●堆肥に含まれる塩類および養分濃度の害
2004年11月1日から,『家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律』(家畜排せつ物法)によって,スラリーは不浸透性の貯留槽に貯留し,家畜ふんは不浸透性材料(コンクリート等汚水が浸透しないもの)で造った床と,適当な覆い及び側壁を設けた堆肥舎で堆肥化することが義務づけられた。これにともなって畜産農家が家畜ふん尿の素堀投棄や堆肥の野積みを行うことが禁止された。この措置は地下水汚染防止に有効だが,雨を遮断して製造した堆肥の塩類および養分の濃度が高まって,耕種農家に歓迎されない堆肥になることが,多くの研究者,農業改良普及員や農業者などから懸念されていた。
家畜ふんには鉱塩と養分が多く含まれている。乾燥牛ふんの粉末を苗床として利用する際に,野菜種子を直接乾燥牛ふんの粉末に播種すると,苗が濃度障害のために枯れてしまい,300日程度雨ざらした乾燥した牛ふん粉末なら,立派な苗床になるという,過去の文献に基づいて,雨ざらしをしない堆肥の耕種作物栽培に対する危険性を指摘した記事がある(西尾道徳.2004.耕種農家は家畜糞尿堆肥を雨にさらすことを望んでいる.『現代農業』.2004年10月号p.346-349)。
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●昔の模範的堆肥盤に学ぶ
雨ざらしにすれば,堆肥の山から汁液が流れ出して土壌にしみ込んで,環境汚染を起こす。これを防止するために,家畜排せつ物法で雨ざらしが禁止されたのだが,雨ざらしにして耕種農家に歓迎させる堆肥を作ることと,環境汚染防止をどうすれば両立できるのか。
昔の模範的な堆肥盤は地下にコンクリート製のピット(貯留槽)を有し,堆肥の山から流れ出た汁液をピットに貯めていた。養分が貴重だった時代には,ピット内の汁液を堆肥の山に戻して,養分が無駄にならないようにした。土壌養分過多の今日では,汁液を堆肥に戻さずに処分するのが良い。日本では伝統的に固液分離をし,固体部分を堆肥にし,液体部分を微生物に分解させて,放流するか,牧草の液肥として利用するのを基本にしてきている。この液体部分に汁液を導いて処理・利用するのが良いとしている。フリーストール方式なら,いったんスラリーで貯留した後,固液分離機にかけて,液体部分を微生物処理し,これに堆肥化過程での汁液を合わせて処理することができる。
屋根なし不浸透性ピット付き堆肥盤(概念図)(現代農業.2004年10月号 p.346-349)
屋根つきでも,ピットのない堆肥盤だと,コンクリート盤から汁液が周囲に流れ出しているケースが少なくない。環境保全のためには,屋根を付けるよりも,汁液を集める不浸透性コンクリートピットの方が大切だ。こうした堆肥化施設も家畜排せつ物法で認めるように改正することが必要だろう。
●テレビ放映「噂の東京マガジン」の問題提起
雨ざらし禁止の堆肥化については,思いもかけない問題が提起された。2004年7月18日にTBS系列の「噂の東京マガジン」という番組で次のような内容がTV放映された。
福岡県久留米市の酪農家の内田龍司氏が,雨ざらしの牛ふん堆肥の山でカブトムシをが繁殖させし,それを無料で全国の希望する小学校などに27年間配布して喜ばれている。しかし,コンクリート側壁と屋根で囲った堆肥舎では,過去の経験から,産卵に飛来するカブトムシの成虫や孵化する幼虫が著しく少なくなる。家畜排せつ物法の完全施行によって堆肥の雨ざらしが認められなくなると,小学校にカブトムシを送れなくなる。そこで,内田氏は,牛ふん堆肥の雨ざらしでの野積みを続けてカブトムシを小学校に贈れるように,「久留米カブトムシ特区」の申請を行った。
その後,農林水産省は,家畜排せつ物法において,一定の基準(堆肥舎内で半年間一次処理をした物を用いること,近隣の同意,関係する水利権者の同意,定期的な地質調査による土壌汚染の監視など)と,その目的が公益上有意義とされる場合に限り,同法による規制の例外を認めることに同意し,2004年9月10日に構造改革特区として認められた。
家畜排せつ物法の雨ざらしの野積み禁止は思いもかけない影響をもたらした。
TBS「噂の東京マガジン」より(右は内田氏,左はレポーターの北野誠氏)