No.38 環境保全に関する意識・意向調査結果

農業による環境負荷の比重を矮小化して調査

 農林水産省は2006年2月2日に「農産物の生産における環境保全に関する意識・意向調査結果」を公表した。これは2005年秋に全国の農業者,消費者ならびに,流通加工業者に対して行い,合計4,545名から寄せられた回答を集約したものである。その概要と問題点を紹介する。

●ほぼ全ての人が環境保全型農業が重要であると認識

 この調査では,環境保全型農業を,農業の持つ物質循環機能を活かし,生産性との調和などに留意しつつ,土づくり等を通じて化学肥料,農薬の使用等による環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業としている。こうした環境保全型農業の重要性は,「どちらかといえば重要である」を含めて,ほぼ全ての人によって認識されていた(表1)。

●農業者よりも消費者の方が農業による環境負荷を認識

 では,農業は環境にどのような影響を与えていると認識されているのか。この点の設問では,農業が水資源の涵養,景観形成,生物多様性の維持など,農業のもつ公益的機能に関する項目が3つに増やされた一方で,農業による環境負荷の項目は,農薬や化学肥料の散布などによる環境負荷と,ビニールハウスによる景観損傷ならびに堆きゅう肥による悪臭に限定された。農業による環境負荷には,肥料や家畜ふん尿による水質汚染,化学農薬による野生生物へのダメージ,水食による水系の劣化,裸地野菜畑からの春先の風食による粉塵などもあるが,これらは設問として分割されなかった。環境負荷に関する設問数を増やせば,複数回答なので,環境負荷を認識している回答率の総計は必然的に増える。そもそもこの調査では,環境保全型農業を環境負荷の軽減に配慮した農業と定義しながら,環境負荷についての重要な具体的項目を掲げずに,定義になかった公益的機能の項目を多々加えた点に,調査主体の意図を感じざるをえない。もっとも,全国環境保全型農業推進会議の環境保全型農業推進憲章では,環境保全型農業を環境負荷の軽減と公益的機能発揮の2つの要素を掲げている。この調査も環境保全型農業をそのように定義していたならば,公益的機能の項目を上げたのも分かる。だが,そうであったとしても,環境負荷の具体的項目数を増やすべきであった。

 さて,調査は複数回答を求めた。環境負荷にかかわる2つの項目,すなわち,「農薬や化学肥料の散布などにより,環境に負荷を与えている」と「ビニールハウスにより景観を損ねたり,たい厩肥の散布により悪臭が広がるなど,良好な環境を妨げている」を合わせた回答率は,農業者28.9%に対して,流通加工業者39.7%,消費者40.8%と,後2者の回答率は農業者よりも10ポイント以上高かった(表2)。「農薬や化学肥料の散布などにより,環境に負荷を与えている」と回答した消費者は全体の平均値で36.8%であったが,地域別にみると,北海道52.9%,沖縄58.8%が平均値よりも明らかに高かった。北海道では農業由来の硝酸による地下水汚染(環境保全型農業レポート,2004年9月1日号),沖縄では地下水の硝酸汚染や農地から流亡した土壌の珊瑚礁への沈殿などが問題になっている。こうした北海道と沖縄の消費者の農業による環境負荷の意識が高いことが注目される。

 因みに,この項目に対する農業者全体の回答率の平均値は24.5%で,北海道では24.0%,沖縄では33.3%で,沖縄の農業者には農業による環境負荷を認識している割合が平均値よりも高かったが,北海道の農業者では特段に高いことはなかった。

 農林水産省はこれまで公益的機能については積極的にPRし,具体的解析結果を公表して世論作りを行ってきた。しかし,農業の環境負荷についての調査結果を積極的には公表していない。農業者は「水資源のかん養,大気浄化などの環境保全に貢献している」については72.9%と,消費者の約2倍の高い回答を示した反面,環境負荷を与えていることについては明らかに低い回答率となっている。こうした傾向には農林水産省の姿勢が反映していると推察できよう。

●環境保全型農業として何に取り組むべきか,また何に取り組んでほしいか

 調査では,農業者に対して環境に配慮した農産物生産で具体的に何に取り組むのかの意向を問う一方,流通加工業者と消費者に対して環境に配慮した農業生産として農業者に行ってほしい取組を問うた(複数回答)。

 その結果,農業者は「化学肥料・農薬をなるべく使わないようにすること」66.5%が1位で,流通加工業者と消費者も「化学肥料や農薬を減らした農業をしてほしい」70.1%と78.1%が1位であった。そして,いずれでも生ゴミなどを堆肥化した物質循環が2位であった(表3)。

 調査では,化学肥料や農薬を減らした農産物として,エコファーマーの生産した農産物,特別栽培農産物や有機農産物を想定し,これらの農産物を「環境に配慮した農産物」として,消費者にその購入の意向を問うた。その結果,環境に配慮した農産物を「購入したい」は63.2%,「どちらかといえば購入したい」は35.4%で,両者を合わせて98.6%に達した。ではなぜ購入したいのかの理由は表4の結果であった。

 表3と表4を合わせば,消費者は化学肥料や農薬を減らした農産物は,安全で健康に良く,化学肥料や農薬を減らすことは環境にやさしいと考えていると一応理解できる。

●環境負荷と食の安全性を正面から取り上げた調査をすべきであった

 しかし,表3では公益的機能の発揮に対して意義を認めた回答率が高く,「環境に配慮した農業」の内容に占める公益的機能の発揮の部分が高いため,公益的機能を発揮した農業で生産された農産物は安全で健康に良いと解釈されることになりかねない。化学肥料を多く与えた野菜では硝酸含量が高い,農薬を多用した農産物では残留農薬の懸念があるなどの点に消費者は関心をもっているはずである。したがって,なぜ化学肥料や農薬を減らすと,環境負荷を減らすと同時に,安全で健康に良い農産物の生産が可能になると思うかに焦点を当てた設問を事前に用意しておくべきであったろう。そのことによって,消費者は化学肥料や農薬を減らした農産物は,安全で健康に良く,化学肥料や農薬を減らすことは環境にやさしいと考えていることが明確に結論できたであろう。

 ところで,表3に示すように,調査では資源循環農業として生ゴミの堆肥化を例示した。生ゴミの堆肥化は都市と農村をつなげる資源循環の好例ではあるが,農業では家畜ふん尿の堆肥化とその耕種農業での利用促進が大きな課題になっている。この大きな問題に論及せずに生ゴミの堆肥化を農業者への設問でも例示したのはなぜであろうか。

 環境保全型農業が目指すべきは公益的機能の発揮だけでなく,環境負荷の軽減も重要である。この調査では環境負荷の軽減,ならびに,環境負荷による食の安全性への懸念を正面から取り上げて,環境保全型農業に対する消費者と流通加工業者の理解と支持をえるようにすべきであったといえよう。