●アメリカにおける有機普通畑作物面積の緩慢な増加
アメリカでは,有機作物栽培面積が2002年には50万ha強であったものが,2011年には120万ha超へと70万ha強増加した。しかしその内訳をみると,普通畑作物(耕地に大規模で露地栽培する野菜や果樹を除く,穀物,飼料作物,砂糖作物,油料作物,繊維作物などで,日本では普通作物と特用作物に分割)のトウモロコシ,コムギとダイズを合わせた面積は,この間に約10万ha増加しただけで,他の作物に比べて栽培面積の増加が緩慢である。
USDA(アメリカ農務省)の統計局 (National Agricultural Statistics Service: NASS)が全米の農業統計調査を実施しているが,特定の問題については,一般的な統計よりも踏み込んだ詳しい統計をNASSとUSDAの他の局が共同で実施している。その1つとして,NASSと経済研究局 (Economic Research Service: ERS) が,共同で「農業資源管理調査」(Agricultural Resource Management Survey: ARMS)を実施している。
この調査では,農場の所得,支出,資産,負債に加えて,農場と経営者の特徴を調べている。そのなかで,2010年にはトウモロコシ,2009年にはコムギ,2006年にはダイズについて,毎年のアメリカの作物栽培面積の90%超を含む州における生産者をターゲットにして,慣行と有機での生産の仕方と費用についての情報を収集した。このうち,トウモロコシについては1,087の慣行農場と243の有機農場,コムギについては1,339の慣行農場と182の有機農場,ダイズについては1,425の慣行農場と237の有機農場のデータを使用して,ERSの研究者が,3つの作物について,慣行と有機の農場の概要と生産費用や収益性を分析した。それらをまとめた下記資料の結果の概要を紹介する。
●有機普通作物農場の概要
A.トウモロコシ農場
有機農場は,慣行農場よりも総面積の少ない農場で実施されており,地域的には,五大湖州(ミシガン,ミネソタ,ウィスコンシン)と北東部(ニューヨークとペンシルバニア)で慣行農場よりも多く,大草原州(カンザス,ネブラスカ,ノースダコタ,サウスダコタ)では慣行生産農場のほうが多かった(表1)。
有機農場における生産の仕方は,慣行農場とは大きく異なった。大部分の慣行農場は主にダイズのような条播作物とトウモロコシを輪作したのに対して,有機農場の多くは,より多くの休閑年やアルファルファのような採草作物とトウモロコシを輪作していた。
有機農場は,はつ土板プラウを含め,より集約的な耕耘方法を使用したのに対して,慣行農場は無耕起播種機を使うケースが多かった。慣行農場は,遺伝子組換え種子と化学的雑草防除に強く依存していた。ほぼすべての慣行農場は市販肥料を施用したのに対して,有機生産者は家畜ふん尿や堆肥を施用した。
B.コムギ農場
有機コムギ農場は慣行農場と類似した経営規模であったが,コムギ収穫面積は慣行農場よりも有意に少なった(表1)。コムギ地帯のなかで,有機農場は南部大草原(カンザス,オクラホマ,テキサス)ではより少ない傾向で,主に北部大草原(コロラド,モンタナ,ネブラスカ,ノースダコタ,サウスダコタ)に所在した。
大部分の慣行農場はコムギを,特にトウモロコシとダイズのような他の小粒穀物と輪作したが,有機農場はより多様な作物と輪作していた。有機農場は,はつ土板付きプラウでより頻繁に耕耘したのに対して,慣行農場は無耕起でコムギを播種しているケースが多かった。トウモロコシと同様に,大部分の慣行農場は市販肥料を施用したのに対して,有機農場は家畜ふん尿ないし堆肥を施用していた。
C.ダイズ農場
有機農場は慣行農場よりも規模の小さな経営体であり,ダイズの収穫面積もより少なかった(表1)。慣行農場の大部分は,他の条播作物での連作からなる輪作を行なっていたのに対して,有機農場は,休閑を含めて,ダイズを小粒穀物や採草作物(アルファルファや他の牧草など)と輪作しているケースがより多かった。そして,有機農場は五大湖州と大平原に所在しているケースが多かった。
ほぼすべての慣行農場が,遺伝子組換え除草剤耐性種子を使用し,条間を狭くしてダイズを栽培した。これに対して,有機農場では標準の条間でダイズを生産し,条間の雑草を耕耘機で防除していた。そして,慣行農場には不耕起播種機を使用しているケースがはるかに多かった。
●生産費用の単純平均値
McBrideら(2015)は,上述のように農業資源管理調査(ARMS)の3作物の慣行と有機のデータを用いて解析を行なった。そのデータの集約結果は,経済研究局(ERS)のホームページから入手できる。しかし,McBrideら(2015)は,生産費用の分類などを多少変更している関係か,その集約結果をそのまま使用するのでなく,集約数値がわずかに違っている。その違いの原因は不明だが,ホームページにある集約結果のほうが,報告書よりも生産費用の費目を細かく分類して,その1つ1つの数値を記載しているのに対して,McBrideら(2015)ではここの費目の数値を示さず,いくつかのグループにまとめた数値を示している。このため,具体的費目ごとの数値を理解するために,ホームページにある集約結果を表2に示す。
ヘクタール当たりの運営費用(直接費用)をみると,有機農場では,慣行農場でも高価な遺伝子組換え体種子が使われていないコムギを除き,種子代金が低く,肥料も家畜ふん尿を主体にしているので,肥料代が低く,農薬を使用していないので,薬剤費も低い。その代わりに,雑草防除をトラクタによる耕耘で行なっていることもあって,燃料代(光熱動力)や修繕代が(間接費用の労賃や無給労働の機会費用も),有機農場で高くなっている。そして,他の費用を加算した費用合計は,ダイズでは有機農場のほうが慣行農場よりも高くなっているのに対して,トウモロコシとコムギでは有機農場のほうが若干低くなっている。
そして,3つの作物で共通して注目されるのは,有機農産物には高い付加価値価格がついているために,収量が有機では慣行の60〜95%しかないが,粗生産額は有機農場のほうが高い。そして,収益(〔粗生産額−運営費用合計〕と〔粗生産額−費用合計〕)も有機農場のほうが高くなっている。
McBrideら(2015)は,表2のように有機農場と慣行農場の単純平均値だけを比較するのでなく,分析対象とする農場の選定する際に生ずるバイアスを小さくする2つの手法も用いて分析した。1つは,農場,経営者や生産特性の点で類似した有機と慣行の生産者サンプルを選定して分析した(傾向スコアマッチング(プロペンシティ・スコアマッチング)法)。もう1つは,内因性処理・効果回帰法である。これらの2つの手法での結果と単純平均値の結果とを示している。この部分については,筆者の能力では簡潔に紹介できないので,本文をお読みいただきたい。
表2には含まれていないが,認証機関による認証費用を別途調べ,収穫物トン当たり,トウモロコシで3.1ドル,コムギで4.4ドル,ダイズで15.1ドルと算出されている。
なお,アメリカでは農務省が有機認証コストの75%まで(1件当たり最大750ドル)を支給する予算を確保し,州に配分している。アメリカは,これ以外にも「環境品質インセンティブプログラムの有機イニシアティブ」によって,農業資源や環境保全に貢献する農業方法を実践する有機農業者に金銭的支援を行なっている(環境保全型農業レポート「No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要」)。