No.384 紙巻きタバコの微量元素の健康影響

No.384 紙巻きタバコの微量元素の健康影響

●はじめに

 2018年に「健康増進法」が改正されて,受動喫煙を防ぐために喫煙が制約されるようになったこともあり,日本でもタバコの喫煙者が激減してきている。そして,タバコの葉のない電子式タバコや,タバコの葉があるものの,燃焼させずに加温する加熱式タバコが使用されるケースが増えてきている。
 タバコの害作用として,がん,虚血性心疾患(狭心症,心筋梗塞),慢性閉塞性肺疾患(肺気腫,慢性気管支炎)などが指摘されている。その主因は, 有機の有毒物質や一酸化炭素による。これら以外にもタバコの微量元素の重金属もあるが,その害作用はあまり知られていない。
 少し古い文献だが,順天堂大学医学部の千葉百子助教授(当時,現在客員教授)の文献と,イタリア人でWHO(世界保健機関)のコーディネーターだったMasironiとの共著による下記文献が,タバコの微量元素の害作用に関する研究をまとめている。これによると,重金属が人体に深刻な影響を与えているケースが少なくない。意外なほどである。これらの概要を紹介する。
(1)M. Chiba & R. Masironi(1992) Toxic and trace elements in tobacco and tobacco smoke. Bulletin of the World Health Organization, 70(2): 269 – 275.
(2)千葉百子(1995) 微量元素の摂取と健康.化学と生物.33(6):370 – 380.

●主流煙と副流煙

 タバコに火をつけて煙を吸うと,タバコの元素は,煙や煙の凝縮物(いわゆるタール)に移行する。紙巻きタバコのフィルターは,元素濃度のわずかな部分だけを捕捉できるにすぎない。喫煙で生ずる煙には,喫煙者が吸い込む主流煙と,燃えているタバコから直接大気に放出される副流煙とがある。
 非喫煙者の吸い込む(受動喫煙)副流煙は,通常,比較的高い濃度の多数の微量元素を含む有害物質を含んでいる。主流煙でよりも副流煙中の粒子サイズは小さいので,受動喫煙者の肺組織の深くにある肺胞腔まで侵入して沈積する。

●タバコで特に問題な微量元素

 千葉(上記論文(2))によると,WHOの統計による1985~88年の成人国民(15歳以上)1人当たりの紙巻たばこ消費量は,日本人では3,270本/年で,調査した117力国中3位であった。
 アメリカ合衆国の紙巻きタバコの12ブランドの分析(濃度の単位はμg/g)では,アルミニウムAl(700~1,200),マンガンMn(155~400),バリウムBa(40~75),ストロンチウムSr(30~50),亜鉛Zn(16~30)などが,多く含まれる微量元素である。その中で,千葉(2)は,生体影響の観点から注目すべき元素は,カドミウムCd,原子量210の放射性ポロニウム210Po,亜鉛Znであろうと指摘している。これらを中心に,論文の一端を紹介する。

●カドミウム Cd

 Cdの人体に対する害作用は深刻であり,食品中のCd濃度は厳しく制限されている。食品中のCd濃度は通常0.05μg/g以下だが,タバコでの濃度はそれに比べて非常に高いレベルである。紙巻きタバコのCd濃度は0.5~3.5μg/gの範囲で,平均レベルは1.7μg/gと非常に高い。これは,タバコ植物体が土壌からCdを吸収して,葉に通常の植物よりは高い濃度(0.77~7.02μg/g)で蓄積する特殊な能力を有しているからである。1日に40本の紙巻きタバコを喫煙すると,食品中に存在する量の約2倍に達してしまう。
 喫煙前の紙巻きタバコ(シガレット)中のCd量を100%とすると,主流煙から喫煙者の肺に吸着する量が2%,吸殻に15%,灰中に20%,残りの60数%は副流煙中にあると推定されており,受動喫煙者に影響する。
 煙中のCdは体内に取り込まれると,そのほとんどが体内に蓄積する。喫煙によるCdの影響を調べた全ての研究で,喫煙を増やすと血液のCd濃度が増加することが認められている。そして,非喫煙者,元喫煙者および喫煙者の間で,腎臓皮質,腎臓髄質,肺,前立腺や筋肉のCdレベルの有意な増大が認められている。さらに,喫煙と高血圧や心臓血管疾患との間の関係の可能性が報告されている。また,Cdは亜鉛とともに胎児に深刻な影響を与える。これについては亜鉛の項を参照されたい。

●鉛 Pb

 日本の紙巻きタバコに含まれるPbは,紙巻きタバコ1本当たり1.29μg(範囲は0.96~2.00μg)で,イタリアの紙巻きタバコでも同じ(0.6~2.00μg)で,喫煙者や元喫煙者の血液は非喫煙者よりも高いPbレベルであった。注目されることに,次の報告がある。
 農業者とタクシー運転手の血液のPb濃度を比較した研究(T. Watanabe et al. 1985)によると,農業者は血液のPb濃度が低かった(非喫煙者で3.8,喫煙者で4.5μg/dL)のに対して,タクシーの運転手ではより高いレベルであった(それぞれ27.4と29.4μg/dL)。これはタバコの煙だけでなく,自動車の排ガスのPbも人体に蓄積していることを示している。
 紙巻きタバコの消費は,体に対する鉛の負荷の最も敏感な指標である赤血球中の5-アミノレブリン酸脱水酵素の活性を抑圧し,非喫煙者の117.5に対して,1日20本未満の喫煙者で88.8,20本以上のヘビー喫煙者で74.1活性単位であった。
 受動喫煙は子供のPbへの暴露で重要な役割を果たしており,両親の喫煙が子供の血液のPbレベルに関係していることが認められている。例えば,子供の血液の平均のPb濃度が,非喫煙の両親では30μg/L,父親だけが喫煙者の場合には37μg/L,母親か両親が喫煙者の場合は47μg/Lであった。そして,両親の喫煙する紙巻きタバコの数が,イギリスの児童の認識能力を図る指標である理解・認識能力評点(British Ability Scales scores)と負の相関を有していることが確認されている。

●放射性ポロニウム 210Po

 タバコやタバコの煙には,自然に存在する放射性核種が極微量だが存在している。その代表が,原子量210のポロニウムPo-210である。タバコ植物体中のPo-210は,土壌や大気に存在する放射性のPo-210またはラジウムRa-226やラドンRn-222自体か,これらの放射性元素の放射性崩壊に由来している。Po-210レベルはタバコg当たり1.5~10.7mBq(ミリベクレル:ベクレルは放射能強度で,1秒間に一つの原子崩壊が放出する放射能で,mBqはその1000分の1の強さの放射能)の範囲で存在する。Po-210は紙巻きタバコ全体で平均15.9mBq,灰で1.4mBq,吸殻で4.4mBqであった。国際がん研究機関は,各紙巻きタバコの主流煙で1.7~3.4mBqの範囲と報告している。
 現在喫煙している者の肺(周辺柔組織)はPo-210を0.27mBq/g含有し,気管支周囲のリンパ節は0.4mBq/g含有している。比較すると,非喫煙者の周辺柔組織サンプルは0.06mBq/gしか含有せず,気管支周囲のリンパ節は0.22mBq/gしか含有していない。Po-210は発がん作用の原因因子になりうると考えられている。

●亜鉛 Zn

 アメリカ合衆国の12の紙巻きタバコで分析したZn濃度は16.8~30.5μg/gである。紙巻きタバコのタバコと紙に含まれているZnの約70%は煙に移り,一部がフィルターに捕捉されている。
 喫煙は,人体の大部分の組織や体液のZnレベルに影響しない。しかし,妊婦の白血球のZn濃度が,喫煙で減少することが知られている。すなわち,白血球には,いろいろな形の複数の核を有する多形核細胞と,丸い形の1つの核を有する単核細胞とがあるが,妊娠に関連し多形核細胞のZn濃度は,喫煙している母親で非喫煙の母親よりも有意に低かった。それとともに,喫煙している妊婦では,在胎週数(妊娠期間)に比べて赤ん坊が小さいリスクがあることが知られている。
 また,喫煙婦人の出産24および48時間後における血漿の平均Znとアルブミンレベルは,非喫煙の母親よりも低かった。喫煙母親の新生児では,非喫煙の母親の場合に比べて,血漿Znが5%低く,臍帯血Znが12%低く,Znを含有するアルカリフォスファターゼの活性が13%減少していた。そして,Cd/Zn比は出生時体重と関係していることが認められた。妊娠中の喫煙が,在胎不当過小体重の新生児のリスクを高めている。紙巻きタバコの煙で空気感染したCdが,Znと結合するメタロチオネイン(金属結合性タンパク質)の合成を促進し,それによって腸管吸収や胎盤通過する量を減らすと仮定されている。このタイプのCd-Zn相互作用は,新生児のZnの好ましい状態を悪化させる。

●おわりに

 タバコが健康に影響を与えることは,喫煙する本人だけでなく,周囲の人達や胎児に良くないことは,通念として認識されているが,具体的にどのような害があるのかは、十分に承知されてこなかったのではないか。喫煙で生ずる有害な有機化合物の害作用に加えて,無機元素も恐ろしい。過去に喫煙していた者として深く反省している。