●はじめに
畜産の活発な宮崎県や鹿児島県といった南九州では,県内で発生した家畜ふん尿を全て堆肥にして県内の耕地に還元したとすると,堆肥の施用量は施肥基準を超えてしまい,土壌生産と環境を長期にわたって保全することが難しくなってしまう。このため,南九州では家畜ふん尿をメタン発酵して熱利用や発電を行っている施設が宮崎県で3か所,鹿児島県で2か所,鶏ふんを燃焼して熱や電力として利用する事業所が宮崎県で2か所,鹿児島県で1か所稼働し,耕地還元によらない家畜ふん尿の処理・利用が行われている。
鶏ふんを直接燃焼する施設では宮崎県が先行しており,その概要を文献(甲斐敬康 (2007) 宮崎県における鶏ふん焼却によるバイオマスエネルギーの利活用.畜産環境情報(畜産環境整備機構刊)36: 7-16 )を中心に紹介する。なお,鶏ふんで直接燃焼が行われているのは,鶏ふんの水分が低く,燃焼させやすいからである。
●鶏ふん焼却によるエネルギー利用施設
宮崎県では,鶏ふん焼却によるエネルギー利用施設が2か所で稼働している。南国興産株式会社による「鶏ふんボイラー施設」と,みやざきバイオマスリサイクル株式会社による「鶏ふん発電施設」である。
南国興産の例
南国興産は,宮崎県経済農業協同組合連合会,宮崎くみあいチキンフーズ,エフワイシー,三菱商事の共同出資によって1973年に設立され,飼料,飼料油脂,食用油脂,肥料,ペットフードなどの製造・販売とともに,家畜排泄物の処理(堆肥化,浄化,焼却)を行っている(都城市に所在)。
同社は,1986年に鶏ふんをボイラー燃料の一部として利用して(蒸気発生量10トン/時)工場を稼働させていたが,2002年に鶏ふんだけ(ブロイラーふん約9割+採卵鶏ふん1割)を燃料にしたボイラー施設(蒸気発生量41トン/時)を導入し,蒸気を飼料や肥料等を製造するためのボイラー燃料として利用するほか,蒸気の一部で発電を行って,その大部分を自社工場で利用するとともに,余剰な電力(発電量の5%程度)を九州電力に売電している(ホームページの下段にある「エネルギー環境」をクリックすると,施設の動画を見ることができる)。
鶏ふんの焼却量は年間10万トンで,発電機出力は1,960kw。年間約1万トン(焼却量の10%)の焼却灰が生ずる。焼却灰にはリンやカリを中心に多様な無機成分が混在しており(リン酸全量22.4%,カリ全量20.2%,石灰全量26.1%など),PK肥料や,窒素を加えた化成肥料を鶏ふん燃焼灰造粒肥料として販売しており,焼却灰の約3割を中国に輸出している。
みやざきバイオマスリサイクル(株)の例
みやざきバイオマスリサイクル(株)は,児湯食鳥宮崎生産者組合,みやざきバイオマス利用組合,宮崎環境保全農業協同組合,(株)食鳥,日本ホワイトファーム(株),丸紅畜産,西日本環境エネルギー(九州電力のグループ企業)の共同出資によって2003年に設立され,2005年から操業を開始し,鶏ふん焼却熱を利用して発電した電力と焼却灰の販売を行っている(川南町に所在)。ブロイラーふん約9割と種鶏ふん約1割を燃料として,ボイラーで発生した蒸気熱を全て発電に仕向け,得られた電力(発電機出力11,350 kw)の約8割(9,000 kw)を売電している。鶏ふんの焼却量は年間13.2万トンで,1.3万トンの焼却灰が発生する。焼却灰は肥料原料として関連会社に販売している。
いずれの施設でも鶏ふんを燃料として農家から有価物として買い取っている。宮崎県の試算では,2006年における県全体での鶏ふん排泄量は,採卵鶏5.5万トン,ブロイラー21.9万トン,計27.4万トンである。2つの施設による鶏ふんの焼却量は年間10万トン+13.2万トン,計23.2万トンに達し,県内で排泄される鶏ふんの約85%が焼却されて利用されていることになる。
●焼却灰からのリンの回収
鶏ふんのリン酸含量が高いため,その焼却灰のリン酸含量が高い。宮崎大学工学部の土手 裕准教授のグループは,鶏ふん焼却灰からのリンの回収を研究している。関戸知雄・土手裕・貝掛勝也・増田純雄・鈴木祥広 (2008) 家畜ふん焼却灰からのリン回収方法の開発と回収物性状.土木学会論文集G 64: 88-95に,家畜ふんや下水汚泥の焼却灰の元素含有量を調べた結果が報告されている。
表1に示すように,鶏ふん焼却灰は20〜27%の全リン酸含量を含有している。肥料取締法では,肥料効果のあるリン酸は水溶性リン酸とク溶性(クエン酸溶解性)で規定されているが,焼却灰には水溶性リン酸がわずかしかなく,ク溶性リン酸が全リン酸の約半分の13〜14%を占めている。ただし,肥料取締法で認められている普通肥料としてのリン酸肥料で,水溶性リン酸でなく,ク溶性リン酸を有効成分とするものでは,ク溶性リン酸が15%以上と規定されているものが多く(最低のク溶性リン酸濃度は,副産リン酸肥料で15%,混合リン酸肥料で16%,熔成リン肥で17%,焼成リン肥で34%など),普通肥料として販売するにはク溶性リン酸濃度を高めることが要求される。
関戸ら(2008)は,焼却灰に塩酸に溶解させてから水酸化ナトリウムを加えて沈殿させてリン酸を回収する際の,最適な酸やアルカリの添加量,反応時間などの条件を検討した。その結果,1.5 Mの塩酸を焼却灰に添加して25℃で1時間撹拌すると,焼却灰中のリンの約90%が溶解した。これに6 Mの水酸化ナトリウム溶液または6 Mのアンモニア水を酸抽出液の8〜10%添加するのが,コスト面から妥当であった。これによってク溶性リン酸濃度を焼成リン肥の34%に相当するまでに高めることができた。
回収されたリン化合物は,水酸化ナトリウムを添加した場合,8%の添加では主にリン酸水素カルシウム二水和物,10%の添加ではこれに加えて水酸アパタイトも生成さて両者の混合物となり,20%の添加では主に水酸アパタイトであった。アンモニア水を用いた場合も同様であり, MAP(リン酸アンモニウムマグネシウム(MgNH4PO4・6H2O) のようなアンモニウムを含むリン酸化合物は生じていなかった。
関戸ら(2008)は,現在宮崎県で生じている約2万トンの鶏ふん焼却灰にこの回収方法を適用すれば,焼成リン肥相当のリン酸濃度(リンとして150 mg/g,P2O5として34.4%)のリン酸肥料を年間1万トン製造することができるとしている。2006年度で農家の焼成リン肥購入価格は約102円/kgだが,この方法では回収したリン酸肥料1 kg当たりの薬品代が98.7円と試算される。このため,その他の必要経費を加算すると,焼成リン肥にまだ対抗できない。また,国土交通省の下水汚泥からのリン回収プロジェクトでは,リンをリン酸カルシウムか液肥として回収し,コスト目標を,リン酸塩回収で7,940円/トン,液肥原料で7,290円/トンとしているのに比べても高い(環境保全型農業レポート.No.112 望まれるリンの循環利用)。さらなるコスト削減に宮崎大学のグループは取り組んでいる。
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