No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入

●制度導入の背景

 農薬等(農薬,飼料添加物及び動物用医薬品)は多数の法律によって規制されている。農薬散布などにともなう人体への害作用を回避する安全使用については「毒物及び劇物取締法」,残留農薬からの食品の安全性確保については「食品衛生法」,環境の安全性確保については「環境基本法」と「水質汚濁防止法」などで規制されている。そして,これらの法律で定められた基準を遵守する形で,「農薬取締法」,「飼料の安全性の確保及び品質の改善に関する法律」や「薬事法」によって農薬等の販売や使用が規制されている。

 厚生労働省食品安全部の資料(「食品中に残留する農薬,動物用医薬品等のポジティブリスト制導入の取組」(2004))によると,2004年6月時点において世界で食用農産物に使用の認められている農薬(飼料添加物及び動物用医薬品を除く)は約700あるが,日本で「農薬取締法」に基づいて食品生産のために使用が認められた登録農薬数が約350である。そのうち,「食品衛生法」で残留農薬基準が設定されている農薬は241にすぎず,そのうちの47は「農薬取締法」で現在使用の認められていないものである。したがって,350のうち,食品の残留基準があるのは194にすぎず,160弱の農薬には残留基準がない。そして,残留基準のない農薬の残留が食品から検出されたとしても,流通が規制されていない。

 厚生労働省はこうした法的不備を是正するために,2003年5月に「食品衛生法」を一部改正して,残留基準のない農薬についても一定レベル以上の残留農薬を含有する食品の流通を規制できるようにした。

●「食品衛生法」の一部改正

 2003年5月に「食品衛生法」が一部改正されたが,その中心点は,同法の第11条に第3項を追加したことである。すなわち,残留基準の定められていない農薬等(農薬,飼料添加物及び動物用医薬品)を対象として,
(1)厚生労働大臣が定める人の健康を損なうおそれのないことが明らかな物質は除外し,
(2)厚生労働大臣が定める人の健康を損なうおそれのない量を超える農薬等を残留する食品は,販売用に製造・輸入・加工・使用・調理・保存・販売してはならないとするポジティブリスト制度を導入できるようにした。そして,
(3)残留基準がないものの,特に問題と思われる農薬等については,ポジティブリスト制度の対象外として,新たに暫定基準を定め,基準値を超える農薬等を残留する食品の販売などを禁止するようにした。

 この改正点を施行するために,2005年11月29日に厚生労働省は3つの告示を交付した。
(1)の除外物質として,ビタミン,アミノ酸,微量元素などの飼料添加物や,農薬として使用されているアザジラクチン,イオウ,塩素,銅など,65の物質が指定された(詳細は「食品に残留する農薬等に関するポジティブリスト制度の導入について(回答)」を参照)。
(2)の一律基準値として,人の健康を損なうおそれのない量として0.01ppmが設定された。
(3)の暫定基準として,(a)発がん性等の理由によりADI(1日摂取許容量)を設定できないものなどは,検出されてはならない「不検出」農薬等として,抗生物質,化学合成抗菌物質,ならびに,除草剤の2,4,5-T,アミトロール,殺菌剤のカプタホール,殺虫剤のクマホスや動物医薬品など15の農薬等を指定した。(b)外国で登録され国内で登録されていないものも含め,農薬等715の農薬等について,コーデックスや外国の基準も参考にして,食品の種類別に許容上限値である暫定基準を設定した。
 これらは2006年5月29日から適用される(下図参照)。

厚生労働省HPより

●ポジティブリスト制度の意味するもの

 ポジティブリスト制度自体は,残留を認めるもののみを示す方式をいい,逆に残留してはならないもののみを示す方式はネガティブ方式とよばれている。高濃度の残留農薬等は通常有害であるため,人体に害作用を及ぼさない範囲で農薬等の残留許容濃度を従来から基準として定めてきているので,もともと食品衛生法はポジティブリスト方式を採用してきている。今回の食品衛生法の改正でポジティブリスト制度が初めて導入されたかのように表現されているが,正確にはポジティブリスト制度が強化されたというべきであろう。

 今回の改正で,(1)残留基準がなかった農薬等の多くに暫定基準が設けられ,(2)残留基準や暫定基準を設けていない農薬等についても0.01ppmという一律基準が設けられた。今回の告示が施行されることによって,国内で登録されていながら,残留基準がないために,検出されても,何ら規制されずに販売されていた食品がなくなるという,法的一貫性が作られた。また,国内で登録されてなく,外国で使用されている農薬が輸入食品から検出された場合,暫定基準や一律基準を超えたものを排除できるようになった。これらの基準を一方的に厳しくした場合には非関税障壁として防疫摩擦を起こすが,それを回避するために,国際基準であるコーデックスの基準を全面的に取り入れ,コーデックス基準がないものはアメリカ,EU等先進国の基準を参考にして暫定基準を設定している。

 残留基準や暫定基準は農産物・食品別に設定されており,当該農産物・食品に認められていない農薬等が検出された場合には,0.01ppmの一律基準が適用される。このため,自分は登録農薬だけを使用基準にしたがって使用していたとしても,隣の別の作物を栽培している農家の使用している農薬が自分の作物に認められていない場合がある。ドリフトによって隣の農薬が自分の作物に降りかかって,0.01ppm以上の残留が検出されると販売できなくなる。このため,ドリフト防止対策が必要になってくる。残留農薬分析は実際には大変であり,ドリフト分まで検出するのは実際には容易でない。今回の改正は法的一貫性を確保することがねらいであり,そのモニタリング体制を整備するには至っていない。だから,多少のドリフトなど当面気にしなくても良いとの考えもあろう。

 しかし,群馬県のように,農産物の出荷団体等が残留農薬分析を行うことを課し,県が行ったモニタリング検査によって基準を超える残留が検出された場合には,出荷団体等に出荷停止や回収を命ずることを定めている自治体もある(「群馬県における農薬の適正な販売,使用及び管理に関する条例」環境保全型農業レポート:2004年10月22日号)。そうしたモニタリング検査で検出されて公表された場合には,2002年に無登録農薬や販売禁止農薬が農産物から相次いで検出されて,2003年の農薬取締法の改正に至ったような大きな社会問題となるであろう。

 消費者の信頼を得て,国内農業を維持する上で,高品質で安全な農産物を生産することが当然必要である。そのために,日本が食品の安全性の点で高いレベルの基準を設定し,国内農産物と輸入農産物にその遵守を求めることが不可欠である。国内の安全性レベルが低ければ,特に途上国からの安価な輸入農産物で侵食されてしまうであろう。暫定基準は5年程度で見直すことになっているが,今回の告示は食品の安全性確保と国内農業維持に役立つと考えられる。