No.61 化学肥料の硝安も爆発物の材料

●日本とイギリスの窒素肥料使用事情の違い

 日本で使われている窒素肥料の多くは硫安と尿素あるいはこれらを含む化成肥料で,硝安(硝酸アンモニウム)の使用量は非常に少ない。これに対して,イギリスでは単肥の窒素肥料の85%,全窒素肥料の66%は硝安となっている。マイナスの電荷を持った硝酸は土壌に保持されず,降雨量の多い日本では硝酸は直ぐに流亡されて無駄になるので,プラスの電荷を持って土壌に保持されやすいアンモニウム系の肥料を使用している。しかし,降雨量の少ないイギリスでは硝酸の流亡量が少ないので,主に硝安が使用されている。

●硝安は爆弾の原料

 ダイナマイトはTNT(トリニトロトルエン)を原料にしているが,硝安94%と軽油6%を混合したものに少量のダイナマイトを併用するなどすると,安価に爆発物を製造することができる。このように硝安は,より安価に爆発物を製造する際の原料としてテロリストによって使用されている。イギリスでは北アイルランド紛争で1970年代初期から肥料を原料にした爆発物が使われてきたし,最近でもテロリストによって肥料を原料にした爆発物をイギリス国内のみならず,海外でも使用されている。

●硝安の取扱規則

 イギリスは2003年5月1日から「(高窒素含有率)硝安系物質安全性確保法」(The Ammonium Nitrate Materials (High Nitrogen Content) Safety Regulations 2003)を施行している。この法律は硝安および硝安を含む物質で窒素含有率が28%を超えるものを製造,輸入,輸送,貯蔵する者が不適切な扱いを行って爆発事故が起きるのを防止するための法律で,硝安および硝安を含む固形物質で包装されたものを自ら肥料として使用する農業者には適用されない。

 しかし,イギリスのNaCTSO(国立対テロリズム安全対策室:The National Counter-Terrorism Security Office)は,ホームページで,農業者に対して,次の10項目の確認を呼びかけている。

  1) 肥料を外部の者が入れる場所に置かない

  2) 肥料を圃場に夜間放置しない

  3) 公道の近くまたは公道から見える位置に肥料を貯蔵しない

  4) 素性の良く分からない者に肥料を転売しない

  5) 肥料の購入・使用を記録する

  6) 肥料を施錠できる建物内に保管する

  7) 野外に置かざるをえない場合はシートで被覆して,他者によっていじられたか否かをこまめにチェックする

  8) 肥料の在庫状況をこまめにチェックする

  9) 在庫記録のズレや盗難があった場合には速やかに警察に連絡する

  10) 肥料袋の製造コードなどを記録しておく

●硝安代替肥料の検討

 イギリスのDEFRA(環境・食料・農村問題省)は,硝安が爆発物製造に利用されるリスクをなくすために,2002年に硝安の代替窒素肥料を検討するプロジェクトを開始した。その結果が2006年10月に公表された。イギリスで肥料効果などから硝安の唯一の代替可能な窒素肥料は尿素だが,環境保全を考慮すると,やはり硝安に替わる肥料はないとの結論に達した。

 というのは,尿素は土壌中で直ぐにアンモニウムと二酸化炭素に分解され,pHが中性付近かアルカリ性の土壌では,アンモニウムの少なからぬ部分がアンモニアとして揮散する。アンモニアはアルカリ性だが,降雨とともに土壌に降下して,土壌や水系で硝化菌によって酸性の硝酸に変えられるので,酸性雨の原因物質の一つである。アンモニアの揮散量の66〜98%は畜産や肥料など農業に起因している。EUは2001年に「大気汚染物質の告別排出上限指令」(Directive 2001/81/EC of the European Parliament and of the Council of 23 October 2001 on national emission ceilings for certain atmospheric pollutants)を施行し,アンモニアについても国別上限を定め,加盟国が2010年までに排出量上限値以内に削減することを求めている。この国別排出上限を達成するには,尿素は土壌中で直ぐにアンモニウムを放出して,pHの高い土壌ではアンモニアが揮散するので,不適当であり,硝安に替わるものはないとの結論に達した。

●爆発物として利用可能なその他の農業資材

 硝安以外にも,カリ肥料の硝酸カリウムや除草剤の塩素酸ナトリウムなども,爆発物の材料になりうる。治安が乱れると,農業資材も思わぬ規制を受けることがありうることを記憶しておくことが必要である。