●生分解性プラスチック
石油由来のプラスチックは日常生活を便利にしているが,化石資源の石油を消費して,地球温暖化に荷担している問題がある。また,丈夫で長持ちするのがプラスチックの利点だが,一方では,分解されにくいだけに野外に捨てられた後にもそのままの形で環境中に残り,野生生物に害を及ぼすなどの問題も起こしている。ポリエチレン,ポリプロピレン,ポリスチレン,ポリ塩化ビニルなどのよく知られたプラスチックは,石油を原料にした難分解プラスチックである。そこで,難分解プラスチックに分解促進剤やデンプンなどの天然高分子を添加した「崩壊性プラスチック」も製造されている。こうした崩壊性プラスチックは添加物部分が劣化・崩壊して,破片にちぎれるが,プラスチックそのものは分解されず,肉眼的に見えない大きさで環境中に残ってしまう。
他方,バイオマス中の天然分子やその誘導物から製造したプラスチックや,バイオマスを餌にして増殖させた微生物が生産する物質から製造したプラスチックもあり,これらのバイオマス由来のものは「バイオマスプラスチック」と呼ばれている。天然ゴムやポリウレタンもその一種だが,野外では分解されない。しかし,微生物によって野外で分解されるバイオマスプラスチック(ポリ乳酸,デンプン樹脂,脂肪族ポリエステルなど)もある。
微生物によって野外で二酸化炭素と水に分解されるプラスチックは「生分解性プラスチック」と呼ばれている(日本では一定の基準を満たした生分解性プラスチックを「グリーンプラスチック」と表示する制度が実施されている)。生分解性プラスチックにはバイオマスプラスチックだけでなく,石油を原料としながらも,微生物に分解されるもの(脂肪族ポリエステル,芳香族ポリエステルなど)もある。
●生分解性プラスチックといえども意外に分解が遅い
農業ではプラスチックフィルムをマルチ用に使用している。通常のプラスチックフィルムでマルチを行なった場合,収穫後に不要になったフィルムを回収して処理業者に処分を委託しているケースが増えている。生分解性プラスチックであれば,収穫時には劣化が始まっていて裂け目ができており,ロータリで鋤き込むだけですむので,手間と処分経費を減らすことができる。生分解性プラスチックの価格は通常のものの3〜4倍だが,手間を省けるため,その使用も増えている。キャベツ栽培でコスト試算を行った例では,マルチの回収作業の労賃と処理費を考慮すると,10a当たり,通常のポリエチレンフィルムではフィルム代8,500円+回収作業費8,400円+処理費1,500円で計18,400円を要するのに対して,生分解性プラスチックではフィルム代が28,000円で,約1万円の割高になる(小沢智美.2002.生分解性マルチの利用.農業技術大系.野菜編 第7巻キャベツ.p.基109-112.農文協)。
とはいえ,畑に鋤き込んだ生分解性プラスチックフィルムの分解は意外に遅い。埼玉県農林総合研究センターの園芸研究所の研究で,葉根菜を4年7作栽培した土壌で,葉菜を栽培し,収穫後に鋤き込んだ生分解性プラスチックフィルムの2か月後の分解をみると,ポリブチレンサクシネートとポリカプロラクトンは重量で1/4以下に減少したが,ポリブチレンアジベート・テレフタレート,ポリ乳酸と澱粉基コボリエステルは1/2程度が残っていた(庄司俊彦・杉山正幸.2006.葉根菜類の生育に対する生分解性プラスチックマルチの連用すき込みの影響.平成17年度関東東海北陸農業研究成果情報(野菜部会))。ただし,フィルム破片が残っていても,4年7作以上にわたって葉菜類の生育には何らの影響もみられなかった。作物生産に影響がないとはいえ,土壌にフィルム破片が散在していることが肉眼的に認められるようでは,汚らしく,消費者から誤解を受けかねない。
土壌は「微生物の宝庫」といわれ,土壌にはどんな難分解性物質をも分解する微生物が必ず生息していると考えられている。そして,難分解性物質を繰り返し投与していれば,やがて分解菌が集積してきて,難分解性物質が直ぐに分解されるようになるといわれてきた。それにしては,4年7作以上もフィルムを鋤き込み続けたのに,フィルムの分解が遅い。
●植物体表面から生分解性プラスチック分解菌を分離
上述したように,生分解性プラスチックには脂肪族ポリエステル構造を持ったものが多い。動植物体の表面を覆っている脂質には脂肪族ポリエステル構造を持ったものが多く,植物体の表面を覆っているワックスのクチクラも,脂肪族ポリエステル構造のクチンの膜からできている。農業環境技術研究所の北本宏子主任研究員(生物生態機能研究領域)は,脂肪族ポリエステル構造の物質濃度が土壌よりもはるかに高いイネなどの葉の表面に生息する微生物には,脂肪族ポリエステル分解菌が生息し,それらは生分解性プラスチックを分解できるのではないかと発想した。そして,農業環境技術研究所と産業技術総合研究所および筑波大学と共同で下記の研究を行なった。
まず北本主任研究員らは,葉面に常在している糸状菌様の酵母(好気的条件で単細胞の酵母状態,嫌気的条件で菌糸状態)のシュードザイマ(Pseudozyma)属酵母をテストしてみた。それは,以前に全く別の問題でこの菌を研究したことがあったためである。微生物保存機関から分譲を受けたシュードザイマ属酵母10株のうち,4株が脂肪族ポリエステル構造のプラスチック膜を効率良く分解することを認めた(農業環境技術研究所プレスリリース (2008年3月10日)「農環研が生分解性プラスチックを強力に分解する微生物をイネの葉の表面から発見—プラスチックごみの減量と省力化に期待—」: 北本宏子・多古香奈子・曹暁紅・小板橋基夫・對馬誠・森田友岳・中島敏明.2007.葉面生息酵母は生分解性プラスチックを効率よく分解する.第59回日本生物工学会大会講演要旨集.p.183)。そして,イネの葉や籾から分解能を持った微生物を分離したところ,シュードザイマ属が数多く分離され,その多くがP. antarcticaであることを認めた。
●生分解性プラスチック分解能と分解酵素
分解菌といっても,有機溶媒に溶かした後に,培地に乳液状態で分散させた生分解性プラスチックは分解できるが,固体のままのプラスチックフィルムではあまり分解できないものも多い。しかし,北本主任研究員らが分離した菌はフィルムを直接分解でき,フィルム状態のポリブチレンサクシネート(PBS),ポリブチレンサクシネート/アジペート(PBSA),ポリカプロラクトン(PCL)などを,1週間以内に肉眼的には跡形もなく分解した。さら,常温では生分解が難しいとされている,植物由来のプラスチックであるポリ乳酸(PLA)も常温で分解した(図1,2)。
P. antarcticaの生成する生分解性プラスチック分解酵素は,油を炭素源にして増殖させたときに良く生産され,糖を炭素源にしたときには生産が抑制された(北本ら,2007)。そして,生分解性プラスチック分解酵素を精製して,そのアミノ酸配列と遺伝子配列を同定し,既知の脂肪分解酵素と違う,新規の酵素であることを確認した(北本宏子・森田友岳・梶原英之・多古香奈子・曹暁紅・小板橋基夫・對馬誠・藤井毅.2008.イネ常在酵母Pseudozyma antactica生分解性プラスチック分解酵素と遺伝子の同定.日本農芸化学学会2008年度大会講演要旨集.p.40)。
●今後の応用の可能性
土壌での分解条件の検討はこれからだが,シュードザイマ属酵母菌あるいは分解酵素を利用して,圃場内に埋設した生分解性プラスチックフィルムを迅速に完全分解できるようになることが期待される。もっとも圃場内の土壌で分解菌が高レベルで集積してしまうと,生分解性プラスチックのフィルムが急速に分解されて,マルチとして機能しなくなる恐れも考えられる。分解菌は,土壌中では,どのような条件でどの程度増殖あるいは生き残れるのか,分解菌が集積したら,土壌と接触したフィルムの分解はどの程度早まるのか,などの検討が必要であろう。土壌に集積するのなら,圃場の特定の箇所にコンクリート枠などで仕切った生分解性プラスチック分解土壌区画を設定するのが良いのか,迅速に分解するには分解菌でなく分解酵素剤を用いたほうが良いのかなど,実用化の前に検討すべき課題がある。
また,家庭の生ゴミや食品産業廃棄物を生分解性プラスチックフィルムの袋に入れて収集し,本菌あるいは分解酵素を利用して,その堆肥化を行なって,フィルム破片のない堆肥を迅速に製造できるようになることも期待される。
なお,本研究でも,ポリ乳酸に対しては微生物による分解が遅かった。ポリ乳酸は一般には分子10万以上のものが実用化されているようだが,このままではほとんど分解されない。しかし,堆肥の山の中などで60℃くらいの高温にさらして,分子量2万以下に低分子化すると,微生物に分解されやすくなるようである。こうしたことから,ポリ乳酸をマルチフィルムとして使用して,そのまま土壌に混和して短時間で分解させるのは,本菌を用いても簡単ではないようである。ポリ乳酸は有機性廃棄物を回収する袋として利用し,堆肥化過程で分解させ,マルチ資材として利用した場合には,業者に処理を委託するのが現実的であろう。ポリ乳酸はバイオマス由来なので,燃やしてもカーボンニュートラルな製品といえるので,燃焼させて熱を回収しても良いであろう。本菌を利用して土壌混和によって省力的に分解できる生分解性プラスチックは,石油由来の脂肪族ポリエステル構造を持ったものが最適と考えられる。