,風食が問題になる地域があると推察される。事実,十勝地方では,4月から6月にかけて吹く強風が激烈な風食を起こしてきている(辻 修,1997 )

●インターネット記事でみた風食問題

 風食は,農業では,(1)肥沃な表土を失わせる,(2)根を露出させて作物の生育を阻害する,(3)有害な土壌伝染性病害虫を拡散させる,(4)農作業者の健康を損なう,(5)農業用施設や機械を損なうなどの被害を起こす。また,人々の生活に対しては,(1)洗濯物を汚す,(2)部屋の中をざらざらさせる,(3)土壌粒子とそれに付着した有害物質や病原生物によって健康を損なう,(4)視界を悪くして交通を危険にする,(5)風食の起きやすい畑に隣接する分譲マンションや建売住宅の評価を下げる,(6)土壌粒子を水系に沈殿させて水生生物の生息地を劣化させるなどの被害を起こす。

 「風食」や「土ぼこり」などのキーワードでインターネットを検索すると,莫大な件数の記事がヒットする。風食に関する記事の数は,風食の程度や頻度だけでなく,風食の被害を受ける農業者や地域住民の数の多さによっても異なっているであろう。特に都市内や都市近郊の畑で生じた風食の被害を受ける人の数は多いので,実際の風食程度がはるかにひどい純農村地帯でよりも,都市内や都市近郊での記事のほうが多くなっていよう。その中には学校のグランド,公園,道路などの非農地での風食も多い。しかし,畑を中心とする農地での風食に限ると,件数の多い地域はかなり限定されている。農地での風食に関する記事の多い地域として下記が特筆される。

 1.北海道

 北海道では4〜6月にひどい風食が起きている(例えば,十勝毎日新聞社ニュース2009年05月20日)。

 2.長野県

 長野県内では特に松本南西部地域における風食防止の取組に関する記事が多いのが際立っている。すなわち,3月に裸地状態の露地野菜畑で猛烈な風食が起き,農家だけでなく,非農家の地域住民にも多大な迷惑をかけている。このため,長野県と松本市,塩尻市,波田町,山形村,朝日村の5市町村で構成する「松本南西部地域農地風食防止対策協議会」が2004年から風食防止対策に取り組んでいる(例えば,長野県松本地方事務所農政課の記事)。この風食防止対策協議会は風食防止対策として,コムギやエンバクの栽培とともに,網マルチを奨励している(松本農業改良普及センター)。

 3.関東地方

 関東地方の風食に関する記事は非常に多く,都市近郊農業地帯と,東京とそのベッドタウンの都市内農地とに分けて紹介する。都市近郊農業地帯と都市内農地については,当該地帯の総面積において,前者では住宅地+商業地+工業地よりも農地のほうが広いが,後者は都市計画区域内で,住宅地+商業地+工業地のほうが農地よりも広いといった違いをイメージしている。

(1)関東地方の都市近郊農業地帯

 地域住民から畑の土ぼこりの苦情が出ていることを示す記事は,例えば,茨城県の東海村牛久市つくば市,ひたちなか市,石下市,神奈川県の三浦半島千葉県八街市などの記事が特筆される。

 茨城県のひたちなか市は,干しいも生産量が全国1位だが,1月から始まる干しいも生産で,蒸したいもを乾燥させているときに,風食が起きて土ぼこりが干しいもに付着してしまうと商品価値がなくなってしまう。このため,市,JA,生産者,農業改良普及センターなどで構成する「茨城ほしいも対策協議会」が規格外のオオムギ種子を干しいも生産農家に提供し,農家は秋に種子を畑全面に厚播きして,芝生のようにムギを生やして,1〜2月の風食を防止している(山田健雄 (2007) 茨城県ひたちなか市・茨城ほしいも対策協議会:ムギの多目的利用による高品質特産品づくりと居住環境づくりの調和.農業技術大系.土壌施肥編.第8巻.環境保全型農業の地域展開.茨城 ほしいも対策協議会 p.1〜11.農文協)。しかし,干しいも生産が終わると,農家は2月下旬〜3月上旬にはムギが大きくならないうちに,ロータリで畑に鋤込んでしまう。その後までムギが生育させて大きくすると,ロータリでは鋤き込めなくなり,無理に行なうと,作土が凸凹になってしまう。春一番は鋤込んだ後にくるので,鋤込んだことによって,風食がかえってひどくなり,非農業の地域住民からの苦情が増える(西尾道徳 (2005) 農業と環境汚染 p.182〜184.農文協)。図1は,ムギを鋤込んで裸地状態になったひたちなか市の畑で起きた風食の写真である。

 ひたちなか市に隣接する那珂市でも風食問題が深刻である。耕作放棄地が裸地になると,風食が一段と多くなるため,耕作放棄地にヘアリーベッチを栽培することを奨励し,種子代を補助している(環境保全型農業レポート.No.44 ヘアリーベッチ栽培に補助金を交付)。

 上記の東海村,牛久市,つくば市などは,市村議会で畑の風食問題を取り上げている。そして,つくば市は,2010年4月からの第2次つくば市環境基本計画において,(1)ムギ,ハナナ,葉菜類などの冬作物の栽培とその学校給食での利用促進,(2)エンバク,ナタネなどの緑肥作物の栽培促進,(3)被覆植物の種子の配布などを市が取り組むことをうたっている。

 しかし,神奈川県の三浦半島では,スイカ,メロン,カボチャを生産しているが,ここ数年,コストや手間がかかる割に高値がつかないために,これらの作付面積が減少し,裸地状態の「空き畑」が目立っている。市は2009年度に「空き畑」対策の一環として緑肥を栽培する農家への補助金制度を導入したが,実際の申し込みは当初計画の65%程度で,補助金があっても実行できない農家も多いことが報じられている(神奈川新聞2009年6月14日)。

(2)東京都とその周辺の都市農業地帯

 都市農業を定義するつもりはないが,都市計画区域内の農業で,住宅などに取り囲まれた生産緑地での農業をイメージしている。

 2005年の農林業センサスによる東京都の区市町村の総面積に占める農地面積の割合をみると,都心部の区には農地がなく森林もない。練馬区,目黒区,世田谷区,杉並区,板橋区などの区には数パーセントの農地が存在している(表1)。島嶼部を除く市町村の農地割合は,清瀬市の21.8%から奥多摩町の0.1%までの幅を持っている。ただし,奥多摩町,檜原村など,西側の山間部に近づくほど,傾斜地が増えて,市町村面積に占める森林面積割合が高くなって,農地面積率が低くなっている。平野部の清瀬市,国分寺市,瑞穂町,西東京市,三鷹市,小平市,東村山市には10%を超える農地が存在し,他の市や町にも数パーセントの農地が存在している。島嶼部や山間部を除く,数パーセントを超える農地が存在している平野部の区市町で風食が問題にされている。

(2−1)都市農業は大切だが,畑の風食は・・・

 都市農業は地域住民にとってプラスの多面的機能を持つとして,2007年度の食料・農業・農村白書には,今後とも都市および都市周辺の農地を残したいと考える人が9割に上るとの調査結果が記載されており,それに関連する調査結果が示されている(表2)。すなわち,農地の持つプラスの役割は77%を超える圧倒的多数の住民によって支持されている。しかし,約40%の住民は,農業・農地が「農薬の飛散・臭い・土ぼこり等によって生活環境を悪化」させていると「思う」ないし「少し思う」と回答している。

 国土交通省都市・地域整備局と農林水産省関東農政局が合同で行なった平成18年度国土施策創発調査は,八王子市,町田市,青梅市,多摩市,横浜市,川崎市および相模原市を対象にして,都市農業の現状と課題を把握し,都市農業経営のあり方・展望と都市部における農地保全のあり方等についても調査した(「都市農業分野 調査概要」全62ページ)。ベースになっているアンケート調査は各市が過去に別々に行なったものが多いが,いずれの市でも,都市農業は,「季節を感じることができる」,「植木が緑を豊かにしてくれる」,「新鮮な野菜を提供してくれる」などのプラス効果に対する支持が高い。しかし,例えば,青梅市では,「季節によっては土ぼこりで困る」,「耕作放棄地など荒れている農地がある」,川崎市では,「風で土ほこりが舞う」39.7%,「夜になると暗い」37.2%といった苦情が出されている。

 東京都の東久留米市は,農業振興計画策定のために市民意識調査を2005年に実施したが,その中で農業・農地について,プラス効果には高い支持が出されているものの,「季節によっては土ぼこりなどで困る」8.7%,「農薬散布が気になる」4.4%,「臭いや農機具による騒音などで困る」1.1%,「耕作放棄地など荒れている農地がある」2.4%といった苦情が出されている。

 東京都の練馬区は「平成19年度(2007年度)区民意識意向調査」(2007年7月実施)において,農地を残すために協力できることは何かを区民に聞いたところ、「できるだけ区内の直売所で農産物を買う」(49.9%)が5割で最も多く,次いで「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」(31.1%),「都市の農地の大切さについて,家族などと話をする」(24.6%),「区が農地を残すための基金を作った場合,その基金に寄付する」(11.5%),「ヘルパーやボランティアとして農作業の手伝いをする」(8.4%)の順となっていた。

(2−2)都市内の畑の風食対策

 練馬区の区民意識意向調査で「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」に31.1%の回答が寄せられたからといって,農業サイドが,多少の土ぼこりは我慢してもらえると考えて良いと理解することはできない。「畑からの土ぼこりやにおいなどについて理解を示す」という設問があるから,そう回答したのであって,区民は,本来は土ぼこりがないことを望んでいるはずである。

 練馬区と隣接した埼玉県新座市(2005年農林業センサスで農地面積率は15.2%)でも,最近引っ越してきた市民から,市長に栗林の風食の苦情が寄せられた。これに対して,市は,1997年度から,土ぼこり対策と農地の土壌保全ならびに土壌伝染性病害虫の抑制に効果のある緑肥作物(ヘイオーツ,小麦,ヘアリーベッチ)の作付けを奨励する土ぼこり対策事業を実施しているので,理解して欲しい旨を回答している。

 この土ぼこり対策事業は,市役所が農業者と繰り返し相談して,緑肥作物を選定し,その種子の無料配布を行なっているものである。農家は10月中旬から11月中旬には緑肥作物を播種し,4月中旬まで栽培した後,畑に鋤込んでいる。この場合,緑肥作物がかなり大きくなって,ロータリで鋤き込むと土壌表面が凸凹になって,その後に播種・定植する野菜の生育に大きなばらつきがでてしまう。この解決法も農業者と相談し,緑肥作物をハンマーナイフモアで短く切断し,それを畑表面に放置して乾燥させた後,石灰窒素を散布して鋤込む方式を採用した。これによって,細かく切断されてしおれた緑肥作物破片は土壌となじんで凸凹にならない。その上,石灰窒素でC/N比を整える。このため,次作の野菜の生育に悪い影響を与えない。そして,農業者がハンマーナイフモアを共同購入する際には,県と市の補助金を使えるようにしている(西尾道徳,2005)。

 新座市は,都市農業を振興する際に,市民との円滑な関係を維持していくため,住宅地への土ぼこりを防止するための緑肥作物の作付けを奨励することを「第3次基本構想総合振興計画」にも記し,2010年度予算で緑肥作物種子を無料配布する「農地土埃防止対策費」として137.2万円を計上している。

 東京都とその近隣の区市町村における農地からの風食対策は,インターネットによる情報収集だけでは十分には把握できないが,下記の状況が把握された。

 練馬区は農業の持つ多面的機能の重要性を認識し,農地を生産緑地としてできるだけ残す方針を出し,その際,農業と住環境との調和を重視している。しかし,畑の風食防止に積極的な施策を講じているようにはみえない。生産緑地事務の2008年度の予算額が22.5万円で,そのほとんどは生産緑地指定に要するものであろう。2008年度の事務事業評価表では,環境配慮として,農地からの土ぼこりの発生・土砂の流出に対する防止指導,農薬散布に対する助言などを行い,農業者の自発的な取り組みによって,区民からの苦情件数が減少したと記している。ただし,具体的にどのような指導をしたか,その実施に要するコストを区が負担したかについては記されていない。

 清瀬市は,環境保全型農業推進事業として,土壌改良・土ぼこり対策・環境保全対策のために,牛ふん堆肥と土壌改良用種子(牧草等の種子)代を助成していて,2008年度に422.6万円の予算を計上した。

 横浜市は,環境配慮型施設整備事業のなかで農薬飛散防止とともに,牧草による農地からの風食防止対策も行っており,2010年度に5,400万円の予算総額を計上している。この中で,牧草による環境対策等20 地区,農薬飛散防止ネット7.5haなどを計画している。

●終わりに

 都市近郊農業や都市農業は,生鮮物を中心に農産物生産で重要な役割を果たしている。それに加えて,農業生産以外の様々な多面的機能を発揮して地域住民の生活にプラスの影響を与えている。身近に農業が営まれていることによって,農業への理解や支持も高まると期待される。しかし,土ぼこり,臭い,農薬のドリフトなどのマイナス影響を与えて,農業への拒絶反応が生じたのでは意味がなくなってしまう。都市近郊農業や都市農業は環境面でのマイナス影響をさらに減らして地域住民の支持を高める努力が望まれる。