No.80 抗生物質の代わりに茶葉で豚を飼育

●抗生物質の使用状況

 微生物の生産する抗菌などの作用を持つ抗生物質は,病気の治療薬として人類の健康に大きく貢献している。しかし,抗生物質はその効果の反面,耐性を持った病原菌を出現させやすく,新たな薬剤をたえず開発しなければならないという欠点を持っている。しかも,最近では数種類の抗生物質に同時に耐性を持った多剤耐性菌が病院内で蔓延し,体力の衰えた患者を死に至らしめる院内感染が問題になっている。こうした背景から,安易に抗生物質を治療に使用しすぎていることが指摘されている。

 抗生物質の使用状況をみると,2003年で総計2,210トンに達し,その内訳は,動物用医薬品38%,ヒト用医薬品24%,作物用農薬18%,飼料添加物10%,水産用医薬品10%となっている(小橋有里 (2006) 家畜糞堆肥中の抗生物質耐性菌とその影響.農業技術大系.土壌施肥編.第7-1巻.p.資材64の99の2〜64の99の7.農文協)。このように抗生物質は人間以外にも,家畜,作物や魚にも多量に使用されている。

 抗生物質を与えれば,耐性を持たない微生物が死滅する。しかし,自然界には必ず抗生物質生成菌と同時に耐性菌が存在している。わずかでも耐性菌が存在していると,抗生物質の投与で耐性菌がかえって増加する。しかも,抗生物質耐性遺伝子は細菌間を移動しやすく,多剤耐性菌が出現しやすい。

 今日では人間だけでなく,食用動植物にも抗生物質が使用されている。そのため,収穫物にも耐性菌が付着していて,消毒が不十分な場合には,食品から人間の体内に耐性菌がはいっていることが懸念される。それだけでなく,養殖魚や家畜の餌に添加した抗生物質によって増えた耐性菌が,排泄物をへて水系や土壌に広がっていることも懸念されている(環境保全型農業レポート.No.16.家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌.)。

 家畜の飼料には現在,19種類の抗生物質と6種類の合成抗菌剤の添加が認められている(両者を合わせて抗菌性物質という)。抗生物質は,腸内でのクロストリジウム症やコクシジウム症などを起こす有害細菌と有害物質産生を減少させ,またこれらによって腸管内壁が薄くなって,栄養の吸収率が高くなり,成長促進効果を持つとされている(小橋.2006)。

 しかし,多剤耐性菌の院内感染が深刻化するとともに,治療薬だけでなく,飼料添加物などでも,抗生物質の使用量を減らす動きが強まっている。

●東京都は茶葉の家畜生産への利用技術を研究

 最近,茶葉に抗菌作用を持ったカテキンや,ビタミンEなどの機能性物質が含まれていることが注目されている。これをふまえて,東京都の農林総合研究センターは,数年前から家畜生産に茶葉を利用する研究を行なっている。たとえば,

 (1) 抗生物質の代わりに茶葉粉末を添加したミルクや飼料で子豚の時期から飼養した豚の肉の食味が高まる(小野惠・鈴木亜由美・森本直樹 (2005) 茶葉給与がトウキョウXに与える影響.平成16年度東京都畜産試験場年報)。

(2) カテキンを人工授精用の精子液に添加すると,牛の精子が活発化して,受精率が25%高まる(熊井良子 (2006) カテキンで精子がイキイキ!〜天然成分で行なう牛の体外受精〜.同上誌)。

 (3) 軽い乳房炎にかかった乳牛の乳房内にカテキンを注入すると,免疫細胞が増加して細菌が減少し,乳房炎の症状が軽減する(坂田雅史・森本直樹・熊井良子・大久保光行・片岡辰一朗 (2005) 茶抽出物を用いた乳汁中の免疫細胞の増加.平成16年度「関東東海北陸農業」研究成果情報)。

●茶葉を添加した飼料による豚の飼養

 こうした茶葉の家畜生産への利用技術の研究の一環として,豚の飼料に茶葉を添加して,抗生物質を使用しないで豚を飼養する研究が行なわれた(片岡辰一朗 (2007) お茶を使って安心畜産〜抗菌性飼料添加物の削減技術開発〜.平成18年度東京都農林水産技術成果選集.)。その概要を紹介する。

 離乳した4週齢の子豚に,12週齢まで,通常の抗菌性物質を添加した飼料を給与(「添加物給与」と呼ぶ),抗菌性物質の代わりに1 mm角の茶葉を添加した飼料を給与(「茶葉給与」と呼ぶ),ならびに添加物を一切使用しない飼料を給与して,夏期と冬期に2回子豚を育てた。

 その結果,12週齢の体重が,添加物を一切与えない飼料では添加物給与にくらべて30%減少した。しかし,茶葉給与では,添加物給与にくらべて,体重が7〜10%の低下にとどまった(図1)。そして,飼料に茶葉とともに,下痢を抑えるインターフェロン製剤(IFN)を併用すると,体重は添加物給与と同等となった(図2)。

 子豚は下痢をしやすく,添加物を一切使用しない場合には大部分の豚が下痢をした。しかし,茶葉を給与すると,夏期と冬期とも下痢が大幅に減少した(図3)。
 こうした結果から,茶葉とインターフェロン製剤の併用によって,抗生物質などの抗菌性物質を使用しない家畜生産の可能性が開かれた。