消費者は低硝酸ホウレンソウなら多少高くても購入
食品表示は食の安全・安心の確保のために大切であるが,現在の表示を一歩進めて,成分表示を具体的に行ったときに消費者はどう反応するであろうか。広島県農業技術センターは,高ビタミン・高鉄分・低硝酸の内容成分を向上させた夏季ホウレンソウの栽培技術を研究する際に,そうしたホウレンソウがどの程度の単価で販売可能かをアンケートで調査した。すなわち,ホウレンソウに「成分情報」を仮想的に表示して店頭で販売した場合に,消費者がいくらで購入するかをアンケートで調べ,その結果から市場競争力(購入数量が慣行のホウレンソウと等しくなる価格)を選択型コンジョイント分析によってシミュレーションした(諫山俊之・大浦裕二 (2004) 成分情報を表示した夏季ホウレンソウに対する消費者の評価.農林業問題研究.40(1) 225-228: 広島県農業技術センター平成15年度研究成果情報.成分情報を表示した夏季ホウレンソウの市場競争力)。
●選択型コンジョイント分析とは
選択型コンジョイントとは,商品の有する複数の属性(色・性能・価格など)および水準をセットにした評価対象(プロファイル)を回答者に提示して,その中から最も望ましい商品を選んでもらい,回答結果を統計的に処理することで,各属性の水準に対する評価を推計する方法である。
●調査方法
3つの成分について3段階ずつの水準を設定した。すなわち,ビタミンCと鉄分では,(1)従来と同じ,(2)従来の2倍,(3)従来の3倍とし,硝酸では,(1)表示なし,(2)EU基準値以下,(3)EU基準値の半分以下とした。価格は過去5年間の7〜9月の価格データを参考にして,200 g当たり178円から20円刻みで278円までの6段階を設定した。そして,各成分について,内容水準と価格をセットにしたプロファイル(「買わない」を含む)を用意して送付し,そのうちのどれを選択するかについて回答を求めた。
アンケートに際しては,各成分の栄養と必要摂取量あるいはEUの基準値についての説明を記した上で,(1)ビタミンCと鉄分だけを表示した場合,(2)硝酸のみを表示した場合,(3)3つの成分全てを表示した場合に分けて,別々の回答者に郵送した。
●プラス要因のビタミンCと鉄分なら高鉄分ホウレンソウを選択
ビタミンCと鉄分のみを表示した場合,209円/200gの基準価格のホウレンソウに比べて,ビタミンCを2倍含むものは30円増,鉄分2倍を含むものは52円増で,市場競争力が等しくなった(表1)。このことから,消費者がプラスの内容成分として,高ビタミンCよりも高鉄分(ミネラル)のホウレンソウを望んでいることが示された。
●マイナス要因の硝酸を表示した場合,EU基準以下のものを高価格で購入
マイナス硝酸のみを表示した場合には,209円/200gの基準価格に比べて,硝酸がEU基準値以下のものは83円増で市場競争力が等しくなった(表1)。
●3成分を同時に表示した場合,マイナスの硝酸濃度に着目して購入
ビタミンC,鉄分,硝酸の3成分を同時に表示した場合,高ビタミンCや高鉄分について消費者は基準価格と差のない反応を示し,マイナス要因の硝酸濃度のみを着目して,EU基準以下の硝酸濃度のホウレンソウを高価格で購入するという反応を示した(表1)。
表1 成分情報を表示した夏季ホウレンソウの市場競争力(単位:円/200g)
(広島県農業技術センター:研究成果情報より)
●環境保全型農業の意義を具体的に示す
生産履歴を表示したトレーサービリティが普及してきている。施肥に関していえば,特別栽培やエコファーマーの農産物では化学肥料窒素の使用量が地域の慣行よりもどれだけ少ないかを問題にしている。生産履歴に記載された化学肥料の使用量が少なくても,化学肥料の代わりに有機質資材を多投したならば,窒素を減肥したことにならないことが多い。しかし,野菜の硝酸含量を表示して,それが基準以下なら,化学肥料と有機質資材を合わせた窒素施用量が少ないことを担保できる。その意味で野菜の硝酸含量を表示することは,実効性のある環境保全型農業を推進するのに役立つと期待できる。
EUはホウレンソウとレタスについて法律で最大許容濃度を定めている。4〜8月に収穫されるホウレンソウでは最大許容濃度が2,500 mg NO3/kgなので,200 g当たりでは500 mg NO3/kgとなる。日本人は欧米に比べて硝酸の摂取量が多く,その9割は野菜に由来しているという(田中章男 (1998) 食品中の硝酸レベルと健康問題.日本学術会議公開シンポジウム講演資料.p.44-52)。だが,日本では野菜の硝酸含量を規制していない。
野菜の硝酸についてEUのように規制が行われると,過剰な窒素施肥を控えなければならなくなる。鉄分は別にして,窒素施肥を控えることによって,ビタミンC含量を高くすることも可能になる。過剰な窒素施肥を控えて環境負荷を減らし,成分品質が優れていることを表示して,付加価値を付けられれば,環境保全型農業のあり方に新たな展望を切り開くことができよう。広島県農業技術センターのこの成果は環境保全型農業の意義を具体的に示して,こうした新しい展開方向を示唆するものといえよう。