No.360 OECDが食料・農業分野におけるCOVID-19問題を集約

●はじめに

 2019年11月下旬に中華人民共和国(以下,中国と略称)湖北省武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」の症例が確認されて以降,世界中にこの肺炎が蔓延した。この肺炎は日本では新型コロナウイルス感染症と略称されているが,国際的にはCOVID-19 (Coronavirus Disease 2019)と略記されており,ここでもこの標記を使用する。

 先進国で構成されているOECD(経済協力開発機構)は,この問題について下記の資料を公表した。その概要を紹介する。

OECD Tackling Coronavirus (COVID 19) Contributing to a Global Effort. COVID-19 and the Food and Agriculture Sector: Issues and Policy Responses. 29 April 2020. 12pp.

●食料安全保障への影響

 COVID-19問題は世界的な食料危機には発展していないが,最貧国の食料安全保障に深刻な影響を与えている。

 2011年のG20農業大臣会合によって,主要農産物貿易国を結びつけるために,グローバルな食料(コムギ,トウモロコシ,コメ,ダイズ)供給を評価し,国際的な食料マーケットが不確実な時に政策行動を調整するプラットフォームを提供するAMIS (Agricultural Market Information System:農業マーケット情報システム)が構築された。AMISは,上記4品目の世界的な生産予測を定期的に公表している。その最近号で,2020年の穀物在庫量は記録的に3番目に高い量になると予想されている(AMIS no.78. May 2020. )。

 COVID-19は,生産基盤である土壌,水,大気,気象といった,自然資源に影響しないため,農業生産への影響は限定されているはずである。しかし,COVID-19は,農業生産システムがはるかに労働集約的で,機械や中間投入物を用いずに人力に頼っていて,マクロ経済的ショックに耐性の乏しい,最貧国における食料安全保障や生活に深刻な脅威を与えている。

●人々の移動制限や封鎖は農業セクターの労働力不足を起こしている

 日本ではJICA(独立行政法人国際協力機構)の行なっている研修員受入事業,すなわち,国づくりの担い手となる開発途上国の人材を技能実習生として受け入れ,技術や知識の習得,制度構築等をバックアップする事業で,COVID-19の蔓延のために日本に再入国できなくなった農業の研修員が多く,日本の農業労働力に大きな影響が出ている。

 EU(ヨーロッパ連合)はシェンゲン協定を結び,同協定に参加している国々での国境管理手続きを廃止し,協定参加国以外から域内に入る渡航者に対する共通のビザの発給基準を定めている。シェンゲン協定は2017年4月現在,EU加盟28か国内の22か国と,欧州自由貿易協定加盟4か国の計26か国で運用されている。協定領域内では,EU市民であるかEU域外の人であるかにかかわらず,パスポートなしでの自由な移動が原則的に認められている。

 しかし,COVIT-19の蔓延にともない,新たに旅行禁止が施行されたのに加えて,シェンゲン協定が停止された。このため,ヨーロッパの多数の国々における果実や野菜分野における労働力が減少し,特に季節労働力の需要期や労働集約生産の期間の労働力不足が深刻になる。北半球では多数の生産物で収穫期が切迫しており,労働力不足は生産ロスを引き起こし,マーケットにおける農産物不足を引き起すことになり,多くの国々で季節労働力確保が最重要課題になろう。

●COVID-19パンデミック(感染爆発)が農薬等の入手に影響する可能性

 COVID-19の蔓延によって,農薬,肥料,飼料,種子などの中間投入物の輸入や購入には不足が生じないと考えられている。しかし,中間投入物の輸入や購入に不足が生じたとすると,当年の作物生産量を減らすと同時に,翌年の種子などの中間投入物の量も不足し,2年続けて減産になる可能性がある。

 例えば,中国人民共和国(中国)ではCOVID-19の蔓延を受けて,農薬の生産を急激に減らし,生産プラントを閉鎖することすら行なった。その後,農薬の生産を徐々に再開しただけであった(注:対象になった農薬の範囲は不明)。農薬のような利用量が多くない高価格の投入物は,いったん在庫が激減してしまうと,2020年や2021年における収量や作物生産に影響することになろう。また,種子の国境通過手続きが国境閉鎖で止められたり,国境通過が大幅に遅らせられたりすると,種子供給チェーンや種子の定時の供給が妨害され,農業にマイナス影響を与え,次の栽培シーズンやさらには将来にわたる農業,飼料や食料の生産にマイナス影響を与えることになろう。

●農産物に対する需要の変化

 OECDは,COVID-19の封じ込め対策のために要する多額の経費が,1か月当たりのGDPの年間成長率を2%低下させるのに匹敵すると試算している。そして,世界経済の不況に伴う原油価格の低下によって,バイオ燃料用作物の需要が低下している。

 ロックダウンや制限によって人々の移動や屋外活動が禁止され,開発国ではレストラン,学校,ホテル,ケータリングでの需要が減少し,高付加価値品目,フレンチフライ用のジャガイモ,シーフード料理や乳製品といった,一部品目の需要が減少している。その反面,家庭消費品目や,貯蔵可能な主食用やインスタント食品の需要が増えている。そして,公設市場,レストランやケータリング事業者へ直接出荷する分が減少し,スーパーマーケットや直接家庭への配達などが増えている。このため,農産物や食料の生産者のなかには,新しい生産品目,販売系路やバイヤーを見つけるのに苦労する者が増えよう。

●食料供給チェーンの混乱

 COVID-19の拡散防止ないし遅延化対策の実施は,食料供給チェーンの混乱や破壊も行なっている。

  • 食料セクターはCOVID-19による労働力へのマイナス影響に脆弱で,その防止対策のために,生産コストや流通コストが増加している。
  • ウイルスの労働者への伝播リスクを管理するには,食料の加工・流通の仕方を直ちに変更することが必要で,そうした変更の多くは既に実施されている。ただし,労働者のためのマスクや保護装置の調達に関係した問題では,短期間での実施が難しい。
  • 腐りやすい生ものの供給チェーンは,穀物や調理食品のものよりもOVID-19の影響を受けていると考えられる。
  • 包装や加工施設では混雑した作業条件にあるため,労働力はCOVID-19に接触するリスクが高い。例えば,果実や野菜の包装や等級付け,並びに畜産物の加工施設において,社会的距離要件を満たしつつ作業員の接触リスクを下げるには,コストが増加し,スーパーマーケットにおける消費者需要が高まっていても,生産能力が引き下がってしまう。包装・加工施設における感染は,やがて農場レベルでの生産に対する需要低減を引き起こしてしまうであろう。
  • 人々の移動に対するロックダウンや制限は,貿易を助長するのに必要な商品の物理的検査や,世界貿易機関の農業関係協定で定められた衛生および植物防疫要件への遵守のチェックの条項にも影響している。さらに,COVID-19に対応した新たなバイオセキュリティ協定が必要である。
  • COVID-19の封じ込め対策は,輸送やロジステックサービスを遅らせたり崩壊させたりする。国境封鎖やそれに伴うチェックは渋滞や遅れを生じて,生ものの輸送に影響する。社会的距離確保の要件は,国境における輸入や輸出の検査官の数を減らすことになり,関税手続きに要する時間を増やす。
  • 航空機の飛行禁止や飛行機の減便によって,魚介類,果実や野菜を含む高価値の生もの食品の価格を押し上げることになる。旅行禁止にともなって,航空便コストが中国・北アメリカ間で約30%,いくつかのヨーロッパ‐北アメリカ間で60%超も上昇し,配達日数も多く要しているとの報告もある。
  • 港の閉鎖も,製品が1つの港から別の港へ,または別の輸入国に輸送される場合に問題を生じている。ウイルスが蔓延しているときに,多数の運送用コンテナが中国の港に存在し,その移動禁止によってコンテナ不足が生じて,コンテナ輸送価格が上昇し,食料生産物を含む貨物の価格や輸送量に影響を及ぼしている。
  • COVID-19によって労働者不足が生じて,一部メーカーによる肥料生産が中断されて,それに付随する二酸化炭素製造が困難になったりしている。酸化炭素は食品製造の様々な場面で使用されており(凍結,飲料物の炭酸化,包装した肉類のような,コントロールした大気下における保存など),これらが困難になろう。

●農業・食料セクターの弾力性の向上

 農業・食料セクターは,環境負荷の一層の軽減や気候変動の影響緩和といった難問題を解決しながら,安全で手頃な価格の農産物・食品を持続可能に生産しつつ,国際的に円滑に貿易することが求められている。

 そうしたなかで,COVID-19問題から,食料の安全性についての国際基準の策定が今後一層強く求められると考えられる。このため,日本でも,国際的に比肩できる生産・流通基準を,迅速に普及させることが緊要となろう。