●問題意識の背景
作物に対する需要は,世界の人口増加と,所得増加にともなう食事の量的および質的変化(穀物主体の食事から,畜産物割合の増えた食事への変化)にともない,2050年には,2005年を基準年として60〜120%増加すると,研究者によって推定されている。しかし,この推定のベースには、畜産物の摂取割合の増加が濃く影を落としている。人間の食べられる作物を人間が直接食べずに,餌として家畜に与えてから畜産物として食べるのは非効率的で,熱量ベースでは,飼料の熱量のうち畜産物に保持される比率は平均すると約10%にすぎないからである。これに加えて,トウモロコシ,サトウキビなどをバイオ燃料に仕向ける量も増えてきており,2010年には,世界の作物生産量の6%を占める4億6000万トンのトウモロコシとサトウキビが,バイオ燃料に仕向けられている。
こうした,飼料やバイオ燃料への作物の利用が今後ますます増えると予想されるが,このまま推移すると,世界で必要な量の食料を生産するために,ますます農業の集約化を進めて単収を上げるとともに,農地造成を拡大することになり,環境への負荷が増大すると予想される。
そこで,現在の世界の食料システムにおいて,人間の食料を飼料やバイオ燃料に利用することによって,同じ量を直接人間が摂食する場合と比較して,どれだけ非効率な無駄が生じているか? その無駄をなくすことによって、世界の人口扶養力がどの程度高められるか? が問題となる。
この問題について,アメリカのミネソタ大学のキャシディらが,下記の論文で検討した。
Cassidy,E.S. P.C.West, J.S.Gerber and J.A.Foley (2013) Redefining agricultural yields: from tonnes to people nourished per hectare. Environmental Research Letter 8 (2013) 034015 (8pp) ,および,この補足資料
●検討の方法
この研究では,人間の食べられない非食用の牧草などの飼料作物や,野草で飼養された家畜の畜産物は計算の対象外で,そうした畜産物の摂食は前提にしており,人間の食事から一切の畜産物を排除することを前提にしてはいない。
食用の41品目に分けた主要作物(穀物,豆類,イモ類,油料作物,糖料作物,果実,野菜)の収穫部位(世界における食用作物の全熱量生産量の90%超を占める)を対象にして,食用作物を飼料として飼養した家畜からの畜産物を問題にしている。
FAOの1997〜2003年のフードバランスシート統計と貿易統計のデータによって,世界各国ごとに,国内生産した41品目の作物別用途別消費割合の平均値を計算した。つまり,国内仕向量(国内生産量から輸出量を差し引いた量)と,その作物群別の用途別消費割合(食料,飼料,バイオ燃料,その他の非食用)を計算するとともに,輸出量については輸出相手国における作物品目別の用途別消費割合も計算した。そして,国内仕向量と輸出量の合計値について,41品目の用途別消費割合の和を計算した。少々ややこしい記述だが,各国が生産した食料が,自国と輸出相手国においてどのような割合で消費されたかを計算した。輸入分を各国に計上しなかったのは,二重カウントしないためである。
この研究では,41品目の作物の熱量と蛋白質含量が必要だが,それはTilman,D, C.Balzer, J.HillJ and Befort B.L. (2011) Global food demand and the sustainable intensification of agriculture Proc. Natl Acad. Sci. 108 20260-4 に準じた。
また,飼料の畜産物への変換効率が計算に必要である。このために,アメリカ農務省の飼料−肉変換効率(例えば,12 kgの飼料が1 kgの牛枝肉のように,飼料重量が枝肉重(生体重)に変換される割合),枝肉率(枝肉重のうちの可食重の割合で,牛枝肉重は平均60%だけが可食部分)と,枝肉の熱量と蛋白質含量のデータを用いて,飼料中の熱量や蛋白質が畜産物の熱量や蛋白質に変換される効率を整理した。
最終的に使用した効率値は,
・熱量変換効率:牛乳40%,鶏卵22%,鶏肉12%,豚肉10%,牛肉3%
・蛋白質変換効率:牛乳43%,鶏卵35%,鶏肉40%,豚肉10%,牛肉5%
●世界の食用作物の消費割合
食用作物41品目の収穫物として,世界全体で総計9.46×1015(9.46兆)カロリーが生産された。この55%が人間の食用,36%が家畜飼料,9%がその他(工業利用やバイオ燃料)に利用された(表1)。飼料に利用された熱量の89%がロスされ,畜産物に保持されたのは12%,つまり,4%(36×0.12=4.32%)が人間の食料に変換されただけであった。換言すると,食用作物41品目中の熱量の59%(55%+4%)だけが,作物と畜産物として人間の食料として利用され,41%が非食用に利用されたりロスされたりしたことになる。
したがって,飼料や他用途に使用された食用作物を人間の直接消費用に振り向ければ,食料中のカロリー量が3.89×1015カロリー分増加し,5.57×1015から9.46×1015に,約70%増加する。1000兆(1000×1015)の食料カロリーは10億人の人間に,1日当たり2,700カロリーの食事を1年間(年間985,500カロリー)供給するのに十分である。それゆえ,飼料や他の利用に使用されている作物カロリーを人間直接消費にシフトさせると,養える人口を約40億人増やせる可能性があると計算される。
また,41品目の食用作物で生産された植物性蛋白質総量のうち,40%が直接人間に摂食され,53%が飼料として利用され,7%が他用途利用された(表1)。そして,飼料利用されて畜産物に保持された分が9%で,直接摂食された40%と合わせた49%だけが,植物性および動物性蛋白質として食料システムに供給されているだけであった。それゆえ,生産された食用作物を全て人間の直接消費にシフトさせれば,蛋白質の人間による利用可能性が2倍になる。
●主要国の食用作物の消費割合
ブラジルは,食用作物熱量の46%を直接食料,41%を飼料,残りの14%をバイオ燃料などの他用途に仕向けた。食用作物中の蛋白質でみると,16%だけを人間の直接摂食,79%を飼料に配分した。これは,ブラジルで生産されたダイズの半分超が飼料に配分されているためで,ダイズ粕を大量に中国に飼料として輸出しているからである。
アメリカは,食用作物中の熱量の27%だけを人間の直接食料,67%を飼料,6%を他用途利用に仕向けている。また,食用作物中の植物性蛋白質については,14%を直接食料,80%を飼料,6%を他用途利用に仕向けている。アメリカは,世界の主要飼料作物であるトウモロコシの生産量1位である。しかし,トウモロコシの利用は,経時的に急速に変化してきている。2000年から2010年は,エタノール生産に仕向けられたトウモロコシの割合が増えてきており,2000年の6%から,2010年には38%に増加している。
中国は,2000年においてコメの生産量が世界1位で,コメ熱量の82%を人間直接消費用に使用した。また,中国は,主要飼料作物であるトウモロコシの世界2位の生産国だが,生産されたトウモロコシの熱量の77%を家畜飼料に配分した。全体として,中国は食用作物中の熱量の58%,植物性蛋白質の50%を直接食料として利用し,熱量の33%,植物性蛋白質の42%を飼料に利用した。
インドは大部分コムギとコメを生産し,これらを主に直接食料として利用している。つまり,生産した食用作物中の熱量の89%を直接食料,7%を飼料,5%を他用途利用した。
以下,キャシディらは論文の本文では言及していないが,ヨーロッパやアジアの代表的な国について触れる。
ヨーロッパの国々は飼料利用の割合が高いのに対して,表1に示したアジアの国々は飼料利用の割合が低く,直接食料として摂食する割合が高い傾向がある。表1では,インドネシアとタイも飼料利用の割合が比較的高いが,これらの国の家畜生産用に多量の食用作物が配分されているからではなく,両国とも多量のキャッサバやトウモロコシなどを飼料として輸出しているためと理解される。また,日本では生産した食用作物の熱量の94%が直接食料として摂食され,飼料利用は2%にすぎない。これは,日本で家畜生産がほとんどなされていないことを意味するのではない。日本の家畜飼料は輸入飼料に大きく依存しており,その飼料利用分は,飼料の輸出国に計上されているからである。表1の右欄に,参考のために,農林水産省が試算した2009年の熱量ベースの食料自給率を示した。これをみて分かるように,日本の食料自給率は40%と低く,多量の食料・飼料を輸入している。その輸入分は,表1では輸出国に計上されているだけのことである。
●耕地ヘクタール当たりの人口扶養力
1日当たりの適切な供給熱量を2,700カロリーとして,食用作物41品目の栽培面積である耕地9億4700万haで生産した食用作物を,現状のように家畜飼料やバイオ燃料にも利用していると,世界平均でha当たり6人しか扶養できないが,食用作物を全て人間が直接摂食するようにすれば,ha当たり10.1人を養える計算になる。
表1で食用作物を飼料や他用途に利用している割合が高い国では,それらを直接人間が摂食すれば,扶養力が大きく向上することになる。例えば,アメリカでは耕地ha当たり現状の5.4人が16.1人に,ブラジルでは現状の5.2人が10.6人に,中国では現状の8.4人が13.5人を養えるようになると計算される。
全ての食用作物を人間の食料用にすることは,世界の人々が,畜産物の消費を草で飼養した家畜や,捕獲した野生の鳥獣からのものに限定することを意味する。しかし,そこまでの変更をしなくても,別のシナリオとして,穀物給餌の肉牛生産を止めて,その分を豚と鶏の生産に変更すれば,飼料転換効率を12%から23%に高めて,世界のカロリー供給量を6%(3.52×1014カロリー)増すことができ,1日2,700カロリーの食事を食べられる人を,3億5700万人増やせることになる。また別のシナリオとしては,肉生産に振り向けられている飼料を,全てミルクと卵の生産(乳と卵を食べるベジタリアン食事)に切り替えれば,飼料転換効率を35%に高めることになり,カロリー供給を14%(8.04×1014カロリー)増やして,8億1500万人の扶養を増やせることになる。
こうした計算では,植物性蛋白質と動物性蛋白質とを栄養学的に同等としている。しかし,動物性蛋白質は,人体では生成できない必須アミノ酸を全て含有している。穀物やマメ類の組合せによって必須アミノ酸を適切に供給することも可能であるが,現在では多量のダイズ粕が飼料に振り向けられているため,その利用の仕方を変更するとともに,マメ類の生産を増やすことが必要になろう。そして,将来的には食事の内容が変更されるとともに,栽培作物の種類が変更されて,農業景観が変わることも考えられる。
●おわりに
将来の食料安全保障を論ずるときに,途上国における人口増加や,食事の変化にともなう食料需要量の増大が話題になる。しかし,その反面,経済的に豊かな国における栄養の過剰摂取と,それによる成人病の深刻化が生じている。この栄養過剰摂取の抑制も大切である。
本論文の強調する畜産物の削減と,植物性食材を主体にした食事によって人口扶養力を向上できることは,日本が歴史のなかで実証してきたことであり,植物性食材で如何に蛋白質を確保するかの工夫がまさに「和食」のノウハウであろう。こうした観点から,和食を国際的にPRして欲しいものである。ただし,動物性蛋白質の多くを魚介類に依存した和食の戦略は,乱獲による世界の魚介類資源の激減のリスクが高まっており,その面の対策も合わせてPRする必要があろう。