No.135 日本が輸入した農産物中の残留農薬の概要

●輸入農産物中の残留農薬検査

 検疫所の検査結果を基にして,国立医薬品食品衛生研究所が,2002〜2007年度に輸入した農産物中の残留農薬の検査結果を下記報告書で提供している。国立医薬品食品衛生研究所安全情報部 (2009) 輸出国における農薬等の使用状況等に関する調査(平成20年度調査):わが国における輸入農産物中の残留農薬検出状況の推移について.46p. 。ここでいう農産物は,検疫所の品目群でいえば,農産食品と農産加工食品である(環境保全型農業レポート.No.134「日本の輸入食品監視統計の概要」の表2参照)。畜産物や水産物中の残留農薬,動物用医薬品や汚染物質(重金属,残留性有機化合物など)についても関心があるが,今回は検討対象とされていない。

 以下の記述で,項目とは,検査年,原産国,食品の品目,検査対象物質(この場合は農薬)が同じ組み合わせのものをひとつのデータセットとしてまとめたものであり,全項目数とはいわば検査を行なったデータセット総数である。違反項目として収載されている組み合わせは,少なくとも検出件数が1件以上あったものであり,検査対象物質が1件も検出されなかった場合は違反項目として収載していない。解析の対象としたのは,2002〜2007年度の6年で,この間の各年度における全項目数,違反項目数と違反件数を表1に示す。

 2002 年度には,中国産冷凍ホウレンソウやシュンギクのクロルピリホス,タイ産ケールや中国産スナップエンドウのシペルメトリン,中国産シソのフェンバレレートなどの違反件数が多く,食品の安全に関する問題が社会的にも大きく取り上げられた。そして,2003年度〜2005年度には違反件数が大きく減少した(表1)。

●ポジティブリスト制度の導入による違反件数の増加

 環境保全型農業レポート「No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入」に紹介したように,2004年6月時点において世界で農産物に使用の認められている農薬(飼料添加物および動物用医薬品を除く)は約700で,日本で「農薬取締法」に基づいて食品生産のために使用が認められた登録農薬数が約350であった。そのうち,「食品衛生法」で残留農薬基準が設定されている農薬は241にすぎなかった。このため,残留基準のない農薬残留物が食品から検出されたとしても,流通を規制できなかった。

 こうした状況に対処するために,残留基準のない農薬については,一律基準値として,人の健康を損なうおそれのない量として0.01 mg/L (ppm)が設定されて,ポジティブリスト制度が2006年5月に施行された。これにともなって,検疫所は2006年度には検査を行なったデータセット数をそれ以前よりもおおむね2倍程度に増やしたが,これによって違反項目数や違反件数も2倍以上に増加した(表1)。

●ポジティブリスト制度の導入後に違反件数の増加した農薬

 2002〜2007 年度に検出例があった農薬は234 種類であったが,最大残留基準を超える濃度などの違反例があった農薬は84種で,残り150種類については違反例がなかった。そして,違反があった農薬について,2002〜2007 年度の違反件数(合計)が15件を超えるものを表2に示す。

 なお,表2に最大残留基準の例を示しているが,同じ農薬でも最大残留基準は,一日に摂食する量が多い食品と少ない食品では異なる。食品別の最大残留基準の詳細は,(財)日本食品化学研究振興財団の「食品に残留する農薬、飼料添加物及び動物用医薬品の限度量」を参照されたい。

 農産物から検出された違反件数の2002〜2007年度における推移をみると,農薬がいくつかのタイプに区分される。

 1)2002〜2007年度を通して違反例が多かった農薬は,特に違反件数の多かったクロルピリホスやシペルメトリンに加えて,フェンバレレート,メタミドホス,パラチオンメチルであった。

 2)ピリミホスメチルは,2002〜2005 年度にも違反例はあったが,2006 年度以降に違反例が増加した(大部分はガーナ産カカオ豆)。

 3)2002〜2005 年度には違反例がなく,2006と2007 年度に違反例が増加した農薬は,2,4-D,BHC,トリアゾホス,アセトクロール,テブフェノジド,ピリメタニル,ジフェノコナゾール,ブロモプロピレート,フェンプロパトリンであった(表2で薄い黄色で塗りつぶした欄の農薬)。

 4)逆に2002〜2005 年度に違反例が多く,2006年度以降に違反例が見られなかった農薬は,ダミノジットとジクロルボスであった。

 このうち,3)の農薬には,従来,食品の最大残留基準が設定されてなく,一律基準を設定したために違反となった農薬が多い。こうした農薬の残留した食品の輸入を防止する点で,ポジティブリスト制度は機能したといえよう。

●2006年度と2007年度に違反例が多かった主な品目

 2006年度と2007年度に違反例が多かった主な品目をみると,最も多かったのはカカオ豆で,2,4-D,クロルピリホス,ピリミホスメチルなどが最大残留基準を超えて検出された。その主な原産国はエクアドルとガーナであった。

 そして,中国原産のショウガ(BHC),ニンニクの茎(ピリメタニル),乾燥キクラゲ(クロルピリホス,ビフェントリン,メタミドホス),大粒落花生(BHCやアセトクロール)などで違反例が多かった(表3)。

●農産物から残留農薬が検出された違反件数の多い原産国

 農産物から残留農薬が検出された違反件数の多い上位7か国における,2002〜2007年度の違反件数の推移を表4に示す。

 以下の記述では,輸入量が多かったり,過去に違反の多かった品目について重点的に検査を行なったりしたりするため,違反件数そのものは,輸入農産物全体での違反状態を正しく反映しているとはいえないことを念頭に置いていただきたい。

 2002〜2007年度において,農産物から規定濃度以上の残留農薬が検出された違反件数が最も多かったのは中国である。上述したように,2002年度に中国産野菜からクロルピリホス,シペルメトリン,フェンバレレートなどが相次いで検出され,中国産食品の安全に関する問題が社会的にも大きく取り上げられた。そして,2003年度〜2005年度には違反件数が大きく減少した。当時,BHC,ピリメタニル,アセトクロールなどには最大残留基準が設定されていなかった。2006年にこれらについては一律基準が設定されて,ショウガのBHC,ニンニクの茎のピリメタニル,大粒落花生のアセトクロールとBHC,半発酵茶のトリアゾホス,乾燥キクラゲのメタミドホスが違反となり,2006年度に中国の違反件数が大幅に増加した。

 エクアドルおよびガーナでは2002〜2005年度に違反例がなく,2006〜2007年度になって違反件数が急増した。これはカカオ豆の違反によるもので,2005年度以前のポジティブリスト制度施行前には,カカオ豆の2,4-D ,クロルピリホス,ピリミホスメチル,フェンバレレートの最大残留濃度が設定されておらず,検出されても違反とならなかった。2006年度にカカオ豆でこれらの農薬の最大残留濃度設定され,エクアドルおよびガーナ産のカカオ豆について検査命令による検査が実施されて違反件数が急増した。

 こうしたことから,中国,ガーナ,エクアドル産の農産物での2006 年度の違反件数増加には,ポジティブリスト制度施行に伴う規則の変更,特に一律基準の適用が大きく影響している。