●バイオ燃料作物生産の新しい視点
地球環境の保全と化石資源の節減のために,再生可能なバイオ燃料の利用が積極的に推進されている。そして,アメリカなどの農産物輸出国は,売れずに過剰生産となっていたトウモロコシ,ナタネなどの作物をバイオエタノールやバイオディーゼルの生産に転換させ,穀物などの食料の国際価格を上昇させ,自国の農業者の所得を大幅に改善させた。
バイオ燃料は,化石燃料に比べれば地球環境にやさしいと考えられている。しかし,森林を伐採したり,泥炭地を排水したりして農地を造成してその原料となる作物を栽培した場合には,それまでに土壌に蓄積されていた有機物が分解されて莫大な量の二酸化炭素が放出され,必ずしも地球にやさしいとはいえない場合もある(環境保全型農業レポート.No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響)。
今後,世界的に農業生産を強く制限することが懸念されているのが「水」である。バイオ燃料を推進する際には,原料となる作物の生産量だけではなく,その生産に要する水の問題も合わせて考慮しなければならないことがGerbens-Leenesらによって指摘された。その報告の概要を紹介する。Gerbens-Leenes, W., Hoekstra, A.Y. and van der Meer, T.H. (2009) The water footprint of bioenergy. Proceedings of the National Academy of Sciences. 106:10219-10223; published online before print June 3, 2009, doi:10.1073/pnas.0812619106(報告本体と補足資料は無料で入手できる)
●ウォーター・フットプリント(WF)
フットプリントは足跡の意味で,最近,人間の環境に及ぼすインパクトを,人間が環境を踏みつけて足跡を残すことにたとえて,その大きさを表す用語としてしばしば用いられている。例えば,人間がある水準の生活を続けるのに必要な土地面積がエコロジカル・フットプリント,製品を製造する全過程で排出される温室効果ガスの量がカーボン・フットプリントなどといった使い方がされている。これと同様に,生産物を生産するのに要した淡水の量をウォーター・フットプリント(water footprint : WF)と呼んでいる。
作物を栽培して収穫する場合には,その過程で使用された水の量がWFとなるが,WFで表示するときは,使用された水の総量でなく,収穫した茎や葉を含めたバイオマス全量の単位重量や,食用に供する部位の単位重量当たりの水量で表示される。
●3つのWF
WFは3つの成分,グリーンWF,ブルーWF,グレーWFに分けられる。
グリーンWFは,作物を降水だけで栽培したときに,生育期間中に蒸発散によって消費された水量を意味する。ブルーWFは,灌漑を行なって栽培したときに,生育期間中に蒸発散された灌漑由来の水量を意味する。グレーWFは,生育期間中に圃場から排出された汚染水の量で,当該地域の水質基準を達成できるように排出水を放流するのに必要な希釈水の量と定義される。
Gerbens-Leenesらの報告ではグレーWFを扱わず,グリーンWF,ブルーWFと両者の合計WFを計算している。通常,作物を生産からエネルギーを取り出すまでの全プロセスに要する水の量をみると,作物の生産段階で多量の水が必要であり,収穫物の加工やエネルギー生成段階での水の必要量は少なく,作物生産段階に比べれば事実上無視できる。
Gerbens-Leenesらは,作物のバイオマス全体を燃焼させて発電したときのWF(単位電気量を得るのに要した水量,m3/GJ(ギガ(10億)ジュール))と,作物のデンプンと糖あるいは油脂からエネルギーあるいはバイオディーゼルを生産したときのWF(単位バイオ燃料量を得るのに要した水量,m3/GJ)を計算した。
WFが小さいほど,つまり,単位収量や単位エネルギー量を生産するのに要した水量が少ないほど水効率が高く,WFが大きいほど水効率が低いことになる。
●計算対象作物
4つのカテゴリーの12種類の作物,つまり,デンプン作物の穀物(オオムギ,トウモロコシ,水稲,ライムギ,ソルガム,コムギ),塊茎作物(キャッサバ,ジャガイモ),砂糖作物(シュガービート,サトウキビ),ならびに,油糧作物(ナタネ,ダイズ)に加えて,ジャトロファの計13種類の植物を対象にした。
ジャトロファは,ナンヨウアブラギリ(南洋油桐)の和名を持つ樹木(学名:Jatropha curcas)で,油脂の多い実をつける。この実は有毒で食用にならないが,バイオディーゼルの材料として脚光を浴びている。
なお,ジャトロファを除く12種類の作物は,合計すると,世界の作物生産量(通常の収穫部位での生産量)の80%を占める。
●WFの世界加重平均値
FAOの各種データがそろっている12種類の作物について,FAOの開発した作物の水要求量や灌漑水必要量を計算するコンピュータプログラムのCROPWAT 4.3(現在はバージョン8.0 )を用いて,各作物の主要生産国について, FAOの統計から入手した栽培期間中の必要データを入力して,グリーンとブルーのWFを区別しながら,生育期間における毎日の作物の蒸発散量(mm/日)を積み上げて作物の水要求量を計算した。その計算に際しては,水要求量を水使用量とみなした。実際の現地では,作物の要求する水量が降雨や灌漑で満たされずに,水ストレスが起きるケースも少なくないであろうが,その実際の程度は不明なため,こうした近似を行なった。
国によって気象条件,肥料や農薬の使用量などが異なり,単位収量当たりの水使用量(m3/トン)でみたWFは大きく異なる。例えば,トウモロコシの主要生産国について,グリーンWFとブルーWFを加算した全WFをみると,スペインが407 m3/トンで最も小さく,ナイジェリアが3,783 m3/トンで最も高い。トウモロコシの収量レベルがスペインではha当たり9トンを超えるのに,ナイジェリアでは1.4トン前後なので,WFにこうした大きな差がでてしまう。
このため,各作物の主要生産国について計算したWFに各国の栽培面積を重みとして乗じて,世界の加重平均値を算出した。
なお,ジャトロファではこうした計算ができないので,個別の研究事例でのデータによって参考値を計算した。
●結論
膨大なデータを駆使して計算し,次の結論をえた(表1参照)。
(1)第一世代のバイオ燃料は,作物のデンプン,糖や油脂画分だけを使って,バイオエタノールやバイオディーゼルを生産しているため,茎や葉を含めたバイオマス全体を燃やして発電したほうが,単位エネルギー量当たりのWFが小さく,水効率が高かった。
(2)バイオマスを燃やして発電した場合,WFは,シュガービート,トウモロコシとサトウキビが約50 m3/GJで,水効率の最も高い作物であり,次いでオオムギ,ライムギ,水稲が約70〜80 m3/GJで,ナタネとジャトロファは約400 m3/GJで,水効率の最も低い作物であった。
(3)デンプン・砂糖作物からバイオエタノールを生産した場合,WFは,温帯で栽培されるシュガービートとジャガイモが,それぞれ約60と100 m3/GJで最も水効率が高く,暖地のサトウキビ,トウモロコシやキャッサバが,それぞれ110,110と125 m3/GJで,前二者よりもわずかに低かった。ソルガムのWFは400 m3/GJを超え,水効率の最も低い作物であった。
(4)油糧作物からバイオディーゼルを生産した場合,WFは,ダイズとナタネが約400 m3/GJであったが,ジャトロファは約600 m3/GJで,水効率の最も低い植物であった。
(5)国による気象の違いが原因になって,作物の水要求量が大きく異なる。例えば,イランで栽培したシュガービートの水要求量は,重み付けした世界平均値の2倍であった。そして,気象が似ている場合であっても,農業方式によって収量が異なり,収量が高いほど,WFが小さくなる。例えば,デンマークの条件はコムギに適しており,その全WFは513 m3/トンと小さいが,カザフスタンのコムギの全WFは10,178 m3/トンと高かった。
(6)バイオ燃料の推進を図る際には,本研究を踏まえて,食料とバイオ燃料の必要度合,水の使用可能量や作物の水効率を考慮して,推進計画を立てることが大切である。