No.26 フードチェーン・アプローチ

FAOの食品安全性と高栄養食品の確保の方策

●新しいフレームつくりの背景

 食品の安全性や品質は,従来,最終製品について衛生面や栄養面の管理基準を法律で設けて規制してきた。しかし,その法律が国によって異なり,やたらと厳しい基準を設けた国があると,自国農産物を保護し,外国産農産物を閉め出すことになりかねない。このため,WTO(世界貿易機関)農業協定では「衛生植物検疫措置」が,農産物貿易の「技術的障害」になることを防止するために,科学的原則に基づくことなどを取り決めている。そして,FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機構)の合同委員会であるコーデックス委員会などが,食品の安全性や品質に関する国際基準やガイドラインを作成し,各国がそれらに準拠した法律を施行して,世界の農産物貿易を円滑に進める仕組みが作られている。

 しかし,最近起きた,BSE,鳥インフルエンザウイルス,ダイオキシン類,残留農薬などに汚染された農産物によって,世界的に従来とは格段に違う消費者の食品に対する不安が起き,日米の牛肉貿易など,農産物の自由貿易に摩擦が生じている。FAOは,安全かつ栄養価の高い食品を供給して消費者の健康を守り,かつ農産物の自由貿易を促進するために,従来の最終製品の規制とは異なる新しいフレームワークを検討している。その骨子が2005年4月に開催された第19回農業委員会に提示されたフードチェーン・アプローチである。

●フードチェーン・アプローチ

 フードチェーン・アプローチは,最終製品の品質管理も行うが,それだけでなく,生産準備段階から始まり,農地や水の管理,作物や家畜(家畜飼料や水産養殖を含む)の生産,ポストハーベストのハンドリング,貯蔵,加工,流通経路をへて,消費者への販売に至るフードチェーンの全体を対象にして,その適切な段階に国が法的規制と法律によらない他の手段によって介入して,食品の安全性をおびやかす要因を排除して食品の安全性を確保するとともに,食品の品質を高めたり劣化させない技術を導入したりして栄養価値を確保しようとするものである。

 この考えは,HACCP(Hazard Analysis Critical Control Pont:危害分析重要管理点),つまり,生産・流通過程の衛生管理上重要な工程について管理基準を設定して,生産・流通工程を常時モニタリングして,基準を逸脱した生産・流通の行われた製品を排除する管理方式と,概念的には共通点を有している。しかし,HACCPはフードチェーン・アプローチそのものではなく,その一つの手段である。因みに,日本でも,例えば,野菜について,農林水産省の委託を受けて日本施設園芸協会がHACCPに基づいた「生鮮野菜衛生管理ガイド」を作成している。

 「生鮮野菜衛生管理ガイド」は法律で定められたものでなく,生鮮野菜の生産・流通に従事する事業者が自主的に守るべき民間のガイドラインである。欧米では農業生産や農産物加工などには優良生産行為規範が整備され,日本でも農業生産についてはごく簡単な「環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)」が2005年3月31日に公表された【環境保全型農業レポート No.12】。欧米では優良農業行為規範は国が定めるが,農業者が自主的に守るべき規範に位置づけられている。アメリカ連邦政府は規範を守ることを政府の各種補助金や奨励金を支給する条件にしている。日本でもその方式を取り入れた。こうした「生鮮野菜衛生管理ガイド」や「環境と調和のとれた農業生産活動規範」などが,上述した法律によらない他の介入手段である。こうしたものによって農業者や事業者の自主的な取組をレベルアップさせることも,フードチェーン・アプローチは手段に組み込んでいる。

 フードチェーン・アプローチでは,この外にも,トレーサービリティの導入,学校での教育,消費者教育,普及活動,農業者への農村マスメディアを通じたPRなども重要な手段に位置づけている。

●FAOの作業の影響

 FAOのフードチェーン・アプローチは,食品の安全性と栄養の確保を図って,農産物の国際貿易を円滑にすることを目的にしている。やがて国際的に承認されたフードチェーン・アプローチに基づいた生産・加工・流通体制が整備されると,その条件を満たした製品でないと,輸出できないことになる。現に工業製品ではISO(国際標準化機構)のガイドラインを満たした製品でないと,輸入を認めない先進国が多い。日本が,やがて整備されるはずのフードチェーン・アプローチに従った国際的に比肩できる管理システムを整備していれば,その条件を満たしていない国の農産物の輸入を拒否できるが,日本は農産物輸入国だからといって整備しないでいると,一方的に輸入せざるをえなくなる。これからこうした問題が大切になってくるであろう。

●「片山りんご有限会社」の「ユーレスギャップ」取得の意味するもの

 EUの小売業者の団体は,自分らの店で販売する農産物が,自前の優良生産行為規範(ユーレップギャップ:Euro-Retailer Produce Working Group Good Agricultural Practice)に準拠したものであることを要求している。ISO基準の民間の農業版である。

 この動きに関連して,青森県の農業生産法人「片山りんご有限会社」がユーレスギャップの認証を取得して,自社で生産したリンゴをイギリスなどに輸出している【片山寿伸(2005)農林水産政策研究所平成16年度駐村研究員会議議事録】。このリンゴ園の努力が高く評価されている。この例は,EUの量販店などの小売業者が自社で販売している農産物は優良農業行為規範に準拠した安全な農産物であることを担保して,消費者の信頼を得て販売競争で優位に立とうとするものである。片山氏が述べておられるように,EU域内の農業者にとっても,この規範を満たした農産物を生産することによって,低価格だけの輸入農産物に対する競争力を確保する意味もある。日本はこうした具体的な規範を整備していないが,外国の厳しい規範をクリアした安全な農産物であるとPRされると,日本の消費者もそうした具体的規範に準拠していない国産農産物よりも,そちらを購入することになりかねない。

 こうした生産規範などを国や地域あるいは民間団体が別個に作ってゆくと,農産物貿易で衝突が多発しかねない。FAOのフードチェーン・アプローチはこうした問題を回避する枠組みを作るものといえる。