No.51 イギリスの葉菜類の硝酸含量調査結果

●EUの食品中の硝酸含量規制

 EUは食品中の硝酸含量について法的規制を行っている。レタスとホウレンソウについては,食品であると同時に,食品原料として,その硝酸含量に1999年に上限値を設けた。その後に改正が加えられ,現在はCommission Regulation (EC) No 563/2002(食品原料中の一部の汚染物質に上限レベルを設定する規則(EC) No. 466/2001を改正する規則)を施行している。この規則の中で,加盟国はレタスとホウレンソウの硝酸含量をモニタリング調査して欧州委員会に報告することが義務づけられており,調査結果を踏まえて規制値が見直されている。

 また,EUは乳幼児用食品中の硝酸濃度の上限値も法的に規制しており,2004年の改正で,その値を200 mg NO3/kgとしている(Commission Regulation (EC) No. 655/2004)。EUはレタスとホウレンソウを,乳幼児の離乳食品中の硝酸源としても重視している。

●イギリスの食品基準庁によるモニタリング調査

 イギリスはBSEなどによって失われた食品に対する信頼性を回復するために,2000年に食品基準庁(Food Standards Agency) を設置している。政府から独立した組織で,専門家で構成される委員会が食品基準庁を主宰しており,生産から消費に至る全ての過程(farm to fork)における食品の安全性や健康に関する問題をモニタリングして,調査結果や必要な勧告を如何なる省庁ともかかわりなく自由に公表している。
 食品基準庁がEUの法律に基づいたレタスとホウレンソウの硝酸含量を1996年5月からモニタリングしており,1999年からはEUのサンプリング基準に準拠したモニタリングを行っている。すなわち,毎年2000トンの生産量または輸入量ごとに最低12サンプル〜最大120サンプルを採取し,採取後24時間以内に分析室に搬入して,10℃以下で貯蔵して,搬入後3日以内に分析している。

●レタスとホウレンソウの硝酸含量

 EUでは食べ物によって摂取する硝酸の70〜90%が野菜に由来するとされ,レタス,ホウレンソウといった葉菜類は硝酸含量の高い食材として知られている。
 食品基準庁の「レタスとホウレンソウの硝酸に関するモニタリングプログラム」の結果の一部をまとめて表2〜表4に示す。
 これらの表の調査結果は,夏期栽培に比べて冬期栽培のレタスとホウレンソウの硝酸含量が高い傾向を示している。EUでは一般に,野菜の硝酸濃度は,冬期に収穫したものが夏期のものよりも高いことが知られている(Commission of the European Communities Scientific Committee for Food. (thirty-eighth series) Opinion on Nitrate and Nitrite, expressed on 22 September 1995. Annex II. )。日本では夏期の市販ホウレンソウの平均硝酸濃度が3,500 mg/kg,その他の時期のものが3,970 mg/kgで,差が少ないとの報告がある(目黒孝司・吉田企世子・山田次良・下野勝昭 (1991) 夏どりホウレンソウの内部品質指標.日本土壌肥料学雑誌.62: 435-438)。しかし,高緯度地帯の欧米では,日照量が少ないと同化される硝酸量が少なくて,ホウレンソウの硝酸濃度が高まることが知られている(目黒孝司 (1991) 硝酸含量(内容成分的品質).農業技術大系.土壌施肥編.第2巻 作物の栄養と生育.p.作物栄養V 127〜130-2)。日本では高緯度地帯よりは冬でも日照量が多く,冬期ホウレンソウの硝酸が特に高いことは報告されていない。

 

 ヨーロッパでは,日照量の少ない冬期には野菜の硝酸濃度が高くなると理解されている。野菜のなかでも非結球レタス(表2と表3に示したもの)の硝酸濃度が高く,かつ,冬期に高くなり,北ヨーロッパ産のものが地中海沿岸産のものより高いことが知られている。非結球レタスに比べると,ホウレンソウ,ジャガイモ,ニンジンなどのでは地域間差が小さいとされている。また,温室レタスの硝酸濃度が露地よりも高い傾向を示しているが,これは施肥に起因すると理解されている。

●上限値超過割合

 表2〜表4に示した結果で,EUの上限値を超過した割合は,1999年〜2004年の結果を合わせて,温室栽培レタスで8.5% (25/294),露地栽培レタスで2.0% (10/493),ホウレンソウで19.9% (38/191)であった。しかし,年次によっては,2004年産の夏期温室栽培レタスで33% (6/18),2003年産の夏期ホウレンソウで36%(14/39)と,上限値を超過したものの割合が非常に高いケースがあった。
 ただし,規則No.563/2002で,加盟国が上限値内のレタスおよびホウレンソウの生産を確保できる優良農業行為規範を整備するために,自国内で消費するレタスと生ホウレンソウに上限値を適用するのに移行期間を設けることができると既定されている。移行期間はレタスについては2005年1月1日で終了することが規定された。しかし,規則No.1822/2005 によって,基準値を超える生レタスを,イギリスは夏作と冬作,フランスは冬作について2008年12月末日まで国内で販売することが例外として認められた。生ホウレンソウについては移行の終了時期は未定だが,規則No.1822/2005で,イギリス,ベルギー,アイルランド,オランダでは,生ホウレンソウでの移行期間を2008年12月末日まで延長することが決定されている。イギリスは日照量の少ない北ヨーロッパでは基準を確実に達成することが難しいとして,猶予を認められているため,輸出しない限り,まだ違反がないことになる。
 EUの食品に関する科学委員会は硝酸のADI(一日摂取許容量)を体重1 kg当たり3.7 mg NO3(体重60 kgの成人で220 mg)としている(Commission of the European Communities Scientific Committee for Food. (thirty-eighth series) Opinion on Nitrate and Nitrite, expressed on 22 September 1995. Annex II)。
 食品基準庁は,成人,若者(4〜18才),幼児について,調査結果のレタスとホウレンソウの平均値と最高値の硝酸に加えて,他の食品や水からの平均摂取量を計算して,各年において,硝酸摂取量が上記ADIを超えることはないことを保証している。

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