No.94 低濃度エタノールを用いた新しい土壌消毒法

●必要な臭化メチル代替技術

 これまで土壌や貯蔵穀物などの様々な病害虫を防除するのに臭化メチル(メチルブロマイド,ブロモメタン)が多用されてきた。しかし,臭化メチルはオゾン層破壊物質の一つとして,オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書によって,特別に認められた不可欠用途を除いて,その製造・使用が禁止された。このため,低コストで効果が高く,操作が簡単な臭化メチル代替技術を開発する努力が続けられている。

 最近では意外なほど単純で安全性の高い化学物質を使用した代替技術が開発され始めた。例えば,穀物,豆類,クリなどの貯蔵過程で食害を及ぼす害虫の防除に臭化メチルが使用されてきた。この代替技術として,(独)食品総合研究所は,穀物,豆類,クリなどを,温度25℃,圧力30 kg/cm2の高圧条件で二酸化炭素を30分間処理するだけで,コクゾウムシ,アズキゾウムシ,タバコシバンムシ,クリシギゾウムシ,ノシメマダラメイガなどを完全に殺虫できる技術を開発した。そして,高圧二酸化炭素が2007年7月4日付けで,クリシギゾウムシ殺虫を目的としたくん蒸剤として農薬登録され,クリにこの技術を適用することが可能になった(農薬名称:エキカ炭酸ガス,申請者:液化炭酸株式会社)。

●低濃度エタノール水溶液による土壌消毒

 土壌伝染性の病原菌やセンチュウが集積した土壌を薬剤で消毒するには,殺菌・殺虫力の強い薬剤が不可欠であると考えるのが通常である。ところが,(独)農業環境技術研究所の有機化学物質研究領域の小原裕三主任研究員は,千葉県農業総合研究センター暖地園芸研究所の植松清次氏と田中千華氏,ならびに日本アルコール産業株式会社の佐藤理恵子氏と佐藤充克氏との共同研究によって,最大でも2 %程度のエタノール水溶液によって土壌消毒が可能であることを示した。すなわち,エタノール水溶液を灌水装置によって畑土壌が湿潤状態から湛水状態になるまで散布した後(図1),農業用ポリエチレンフィルムなどで土壌表面を1週間以上被覆する(図2)ことによって,細菌,糸状菌,センチュウ,土壌害虫,雑草にわたる広範囲の土壌有害生物を防除できることを確認した(図3)。

●防除メカニズム

 研究担当者は,数%程度の低濃度エタノール水溶液では,エタノールによる直接的な殺菌・殺虫効果だけが防除効果の原因とは考えにくいとしている。そして,エタノール水溶液を土壌に灌水することによって,水だけを灌水した場合よりも,土壌中の酸素濃度や酸化還元電位が急速に低下して,酸化(好気的)状態から還元(嫌気的)状態に変化し(図4),有機酸濃度が増加することを観察している。

 研究担当者は,防除メカニズムについては今後検討が必要だとして明確に特定していないが,次のように推察できよう。

 一般にエタノールの殺菌力は,78%程度で最も高く,それ以上の濃度でもそれ以下の濃度でも殺菌効果は落ち, 2 %以下という低濃度では殺菌力がないと思われがちである。しかし,菓子など多様な食品の保存に,5 %前後の低濃度のエタノール添加と脱酸素剤の封入が併用されている。こうして脱酸素剤で酸素を減らした嫌気的な条件では,低濃度でもエタノールの消毒効果が発揮されて,微生物の増殖が抑制されている。

 では,なぜ低濃度のエタノール水溶液の添加で,土壌が嫌気的になるのだろうか。

 この問題を考えるには,土壌の部分殺菌効果を理解しておく必要がある。土壌の部分殺菌効果は約100年前から知られている現象で,土壌に消毒剤を添加すると,土壌中の生きた細菌数(生細菌数)が激減するが,消毒剤が揮発してなくなった後に,生細菌数は消毒剤添加前のレベルよりも高くなるというものである。この現象の原因として,昔は,消毒剤によって細菌を捕食する原生動物が殺され,消毒剤が揮発した後に,細菌が増殖しても,もはや原生動物に食べられないので,添加前のレベルよりも高くなると解釈されていた。しかし今日では,消毒剤によって土壌細菌や糸状菌の一部が死滅し,消毒剤が揮発した後に,その死菌体を栄養源にして生き残っていた微生物が増殖するためと理解されている。

 2 %程度のエタノール水溶液は消毒効果を持っていないのだろうか。

 殺菌力の強い78 %のエタノール水溶液を少量土壌に添加して部分殺菌効果を起こさせた場合でも,全体の土壌重量に対するエタノール濃度は数パーセントでしかないことが多い。このため,2 %のエタノール水溶液でも,土壌微生物全体の一部だが,エタノールに感受性の高い微生物が,添加直後に少量だが死滅すると考えられる。また,高濃度のエタノールは菌体以外の土壌有機物中の微生物の分解しやすい有機成分を抽出するが,低濃度のエタノールも,抽出能力は低いが,時間とともに有機成分をある程度抽出すると考えられる。こうして生じた死菌体や抽出された有機成分は土壌微生物によって分解されるが,土壌微生物が呼吸によって分解して増殖する際に土壌中の酸素濃度を減少させるため,エタノール水溶液の湛水によって大気からの酸素の流入が制限されている条件下で還元状態が発達する。酸素濃度が下がり,還元状態が発達してくると,うすいエタノールでも,その殺菌力が強化され,エタノールに特に感受性でない土壌生物も死滅させる。こうして1週間も経過すると,酸素を必要とする,広範な土壌伝染性の病原菌やセンチュウ,さらに雑草種子が死滅すると推察される。

●本技術の有利性

 この技術は次の利点を持っている。

 (1)人体に有害で激烈な刺激臭をもった土壌くん蒸剤を使用しないで済む。

 (2)フスマや糖蜜を用いた土壌還元消毒法も実施されているが,至適温度条件,臭気などの問題点があり,適用が制約されることがあるが,この技術では制約が少ない。

 (3)コスト的にはくん蒸剤よりも安くできる。

 この技術については国際出願も行っている。

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