●はじめに
プラスチックフィルムやマイクロプラスチックが海洋動物の生活を脅かしているケースなどが,世界的な環境問題として話題になっている。農業では,ハウスの被覆,マルチ資材や肥料袋などとして使用されたプラスチックフィルムや容器などが土壌表面に廃棄されて,景観を損なったり,風で飛ばされて電線にからまったりなどして,問題を起こしている。しかし,農業で意外に問題視されていないのが,土壌に混入した5 mm未満のマイクロプラスチックの,土壌や作物に対する影響である。この点について,下記の論文が最近の研究結果を報告している。その概要を報告する。
文献1 A.A. de Souza Machado, C.W. Lau, W. Kloas, J. Bergmann, J.B. Bachelier, E. Faltin, R. Becker, A.S. Görlich and M.C. Rillig (2019) Microplastics Can Change Soil Properties and Affect Plant Performance. Environmental Science and Technology 53: 6044−6052.
文献2 上記論文には3つの補足情報があり,上記論文からアクセスできる。
文献3 また,関連文献として次がある。A.A. de Souza Machado, W. Kloas, C. Zarf, S. Hempel, M.C. Rillig (2017) Microplastics as an emerging threat to terrestrial ecosystems. Global Change Biology. 29: 1405-1415.
●マイクロプラスチックの土壌への供給源と土壌中の濃度
マイクロプラスチックは5 mm未満のプラスチック粒子で,土壌に対するマイクロプラスチックの最も重要な供給源はタイヤの消耗である。タイヤの主成分はゴムだが,ゴムを硬くしたり,耐カット性を上げたりするために,プラスチック樹脂(ナイロン,ポリエステル,PEN(ポリエチレンナフタレート)樹脂,アラミド繊維,レーヨンなど)が混和されている(タイヤの成分はブリッジストンKKの「タイヤのキホン」
による)。このため,自動車の走行でタイヤが磨滅して,ゴムやプラスチックの微小粒子が飛散して,道路沿いの農地土壌に混入している(文献1)。次いで重要な供給源は,都市下水や工場廃水の処理場の汚泥から製造した堆肥の土壌混和である(文献3)。
マイクロプラスチックの人為影響がない土壌でのバックグランド濃度は,スイスの自然保護区で土壌重量の約0.002%とされている。これに対して,工業地帯の近くの道路脇の土壌では,土壌重量の約7%となっている(文献1)。そして,土壌中のマイクロプラスチックの粒子数が,40,000粒子/土壌kgに達するケースもあり,土壌中のマイクロプラスチックの形状は,繊維状が優占的(92%)で,次いで破片状(4.1%)との報告もある(文献1)。
なお,環境に存在するマイクロプラスチックは,工業原料のビーズやペレット状の一次プラスチックから製造された各種用途のプラスチック製品が,分解されて環境中に放出されたもので,2次マイクロプラスチックとよばれている。
●実験方法
【使用したマイクロプラスチック】
1つの1次マイクロプラスチックと,5つの2次マイクロプラスチックを研究した。供試したマイクロプラスチックの概要を表1に示す。なお,購入したプラスチックの大きさが5 mmを超える場合には,5 mm未満の大きさになるように処理した。
【供試土壌】
ベルリン自由大学の圃場から採取した壌質砂土の生土を直ちに5 mmの篩を通し,実験開始まで4℃で保存した(窒素含量0.12%,炭素含量1.87%,C/N比15.58,pH7.1,可給態リン69 mg/kg)。
【土壌のマイクロプラスチック暴露実験】
土壌200 gずつを,200 mlビーカーに加えた。対照としてマイクロプラスチック無添加のビーカーを24と,タイプ別にマイクロプラスチック添加ビーカーを12ずつ使用した。
マイクロプラスチックの添加量は,ポリエステルは土壌の生土重の0.2%,他のマイクロプラスチックは2.0%とした。土壌の水分は水分保持容量の90%として,アルミフォイルでカバーした。ビーカーは温室で21±1℃に2か月間暗黒に保持した。水分補正は週約3回行なって,高水分を維持した。
【タマネギ実生のマイクロプラスチック暴露実験】
上記の実験期間の終わりに,表面殺菌種子から発芽した春タマネギの実生をビーカーの半分に定植した。全てのビーカーは温室にさらに約1.5か月間置き,2日ごとに水分保持容量の60%になるように給水した。従って,マイクロプラスチックを添加していない対照土壌については,植物の生えた12の反復と,植物のない(定植しなかった)12の反復が存在し,各マイクロプラスチック処理を添加した土壌については,<植物あり>と<植物なし>とで,6反復ずつを用意した。
●マイクロプラスチックの土壌に及ぼす影響
マイクロプラスチックの土壌添加は土壌の物理的や微生物的性状を変化させ,その結果,水の動態や微生物活性を変化させた。その主要結果を記述する。
★春タマネギ実生を定植しなかった土壌の仮比重(注)は,高密度ポリエチレン, ポリエステル, ポリエチレンテレフタラート, ポリプロピレンおよびポリスチレンの添加によって低下し,1次ポリアミド添加では,マイクロプラスチックを添加していない対照土壌と同程度であった。
(注)土壌の仮比重は,乾燥土壌1 ml当たりの重量である。乾燥土壌には団粒内の孔隙や団粒間の間隙が存在しており,これらの隙間を含んだ容積1 ml当たりの重量である。間隙の容積でなく,土壌の固形物の容積当たりの重量は真比重とよぶ。
★春タマネギ実生の生えたマイクロプラスチック添加土壌では,土壌の仮比重が対照を上回ることはなかったが,生えていない土壌よりは高まった。
★春タマネギが生えていない土壌の耐水性団粒の割合が,1次ポリアミドとポリエステルおよびポリスチレンの添加によって有意に減少した。これが上述した仮比重の低下と関係している。
★植物がないときの蒸発量は,対照に比べて,1次ポリアミドで約35%,ポリエステルで約50%増加し,高密度ポリエチレン, ポリエチレンテレフタラート, ポリスチレンでは増加がもっと小さかった。春タマネギ実生を栽培すると,大部分のプラスチックで植物と相互作用して,蒸発散量を増加させるか(例えばポリエステル),減少させた(例えば1次ポリアミド)。蒸発散量の増加は,水分保持容量の増加よりも小さかった。それゆえ,水の利用可能性は,マイクロプラスチックを添加した土壌で一般に大きかった。
★土壌微生物全般の代謝活性(フルオレセイン二酢酸(FDA)の加水分解量)は,1次ポリアミド, 高密度ポリエチレンおよびポリエステルで増加した。
●マイクロプラスチックのタマネギ根に及ぼす影響
★根のバイオマス量が,ポリエステルとポリスチレンの添加によって有意に増加した。
★全根長がテストした全てのマイクロプラスチックで増加し,根の平均直径が減少した。その結果,より長くてより細い根のバイオマスが増加して,根の全面積が,マイクロプラスチックを添加した全てケースで増加した。
★根組織の細胞密度が1次ポリアミドによって低下したのに対して,ポリエステルとポリスチレンによって高まり,高密度ポリエチレン,ポリエチレンテレフタラートとポリプロピレンでは何らの有意差もなく,影響がなかった。
★アーバスキュラー菌根菌(AMF)の根への定着率がポリエステル添加で約8倍増加したのに対して,ポリプロピレンでは約1.4倍増やしただけで,ポリエチレンテレフタラートでは約50%低下させた。
●マイクロプラスチックのタマネギの茎葉と全バイオマス量に及ぼす影響
★根と葉の乾物バイオマス量の比が,1次ポリアミドによって減少したのに対して,ポリエステル,ポリエチレンテレフタラート,ポリプロピレン,高密度ポリエチレンとポリスチレンによって有意に高まった。
★タマネギ鱗茎の乾物重は調べた全てのマイクロプラスチック添加によって,対照と有意に異なった。例えば,1次ポリアミド添加で鱗茎乾物重が減少したのに対して,ポリエステル添加でほぼ2倍に増加した。
★鱗茎の水分含量は,1次ポリアミド添加で2倍に増加し,ポリエステル,ポリエチレンテレフタラートおよびポリプロピレンの添加で減少した。
★葉の窒素含量は1次ポリアミド添加で高まり,ポリエステル添加で減少した。従って1次ポリアミドはC/N比を有意に減少させ,ポリエステルは増加させた。
★全バイオマス(地上部+鱗茎+根)重が,1次ポリアミドとポリエステルの添加で増加した。1次ポリアミドの場合,地上部茎葉の増加,後者の場合は鱗茎の増加によった。ここで注意すべきは,1次ポリアミドがその組成に窒素を含み,その窒素が葉の窒素含量の増加など,観察された効果の原因になった可能性がある。
★ポリエチレンテレフタラートとポリスチレンの添加では,全バイオマス量がさらに増加した。そして,どのマイクロプラスチック添加でも,全バイオマス量が有意に減少することはなかった。
●土壌や植物の性質に影響するプラスチックの特性
★1次ポリアミドは,ナイロン製造用の直径15μmの1次マイクロプラスチックビーズである。この未使用のマイクロプラスチック粒子には,原料物質が付着していて,そのまま土壌に添加すれば,すぐに放出される付着化合物のレベルが高い。特に1次ポリアミドの製造では,アミン(窒素を含有)とカルボン酸を重合させており,従って,残っているモノマーが土壌に溶脱して,窒素施肥に似た影響を生じさせて,葉の窒素含量がほぼ2倍に増加したこと,全バイオマス量の増加,根対葉の比の相対的減少を生じたと理解される。そして,1次ポリアミドの窒素が有機態で放出されて,粒子表面の微生物群集に迅速に代謝されうることを考慮する必要がある。
★1次ポリマーの粒子は,原料物質や潤滑剤などの添加物を含んでいる。このため,窒素以外にも,亜リン酸塩などが含まれているケースもあるので,注意を要する。
●結論
土壌に添加されたマイクロプラスチックは,そのタイプ,形態や量によって異なるが,土壌の耐水性団粒の割合,水分保持容量,蒸発散量や,水飽和期間の継続,さらには1次マイクロプラスチックの場合には窒素などの養分供給を変えて,土壌微生物や植物の生育に影響することが研究によって示された。
著者らは次の結論を記している。
『結論として,われわれの結果は,マイクロプラスチックの広範囲な汚染は,農業生態系や陸地の生物多様性全般に影響を与えることを示唆している。マイクロプラスチックの影響の可能性について,今後,他の植物種,粒子タイプ,環境条件についても研究し,このクラスの人為的粒子によって引き起こされる潜在的変化をさらに解明することが必要である。』