No.221 FAOが日本の有機農業関係法の問題点を指摘

●FAOと有機農業とのかかわり

FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同機関であるコーデックス委員会(Codex Alimentarius Commission:国際食品規格委員会)は,消費者の健康を守り,食品貿易における公正な取引を確保するために,食品の国際基準の制定などの活動を行なっている。コーデックス委員会は,世界的に有機農産物に対する需要が高まったことを背景に,1999年に「有機で生産された食品の生産,加工,表示およびマーケティングのためのガイドライン」The Guidelines for the Production, Processing, Labelling and Marketing of Organically Produced Foods (「コーデックスガイドライン」)を採択した(家畜生産と畜産物の条項は2001年に追加)。

多くの国は「コーデックスガイドライン」をベースにして,自国の条件に適合した有機農業基準を策定しており,有機農産物の国際的な貿易を円滑にする上で,「コーデックスガイドライン」は大きな役割を果たしている。

FAOは,有機農業を持続可能な農業を推進する手段の一つに位置づけて,国際的にその実施や有機農産物の貿易の促進のための活動を続けている。この他にも,FAOは,加盟途上国の要請に基づいて,当該国の有機農業法のフレームワーク作り,マーケットアクセス,有機農場の品質向上などについてのノウハウの情報提供も行なっている。また,FAOは有機農業に関する活動の一環として,国際機関や主要国の有機農業に関する法律を調査し,問題点の指摘なども行なっている。そうした調査活動の成果として,下記の報告書を刊行した。

Elisa Morgera, Carmen Bull?n Caro and Gracia Mar?n Dur?n (2012) Organic agriculture and the law. FAO Legislative Study 107. 302p. FAO

この報告書が日本の有機農業に関する法律も検討し,問題点を指摘している。その概要を以下に紹介する。

●「青果物等特別表示ガイドライン」によって日本では有機農業が誤解された

A.FAO報告書の記述

報告書は次を記述している。

『2000年まで日本には「有機農産物」の法的定義がなかった。1992年に「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」が農林水産省によって通達されたが,その遵守のチェックは自主的なもので,独立した認証組織による有機認証は必要なかった。日本語の「有機食品」は,生産プロセスで化学物質を少ししか,または全く添加しなかった食品を意味しており,したがって,これでは有機で生産されて加工された産物に限定されず,他のカテゴリーの農産物(減農薬や減化学肥料栽培農産物)も含みうる。こうした状況が,日本のマーケットにおいてどの産物が適切な有機基準にしたがって生産・加工されたかを正しく主張できるのかについて,かなりの混乱を引き起こした。』

B.「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」の影響

この記述について補足を行なう。

当時,青果物などで「有機」,「無農薬」,「減農薬」などの表示を行なったものが増えたが,統一基準なしに生産者や流通業者が勝手に表示を行なっていたため,その表示の統一を図るために,農林水産省は1991年に日本農林規格協会に「青果物等特別表示検討委員会」を設置して,そのあり方を検討した。その結果を踏まえて,1992年10月に農林水産省は「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」(農蚕園芸局長・食品流通局長連名通達)を定め,1993年5月に施行した。

このガイドラインの第3項で有機農産物は次のように規定された。

「当該農産物の生産過程等において,化学合成農薬,化学肥料及び化学合成土壌改良資材(以下「化学合成資材」と総称する。)を使用しない栽培方法又は第5に定めるところにより必要最小限の使用が認められる化学合成資材を使用する栽培方法により生産された農産物であって,第5に定めるところにより必要最小限の使用が認められる化学合成資材以外の化学合成資材の使用を中止してから3年以上を経過し,堆肥等による土作りを行なったほ場において収穫されたものをいう。」

そして,有機農産物とは別のカテゴリーとして,無農薬栽培農産物,無化学肥料栽培農産物,減農薬栽培農産物,減化学肥料栽培農産物といったカテゴリーも規定した。

それゆえ,FAOの報告書が,日本の「有機食品は,生産プロセスで化学物質を少ししかまたは全く添加しなかった食品を意味しており,したがって,これでは有機で生産されて加工された産物に限定されず,他のカテゴリーの農産物(減農薬や減化学肥料栽培農産物)も含みうる。」と記したのは不正確である。恐らく,「有機農産物等」の「等」も有機農産物含まれると解釈したのであろうが,「等」は有機農産物とは別のカテゴリーであることが誤解されたのであろう。

しかし,FAOの報告書が誤解したように,一般の消費者がこうした誤解を犯す危険性は,当時から,消費者団体や日本有機農業研究会などから指摘されていた。そして,表示区分を「有機農産物」だけにし,表示対策だけでなく,有機農業推進策を同時に進めることなどが主張されたのであった。

C.コーデックスガイドラインの有機農業の概念

コーデックスガイドラインは,有機農業の概念を次のように説明している。すなわち,「有機農業は,生物多様性,生物学的循環や土壌生物活性を含む農業生態系の健全性を促進かつ向上させる全体論的な生産管理システムである。有機農業では,地域の条件には地域に適応したシステムが必要であることを考慮しつつ,農場外の投入物よりも,トータル的な管理方法の使用を強調する。システム内の機能を達成させるために,可能な限り,合成資材を使用せずに,栽培的,生物的および機械的な方法を使用して,有機農業を達成する。有機生産システムは下記の達成を意図している。

(a) システム全体の生物多様性を高める

(b) 土壌の生物活性を増強する

(c) 土壌の肥沃度を長期的に維持する

(d) 農地へ養分を還元させるために,植物および家畜起源の廃棄物をリサイクルし,非再生可能資源の使用を最小にする

(e) ローカルに組織化された農業システム内の再生可能資源に依存する

(f) 土壌,水,大気の健全な使用を助長するとともに,農業行為によって生ずるこれらへの全ての形態の汚染を最小にする

(g) 全ての段階において生産物の有機としての完全性や重要な品質を維持するために,慎重な加工方法を重視しながら,農業生産物を加工・流通する

(h) 転換期間を経て既往の農場に有機農業を確立するが,転換期間の長さは農地の履歴,生産する作物や家畜のタイプのような場固有の要因によって定める」(環境保全型農業レポート「No.207 有機農業の理念と現実」参照)。

しかし,「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」は,有機農業のこうした環境保全を含めたトータルな生産管理の重要性を強調し,それを達成するための具体的方法の記述やそれを遵守したことの保証などの規定も行わなかったし,有機農業の社会的意義を強調することもなかった。このため,有機農産物は単に化学合成資材を使用しないか,必要最小限に抑えたものとしか消費者に理解されなかったといえよう。

D.日本有機農業研究会の消費者意識アンケート

日本有機農業研究会が2012年1月にインターネット上で行なったアンケート調査(日本有機農業研究会 (2012) 有機農業への消費者の理解増進調査報告〜消費者意識アンケートと生産者の交流事例.p.145 )において,2000名の消費者に「有機農業という言葉から浮かぶイメージに合うもの」を聞いたとき,最も強くあてはまるもの3つだけの回答をみると,「安全・安心」47.8 %>「健康に良い」17.8 %>「環境にやさしい」15.0 %>「おいしい」8.7 %>「生き物が豊か」4.1 %>「その他」3.7 %>「在来野菜や地域の文化」2.0 %>「地域の自給を高める」0.8 %であった。

「安全・安心」,「健康に良い」と「おいしい」という食べ物についての回答が合計74.3 %を占め,「環境にやさしい」と「生き物が豊か」を合わせた環境向上の回答が19.1 %,「在来野菜や地域の文化」と「地域の自給を高める」を合わせた地域の発展についての回答は2.8 %にすぎなかった。こうした有機農業の食べ物の側面を偏重した認識は,「有機農産物等に係る青果物等特別表示ガイドライン」によって受けた誤解が反映していよう。

●法的枠組がきわめて分断的

A.有機農業関係の法的枠組

日本では有機を含めた「農林物資」全般の規格や表示などは,JASシステムと呼ばれているが,「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」と,これに基づいて規定された「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律施行規則」と「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律施行令」によって規制されている。

筆者注)「農林物質」とは,飲食料品および油脂と,これらを除く農産物,林産物,畜産物および水産物ならびにこれらを原料又は材料として製造または加工した物資であって,酒類ならびに薬事法規定する医薬品,医薬部外品および化粧品を除く。

これらの法律は1999年に有機の農林物資も対象にできるように改定され,2000年以降,農林水産省は,有機農産物(有機植物産物),有機加工食品,有機畜産物と有機飼料について,その生産の技術基準(JAS有機基準)をそれぞれ告示として定めている。

B.法的枠組が分断的

農林物資がJASシステムにしたがって生産されたことの確認業務(認証業務)や,農林水産省の承認を得て認証業務を行なう機関(登録認定機関)としての承認は,JASシステムの法律で,一般農林物質と同様に規定されている。

そして,日本は既往のJASシステムの枠組のなかに,個々の有機食品群に関する規定を農林水産省告示の形で追加している。このため,酒類や化粧品はJASシステムの外であり,有機の酒類や化粧品の生産基準を作るとなると「酒税法」,化粧品は「薬事法」,有機の木綿や毛皮などはまた別の法律の管轄となり,有機農業と有機加工品に関係する法律は多岐にわたることになる。ついでにいえば,「畜産物」は牛,馬,めん羊,山羊,豚ならびに家禽を含むが,水産養殖物は対象になっていない。

このように,有機の産物や製品を規定する日本の法律体系はきわめて分断的である。

C.EUとアメリカの法的枠組

ちなみにEUの有機農業についての法的枠組みは,2007年に公布した親法律である「有機生産と有機産物の表示に関する閣僚理事会規則」(Council Regulation (EC) N° 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) N° 2092/91 )と,それに基づいた実施規則(Council Regulation (EC) No 967/2008 of 29 September 2008 amending Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products )の2つの法律だけからなっている。より詳細なものが必要なら,加盟国が両者を踏まえて作成することになっている(環境保全型農業レポート「No.207 有機農業の理念と現実」参照)。

また,アメリカは,1990年に公布された親法律の「有機食品生産法」(Organic Foods Production Act of 1990 )に基づいて,有機農業や有機食品の生産・加工・流通・販売を規制する法的基準である「全米有機プログラム(National Organic Program: NOP)規則」を2000年12月に制定している(環境保全型農業レポート「No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行 」参照)。

このようにEUやアメリカは有機農業関係の法律をまとめている。

●「有機農産物の日本農林規格」は他国に比べて詳しくない

報告書は,作物の有機生産基準である「有機農産物の日本農林規格」が,「他の国々の法律でみられるものほど詳しくない」と指摘している。事実,「有機畜産物の日本農林規格」がA4版で15ページあるのに対して,「有機農産物の日本農林規格」は9ページしかなく,国内でも,畜産に比べても農産物の記述は詳しくないといえる。報告書も,「有機畜産物の日本農林規格」のほうが,有機農産物のものよりは詳しいと記述している。

報告書は,有機の農産物や畜産物などの日本農林規格について,次の問題点を指摘している。

(1)転換期間について,「有機農産物の日本農林規格」は,作物の播種ないし定植まえに少なくとも2年間を要し,永年生植物の場合には1回目の収穫の前に少なくとも3年間を要し,転換中,禁止物質を使わずに生産し,農地を有機管理下に置かなければならないとしている。しかし,コーデックスガイドラインで規定されているように,生産ユニットが検査システム下に置かれてからだけ,転換期間が開始されるという要件が明記されていない。

(2)農場の一部だけを有機生産に転換して有機生産と慣行生産を同じ農場内で併存させるケースについて,「有機農産物の日本農林規格」は,有機と慣行の作物の同時生産が認められるのか,どの条件で認められるのか明確になっていない。コーデックスガイドラインは,農場全体が1回に全て転換されない場合には,農場を分割し,有機と慣行の生産方法の間を行ったり来たり切り替えることを明確に禁止しているが,そうした禁止が明確になされていない。

(3)「有機農産物の日本農林規格」の第4条の「ほ場」は,周辺からの禁止物質のドリフトや流入から有機作物を保護するために,「必要な手段を講じなければならない」ことだけを要求しているだけで,必要な手段を具体的に示していない。

(4)原則として有機で生育した種苗や種菌を使用しなければならないが,これらを入手が難しい場合には,生産者は,非有機の種子,苗や種菌を頼って良く,禁止物質で処理されていないものを優先することを「有機農産物の日本農林規格」は規定している。しかし,慣行の種苗などの使用について,他の国々の法律と異なり,農林水産省または担当認証組織の事前承認を要求していない。

(5)コーデックスガイドラインと異なり,「有機農産物の日本農林規格」は野生植物の採取を扱っていない。

筆者注)「有機農産物の日本農林規格」は,野生植物,野草,山草などの用語を使用していないが,休耕地や畦などに自生している山菜,キノコ,木イチゴや,山や林地などで栽培管理されているものについて,しっかり規定を設けているので,誤解。

(6)「有機畜産物の日本農林規格」は,家畜栄養用の飼料添加物やサプリメントとして,非化学的処理の物質(抗生物質や組換えDNA技術に生産されたものを除く)の使用を認めているが,コーデックスのガイドラインから逸脱している。しかも,こうした許可された物質のリストを示していない。

(7)「有機畜産物の日本農林規格」は,記述の詳しさは落ちるが,有機家畜の健康管理を扱っている。その中で動物の病気への抵抗性強化を強調する飼養方法を強調しているが,それ以上の具体的仕様を記していない。

(8) 「有機畜産物の日本農林規格」には畜種別の生産要件が記されていない。

(9)狩猟や漁業で得られた野生動物による畜産物が明確に除外されていない。

(10)他の国の法律と異なり,有機の農産物,畜産物や飼料の生産で許される許可物質のリストの策定と見直しのための基準や手続が明記されていない。

(11)有機加工食品の日本農林規格において,「有害動植物の防除は,物理的又は生物の機能を利用した方法」を優先することを規定している。しかし,コーデックスガイドラインに反して,予防的手法については何ら記されていない。

(12)「有機農産物の日本農林規格」の別表2と「有機畜産物の日本農林規格」の別表2にも,「有機加工食品の日本農林規格」の別表2(植物および家畜起源の有機加工食品全般に適用可能)に加えて,病害虫防除目的で認められている化学物質が含まれている。「有機農産物の日本農林規格」の第4条と「有機畜産物の日本農林規格」の第4条にしたがって,これらの複数の表は累積的に適用できると考えられるが,それによって実際にはある種の混乱が生じるかもしれない。

●認証を受けた事業者の継続に関する条項がない

JASシステムには,認証を受けた事業者の継続に関する条項がない。このため,ある認証組織の認定登録の取消が,当該認証組織が認証してきた全ての事業者の認証を自動的に取り消すことになることに,農林水産省が懸念を表明している。2007年のIFOAMの調査によると,そのことが認定登録された認証組織と認証された有機事業者の双方の数が減少していたことに関係していると,報告書は推定しているようである。

●終わりに

環境保全の観点から私見を述べれば,報告書が指摘していない問題がなお存在する。なかでも次の問題は,農林規格で今後規定することが必要であろう。

(1)コーデックスガイドラインは,有機の家畜飼養に合致しない工場的な舎飼飼養の家畜・家禽から排泄されたふん尿やそれから製造したスラリーや堆肥を有機の作物生産に使用できないことを規定している。しかし,「有機農産物の日本農林規格」はこのことに何ら論及していない。これは日本では有機の家畜生産がごくわずかにすぎないため,工場的な舎飼飼養のものを排除してしまうと,有機作物生産での家畜ふん尿やその堆肥などの確保が事実上不可能になるためであろう。しかし,このことを当面容認するとしても,本来は有機飼養された家畜・家禽のものを使用すべきことを「経過措置」に記載すべきであろう。

(2)コーデックスガイドラインは,家畜ふん尿の施用レベルは地下水や表流水の汚染を起こさないレベルにすべきとし,所管官庁は家畜ふん尿や家畜・家禽の飼養密度の上限値を設定でき,施用の時期や方法は表面流去による表流水汚染を起こさないものにすべきであることを規定している。しかし,日本では慣行農業でもこの点が具体的に規定されていないため,有機農業でもなんら論及されていない。

(3)腸管出血性大腸菌O-157や,脊椎動物の消化管などに寄生するクリプトスポリジウムなど,家畜ふん尿由来の人畜共通の病原体が問題になっている。こうした病原体の感染を防止するために,アメリカのように,家畜ふん尿の堆肥化過程における温度条件を規定する必要があろう。また,現場では未熟な家畜ふん堆肥からの雑草種子の蔓延が深刻化しているため,雑草種子を殺す温度条件も明記する必要があろう。