No.338 EUの新しい有機農業規則の主要点

・はじめに

環境保全型農業レポート「No.337 EUの有機農業規則改正案を欧州議会が承認」に紹介したが,同改正案は欧州議会で2018年4月19日に承認された。これを受けて,閣僚理事会が5月22日に同案を承認した(Council of the EU . Organic farming: new EU rules adopted. )。

これで改正案がOfficial Journal of the European Unionに掲載されて,2021年1月1日から施行される。ただし,条文の数値を入れた具体化などの欧州委員会に委任された作業は,これから開始されるので,法律の完成はまだ先になる。

改正案は下記から入手できる。

http://data.consilium.europa.eu/doc/document/PE-62-2017-INIT/en/pdf

この改正案の現行の有機農業規則との違いの主要点を紹介する。なお,改正案の概略は,環境保全型農業レポート「No.328 EUの有機農業規則改正の動きが新展開」も参照されたい。

・現行の有機農業規則と実施規則を一本化

現行の規則は2つの法律からなる。1つは枠組を定めた有機農業規則Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 と,もう1つの実施細則Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control.

からなっている。

改正案は実施細則部分を付属書として,有機農業規則として一本化した。

・適用対象作目を拡大

現行の有機農業規則は,適用対象作目を,植物(作物),家畜,海草・海藻(seaweed),水産養殖動物(魚介類),加工食品,加工飼料,酵母としている。これに対して改正案では,seaweedの用語を止めて,algae(藻類)に改めた。これによってアマモなどの海産の顕花植物は除外され,ワカメ,コンブ,ノリなどの緑藻,褐藻,紅藻などに属する藻類に限定された。

新たにワインが追加された。

その他にも,具体的な生産のルールは規定されていないが,有機生産物としてEUに輸入されたり,EUから輸出されたりする場合には,有機農業規則が適用される作目として,付属書?で次を規定している。

  • マテ,スイートコーン,ブドウの葉,椰子の芽(パルミット,Hearts of Palm),植物の可食部分(ホップの茎葉などに類似したもの)とそれから生産した生産物
  • 海塩,その他の食用および飼料用の塩
  • 生糸生産に適したカイコの繭
  • 天然ゴムと樹脂
  • 蜜蝋
  • エッセンシャルオイル(精油:植物から採れる強い匂いの揮発性油)
  • 天然コルクのコルク栓,膠結してなく結合剤を含まないもの
  • ワタ,梳いていないもの
  • 羊毛,梳いていないもの
  • 生皮や無処理の皮膚
  • 植物ベースの伝統的な薬草の調合剤(漢方薬など)

これらについては具体的生産ルールなどがまだ規定されていないが,第30(7)条で,規定の必要が生じた際には,欧州委員会がそれを策定することが委任されている。

なお,日本ではワインなどの酒類の有機表示基準は, 2000年12月26日国税庁告示第7号「酒類における有機の表示基準を定める件 酒類における有機の表示基準を定める件」で定められていて,農林水産省告示の有機農産物などに関する生産基準に基づいて生産された有機農産物などを原料にして生産することが決められている。

・「生きた土壌」で有機植物(作物)を生産する

改正案の第9条で有機生産物の一般的生産ルールを規定しているが,付属書IIで主要品目についてより詳細な生産ルールを規定している。そのパートIで,植物生産ルールを次の条文のように規定している。

パートI:植物生産ルール

『第9条から第12条に規定された生産ルールに加えて,本パートに規定されたルールを有機植物生産に適用しなければならない。

1. 一般的要件

1.1 自然に水中に生育しているもの(筆者注:根を土壌に張らずに水に浮遊して生育しているものの意味と理解される)を除き,有機作物は,下層土や岩盤とつながっている,生きた土壌,ないし有機生産で許された資材や生産物と混合またはそれらで施肥した生きた土壌で生産しなければならない。

1.2 水耕生産は,水の中で自然に生育している植物とは異なり,根を養分溶液だけに,または,養分溶液を添加する不活性な培地に入れて,植物を生育させる方法であり,これを禁止する。

1.3 細目1.1の特例として,種子の湿潤によるスプラウトの生産や,浄水への浸しによるチコリ頭部の収穫は認める。

1.4 細目1.1の特例として下記のやり方を認める。

(a)最終消費者にポットのまま販売する観賞植物やハーブの生産のための植物栽培;

(b)その後の移植のためのコンテナ中での幼植物ないし移植用苗の栽培。

1.5 細目1.1の特例として,隔離ベッドでの作物栽培は,フィンランド,スウェーデンおよびデンマークにおいて2017年6月28日よりも前に有機として承認されているケースにのみ認める。こうしたケースの延長は認めない。

この特例は2030年12月31日に終了しなければならない。

2025年12月31日までに欧州委員会は,有機農業における隔離ベッドの使用について,欧州議会および閣僚理事会に報告書を提出しなければならない。

1.6 全ての使用した植物生産テクニックは,環境の汚染への寄与を防止するか最少にしなければならない。』

[筆者注釈] 改正案では「土壌に関連した作物栽培」を重視し,『土壌に関連した作物栽培は,下層土や岩盤とつながった,生きた土壌で,または,有機生産で許された材料や生産物と混合ないし施肥された土壌での生産を意味する。』と定義している。

生きた土壌は通常,植物や土壌生物が生育できて,土壌の様々な物質代謝が行なわれている土壌という意味で用いられていることが多い。しかし,土壌の母岩から絶えず新たに生成された土壌が補給されることが,長期の持続可能性を考慮した観点からは大切であり,改正案に示されたこの生きた土壌の定義は適切といえる。

・家畜・家禽の飼料は地元生産という原則を強化

現行の有機農業施行規則(Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labeling and control )でも,家畜・家禽の飼料は地元生産が原則となっている。その第19条で,下記が規定されている。

(1)反芻家畜では,飼料の少なくとも60%は事業所の農場に由来し,それが不可能な場合には,同じ地域の他の有機農場と協力して生産しなければならない,および,

(2)豚と家禽では,飼料の最低20%は事業所の農場に由来し,それが不可能な場合には,同じ地域の他の有機農場や飼料企業経営者と協力して生産しなければならない。

付属書?の「パート?:家畜・家禽の生産ルール」には,「1.4.1 一般的栄養要件」で次が規定されている。

『(a) 家畜・家禽の飼料は主に,家畜・家禽が保持されている農業経営体から入手するか,または,同じ地域の他の経営体に属する有機または転換中の生産ユニットから入手しなければならない。』

そして,この点については,家畜・家禽の種類別に,自分の農場ないし地域内の有機農場から調達すべき飼料割合が規定されている。家畜では当面同じ値だが,2023年から70%に引き上げ,ブタと家禽では20%が30%に強化され,ウサギでは新たに70%が設定された。

*ウシ,ヒツジ,ヤギ,ウマ,シカ

『飼料の少なくとも60%は自分の農場に由来するか,それができないか,そうした飼料が入手できない場合は,他の有機または転換中の生産ユニットや,同じ地域の飼料や飼料原料を使った飼料事業者と協力して生産しなければならない。このパーセント値は2023年1月1日から70%に引き上げなければならない。』

*ウサギ

『飼料の少なくとも70%は自分の農場に由来するか,それができないか,そうした飼料が入手できない場合は,他の有機または転換中の生産ユニットや,同じ地域の飼料や飼料原料を使った飼料事業者と協力して生産しなければならない。』

*ブタ,家禽

『飼料の少なくとも30%は自分の農場に由来するか,それができないか,そうした飼料が入手できない場合は,他の有機または転換中の生産ユニットや,同じ地域の飼料や飼料原料を使った飼料事業者と協力して生産しなければならない。』

[筆者注釈]家畜・家禽の飼料は,農場で作るか,農場の近在の有機または転換中の他の農場ないし飼料販売業者などと協力して,確保することを求めており,全ての有機飼料を他の国から輸入するやり方は認められていない。

・遺伝的不均一性が大きく,品種といえない植物繁殖体の使用を有機農業で認める

登録されている植物品種は,世代を重ねても,その遺伝子型や表現型のフレが小さく,その特性が他の品種と明確に区別できることが必要である。

EUのCouncil Regulation (EC) No 2100/94 on Community plant variety rights(共同体の植物品種保護権利に関する規則)は,品種を次のように定義している。

『本規則の適用において,「品種」とは,すでに知られている最下位の植物学上の一つの分類群に属する植物の集団であって,植物品種保護の権利を付与するための条件を全て満たしているか否かにかかわらず,以下のものをいう。

一 遺伝子型またはその組合せに由来する特性の表現により特定することができる。

一 当該特性のうちの一つ以上の特性の表現により他の全ての植物の集団と区別することができ,かつ,

一 変化なく繁殖させることが可能であるという点で一つの単位とみなすことができるもの。』

(この訳文は「種苗法研究会」による)

EUにおいて新しい品種として登録が認められる条件が,Council Directive No 66/402 on the marketing of cereal seed(穀物種子の販売に関する指令)で,例えば,コムギ,オオムギ,イネなどの穀物では,その品種としての純度が,検証の段階によって99.0〜99.9%であることが規定されている。

同法では品種選抜の段階での結果から,有機農業に適したものは,有機農業に適した品種として販売することができることを規定している。しかし,あまりに均質にそろった品種は実は有機農業に適しておらず,もっと不均質な集団を有機農業用の品種として認めるべきだとの意見が多い。

その1つとして,Wolfeら(2008)は次を主張している(M. S. Wolfe, J. P. Baresel, D. Desclaux, I. Goldringer, S. Hoad, G. Kovacs, F. L?schenberger, T. Miedaner, H. ?sterg?rd, E. T. L. van Bueren (2008) Developments in breeding cereals for organic agriculture. Euphytica.163:323-346.)。

MSWolfe.

すなわち,慣行農業では,化学合成資材によって,土壌条件や養分レベルを作物品種に最適なレベルに調整するとともに,病害虫や雑草を防除している。これに対して有機農業では化学合成資材を原則使用しないので,土壌の条件や養分含量は,気候,土壌タイプ,地形などによって大きく異なり,その調節も難しく,有害生物の防除も大変である。このため,慣行農業のように均一性の高い品種が適している土壌は思いのほか少なく,特性にもっと幅がある不均質な品種であれば,より多くの土壌に適した特性を有するものが存在して,多様な環境特性を有する土壌で栽培可能となると期待できる。

そこで,現在の99%を超える純度の均一特性の品種よりも,例えば,土壌酸性耐性,干ばつ耐性,低レベルの無機態窒素の利用効率,病害虫抵抗性などに,多少の幅がある「品種」のほうが,いろいろな地域や農場の多様な生育条件に適したものが優勢となって,有機栽培が成功しやすいと考えられる。

改正案は「第13条 有機の不均質材料からなる植物繁殖体の販売に関する具体的条項」で,有機農業で使用する種子や苗のような繁殖体は,法律で定められている品種登録要件を遵守せず,純度が99%を下回っていて良いことを定めている。しかし,ではどれだけの純度を持っていなければならないかなどの具体的要件は未定であり,第13(3)条でその具体的規定を欧州委員会に委任すると規定している。

ところで,当初,欧州委員会が既存の有機の植物繁殖体の利用を強化する形で,有機農業規則を改正する原案を提示したのに対して,多くの反対意見が出された。そこで,改正案では,有機農業用に不均質な「品種」の植物繁殖体の販売を認めるとともに,第26条で加盟国が有機の植物繁殖体の販売状況のデータベースを構築して農業者の利用に供することを定めた。さらに,前文の39項で,(39)遺伝的多様性,病害抵抗性ないし耐性,ローカルな多様な土壌や気候の条件への適応性を考慮し,有機農業に固有なニーズや目的を有機生産者の要求を満たし,有機生産のために適した有機品種を開発する7年間の実験をEUが行なう必要性を指摘している。

因みに,いもち病にはいろいろなレースが存在するが,個々のレースに対する抵抗性遺伝子を持つイネの遺伝子系統を複数混合して1つの品種として扱っている多系品種(マルチライン)が,いくつか日本で実用化されている。個々のレースに抵抗性を有する系統は,病気に対する抵抗性の点で区別できるので,当初は品種として認められなかった。しかし,農林水産省試験研究機関から多系品種を品種として承認するよう行政部局に要望が出され,1986年度から承認されるに至った経緯がある。このような病害虫抵抗性の点で異なる多系品種は,化学合成農薬への依存を減らしており,有機農業でも役立つ品種のはずである。

・小規模農業者のためのグループ認証

有機農業者がグループを組織し,EUの有機農業規則を遵守した生産・運営規約を作り,代表者を定めるとともに,参加農業者の農業の仕方をチェックする内部監督システムを作る。グループに参加する農業者は有機生産基準を遵守し,組織によるチェックを受けることなどの誓約書を交わす。その上で,毎年,参加農業者の1人がサンプル農業者として,認証機関による正規のチェックを受ける。そして,その農業者が認定を得られれば,グループ内の他の農家も認定を受けたこととし,サンプル農業者が要した認証経費は参加者全体で分割する。こうしたグループ認証では認証コストが通常よりも安い。このため,EUだけでなく,生産物をEUに輸出している途上国の小規模有機経営体にグループ認証を認める。

第36条に,対象とするグループの条件が規定されている。すなわち,

(1)有機の農業者,藻類・養殖動物の生産者,加工・調製・販売の事業者だけをメンバーにして構成されたグループであって,

(2)各人の有機生産の年間粗収益が25,000ユーロ(5万円:2017年の平均ユーロを126.6円として)を超えないか,有機生産の標準生産額が年間15,000ユーロ(189.9万円)を超えず,各人の認証コストが各人の有機生産の粗収益ないし標準生産額の2%を超えること,または,

(3)各人の所有農地が最大で,

 (a)5ヘクタール

 (b)温室の場合は5ヘクタール

 (c)永年草地のみの場合は15ヘクタール

(4)生産活動が互いに地理的に近いメンバーでのみ構成されている

(5)グループによって生産された生産物に対して,共同のマーケティングシステムを設定している

この条件からすれば,温室栽培を除くと,日本の有機経営体の大部分はグループ認証の対象となろう。