No. 383 イギリスに定着しているミミズを捕食する外来性プラナリア

 ニュージーランド原産のミミズ捕食性プラナリアが,アイルランド共和国,北アイルランドを含むイギリスなどに定着しており,外来性有害動物として関心を集めている。この動物の問題を下記文献から紹介する。
 R.J.C. Cannon, R.H.A. Baker, M.C. Taylor and J.P. Moore: A review of the status of the New Zealand flatworm in the UK. Annals of Applied Biology (1999) 135: 597-614.

注)イギリスは,グレート・ブリテン(イングランド,ウェールズ,スコットランド)と北アイルランドからなる。北アイルランドの南にアイルランド共和国が存在。

 なお,プラナリアの画像は下記を参照されたい。
 (プラナリアの写真

●プラナリア

 プラナリアは理科の実験で,1つの個体をカミソリで数個に切断すると,それぞれの破片から完全な個体が再生するので有名である。
 ミミズと同様に,プラナリアも紐(ひも)状の長い体をしているが,ミミズの体の断面は環状で環形動物門に分類されているのに対して,プラナリアの断面は扁平で扁形動物門に分類されている。また,ミミズの体は多数の体節からなるが,プラナリアは体節を持たない。
扁形動物は,頭部に神経細胞の集まった脳を持ち,口は腹部にあり,消化管は一端が閉じていて肛門がない。循環器系(心臓や血管)と呼吸器系(えらなど)がなく,体表面で直接ガス交換し,拡散によって体内で物質を輸送している。

Arthurdendyus triangulatus

通常のプラナリアはミミズを捕食しないが,ニュージーランドの南島原産の自由生活型の陸生プラナリアの Arthurdendyus triangulatus (アーサーデンディウス トリアングラタス)がミミズを捕食する。

  • 形状: A. triangulatus は比較的大きく,通常静止状態で約50 x 10 mmで,動いているときには150〜200 mmにも達する。静止時に A. triangulatus は渦巻状に丸まっていて,腹部表面を土壌にしっかり押し付けていて,体の表面は粘液で被覆されている。光に曝されると,個体は急速に活発になり,長く伸びるが,夜行性で光の当たらない場所に避難する。活発な生息地では,光沢のある黒い繭(4.5-8.5 mm)の姿の A. triangulatus を見ることができる。
  • 餌動物の捕食:プラナリアは,生きた被捕食者の周りを自らの体で包み込んで粘液を絡ませる。 A. triangulatus の粘液は,キモトリプシン様のセリン・プロテアーゼを含む,少なくとも40種類のポリペプチドを含んでいて,餌を動かなくして体を消化する。捕食性の陸生プラナリアのグループは,ミミズ,ナメクジ,昆虫の幼虫,ヤスデ,シロアリ,ワラジムシや他の扁形動物を含む,多様な無脊椎動物を摂取する。 A. triangulatus はもっぱらミミズを摂食すると考えられている。 A. triangulatus は実験室では15℃で60週間まで飢餓でも生残でき,餌動物なしの土壌培地で12℃に維持した場合,15か月後でも生き残っていたという記録がある。
  • 繁殖:プラナリアは雌雄同体で,多くのプラナリアは体が断片化して無性的に繁殖する。しかし, A. triangulatus が断片化によって繁殖できることを示す証拠はない。有性生殖では2匹の扁形動物が一体となって,それぞれの陰茎を相手の生殖管に挿入する。こうした受精によって両個体が繭を作り,硬いカプセルで囲まれた多数の卵が生産される。 A. triangulatus の繁殖は恐らく交尾と受精を伴う有性生殖と考えられるが,自家受精もまれには生ずるであろう。卵のカプセルは,背面表皮の裂断か腹部の生殖孔から直接出現し,1から14匹の幼虫が出現する。
  • 運動性: A. triangulatus は夜行性で,光を避ける。積極的に孔を掘ることはできず,その代わりに,既存の割れ目やミミズの孔で土壌を移動する。成熟した A. triangulatus は,涼しくて多湿な圃場で17 m/時(約 28 cm/分)移動したとすると記録や,実験室条件で平均12 cm/minのスピードで多湿の土壌で移動したとする記録がある。
  • 伝播: A. triangulatus の長距離移動は,例えば,ポット植え植物や根の生えた灌木や樹木の商取引や,植物素材や土壌の交換の結果としてだけ起こりうる。ニュージーランドからアイルランドやイギリスへの伝播も,ニュージーランドからの植物や土壌の購入などによったと考えられている。
  • 指定害虫: A. triangulatus は植物を直接加害するのではないため,EUの「植物保護指令」で規定するEUへの持ち込み禁止の指定害虫に当初指定されなかった。しかし,現在は指定害虫に法律改正され,2019年8月15日に発効した(List of Invasive Alien Species of Union)。

●イギリスにおける A. triangulatus の分布

  A. triangulatus はアイルランド共和国,フェロー諸島(スコットランド の シェトランド諸島 および ノルウェー 西海岸と アイスランド の間にある 北大西洋のデンマーク領の諸島),アイスランドおよびイギリスで記録されている。

北アイルランド

 北アイルランドでは, A. triangulatus がイギリスで最初に1963年に発見されて以来,6つの全ての県で記録されている。検出の大多数は人間の変更した庭園(88%)と野菜畑(6%) に由来する。農地の耕地や草地における A. triangulatus の検出は,市民が土壌動物に一般に遭遇する家庭用の庭に比べてすくない。北アイルランドの農地で A. triangulatus が定着している農地の割合は,グレート・ブリテン(イングランド,ウェールズ,スコットランド)でよりもはるかに大きい。
 例えば,ある調査によると,4万haの草地が定着されていると試算された。この試算を行なった調査の7年後から開始された繰り返しサンプリングによる予備的結果から, 31のうちの21の再サンプリング圃場(68%)が定着されていた。ただし,これらのうちの8つの露地圃場(26%)の中心部からフォルマリン・サンプリングで A. triangulatus が検出されただけで,残りの圃場では圃場の縁の部分で認められただけであった。重要なことは,これらの圃場からサンプリングされたミミズの密度と A. triangulatus の存在との間に,有意のマイナス関係がみられなかったことである。

グレート・ブリテン(イングランド,ウェールズ,スコットランド)

  A. triangulatus は,スコットランドでは1965年にエディンバラのロイヤル植物園のポットに入れた堆肥で最初に発見された。今日までのところ, A. triangulatus のイギリス(イングランド,ウェールズ,スコットランド,北アイルランド)における農業生産や園芸生産への影響は最小である。グレート・ブリテン(北アイルランドを除く)では, A. triangulatus は植物園,苗養成所や園芸用品店で耕地でよりも多く検出され,耕地への定着は縁を除くとほとんど起きていない。スコットランドではいくつかのばらばらの小面積の分布に限られている。
  A. triangulatus の土壌構造やそれに関連した水文学(自然界における水の循環)的プロセスに及ぼす影響として, A. triangulatus の蔓延によって水の土壌浸透が高まるが,時間とともに表面流去のリスクが高まる,と指摘されている。 A. triangulatus の存在によって枯死した有機物の積み重ねがいくつかの圃場の表面で生じたことが観察されている。
  A. triangulatus がイングランドで最初に記録されたのはカーライル近くで,1965年のことであった。その後の目撃は27年間報告されず,マンチェスター近くの園芸用品店で1992年に認められ,ヨークシャーとイーストアングリア(両者とも1993年) で検出された。それ以降,中部および南部イングランドを含めて, A. triangulatus の記録が徐々に増えている。しかし、 A. triangulatus は,コットランドや北アイルランドよりもイングランドとウェールズでははるかに一般的な動物ではなく,さらにイングランドのどこかの場所でその定着の程度を明確にすることが難しい。
 結論として, A. triangulatus はイギリス諸島のなかで限定された不連続な分布をしている。

A. triangulatus の侵入によるミミズの減少

  A. triangulatus の侵入によってミミズは捕食されて激減してしまうのだろうか。

  • フェロー諸島での研究から,侵入動物である A. triangulatus が局所的にはミミズ個体群を根絶できることが示されている。特殊なテクニックでミミズにとって好ましい生息地を作りだしたジャガイモ圃場で, A. triangulatus の密度を非常に高くできた(約40匹の成虫と大きな幼虫プラス60の卵嚢/m2)。こうした人工的な生息地で A. triangulatus の激増が助長されたが,餌の適切な供給が続いている間だけ維持されるにすぎず,餌動物が欠乏すると,やがては捕食者個体群の崩壊を生じた。
  • 北アイルランドで1984年に開始した草地におけるミミズと A. triangulatus のサンプリング調査で, A. triangulatus 数の増加と関連してミミズ数の顕著な減少が示された。この相関から , A. triangulatus 数の増加によって土着のミミズ個体群が根絶まで激烈に低減されると推定された。その後,1988年12月までこれらの場所の1つではミミズが全く回収されなかったが,1990年にその数やバイオマスが再び回復し始め,ついには1992年4月まで開始時点と同じレベルの数まで増加し続けた。これと同時に,1989年から1992年の間に捕獲された扁形動物の数が有意に減少した。こうしたパターンから,時間のずれのある捕食者と餌動物の古典的循環パターンが推定され,換言すると,ミミズと A. triangulatus の数が一定間隔で変動していると結論された。
  • スコットランドの芝生において,フォルマリンでサンプリングしたミミズと A. triangulatus の数との間にマイナスの相関が認められた。しかしこの相関は,芝生の境の灌木から数メートルの範囲で大きな相違点が示された。すなわち, A. triangulatus がいない芝生では境界から3 mの範囲内でミミズが約160〜200/m2であった。しかし, A. triangulatus がいる場合には,ミミズはいないか,少数しか存在しなかった(<40/m2)。境界からさらに離れると,ミミズ数は顕著に増加し, A. triangulatus がいない場合と類似したレベルとなった。
  • このように A. triangulatus が侵入していれば,ミミズは当初激減することがあるが,そうすると A. triangulatus が餌不足になって休眠や死滅してミミズが復活するというサイクルを繰り返すと考えられている。

●おわりに

 日本では,植物防疫法によって外国からの有害生物の侵入防止を図っている。このミミズ捕食性の扁形動物の例を踏まえて,日本でも注意する必要があろう。