●コメのカドミウム濃度をめぐる世界の動き
コーデックス委員会は,FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で,国際的な食品規格のガイドラインを定めている。かねてからその作業の一端として食品中のカドミウム濃度の基準案を検討している。
我が国では,「食品衛生法」に基づく食品規格基準で,玄米のカドミウム濃度は玄米1kg当たり1mg未満と定められており,これを超えるカドミウムを含むコメは焼却処分されている。ただし,我が国も現在の玄米1kg当たり1mg未満というカドミウムの規制値に自信がないようで,30年以上前から食糧庁が0.4mg以上1mg未満の玄米を農家から買い上げて,工業用のノリ用に販売し,食用には流通させていない。
これに対して,コーデックス委員会は食品中のカドミウム濃度の基準案として当初0.2mg/kg玄米案を提示した。有害物質の規制濃度が低ければ低いほど,食品の安全性が高まることは事実だが,実際の食生活に影響がないのに,不必要に規制濃度を低くすれば,生産コストが高くなり,非現実的な規制となってしまう。仮にコーデックス委員会が0.2mg/kg玄米を規制値とした場合には,我々は有毒のコメを食べていたことになり,我が国の水田の多くでコメを生産できなくなる。このため,コメのカドミウム濃度の安全基準値がどこに設定されるかは,我々の健康と稲作の継続の観点から関心を持たざるをえない。
我が国は安全性に関する実験データに基づいて,0.4mg/kg精米案をコーデックス委員会に提出した。2004年3月に開催された同委員会食品添加物・汚染物質部会では我が国の案が支持された。しかし,同年6月に開催されたコーデックス総会で,基準値を0.2mgと0.4mg/kg精米のいずれにするかを,再度,食品添加物・汚染物質部会に差し戻し,2005年2月に開催される合同食品添加物専門家会議での論議を踏まえて再検討することとされた。
●最終結論はまだだが,0.4mg/kg精米の可能性強まる
2005年2月8日〜17日にローマで開催された合同食品添加物専門家会議は,コメの規制値を0.2mgと0.4mg/kg精米とする当初案と変更案について,世界の地域別の食料摂取パターンの違いに基づいて,食品からのカドミウム摂取量を比較した。その結果,最終的にいずれの値を設定したとしても,カドミウムの総摂取量と人の健康上のリスク双方について,ほとんど差がないとの結論に達した。
この結論から,コメの規制値を0.4mg/kg精米とする可能性が高まったといえよう。ただし,今後,合同食品添加物専門家会議での結論を踏まえて,2005年4月に開催されるコーデックス委員会食品添加物・汚染物質部会を経て,7月のコーデックス総会で議論される予定であり,まだ最終結論には至っていない。
これらに関する概要は,厚生労働省のHP及びコーデックス委員会のHPから入手できる。
コーデックス委員会の決定は直ちに法的拘束力を持つものでなく,それを踏まえて国内法を改正して初めて法的拘束力を持つ。我が国には,主に鉱山から排出され,水系を通してカドミウムに汚染された水田土壌が存在する。このため,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」によって,1mg/kg玄米以上のカドミウムを含むコメを生産する土壌には,汚染除去・軽減の対策が講じられている。「食品衛生法」の食品規格基準で,カドミウム濃度が0.4mg/kg精米未満に改正された場合には,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」も改正されて,対策を講ずべき水田面積が拡大することになろう。
余談だが,喫煙者の血中のカドミウム濃度は非喫煙者よりも高く,しかも喫煙の有無にかかわらず,加齢によって血中のカドミウム濃度が高まることが知られている。従って,喫煙している高齢者が,コメのカドミウムを心配しても,もう手遅れだろう。