No.225 農業に起因したアレルギー原因のカビ胞子の飛散

●カビアレルギー

カビ(真菌)が原因となって,気管支喘息などのアレルギー疾患が生ずる。
国立病院機構相模原病院臨床研究センターが,喘息患者の皮膚にアレルゲンを接触させたときに,直ぐに即時型皮膚反応陽性が示された患者の割合を調べた結果をみると,1位スギ花粉47%,2位ハウスダスト46%,3位カナムグラ花粉44%,4位カンジタ菌(Candida) 43%,5位ダニ42%などに続いて,11位マラセチア菌 (Malassezia) 22%,17位ペニシリウム菌(Penicillium) 14%,19位アスペルギルス・レストリクタス菌(Aspergillus restrictus) 13%,20位アルタナリア菌(Alternaria) ,25位アスペルギルス菌(Aspergillus) 9%などであった(秋山一男・谷口正実(2009) 真菌とアレルギー疾患―特に気管支喘息との関わり.日本医真菌学会雑誌.50(2) 123 -128.(無料))。
アレルゲンになるカビには,家屋内で繁殖して人体の皮膚や呼吸器に常在しているものが多いが,家屋内だけでなく野外でも増殖し,大気で運ばれた胞子が人体の皮膚や呼吸器に感染するものもある。そうしたカビ胞子には,アスペルギルス菌,ペニシリウム菌,クラドスポリウム菌,アルタナリア菌のものが多い。
アルタナリア菌によるアレルギーの発症は,日本よりも欧米で多いようである。秋山・谷口(2009) の論文には,アルタナリア菌による発症について,次が紹介されている。

(1) イギリスでは,6-9月に若年成人の喘息死が増加し,この期間に屋外におけるアルタナリア菌やクラドスポリウム菌の胞子の飛散数が数倍増加し,かつ6-9月の喘息死患者の60 %以上が,アルタナリア菌に敏感になっていた。
(2) 喘息による死亡者に,アルタナリア菌皮膚テスト陽性者が多い。
(3) 若年成人において,アルタナリア菌皮膚テスト陽性患者は陰性者に比べて重症化しやすく,その影響はダニやネコ,花粉よりも強い。
(4) 大気中のアルタナリア菌胞子数が増加すると,アルタナリア菌陽性アレルギー患者の喘息症状が悪化する。
(5) アフリカ系アメリカ人(小児)のほうが,白人系よりもゴキブリとアルタナリア菌の感作率が2倍以上高い。
(6) アメリカの家庭内のアルタナリア菌抗原量が多いと,喘息症状が1.84倍多くなる。しかし,鼻炎症状は影響されない。
(7) アルタナリア菌以外では,クラドスポリウムの報告やオーレオバシディウムの関連性,あるいは真菌全体への感作と重症化について数多く報告されているが,どの真菌が最も重症化に関与しているかは明らかでない。
アルタナリア菌のすべてがアレルギーを起こすのではなく,問題なのはアルタナリア・アルタナタ (Alternaria alternate) である。

農文協の「病害虫・雑草の診断と防除」によると,日本では多くの野菜,果樹,花でアルタナリア属菌による病気が起きているが,コムギやオオムギではアルタナリア菌による病気が記載されていない。アルタナリア菌によるコムギやオオムギの病気(黒葉枯病)が,インドやオーストラリアなどでは問題になっているケースがあるが,ヨーロッパでは,経済的損失が問題になるほどにはなっていないようである。

●アルタナリア菌胞子の穀物収穫による大気飛散

上述したように,ヨーロッパではアレルギーを起こすアルタナリア・アルタナタをはじめいろいろな種のアルタナリア菌が,オオムギやコムギに眼に見える被害を起こすほど増殖してはいない。しかし,他のカビ病に対する殺菌剤を使用していても,アルタナリア菌がオオムギやコムギの地上部で増殖し,収穫作業によって大気に舞い上がって,農村部から都市部に飛来して問題になっていることが,デンマークで次の論文によって明らかにされた。

C. A. Skjoth, J. Sommer, L. Frederiksen, and U. Gosewinkel Karlson (2012) Crop harvest in Denmark and Central Europe contributes to the local load of airborne Alternaria spore concentrations in Copenhagen. Atmospheric Chemistry and Physics 12: 11107-11123(無料提供)

この概要を紹介する。

●アルタナリア菌胞子の大気中濃度の日変化

デンマークの大気中の花粉とカビ胞子をモニタリングするプログラムによって,コペンハーゲン中心部に設置された花粉と胞子のトラップ中のスライドグラスに付着したカビの胞子を,2001年-2010年の10年間にわたって2時間置きに観察した。
アルタナリア属菌の胞子は独特の形をしているので,種を同定することは無理だが,アルタナリア属菌の胞子は容易に判別できる。トラップを通過した大気量は判明しており,2時間ごとの胞子数から1日1 m3当たりの胞子数を算出した。そして,1日の胞子数/m3を累積して,年間の胞子数/m3を算出した。
胞子の飛来数には季節性があり,冬とその前後の季節には極端に少ない。そこで,飛来胞子数が年間胞子数の95%を占める時期を「胞子飛散シーズン」とした。その開始期日は10年間で6月下旬-7月上旬,終了期日は8月下旬-9月下旬であった。
アルタナリア菌胞子がアレルギー症状を起こす閾値は,日平均濃度で1m3当たり100胞子とされている。胞子飛散シーズン中の日平均胞子濃度がこの閾値を超えた日数は,10年間で232日であった(総日数の6.3%)。この胞子濃度の高い日についてだけの平均日変化をみると,胞子濃度は朝に低く,最も低いのは4時-6時で,平均112胞子アルタナリア菌胞子であった。午後になると胞子濃度は高まり,最も高いのは18時-20時で平均378胞子/m3であった。
ところが,こうした一般的日変化からずれて,胞子濃度が最高になった時刻が早朝であった日や,昼頃などになった日が,232日のうち16日あった。

●ムギの収穫作業によるアルタナリア菌胞子の飛散

コペンハーゲン近郊の圃場で,地元で問題となっているカビの病気に対する殺菌剤を散布してあるコムギとオオムギの圃場を,8月18日と9月16日の間にハーベスタで収穫した。
収穫機は,時速4 kmの一定速度で走行させた。そして,子実を分離しワラを裁断して排出した後に排出される排塵部からの排気を,長さ155 cm,内径20 cmのパイプに導入し,上端を蓋で閉じてから直ちにパイプを垂直に立てた。10秒間の間を置いて,この間に大きな粒子を下端から落下させた後に,下端に蓋をした。蓋の内側にはスライドグラスを装着しておき,パイプを9分間垂直に立てて内容物を落下させた後,下端からスライドグラスを取りだして,顕微鏡で胞子を検査した。このとき,圃場の風上側の端と中心部の空気をパイプに導入して,対照サンプルとした。この方法によって,大気1 m3当たりと,収穫面積ha当たりのアルタナリア菌の胞子濃度を算出した。
収穫作業中,排塵部から106-107/m3のアルタナリア胞子が放出され,これを換算すると,コムギやオオムギの収穫によって約5×1010(1.2×1010-6.7×1010)/haの胞子の排出となった。こうした数値を使って計算すると,一面の麦畑の地域で,全表面積の2%が収穫されたとすると,当該地域のアルタナリア菌の胞子濃度は,閾値の100/m3を超えることになる。
また,10年間の記録から,コペンハーゲンの大気中のアルタナリア菌胞子の濃度が最大になった期日は7月中旬から8月下旬の間で,ムギの収穫期と重なっている。
こうしたことから,コペンハーゲンの大気中のアルタナリア菌胞子濃度が100/m3を超えた232日のうちの216日は,コペンハーゲン近郊の麦畑での収穫作業によって飛散した胞子に由来し,農村部からコペンハーゲン中心部に胞子が飛来するのに時間がかかるため,胞子濃度が午後遅くになったと理解できる。

●中央ヨーロッパからの胞子の飛来

コペンハーゲン中心部で胞子濃度の高かった10年間での232日のうち,胞子濃度の日変パターンが一般的変動とずれた16の日数は,全て高気圧気団が到着した日であった。既往の計算モデルを用いて,高気圧気団の軌跡を2時間ごとに48時間さかのぼって計算した結果,16日のいずれも高気圧気団は,南スコーネ(スウェーデン),デンマーク,ポーランド,ドイツの主要農業地帯で,穀類を含む輪作を行なっている耕地面積割合の高い地帯を通過してきており,そこのアルタナリア菌胞子をコペンハーゲンに運び込んだことが推定された。
こうした中央ヨーロッパからの長距離飛来では,コペンハーゲンへの胞子の到着時刻が午後遅くにならず,いろいろな時刻となった。

おわりに

日本では,花粉アレルギーに多くの人が苦しめられ,シーズンになると,花粉飛来の予報がテレビをにぎわしている。ヨーロッパでもそうだが,花粉の陰になってはいるが,アレルゲンとしてカビの胞子への関心が次第に高まっている。日本でも,カビの胞子がアレルゲンになっているケースが少なくない。
ここに示したアルタナリア菌の胞子の例は,アレルゲンになるアルタナリア・アルタナタ菌だけに限定して追跡したものではない。しかし,都市近郊の農村地帯の穀物圃場で,同菌が作物に目にみえるほど繁殖していることが一切なくても,生存して胞子を形成しており,収穫作業によって大気に舞い上がって,都市部に飛来する。そして,風向きによっては近隣の他国からからも飛来するという。日本では中国からウンカ,黄砂,微小粒子物質(PM2.5)などが飛来している。今後アレルゲンになるカビ胞子の問題も検討する必要があろう。