No.385 21世紀初頭におけるEUの都市住民の大気汚染物質への暴露状況

●EUの大気質の概要

 EU(欧州連合)は,主要な大気汚染物質として次を確認している。

202206_00

 これらのうち,6つの項目について,健康を守るための大気質基準を表1に示す。EUの人口の74%が生活している都市部では,PM2.5と地上オゾンが,他の大気汚染物質と比較して,潜在的に最も人間の呼吸器病や心臓血管病に関連した健康や死亡率に最も大きく影響している。2016年に,374,000人と14,600人がそれぞれPM2.5とオゾンに起因した非事故性の早死にした。そこで,EUは大気質を改善し,早死に者数を,2005年に比べて2030年までに半減させることを目指している。
 都市部では農村部に比べて,工場,交通や家庭から大気に排出される汚染物質の量が多く,大気の汚染も進行している。そこで,下記の論文が2000〜2017年の間におけるEU28か国(この時期はイギリスを含む)の都市部の大気汚染問題を解析した。その概要を紹介する。
 P. Sicard, E. Agathokleous, A.De Marco, E. Paoletti and V. Calatayud (2021) Urban population exposure to air pollution in Europe over the last decades. Environmental Sciences Europe (2021) 33: 28, 12pp.

●EUの大気質汚染の概要

 EU28か国では,2000〜2017年において,大気汚染物質の排出が減少した。すなわち,年間の排出率で,イオウ酸化物 -4.7%,窒素酸化物 -2.7%,非メタン酸化物 -2.6%,アンモニア -0.6%,一酸化炭素 -2.9%,PM2.5 -1.8%,PM10 -1.7%であった。
 イオウ酸化物排出量は28か国全てで減少し,年間 -2.9%(ドイツ)から -6.0%(スロベニア)の幅があった。窒素酸化物については最高の減少率はイギリス(-3.4%/年)で,最低の減少率はリトアニア(-0.6%)とポーランド(-0.7%)であった。
 非メタン炭化水素の減少率は -0.6%(ポーランド)から -4.0%(フランス)の幅があった。一般に減少率が低かったのは,農業が排出源の92%に寄与しているアンモニアで,オーストリア,エストニア,ドイツ,ラトビアとリトアニアでは0.1%から1.0%の増加が測定された。
 CO排出率の48%は家庭の暖房に起因している。そして,マルタ(年間 +0.6%)を除き,CO排出量は全体として減少した。
 PM2.5の排出については,ブルガリア(+0.5%),ハンガリー(+0.9%),ルーマニア(+0.3%)を除き,EU25か国で減少が観察され,これに対してPM10排出の減少は若干少なく(ブルガリア -0.2%,ハンガリー -0.1%)で,PM10排出増加はリトアニア(+0.8%)とルーマニア(+0.1%)であった。マルタではPM2.5の最大の減少(-4.2%)とPM10の最大減少(-4.0%)が観察された。
 2015年と2017年の間に,例えば,EU28か国の都市部のPM10濃度が表1のEUの基準値を超えた都市住民の割合は13〜19%だが(European Environment Agency: Air quality in Europe ‐ 2019 report. 104pp.),WHO(世界保健機関)の大気質ガイドライン(WHO Air Quality guideline: AQG)を超えている都市住民の割合は42〜52%と高い。このように,EU基準を超えた都市部住民割合が比較的低く現われる理由は,国の規制基準を定める際の参考値として示されているWHOの大気質ガイドラインよりも,EUの基準が緩いからである。

202206_01

202206_02

●EU28の都市部におけるPM2.5とO3の濃度と死亡者数の関係

 現時点で他の汚染物質に比較して,PM2.5がEU28の都市部で最も深刻な健康リスクを与えており,早死にと疾病率増加が付随し,次いで地表面O3である。
 EU28か国では2000〜2017年において,大気PM2.5による死亡者数は,100万の住民当たり平均4.85人減少した。死亡者の減少率が最も高かった年において,減少はイギリスとエストニア(住民100万人当たりの死亡者数がそれぞれ -11.74と -10.46人)で,わずかな減少がポルトガルで認められた(住民100万人当たりの死亡者数が -0.50人)。ギリシャとリトアニアでは,大気PM2.5レベルによる年間死亡率の増加が観察された(住民100万人当たりの死亡者数が,それぞれ +1.22と +1.72人)。
 都市部におけるO3レベルの上昇に合致して,年間のO3関連早死に者数はEU28で増加した(住民100万人当たりの平均死亡者数が +0.55人)。最も高い年間の死亡率の減少が,ギリシャ(住民100万人当たりの死亡者数 +2.41人),ハンガリー(住民100万人当たりの死亡者数 +2.05人),チェコ共和国(住民100万人当たりの死亡者数 +1.40人)であったのに対して,バックグラウンドのO3が低い(年間平均が <20ppb)国々では,有意差のない増加がスペインで観察された(住民100万人当たりの死亡者数 +0.03人)。2000年と2017年の間に,O3に起因する年間死者数が北ヨーロッパで減少した(例えば,ベルギー:-0.24,アイルランド:-0.30,リトアニア:-0.23)。
 2000年と2017年の間に,EU28の大気汚染物質の排出量は減少した。すなわち,SOX約80%,NOX:46%,非メタン炭化水素:44%,NH3が: 10%,CO:49%,PM2.5:31%およびPM10:29%。
 このことは,大気汚染物質排出の制御戦略が成功していることを示している。しかし,都市部の大気汚染物質の現在のレベルは,特にO3で,ヨーロッパにおける人々の健康を守るためのEU基準やWHO AOGを引き続き超過し続けている。
 2015〜2017年にWHO上限値を超えている濃度に暴露されているEU28の都市部人口の割合は,PM2.5で74〜81%,PM10で42〜52%,O3で95〜98%,SO2で21〜31% ,NO2で7〜8%であった。都市部環境中のPM2.5レベルの低減に合致して,2000年と2017年の間に年間のPM2.5関連の死亡者数が減少した(人口100万人当たり− 4.85人)。O3前駆体排出の制御戦略は,農村地域で有効であった。しかし,上昇するO3レベルがEU28の都市部で大きな公衆衛生問題となり,年間のO3関連の早死に数が2000‐2017年の期間に増加している(人口100万人当たり+ 0.55人)。

●今後の都市部における大気質軽減の戦略

 都市の大気汚染を効率的に削減するには,地方自治体の立案者が大気質にプラスまたはマイナスに影響する都市樹木種を早急に選定する必要がある。そして,都市の大気質や熱的快適性を向上させるために,植樹プログラムは下記のような視点をすえなければならい。
 (a)ローカル条件に適した多様な種類の選定によって植樹し健全な樹木を維持する,
 (b)大気汚染に感受性の高い種を回避する,
 (c)非メタン炭化水素が低く花粉放出の少ない樹木を使用する,
 (d)植生に十分に給水する,
 (e)生存期間が長く維持の手間の少ない種を使用する,
 (f)大気汚染の健康リスクを最小にするために,大都市における冷気回廊を設置する。
 汚染物質の排出削減に加えて,こうした都市計画も必要となっている。