No.143 米国が土壌くん蒸剤の安全使用強化に動き出す

●土壌くん蒸剤の安全使用強化の経緯

 既にアメリカが農薬散布にともなうドリフト削減強化に動き出したことを紹介したが(環境保全型農業レポート.No.141.米国が農薬ドリフト削減のためのラベル表示変更検討),同国は土壌くん蒸剤の安全使用強化にも動き出している。土壌くん蒸剤は,土壌中でガス化して孔隙内を拡散し,土壌伝染性の病原菌,センチュウ,土壌害虫や雑草種子を死滅させる強力な農業用薬剤である。通常は,土壌表面をプラスチックフィルムで被覆した露地畑や,ガラスやフィルムで囲まれた施設内で使用されるが,果樹の苗木を植える穴部分に注入する場合など,土壌表面を被覆しないままで使用する場合もある。

 EPA(環境保護庁)は,土壌くん蒸剤を使用する農業者に加えて,くん蒸剤処理をした農地の近くに居住したり,その傍らを通行したりする市民の健康を守るために,土壌くん蒸剤の安全使用を強化する作業を重ねていた。

 2008年7月10日に土壌くん蒸剤の安全使用強化の原案を公表して,意見を公募した。寄せられた意見やその後の研究成果を踏まえて,2009年5月27日に,土壌くん蒸剤の登録基準の改正を薬剤別に公表した(EPA (2009) Chloropicrin, Dazomet, Metam Sodium/ Potassium, and Methyl Bromide; Amendments to Reregistration Eligibility Decisions. Federal Register, Vol. 74, No. 105 (June 3, 2009) p.26690-26692)。

 改正された土壌くん蒸剤の登録基準に基づいて,2010年の春までに,EPAが,登録業者の提出した土壌くん蒸剤のラベル表示の変更案を承認し,2010年と2011年に安全使用方策の具体的仕様を確定し,安全使用が2013年に完全施行されることになっている。

 因みに日本では2006年11月30日付けで,農林水産省消費安全局長から地方農政局長などに宛てた,「クロルピクリン剤等の土壌くん蒸剤の適正使用について」と題する通知がだされている(18消安第8846号)。この通知は土壌くん蒸剤の安全使用のポイントを喚起しているが,バッファーゾーン(立入禁止帯)については論及しておらず,日本ではバッファーゾーンを設定する動きはまだない。

 以下に,アメリカにおける土壌くん蒸剤の安全使用の強化案を,バッファーゾーンを中心に紹介する。

●安全使用強化の概要

 現在,アメリカで安全使用が規定されている土壌くん蒸剤は,臭化メチル,1,3-ジクロロプロペン,ヨウ化メチルとクロルピクリンだが,現在,規定されていない,メタムカリウム塩/メタムナトリウム塩(メチルジチオカーバメート)とダゾメットも,安全使用規定の対象にする。

 そして,土壌くん蒸剤のラベル表示の変更に加え,安全使用(使用量の削減,使用場所の制限,くん蒸剤施用者の安全確保,被覆シートの切り取り・除去など)を具体的に記した優良農業規範を策定した。内容は,作業者や近隣住民の健康を守るバッファーゾーンを具体的に設定すること,農業者への研修を強化すること,農業者にはくん蒸剤管理計画を作成させ,実施記録を作成させて,安全使用を遵守させることなどからなる。目下,下記の土壌くん蒸剤の改正登録基準が作成されている。

 クロルピクリン(全197頁),ダゾメット(全177頁),メタムカリウム塩/メタムナトリウム塩(全231頁),臭化メチル(全180頁) 

●バッファーゾーン(立入禁止帯)

 くん蒸剤を処理した圃場区画の周囲には,一定期間,人の立入を禁止するバッファーゾーンを設定する。詳細は2011年に決められるが,目下,下記が決められている。

 バッファーゾーンの要件は,くん蒸剤の種類,処理量,圃場の大きさ,処理の装置・方法などによって違ってくるが,共通事項として決められている主要なものを下記に記す。

 ▲土壌くん蒸剤で処理した圃場や温室の周囲には,当該圃場や温室の端から全ての方向に等しい距離のバッファーゾーンを設けなければならない。

 ▲くん蒸剤処理を行う者以外の全ての人(農業作業者,付近の住民,通行人,見物人など)は,所定期間内に,バッファーゾーンに立ち入ってはならない。ただし,例外措置として認める横断の場合はこの限りでない。

 ▲所定期間は,圃場ないし温室にくん蒸剤処理を開始したときから始まり,処理を終了したときから最低48時間継続する。

 ▲製品のラベルにバッファーゾーンの距離を表示しなければならない。くん蒸剤の種類や処理方法などによって距離は異なり,最低でも25フィート以上でなければならない。

 改正登録基準にバッファーゾーンの調査事例が示されている。

 その例によると,クロルピクリン処理した温室の場合,処理した温室が2.5万平方フィート(約23アール)以下なら25フィート(約7.6メートル),4.5万〜5万平方フィート(約42〜46アール)なら130フィート(約40メートル)など。

 シートで被覆してクロルピクリン処理した露地畑や苗床の場合,処理した薬剤の有効成分が140ポンド/エーカー(約1.6キログラム/アール)程度までで,処理面積が40エーカー(約16ヘクタール)までなら,バッファーゾーンの距離は25フィート(約7.6メートル)。有効成分が200ポンド/エーカー(約2.2キログラム/アール)で,40エーカー(約16ヘクタール)を処理した場合には,バッファーゾーンは354フィート(約108メートル)。

 ▲果樹園の改植で,古い木を抜いた跡の穴にくん蒸剤を土壌に深く注入した場合は,バッファーゾーンの距離は,注入位置から25フィート(約7.6メートル)以上しなければならない(薬剤量によって変わる)。

 ▲所定期間内にバッファーゾーンに立ち入れる者は,くん蒸剤処理のトレーニングを受けた者だけとする。

 ▲居住地区や建物,他の者が所有する土地や公共の土地を,原則としてバッファーゾーンに入れてはならない。