No.362 日本の有機農業関係法律の問題点

●はじめに

 環境保全型農業レポートは,これまでに国内外の有機農業に関する情報を少なからず紹介してきている。それらを踏まえて,欧米と日本の有機農業に関する法律の違いを要約しておく。

●有機農業に対する,EUとアメリカの法的姿勢の違い

 有機農業に関する法律が国際的に単一である必要はなく,国によって違いがあって当然である。例えば,EUとアメリカでは有機農業に対して次の違いがある(環境保全型農業レポート「No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢」)。

(1) EUの基本的姿勢

 EUは,有機農業は環境汚染の軽減,生物多様性の向上,農村景観の保全などの重要な便益(多面的機能)を社会に提供しているが,農業者はこうした社会的便益を意識しておらず,その提供に対して対価も受け取っていない。そこで,慣行農業に比べて収量の低い有機農業に転換したり,実施したりすることによって生じた収益減を補償し,社会的便益に対する対価を支給するというものである。これはWTO(世界貿易機関)農業協定で削減対象外のグリーン支払とされている。
 EUは,これを論拠にして,かつて実施していた農業者に対する農業生産拡大のための農業補助金を廃止して,それにかわる,生産を刺激しない補助金であるグリーン支払の1つとして有機農業への支援金を位置付けた。

(2) アメリカの基本的姿勢

 EUに対してアメリカは,有機農業が土壌の質や侵食に対してプラスの便益を与えていることを認識しつつも,農業生産全体が停滞しているなかで,拡大している有機農産物マーケットの一層の発展を支援することに重点を置き,有機食品を消費者にとっては差別商品であると見なしている。そして,有機農産物は見た目だけでは確認できないため,信頼できる基準に準拠して生産・加工・流通・表示がなされていることを消費者に担保することが必要であり,この担保によって有機農産物のマーケティングコストを削減できる。こうした視点に立って,連邦政府が全米共通の有機農業基準を策定している。しかし,有機農業を実施する農業者への金銭的支援は,EUに比べればはるかに少ない。

●コーデックス委員会の有機農業基準のガイドライン

 コーデックス委員会は,FAO(食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で,食品の国際規格などを設定する委員会である。「有機的に生産される食品の生産,加工,表示及び販売に係るガイドライン」は1999年に成立して,各国の有機農業に関する基準はこのガイドラインを踏まえている。ただし,このガイドラインよりも厳しいものを策定することができるが,このガイドラインを遵守した外国産の有機生産物の輸入は排除できない。このガイドラインを,農林水産省が日本語に翻訳している。
 このなかの「緒言」に,次が記述されている。

『6. 「有機」とは,有機生産規格に従って生産され,正式に設立された認証機関又は当局により認証された生産物であることを意味する表示用語である。有機農業は,外部からの資材の使用を最小限に抑え,化学合成肥料や農薬の使用を避けることを基本としている。一般的な環境汚染により,有機農法が生産物に全く残留がないことを保証することはできないが,大気,土壌及び水の汚染を最小限に抑える手法が用いられている。有機食品の取扱者,加工業者及び小売業者は,有機農産物の信頼性を保つために規格を遵守する。有機農業の主要目的は,土壌の生物,植物,動物及び人間の相互に依存し合う共同体の健康と生産性を最適化することである。』

●日本の有機農業生産基準の法的格付けが主要国に比べて驚くほど低い

 日本は,コーデックスガイドライン案の確定を待って,1999年に「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)の施行規則の第40条で,農林物資の区分の一部として有機産物も対象にするように改正し,有機農産物,有機加工食品,有機飼料および有機畜産物の区分を設け,各区分別の生産技術基準である農林規格を告示として,2000年以降に順次公布した。この有機の農林規格に準拠した有機農業は「JAS有機」と略称されている。
 JAS法は,厳密には農林水産物や食品といった,モノの品質を規制する法律である。これに対して,有機農業は生産プロセスを重視するため,JAS法で有機農業を規制するのには無理があった。このため,2017年にJAS法を「農林物資の規格化等に関する法律」(新JAS法)に改正し,新JAS法の対象をモノ(農林水産物・食品)の品質だけでなく,モノの生産方法,サービス,試験方法などにも拡大した。そして,新JAS法でも有機農産物,有機加工食品,有機飼料および有機畜産物の生産基準をそれぞれ農林規格として,告示に位置付けた。
 告示は,「国民へのお知らせ」 であって,「法律」(国会が制定する法規範)と「命令」(国の行政機関が制定する法規範)の総称である法令ではない。他の先進国が有機農業について独立した法律を設けて,有機農業の定義や生産基準を規定しているのに対して,日本は,有機生産基準を告示に位置付けているにすぎない。これは農業のあり方としての有機農業を,軽微にしかみていないことの証左といえよう。

●曖昧さが存在する「有機農業の推進に関する法律」

(1) 「有機農業の推進に関する法律」の内容

 2006年に「有機農業の推進に関する法律」が施行された。この法律でいう有機農業の推進とは,有機の農業者や流通・加工・販売業者の増加,有機の農産物,食品等の生産量,販売量などの増加,有機農地面積や有機生産物の販売量などの増加等の推進をいう。この法律は有機農業の推進を強化するために,国が有機農業の推進に関する基本的指針を,都道府県が推進計画を定め,国,都道府県や市町村は有機農業者やそれを行おうとする者を支援するのに必要な施策を講じ,国および地方公共団体が有機農業の推進に必要な研究開発を行なうことなどを定めたものである。
 この「有機農業の推進に関する法律」には明確に書かれていない,不鮮明な部分がある。それは下記の点である。

第3条 基本理念の4項
『4 有機農業の推進は,農業者その他の関係者の自主性を尊重しつつ,行われなければならない。』
 計画経済の国ではない日本では,有機農業に限らず,農業の推進は農業者その他の関係者の自主性を尊重しつつ,行われなければならないのは当然であり,そのことをあえて法律に記述するのは奇妙である。
 「有機農業の推進に関する法律」の制定に際して,その基本的方針を定めた「有機農業の推進に関する基本的な方針」には,その「有機農業の推進に関する基本的な事項」の第3として,下記が記されている。
「3 農業者その他の関係者の自主性の尊重
有機農業の推進に当たっては,我が国における有機農業が,これまで,有機農業を志向する一部の農業者その他の関係者の自主的な活動によって支えられてきたことを考慮し,これらの者及び今後有機農業を行おうとする者の意見が十分に反映されるよう取組を進めてきたところであり,今後も,地域の実情や農業者その他の関係者の意向への配慮がないままに,これらの者に対し,有機農業により生産される農産物の生産,流通又は販売に係る各種取組が画一的に推進されることのないよう留意する。」

 この意味するところは,日本の有機農業は主に日本有機農業研究会を構成していた農業者によって,消費者との直接的な交流による相互信頼の下に自主的に推進されてきた事実が関係している。こうした農業者は,コーデックスガイドラインを踏まえた農林規格の有機生産基準に準拠することを拒否した。それは,農業者が,農産物の生産について農林規格の基準に準拠したことを認証機関の検査によって承認を受けて,それに要した経費を支払わなければならず,しかも相互交流がない消費者にも商売として販売する仕方に反対しているからである。こうした日本有機農業研究会と同じ姿勢をとっている人達は,日本以外の多くの国にも存在しているようである。

(2) JAS有機の農産物と非JAS有機の農産物

 「有機農業の推進に関する法律」では,有機農業を次のように定義している。
「第二条 この法律において「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。」

 この第二条に基づいた有機農業は,JAS法の日本農林規格に準拠した有機農業(JAS有機)と,JAS有機の認証を取得していないが,「有機農業の推進に関する法律」での有機農業(非JAS有機)に分類されている。そして,2017年におけるJAS有機の面積は1.0万ha,そうでない有機農業面積は1.3万ha,合計2.3万haで,全農地面積の0.5%とされている(農林水産省生産局農業環境対策課 (2019) 有機農業をめぐる事情)。ところで,JAS有機の農産物でないと「有機」の表示を行なえないので,非JAS有機の農産物には「有機」の表示を行なうことができない。
 このように「有機農業の推進に関する法律」は,JAS有機でない有機農業も包含しているため,その定義が,コーデックスガイドラインにある,認証機関又は当局による認証を必要とする農業以外の有機農業を含んでいる。このため,「有機農業の推進に関する法律」の有機農業の定義は,コーデックスガイドラインの定義とは異なっている。
 では,「有機農業の推進に関する法律」に基づいた非JAS有機であることの認定は,どのような内容の作業を行なって,それが確実に実施されて,違反がないことを,どうやって確認して,誰がどうした手続きで行なっているのか。日本有機農業研究会は,JAS有機に準じた規定を設けて,その施行状況を会員が相互に行なっているようである。こうした手続き上の規定が「有機農業の推進に関する法律」にはない。この点は消費者との連携のなかで説明や意見交換で了解されるので,規定することは不要というのであろうか。
 因みに,EUの2021年1月1日から施行予定の新しい有機農業規則では,農業者に要求される有機認証費用が,小規模経営体には負担が大きいとして,小規模農業者にはグループ認証のシステムが用意されている。すなわち,有機農業者がグループを組織し,EUの有機農業規則を遵守した生産・運営規約を作り,代表者を定めるとともに,参加農業者の農業の仕方をチェックする内部監督システムを作る。グループに参加する農業者は有機生産基準を遵守し,組織によるチェックを受けることなどの誓約書を交わす。その上で,毎年,参加農業者の1人がサンプル農業者として,認証機関による正規のチェックを受ける。そして,その農業者が認定を得られれば,グループ内の他の農家も認定を受けたこととし,サンプル農業者が要した認証経費は参加者全体で分割する。こうしたグループ認証では,認証コストが通常よりも安い。このため,EUだけでなく,生産物をEUに輸出している途上国の小規模有機経営体にグループ認証を認めるというものである。この対象農業者は,所有農地が,最大5 ha,温室の場合は0.5ha,永年草地のみの場合は15haとされている。
 こうしたやり方は,JAS有機小規模経営者に認証の費用を節減するものに相当する。

●JAS有機の対象とする有機生産物の範囲が狭い

 日本はJAS法のなかで,個々の有機食品群に関する規定を農林水産省告示の形で追加している。このため,酒類や化粧品はJASシステムの外であり,有機の酒類や化粧品の生産基準は「酒税法」,化粧品は「薬事法」,有機の木綿や毛皮などはまた別の法律の管轄となっており,有機農業と有機加工品に関係する法律は多岐にわたることになる。ついでにいえば,「畜産物」は牛,馬,めん羊,山羊,豚ならびに家禽を含むが,水産養殖物は対象になっていない(環境保全型農業レポート「No.221 FAOが日本の有機農業関係法の問題点を指摘」))。
これに対して,例えば,EUの2007年に施行されて現在有効な「有機農業法規則」では,1つの法律で,植物(自然採取を含む),海藻(自然採取),家畜,水産養殖動物,加工飼料,加工食品(ワインを含む)を対象にしている。
 そして,2021年から施行される新しい有機農業規則では,下記を追加することも予定している(環境保全型農業レポート「No.338 EUの新しい有機農業規則の主要点」)。

  • マテ,スイートコーン,ブドウの葉,椰子の芽(パルミット,Hearts of Palm),植物の可食部分(ホップの茎葉などに類似したもの)とそれから生産した生産物
  • 海塩,その他の食用および飼料用の塩
  • 生糸生産に適したカイコの繭
  • 天然ゴムと樹脂
  • 蜜蝋
  • エッセンシャルオイル(精油:植物から採れる強い匂いの揮発性油)
  • 天然コルクのコルク栓,膠結してなく結合剤を含まないもの
  • ワタ,梳いていないもの
  • 羊毛,梳いていないもの
  • 生皮や無処理の皮膚
  • 植物ベースの伝統的な薬草の調合剤(漢方薬など)

 このように,有機の産物や製品を規定する日本の法律体系はきわめて分断的である。

●有機JASの農林規格には環境保全のために遵守すべき具体的規制がない

 有機農業は,「農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」と規定している以上,環境負荷を減らすために遵守すべき条項を,有機JASの農林規格に規定すべきであるが,全くない。これに対して,欧米の有機農業規則は下記を規定している。

(1) EU:家畜飼養密度と糞尿施用量の上限

 舎飼いや放牧であれ,家畜の飼養密度を高くしすぎれば,排泄物中の養分量が作物の養分吸収量を大幅に超えて,環境汚染が生ずる。このため,EUは,農業による水質汚染を防止する「硝酸塩指令」に合わせて,有機農業においても,飼養密度および糞尿資材施用量を,家畜糞尿窒素で年間170 kg/ha未満に規定している(環境保全型農業レポート「No. 212 EUの有機農業における家畜飼養密度と家畜ふん尿施用量の上限」)。

(2) EU:有機家畜生産における有機飼料の最低自給割合

 コーデックスガイドラインにあるように,有機農業は,生物的循環を促進し,土地に養分を補給するために動植物由来の廃棄物を再利用し,再生不能資源の使用を最小限に抑え,地域で確定された農業システムの再生可能な資源に依拠することなどが記載されている。つまり,理想は農場ごとに物質循環を完結することだが,それが無理な場合,地域内の他農場から養分や飼料を購入し,地域外から購入する量をできるだけ少なくすることを理念としている。
 EUは,下記を規定している(環境保全型農業レポート「No.242 EUの有機家畜生産における有機飼料の最低自給割合規定」)。
(a) 草食家畜:移牧期間を除き,飼料の最低60%は当該農場に由来し,それが不可能なら,主に同じ地域の他の有機農場と協力して生産する。
(b) 豚と家禽の場合:飼料の最低20%は事業体の農場に由来し,それが不可能なら,同じ地域の他の有機農場や飼料企業経営者と協力して生産する。
 しかし,経営規模が小さく,飼料や有機質肥料を大幅に輸入に依存している日本では,こうした有機飼料の最低自給率を設定できないでいる。

(3) EU:動物福祉の重視

 特に有機農業では動物福祉を重視。EUは,高い密度での飼養や十分な運動を行なえない状態で抗生物質を多用するなどして飼養する工業的な家畜生産や養殖魚生産は禁止し,それによって生じた糞尿資材の有機農業における使用も禁止している。
 日本では「有機畜産物の日本農林規格」で,動物福祉を担保するのに必要な畜舎や運動場の面積などを規定しているが,「福祉」という用語は用いておらず,欧米では禁止しているウシの繋ぎ飼いを認めている。

(4) アメリカ:有機農産物中の使用禁止物質の定期サンプリング試験

 有機農場は,認証機関が農場を訪問して様々な記録の検証による現地検証を受けるが,そこでは生産物に禁止物質の含入濃度までの検証を通常は受けない。アメリカは,生産物が汚染されたとの疑いがない場合であっても,2013年1月から,認証機関は担当している有機経営体の5%を抽出して,その土壌,水,廃棄物,種子,植物組織,植物体,動物体,加工産物を含むサンプルを採取して,認証機関の負担によって禁止物質を分析している(環境保全型農業レポート「No.233 アメリカが有機農産物中の使用禁止物質の定期採取試験を施行」)。
 EUは,禁止物質による汚染の疑いがある場合には認証機関がサンプリングと分析を行なうが,疑いのない場合のサンプリングは行なっていない。

(6) 慣行圃場に施用した禁止物質による,有機圃場の汚染防止のための緩衝帯

1)アメリカ
 禁止物質の有機作物への意図しない施用や,有機作物との接触を防止するために,有機圃場と慣行圃場との間に,明確に区別できるはっきりした境界や排水路などの緩衝帯を設けることを規定している。NOP規則(全米の有機農業規則)は具体的数値を挙げておらず,認証機関が地域条件を踏まえて設定しており,多くの認証機関は緩衝帯の幅として50フィート(15.2m)を設定している。

2)EU
 EUの有機農業規則では,緩衝帯の設置が必要と考える加盟国は,当該国の法律で規定することを定めている。因みに,イギリスの民間の有機農業協会であるソイル・アソシエーションは,有機作物と汚染源との間に少なくとも10 mの緩衝帯を設けるが,ただし,果樹園に隣接の場合は,最低20 mに拡大することを規定している。

(7) GM(遺伝子組換え)作物と有機圃場との間の緩衝帯の距離

 EUの多くの加盟国が,法律で緩衝帯の距離を定めている。
 カナダの有機農業規則 (National Standard of Canada, Organic production systems, General principles and management standards) は,次を参考として提示している。
(a) 緩衝帯は少なくとも幅8 mとする。
(b) 市販遺伝子組換え作物による汚染リスクのある作物について一般に認められている分離距離は,ダイズ10 m,トウモロコシ300 m,キャノーラ,アルファルファ(採種生産),リンゴ 3 km。所定の分離距離を設けられない場合,物理的障壁,外縁部の作物畦,播種・定植の遅延などを設けなければならない。

 日本の狭隘な経営面積の有機農家にとって,慣行農家が遺伝子組換え作物を栽培したら,有機農業は行なえなくなる。

●おわりに

 このように日本の有機農業に関する法律は,欧米に比べて具体的な規制に不足している。品質が高く,環境保全にしっかり貢献できる有機農業を助長するために,国が有機農業に対する支援金を強化することが望まれる。