●CAP(共通農業政策)
第二次大戦後,EC(欧州共同体,後に現在のEU(欧州連合)に改称),は,第二次世界大戦後の食料難克服のために,高い価格保証と輸入制限によって域内農業を保護し,生産振興を図るCAP(共通農業政策)を施行した。この結果,域内の食料生産は急速に回復した。やがて生産過剰が生じ,余剰農産物を域内価格よりもはるかに安価な国際価格で輸出し,その差額を輸出補助金として農業者に補償した。
こうした結果,政府の財政負担が増加すると同時に,EUが伝統的な農産物輸出国のアメリカ,オーストラリアなどの新大陸の農産物輸出国の市場を蚕食して,貿易摩擦が激化した。その上,高い農産物価格に対する消費者の不満が高まった。その上,EU加盟国では,政府補助金によって化学肥料,化学農薬,購入飼料,大型機械を使った農業の集約化が助長されて,伝統的農業景観が破壊され,農業環境の汚染が深刻化した。
このため,EUは,価格保証や輸出補助金などの補助金を削減するとともに,多く生産するほど補助金を多く受け取れる仕組みを改めて,農業予算の膨張を抑制し,農産物価格を引き下げた。そして,農業者受取額の減少分を補う新たな農業奨励金を導入した。すなわち,農業による環境汚染・破壊に対する法的規制が強化されこともあり,優良農業規範や農業環境対策事業で規定されたレベル以上の環境保全を図ることを条件(クロス・コンプライアンス)に農業者に奨励金を支給するようにした。ただし,環境汚染を起こした農業者は,汚染者負担原則によって,その被害に対する補償や修復に要する経費を負担しなければならないし,法律違反をすれば当然罰せられる。現在では,環境保全に加えて,農産物の安全で健全な作物生産,動物福祉の側面も重視して奨励金を支給している。
●CAPについての世論調査
EUは1973年以来,市民の関心の高い問題について世論調査を実施している。環境保全型農業レポートNo.69で「 EUの環境および農業に関する世論調査結果」を紹介したが,CAPについても2005年から調査している(2005年EB64.2 ,2006年EB66.3,2007年EB68.2
)。そして,2009年11〜12月に調査したCAPについての世論調査の結果が2010年3月に公表された(European Commission (2010) Europeans, Agriculture and the Common Agricultural Policy. Special Eurobarometer 336. EB72.5. 165p. )。各年の調査項目は必ずしも同じではないので,2009年実施の調査を中心に概要を紹介する。
●EU市民はCAPをあまり知らないが,農業・農村地域を大切と考えている
EU市民の圧倒的大部分が,ヨーロッパの将来にとって農業と農村地域を大切と考えている(「大いに大切」と「大切」を合わせて90%)(表1)。しかし,CAPについて内容まで承知している市民は10%前後で,半分の市民はCAPを聞いたり読んだりしたことがない(表2)。これは,EU市民の多くは食べ物を作る農業と,国土の半分前後の面積を占めて国土の環境に大きな影響力を持っている農村地域には関心が高いものの,産業としてのシェアの低い農業(2005年でEU(25)の平均でGDPの1.3%)の政策については,具体的知識にうといことを示していよう。
●農業・農村問題をEUレベルで対処するのは妥当か
CAPはいうまでもなくEU共通の農業・農村政策だが,6つの項目についてEUレベルで対処することの妥当性を質問した(表3)。6つの項目の平均値で,49%の市民がEUレベルで扱うべきと回答し,国レベルで対処すべきとする意見の35%を上回った。なかでもEUレベルで対処すべきとの意見が多かったのは,「環境を保護し気候変動に対処する」65%,「食料供給を確保する」53%,「農産物の品質,健全性,安全性を確保する」51%,「農業者の妥当な生活水準を確保する」45%であった。そして,「田園を保全しつつ農村地域を開発する」と「食料の妥当な消費者価格を確保する」は,EUレベルと国レベルがほぼ同程度であった。
こうした結果から,EUレベルで定めた枠組みにしたがって,加盟国が独自の状況を踏まえた施策を展開するやり方,つまり,EUレベルと国レベルとの共同で対処しているCAPのやり方は基本的に支持されていると理解できる。
●CAPの実施状況はどのように評価されているのか
EU市民はCAPの実施状況をどのように評価しているかを,8つの項目について,良く実施されていると思うとする回答率と,悪いと思うとする回答率の差で表示した(表4)。プラスの値が大きいほど,良く実施されていると思う市民の方が,悪いと思う市民よりも多いことを意味する。
CAPによる「EUにおける食料供給を確保する」,「農産物の品質・健全性・安全性を確保する」,「有機農業を助長する」の実施状況は,かなり良いとの評価を受けた。他方,「家族経営農場を守る」,「農業者の妥当な生活水準を確保する」といった政策の実施状況はかなり悪いとの評価を受けた。また,「食料の妥当な消費者価格を確保する」,「環境を保護し気候変動に対処する」,「田園を保全しつつ農村地域を開発する」の実施状況についても,マイナス評価となった。
2009年において最もプラス評価が高かったのは,「EUにおける食料供給を確保する」で+39%であった(良く実施されているとする回答率が59%,悪いとする回答率が20%,両者の差が39%)。「EUにおける食料供給を確保する」という項目を,「EUの食料安全保障を確保する」や「EUの食料自給率を向上させる」と解釈されるかもしれない。しかし,「EUにおける食料供給を確保する」の設問では21%もの無回答があったことから示唆されるのだが,後述するように,EU市民は,食料自給率を高くして,EUにおける食料安全保障を確保することを重視していないことに注意しておくことが必要である。
●CAPの新しい方針は支持されている
CAPの新しい方針として,農業者の気候変動の影響への対処,市場ニーズの高い農産物生産,農村環境の保全への支援や,農業者への支援の公平化,支援を環境保全,食品の安全性や動物福祉の遵守とリンクさせること,さらに農村地域の経済開発を進めることを打ち出している。これらの方針については,表5のように,「非常に良いこと」と「どちらかといえば良いこと」を合わせて,約90%を超える回答率をえて,EU市民の支持を得ていることが示された。
●農業者の社会的責任は何か
農業者がEUで果たすべき社会的責任として大切なものを最大2つあげてくださいという質問に対して,回答率がずば抜けて高かったのは,「健全で安全な食料を供給すること」で56%を占めた(表6)。また,「高品質で多様な農産物を供給すること」が24%あった。つまり,農業の役割は,まず健全で安全な食料を供給することであり,その上で,高品質で多様な農産物を供給することである。
しかし,「EUの食料自給を確保する」は順位が低く,14%に過ぎなかった。EU加盟国は,得意な農産物を輸出しながら,自ら生産しにくい農産物はEU内外から輸入しており,輸入を含めて,食料の健全かつ安全で,高品質な多様な農産物を安定供給できれば,EU域内あるいは自国内での自給には固執していないと解釈できよう。
食料生産以外では,環境を保護すること,家畜福祉を確保すること,農村地域の経済活動と雇用を維持することなども指摘されている。