No.93 飼料イネへの家畜ふん堆肥施用上の問題点

●飼料用稲=飼料イネ+エサ米

 飼料用稲は家畜飼料用の稲で,その品種は食用稲とは異なる。飼料として稲は,穀実,穀実を収穫した残りのワラ,青刈りした茎葉全体(ホールクロップサイレージ:WCSとして)が利用されている。飼料用稲は穀実を利用する「エサ米」ないし「飼料米」と,ホールクロップサイレージ利用する「飼料イネ」ないし「稲発酵粗飼料用イネ」とに区別されている。なお,ワラは食用品種のものが通常給餌されており,家畜飼料用ワラ生産に特化した稲品種はない。

 穀実利用を意図したエサ米の品種育成が1980年代に行なわれて,食味の点で食用には適さないが,収量が非常に高い品種が7つ育成された。しかし,食味が良食味米よりは劣るとはいえ,カレーなどには適したものもあり,食用として流通した場合の価格では家畜飼料として高すぎる。このため,米価の高い日本では,食用の古々米がエサ用に安価に売却される場合がときどきあるものの,エサ米用品種で生産した穀実が飼料になれる展望はない。現在では,穀実が登熟しきらないうち,収穫した茎葉全体をサイレージとして利用する飼料イネが育種や栽培の対象になっている。

●飼料イネ品種と栽培面積

 飼料イネは,通常,黄熟期に地上部全体を収穫してサイレージにする。飼料イネ品種に求められる特性は,牛の消化できる炭水化物,タンパク質および脂肪の合計養分量(可消化養分総量)が多収であること(茎葉の乾物収量が多く,かつ,可消化養分濃度が高いこと)が基本である。それに加えて,省力的に,安全で高品質なサイレージを生産しやすいように,耐倒伏性,耐病虫性,脱粒性,耐肥性が高く,直播栽培では低温出芽性が良いことが求められている(稲発酵粗飼料推進協議会ら (2002) 稲発酵粗飼料生産・給与技術マニュアル.76p)。

 現在開発されている飼料イネ品種の栽培適地を図1に示す。収量は品種や栽培条件によって異なるが,クサホナミやリーフスターの標準的地上部乾物収量は2.14トン/10aに達する。図1に示す品種の可消化養分濃度は食用品種に比べて5〜20%高いが,育種目標としては,2010年までに10a当たりの可消化養分総量収量を,北海道〜東北で0.9〜1.0トン,関東〜九州で1.1トンを目指している(農林水産技術会議事務局 (2006) イネで牛を育てる.農林水産研究開発レポートNo.15. 18p)。

●飼料イネ栽培による物質循環促進への期待

 輸入飼料に大きく依存した我が国の家畜生産では,飼料としての穀類の生産はほとんど見られなくなり,牛の粗飼料が国内で生産されているだけである。このため,排泄された家畜ふん尿は,牛を除くと他の畜種では飼料作物生産に再利用されていないうえに,かつて100万haを超えていた牛用の飼料作物の栽培面積も,1991年をピークに減少し続けている(図2)。このため,家畜ふん尿過剰問題が一段と深刻化しており,家畜ふん尿を再利用した飼料イネの栽培は,少なくとも牛について物質循環を強化しうる点で,その拡大に期待が寄せられている。

 飼料イネの栽培面積は,1995年の23 haが2000年の502 haを経て,2001年に2,378 haに急増した後,徐々に増えて2006年に5,182 haに達した。そして,2008年には7,500haが目標面積に設定されている(農林水産省生産局畜産部畜産振興課 (2007) 自給飼料増産をめぐる情勢について.12p)。

 飼料イネ栽培面積の拡大は緩慢ではあるが,今後の拡大次第では,牛生産における物質循環の促進に貢献することが期待できる。その主たる理由は,食用稲品種に比べて飼料イネ品種には多肥を行なえることにある。食用稲品種では,良食味米を生産するために窒素を少なめにして,多肥にはしない。ましてコシヒカリのように,草丈の高い,古いタイプの品種ではそうである。

 コシヒカリへの化学肥料による窒素施用量は3〜6 kg/10aであるが,飼料イネ(夢あおば,クサユタカ)には9〜10 kg/10a施用する(松村修 (2005) ホールクロップサイレージ用飼料イネの栽培技術(北陸).農業技術大系.畜産編.第7巻.飼料作物.p.基384-6〜384-11)。化学肥料を用いて飼料イネ(ほそおもてとクサホナミ)を栽培するには,窒素施肥量を食用品種の1.5〜2倍が良いとされている(斎藤稔・袖山栄次・中澤伸夫・細井淳・酒井長雄・土屋学 (2004) 飼料イネ「ほそおもて」「クサホナミ」の窒素施肥量は食用品種栽培の1.5〜2倍程度がよい.平成15年度関東東海北陸農業研究成果情報.)。

 家畜ふん堆肥を施用する場合には,食用稲品種では家畜ふん尿堆肥を1 t/10a程度に抑えるが,飼料イネではこれよりも増やせる。飼料イネでは地上部を全て系外に搬出してしまうので,土壌肥沃度維持のためにも,地力の低い圃場には2 t/10aの家畜ふん堆肥の施用が必要であると栽培指針にも記されている(稲発酵粗飼料推進協議会ら,2002:前出)。そして,窒素を多肥しても,湛水された水田では,畑のように硝酸が土壌に蓄積することがなく,イネ茎葉の硝酸濃度が高くなる心配はない。

●環境保全の必要性

 耕種農家が豚や鶏のふん尿を飼料イネの生産に利用してくれるケースもありうるが,飼料イネのサイレージが豚や鶏の餌になるわけではないので,飼料イネ生産に利用される家畜ふん尿は牛のものが中心になろう。その場合,(1)養牛農家が固液分離した分離尿を液肥として飼料イネに施用する場合(固体部分から製造した堆肥は耕種農家に販売),(2)養牛農家が分離尿と堆肥の両者を施用して飼料イネを栽培する場合,(3)耕種農家が牛ふん堆肥を飼料イネの生産に利用する場合などが想定される。

 分離尿は,通常,牛のふんと尿を混合ないし接触させた後に分離したものなので,ふんの水溶性成分が溶けていて,暗褐色で粘性を持ち,悪臭を発する。このため,新鮮な分離尿を施用すると,悪臭が生ずるだけでなく,流動性が低くて,田面水にスムースに拡散せず,養分の分布が不均一になって,イネに生育ムラが生じやすい。このため,爆気して有機物を微生物に好気的に分解させて,悪臭と粘性を減らしてから,液肥として水口から施用し,水流を利用して圃場内にできるだけ均一に分布させる(図3)。

 分離尿や堆肥を利用して飼料イネを生産する場合には,イネの多収と生育の均一性を確保すると同時に,環境を保全することが大切である。環境も考慮した家畜ふん尿利用による飼料イネへの施肥技術に関する最近の研究として次がある。

●牛尿液肥の施用による飼料イネの生産

 牛の尿液肥によって飼料イネを栽培した研究の例として,群馬県畜産試験場の研究がある。飼料イネのクサホナミを条播湛水直播し,牛と豚の液肥を施用して,乳熟後期に収穫した(須藤和久・福田博文 (2003) 牛・豚尿液肥の水田水口施用による稲発酵粗飼料用イネの生産特性.平成14年度関東東海北陸農業研究成果情報)。高い粘性を持ったスラリー状の豚の液肥では大きな生育ムラが生じたが,牛の液肥では生育の均一性を確保できた。牛液肥中の窒素の94.7%はアンモニア性窒素であり,大部分が化学肥料と同様に無機養分であった。液肥を基肥と追肥に分けて,窒素として合計約30 kg/10aを施用したときに,地上部乾物重が1.9 t/10a,可消化養分総量が0.99 t/10aの多収を実現できた(表1)。

 表1の試験において,須藤・福田(2003)は,尿液肥の施用後4〜5日は,畦畔で尿由来の弱い臭気が感じられたが,5 m以上離れると感じられなくなったと報告している。そして,地域住民からの苦情が寄せられることを気づかって,

 (1)爆気など行って臭気や粘性を低めたものを液肥として使用し,

 (2)尿液肥の運搬・施用は,イメージや作業性からバキュームカーではなく大型ポリタンクで行ない,

 (3) 水田外への流出防止のために,基肥施用は代かき時ではなく幼苗活着後とし,

 (4)尿液肥の均等拡散を図るため施用後,数日間は湛水深を維持し,

 (5)運搬・施肥にともなって生活環境の保全上の苦情が生じないよう措置し,

 (6)自耕作地または協議会等の地域内で施用して近隣に民家がある圃場では施用を控えることを指摘している。

●尿液肥施用水田における窒素収支と田面水中の窒素濃度

 尿液肥と堆肥を施用して飼料イネ(「はまさり」)を移植栽培している栃木県北部の酪農家の水田について,畜産草地研究所(2005)が窒素収支と田面水中の窒素濃度の推移などを調査した(寶示戸雅之・松波寿弥 (2005) 栃木県北部水田二毛作地帯の水田酪農における飼料イネ生産・利用技術とその定着条件解明.畜産草地研究所技術リポート5号.p.25-29)。

 この水田では標準として,基肥として水田の荒起こしの前に,牛ふん堆肥3.33 t/10a,分離尿2.5 t/10aと化学肥料(ペースト肥料)窒素2 kg/10aを施用している。2002年から2004年まで3年間試験を行なったが,標準区に加えて年次によって施肥条件の異なるいくつかの処理区を設けた。2004年には,当年に新たに設置した標準区に加えて,2002年から継続している2倍区(化学肥料窒素量を変えず,堆肥と尿の施用量を標準区の2倍にした)と,尿追肥区(基肥に加えて,8月4日に尿1.66 t/10aを水口から注入した)を設けた。

 飼料イネ栽培水田における窒素収支を概算すると,例えば,2004年の結果が示すように,標準区での可給態窒素のインプット量と飼料イネによる窒素のアウトプット量はほぼ均衡し,余剰な可給態窒素量は0.7 kg/10aのみと計算された(表2)。他方,堆肥と尿の施用量を2倍に増やした区では,窒素供給量が過剰となり,飼料イネの収量が減少,飼料イネによる窒素アウトプット量が減少した。

 堆肥を連用していると,前年までに施用した堆肥残渣から放出される可給態窒素量が加算されてくる。このため,標準量の堆肥は短期的には適正であっても,連用しているとやがて窒素過剰を引き起こすはずであり,施用している2 kg/10aの化学肥料窒素を減らすことが必要になろう。

 田面水中の平均窒素濃度は,3年間の結果を概観すると,標準区ではいずれの年でも比較的速やかに減少して用水の窒素濃度のレベルにまで低下した(図4)。しかし,2003年の倍量区では窒素濃度の減少が緩慢で,7月中旬まで用水のレベルよりも高く維持された(図を省略)。栃木県の食用水稲の作況指数は,2002年が104,2003年が92,2004年が107で,2003年は「やや不良」であった。このため,2003年には飼料イネでも生育と窒素の吸収が遅れて,倍量区の田面水中の窒素濃度の低下が遅れたと推定される。

 こうした結果から,幼苗活着後に尿液肥を施用し,尿液肥の均等拡散を図るために,平年気象の年なら5月末まで落水せずに湛水深を維持すれば,牛ふん堆肥3.33 t/10a,尿液肥2.5 t/10aと化学肥料窒素2 kg/10aの標準施用で,飼料イネの収量確保と排水による周辺への窒排出を最少にすることが可能といえよう。ただし,幼苗活着後の液肥投入直後に,湛水深が苗を水没させるほどの大雨が降った場合は落水して窒素を排出することになってしまうので,注意が必要になる。

●未熟家畜ふん堆肥施用による環境負荷の増大

 耕種農家の場合には,尿液肥を施用せずに,家畜ふん堆肥を施用して飼料イネを栽培するケースが多いであろう。飼料イネに多量の家畜ふん堆肥を施用する場合,完熟堆肥でなく,未熟堆肥を施用すると,水田から排出される窒素とリン酸の量が増え,温室効果ガスのメタンの発生量が増えることが東北農業研究センターによって示された(関矢博幸・加藤直人・西田瑞彦・金田吉弘・服部浩之 (2007) 飼料イネ栽培における未熟な家畜ふん堆肥の多投は環境への負荷を増加させる.平成18年度東北農業研究成果情報)。

 使用した堆肥は,牛6:豚3:鶏1の割合で混合した家畜ふんを解放直線型堆肥化処理装置(ロータリ撹拌式)で5日間一次発酵させただけの未熟堆肥と,同装置で25日間一次発酵させた後に3か月間二次発酵させた完熟堆肥である。未熟堆肥は完熟堆肥に比べて,C/N比が大きく,窒素やリン酸の濃度が低く,アンモニウム濃度が高くて,硝酸はまだ検出されず,易分解性有機物が多量に残っているために,微生物による酸素吸収と二酸化炭素放出の速度が高かった(表3)。

 ライシメータ水田に春に未熟および完熟の家畜ふん堆肥を現物3 t/10aずつ施用した後,化学肥料でNを10 kg/10a,Pを2.62 kg/10aずつ施用して,飼料イネ「べこあおば」を移植し,黄熟期まで栽培した。減水深を1 cm/日にして,深さ60 cmの位置から採取した浸透水と表面排水中のNとP,ならびにメタン発生量を測定した(図5)。

 その結果,土壌からのメタン発生量が,無堆肥を100とすると,完熟堆肥で167,未熟堆肥で386となり,未熟堆肥では完熟堆肥の2.3倍と顕著に増加した(図5)。微生物が容易に分解できる炭水化物などの易分解性有機物の多い未熟有機物を水田土壌に施用すると,土壌微生物によって有機酸が蓄積すると同時に,土壌の酸素濃度が激減して,還元状態が発達する。土壌の酸化還元状態の指標である酸化還元電位が-200ミリボルト以下に下がって,有機酸が存在していると,メタン細菌によってメタンが生成する。このため,ワラをすき込んだ場合には,ワラを堆肥に加工してから施用した場合よりも,メタン生成量が多くなることは広く知られている。未熟な家畜ふん堆肥も多量の易分解性有機物を含んでいるために,完熟堆肥よりもメタン生成を促進することになる。メタンは二酸化炭素の21倍の温室効果を持つため,その排出抑制が強く求められており,地球環境保全の観点から未熟堆肥の多量施用は好ましくないことになる。

 また,表面排水と地下浸透を合わせた窒素流出量は,無堆肥を100とすると,完熟堆肥で144(投入窒素量の2.7%),未熟堆肥で191(投入窒素量の9.7%)となり,未熟堆肥では完熟堆肥に比べて32%増加した。また,リン流出量は,無堆肥を100とすると,完熟堆肥で126(投入リン量の0.6%),未熟堆肥で150(投入リン量の2.1%)となり,未熟堆肥では完熟堆肥に比べて18%増加した(図5)。調査例数が少ないこともあって,窒素とリンの排出量の差の有意性を統計的に確認できなかったが,排出量が未熟堆肥でより多い傾向は安定して認められる現象であろう。

 供試した家畜ふん堆肥に当初含まれていた無機態窒素量を計算すると,現物3 t/10a当たり,完熟堆肥の0.96 kgに対して,未熟堆肥が4.94 kgで,未熟堆肥は約3 kg/10aも多く無機態窒素を含んでいたことになる。春に堆肥を施用した後に代かきを行って落水したときに,土壌粒子に吸着したアンモニウムが土壌粒子ごと排出されたり,移植直後の苗がまだ小さい段階では無機態窒素の一部が苗に吸収されずに,硝酸に酸化されて,まだ還元状態が十分発達していない初期段階で地下浸透や表面排水されたりして,未熟堆肥で窒素の排出量が増えたと推定される。また,リンについては,地下浸透による排出量には未熟堆肥と完熟堆肥で差がなく,表面排出量に差が認められたことから,土壌粒子に吸着したリンが代かき後の懸濁によって,排出されたと推定される。このとき,未熟家畜ふん堆肥のリンには無機態リンが多く,土壌粒子に吸着するリン量が完熟堆肥よりも多く,落水にともなってより多くのリンが土壌粒子とともに排出されたと推定される。

●望まれる飼料イネによる物質循環の強化

 日本全体では,乳牛と肉用牛から年間合計約30万トンの窒素が排出されている。そのうちの約6万トンの窒素はアンモニアなどで大気に揮散していると推定されるので,残りの約24万トンの窒素が液肥や堆肥に含まれていると概算される。

 上記の関矢らの例では,10a当たり現物3トンの完熟堆肥を施用して,その中に21.2 kgの窒素が含有されていた。2008年の飼料イネの目標栽培面積7,500 haに関矢らの割合で牛ふん堆肥が施用されたとして,合計1,590トンの牛ふん堆肥窒素が施用されるだけにすぎず,現状の栽培面積では飼料イネによる物質循環はごくわずかにすぎない。飼料イネの栽培面積が5万haに拡大したとして,やっと約1万トンのふん尿窒素が循環利用されると計算される。

 今後,アメリカなどにおけるトウモロコシからのバイオエタノール生産拡大にともなって,輸入飼料価格が上昇することが予測されている(環境保全型農業レポート.No.91.バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響)。今後の飼料価格の上昇程度次第では,国内での飼料イネ生産の拡大がこれまでよりも加速されることも考えられる。また,国内におけるイネ茎葉からのバイオエタノール生産が政策的に誘導されて軌道に乗れば,そこでも家畜ふん堆肥の施用拡大が期待できよう。

 日本では河川に沿った低地が水田として利用されており,そうした水田では食用に限らず,多様な用途のイネが生産できることが望ましい。今後,飼料イネがどの程度拡大されるかは今後の日本の農業に大変重要な意味を持っている。

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