北海道が「食の安全・安心条例」を公布
●北海道独自の条例公布の経緯
2000年に雪印乳業が細菌に汚染された低脂肪乳を出荷,北海道で育てられた千葉県の牛が2001年にBSEを発症,2002年に雪印食品が輸入牛肉を国産と偽装する事件が起きた。これらの食の安全に対する信頼を脅かす事件は,その後あいついで全国で起きたが,皮肉にもその端緒にかかわる事件の多くが北海道に関係していた。こうした事件を背景に,北海道では,独自に道産食品の安全性を確立して,北海道農業の発展を図ろうとした。
北海道ではまず,2002年9月に,道産食品の安全・安心を確保するための取組みを進める指針として,「道産食品安全・安心フードシステム推進方針」を策定した。そして,2003年3月には「推進方針」によって,2003〜05年度に具体化するための「道産食品安全・安心フードシステム行動計画」を策定した。
これらは,北海道独自の認証による「クリーン農業」(環境保全型農業レポート No.2 )を核にして,農薬の適正使用,HACCPの導入,トレーサービリティの確立,適正な表示制度の導入,北海道独自の表示・認証制度の確立などによって,道産食品の安全性の確保を図ろうとするものである。そして,こうした経緯の上に,2005年3月31日に「北海道食の安全・安心条例」および「北海道遺伝子組換え作物の栽培等による交雑等の防止に関する条例」を公布した。 → 関係文書
●「北海道食の安全・安心条例」
この条例は,道が食の安全・安心に関する施策の基本となる事項を定めて,施策を総合的かつ計画的に推進して,道民の健康の保護並びに消費者に信頼される安全で安心な食品の生産と供給に資することを目的とし,そのために主に道が行う責務を定めたものである。なお,この条例は2005年4月1日に施行された。道の責務として次が規定されている。
(1)食の安全・安心に関する施策を総合的かつ計画的に推進する「基本計画」の策定,(2)「基本計画」に関する意見を具申する「安全・安心委員会」の設置,(3)道民への情報提供,(4)食品等の検査,監視,指導,(5)専門知識を有する人材の育成,(6)研究開発の推進,(7)緊急事態に対処する体制の整備,(8)食品の衛生管理に関する普及啓発,技術的助言,(9)クリーン農業および有機農業の推進に必要な技術開発・成果の普及と,流通・販売に対する支援や生産基盤の整備,(10)遺伝子組換え作物と他の作物との交雑防止,(11)家畜伝染病の検査・監視,防疫の体制の整備,技術開発と成果の普及,(12)水産物の安全および安心の確保,(13)農業者の農薬,動物医薬品,飼料・飼料添加物などの生産資材の適正使用に関する措置,(14)農用地土壌の汚染,表流水の汚染,地下水の硝酸性窒素汚染の防止など,生産にともなう環境の保全に必要な措置,(15)食品表示の監視,生産者の記録の保持,(16)道産原料を道内で加工した食品の認証制度の普及など。
この条例は,安全な食品を生産するには安全な環境の保全が必要との考えに立脚している。そして,生産者,販売者,消費者の連携を重視し,食育の推進も重視している(下図)。
「食の安全・安心条例」の概要(北海道農政部:「食の安全・安心条例の概要」より)
この条例は,北海道がクリーン農業と有機農業を推進することを宣言しているが,条例とそれ以前の「推進指針」や「基本計画」を比較すると,微妙な変化がうかがえる。第一は,有機農業の扱いである。「推進方針」には有機農業の文字が全くなかった。そして,「基本計画」にはクリーン農業(化学肥料及び化学的に合成された農薬の使用を節減する等環境への負荷を低減させる農業)だけが位置づけられて,そのより詳しい説明として,クリーン農業の項目の中に有機農業も記載されていた。どうも有機農業の位置づけは時間の経過とともに高まってきたようである。いずれにせよ,「基本計画」に,道は2003年度に有機農業に関する情報収集・提供,2004および2005年度に有機農業の技術開発を行うことが記載されている。
第二は,「推進指針」や「基本計画」は道産食品の安全性確保とその信頼性確保を主眼にしていたが,条例は,それに加えて,道民の健康を守ることまで拡大している。健康を守るためには,道外で生産された食品の安全性にかかわる問題も対象になる。ただし,道外産食品についての具体的施策は明確でない。道産食品の安全性を確保することによって,道外産食品よりも道産食品の優位性を確保することを前提にしているように考えられる。