No.233 アメリカが有機農産物中の使用禁止物質の定期採取試験を施行

●定期採取試験に至る経緯

アメリカでは,有機農産物生産の認定を受けた有機経営体は,認証機関によって毎年,作業や資材購入の記録などの現地検証を受けて,有機農業規則にしたがった生産や流通・販売が行なわれていることの確認を受けている。この現地検証は主に記録によるもので,生産物などに禁止物質が含有されているかまでは検証されない。しかし,有機農業では使用禁止の合成資材などを使用しなかったとしても,過去に施用されて土壌や地下水に残っている残留農薬や,近隣の慣行農業者の散布した農薬ミストが風で混入する可能性は否定できない。アメリカは2013年1月から,こうした可能性のチェックを,分析結果を踏まえて認証機関が行なうことを義務化した。

この点についての経緯を紹介する。

アメリカは,1990年に「有機食品生産法」(Organic Foods Production Act of 1990)によって,有機食品の生産・加工・流通の基本的枠組を定めた。そして,2000年にその施行規則として「全米有機プログラム規則」(7 CFR part 205 National Organic Program:NOP規則) を公布した(環境保全型農業レポート.「No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版」)。これらの「有機食品生産法」と「全米有機プログラム規則」の双方で,認証機関は,自ら認定した有機経営体の一部を抽出して,現場でサンプルを採取して,そのなかに使用禁止物質が存在しているか否かを,化学分析結果に基づいてチェックする定期試験を行なうことが,条文として規定されていた。

しかし,実際には,使用禁止物質などの残留物検査の定期試験は実行されていなかった。2010年3月に農務省の総括監察官室が4つの認証機関について現地調査を実施し,認証機関は定期試験を定期的に実施すべきものと理解していなかったことを指摘した。

総括監察官室の指摘を受けて,NOP規則を所管している農務省の農業マーケティング局は,関係者との意見交換や意見公募を経て,2012年11月にNOP規則の残留物検査の定期試験に関する条文(§205.670)を改正し,2013年1月1日から施行した(National Organic Program; Periodic Residue Testing. Federal Register. Vol. 77, No. 218. p. 67239-67251 Friday, November 9, 2012 )。

●改正された定期試験に関する条文

条文には,禁止物質による汚染などの違反の疑いがあるとの情報に基づいて行なう検査(b)と,事前の疑いに関する情報なしに,定期的に行なう定期試験((c)〜(g))が規定されている。

§205.670 (NOP規則「残留物検査の定期試験に関する条文」)

「100%有機」,「有機」または「有機(の特定の原料または食品グループ)で作られたもの」として販売,ラベル表示または表現する全ての有機産物の検査および試験

(a) 認定を受けた有機の生産および取扱を行なう経営体は,「100%有機」,「有機」または「有機(の特定の原料または食品グループ)で作られたもの」として販売,ラベル表示または表現する全ての有機産物を,農業マーケティング局の担当行政官,州の有機プログラム担当行政官または認証機関による検査を受け入れなければならない。

(b) 農業マーケティング局の担当行政官,州の有機プログラム担当行政官または認証機関は,「100%有機」,「有機」または「有機(の特定の原料または食品グループ)で作られたもの」として販売,ラベル表示または表現する農業産物またはこれらの生産に使用された農業投入物が,禁止物質と接触したか,排除すべき方法で生産されたと信ずるだけの理由がある場合には,これらの農業産物またはその生産に使用された農業投入物のプレハーベスト,またはポストハーベストの試験を要求することができる。サンプルには,土壌,水,廃棄物,種子,植物組織,植物体,動物体,加工産物の採取と試験を含むことができる。この種の試験は,州の有機プログラム担当係官または認証組織が,係官または認証組織の負担によって実施しなければならない。

(c) 認証組織は,「100%有機」,「有機」または「有機(の特定の原料または食品グループ)で作られたもの」として販売,ラベル表示または表現する農業産物の定期的残留物試験を実施しなければならない。サンプルには,土壌,水,廃棄物,種子,植物組織,植物体,動物体,加工産物の採取と試験を含むことができる。この種の試験は,認証機関が,その負担によって実施しなければならない。

(d) 認証機関は,年間ベースで,自らが認定した経営体の全数のうち,四捨五入で最低5%の経営体についてサンプル採取とテストを行なわなければならない。認定する経営体数が年間30未満の認証機関の場合は,年間少なくとも1経営体についてサンプル採取とテストを行なわなければならない。本セクションのパラグラフ(b)および(c)に基づいて実施されたテストは,最少の5%または1つの経営体に適用される。

(e) 本セクションのパラグラフ(b)と(c)に基づいたサンプル採取は,農業マーケティング局の担当行政官,州の有機プログラム担当行政官または認証機関を代表する検査官によって実施されなければならない。サンプルの完全性は一連の管理下で維持されなければならず,残留物試験は認定を受けた分析室で実施されなければならない。化学分析はAOAC公定分析法 (Official Methods of Analysis of the AOAC International),または,農業産物における汚染物の存在を測定する,現在適用可能な有効な方法に記された方法に従ってなされなければならない。

(f) 本セクションに基づいて実施された全ての分析や試験の結果は,試験が現在進行中のコンプライアンス調査の一部をなしている場合を除き,公開可能にしなければならない。

(g) 試験結果が,特定の農業産物について,食品医薬品局または環境庁の法的許容値を超える,農薬残留物または環境汚染物を含んでいることを示している場合には,認証機関は,当該データを,その値が法的許容値またはアクションレベルを所管している連邦保健官庁に報告しなければならない。連邦の法的許容値を超えた試験結果は,関係する州の保健部局や外国の当該機関にも報告しなければならない。

●認証機関による定期試験の概要

定期試験について,農業マーケティング局はいろいろな文書を発行しているが,その一つに,認証機関が定期試験を具体的にどのように行なうかについてのメモがある(農業マーケティング局副行政官発,認証機関宛,有機農産物の定期的残留物試験についてのメモ.2012年11月発信)。これに基づいて定期試験の概略を紹介する。

(1) 定期試験は作物,野生植物,家畜,および,収穫後の取扱(ハンドリング)を対象にする。

(2) 認証機関が認定した経営体の,少なくとも年5%のものからサンプルを採取して試験する。なお,認定した経営体が30未満の認証機関は,少なくとも年1経営体について試験する。

(3) 対象経営体を選定する際に,ランダムに選定する,生産量の多い経営体を対象にする,使用禁止物質を保有していると考えられる経営体を対象にする,などの選定基準が考えられるが,選定基準は認証機関の判断に任せる。

(4) 通常は有機生産物をサンプルにするが,必要な場合には,周辺素材(土壌,地下水,葉,茎など)もサンプルとして試験を行なう。

(5) 対象とする使用禁止物質は,禁止農薬,ヒ素などの汚染金属,遺伝子組換え体,合成ホルモン,抗生物質(有機規則にしたがったリンゴとナシを除く)。

(6) サンプリングの仕方は,指示書 (NOP 2610: Instruction. Sampling procedures for residue testing )にしたがう。

(7) 分析は適格性認定を受けた分析所に依頼する。

(8) 分析結果が基準値を超えていたからといって,必ずしも違反になるわけではない。認証機関は経営体とその周辺地域をさらに調査し,汚染源を突き止めなければならない。検出された残留物が意図的に施用ないし導入されたためでない場合には,経営体とともに,なぜ残留物が存在したかを決める作業を行なう。そして,試験結果を経営体に示すとともに,問題となった残留物による汚染を最小にするための行動プランの策定を経営体に要求する。

(9) 分析結果が基準値を超え,意図的に使用されたためである場合には,その結果を経営体に示すとともに,その内容に応じて所管官庁のEPA(環境保護庁),FDA(食品医薬品局),州の食品安全プログラム事務局ならびに外国の関係官庁に報告する。

●残留農薬の検出結果に基づいた認証機関の対応

定期試験が2013年1月1日から義務化されたが,残留農薬の分析結果に基づいた認証機関の対応が複雑なため,2013年2月28日にNOP事務局が対応を指示する文書を通知した(NOP 2613: Instruction, Responding to Results from Pesticide Residue Testing, Effective Date March 4, 2013. )。

1.残留農薬が不検出の場合

禁止農薬の残留物が何ら検出されなかった場合,認証機関は,サンプリングした経営体に試験結果を通知し,当該生産物を有機として販売できることを通知する。

2.残留農薬が0.01 ppm未満の場合

(注:0.01 ppm未満を判定基準にする論拠は,後述する「●イギリスの監督訪問の規定策定の動き」の「オプション2:BNN値に基づいたトリガーレベル」を参照)

0.01 ppm (0.01 mg/kg)未満の禁止残留農薬が検出された場合,認証機関は下記を行なう。

(a) 認定した経営体に試験結果を通知し,当該生産物を有機として販売できることを通知する。

(b) なぜ残留物が存在しているのかを問題にして,適切な範囲で経営体を追跡調査する。

3.残留農薬が0.01 ppm以上検出された場合

禁止残留農薬が0.01 ppm以上検出された場合,当該農薬について,環境保護庁(EPA)が許容レベルや食品医薬品局(FDA)がアクションレベルを設定しているかどうかを,まず確認する。

3−1.EPAが許容値を設定している場合

EPAの農薬許容値(Pesticide Tolerances) は,食品中の健康に影響を及ぼさずに存在することが許される農薬濃度のことで,他の国では最大残留上限濃度(MRL: maximum residue limits)と呼ばれていることが多い。ちなみに許容値は0.01 mg/kg (0.01 ppm)よりも高いことが多い。

3−1−1 検出濃度が許容値の5%以下の場合

認証機関はサンプリングした経営体に試験結果を通知し,なぜ残留農薬が検出されたかを調査する。その際,禁止農薬の施用を行なわなかったか,禁止物質の意図しない施用を防止する緩衝帯が適切であったか,ハンドリング過程での有機生産物のへの混合や汚染を防止する方策が適切であったかに注意して調査を行ない,今後の汚染防止策を通知しなければならない。検出された残留農薬は禁止農薬を自らの経営体で施用した結果でない場合,生産物は有機として販売して良い。

3−1−2 検出濃度が許容値の5%を超えたが,許容値を超えていない場合

サンプリングした経営体に試験結果を直ちに通知し,生産物は慣行農産物として販売できるが,NOP規則§205.671にしたがって有機として販売できないことを通告するとともに,残留農薬が存在した理由を調査し,今後の汚染防止策を通知しなければならない。

3−1−3 検出濃度が許容値を超えた場合

サンプリングした経営体に試験結果を直ちに通知し,慣行農産物としても販売できないことを通知する。許容値を超える汚染が生じた理由を調査し,農薬が違法に過剰施用されたために,検出濃度が許容レベルを超えた場合には,違反報告書をEPAに提出する。ただし,流通過程で高濃度汚染が生じた場合には,食品医薬品局の地方事務所に違反報告書を提出する。

3−2 EPAは許容値を設定していないが,FDAのアクションレベルが存在する場合

FDAのアクションレベルは,DDTなど有機塩素系殺虫剤のような長期残留農薬で,既に作物や家畜生産での使用登録が抹消されているために現在は散布されていないが,環境における長期残留性のために作物体から検出され続けている残留農薬については,食料医薬品局(FDA)が販売禁止措置をとるアクションレベルが設定されている。

3−2−1 アクションレベル未満の登録抹消農薬が検出された場合

認証機関はサンプリングした経営体に試験結果を通知し,なぜ当該禁止物質が検出されたかを調査する。禁止物質の意図的または直接施用の結果でないならば,生産物は有機として販売することができる。

3−2−2 アクションレベルを超える登録抹消農薬が検出された場合

認証機関はサンプリングした経営体に試験結果を通知し,生産物は慣行農産物としても販売できないことを通知する。なぜ当該禁止物質が検出されたかを調査し,今後の対策を経営体に示すとともに,FDAに報告する。生産物の扱いについてはFDAの指示にしたがう。

3−3 EPAの許容値も,FDAのアクションレベルもない禁止物質が検出された場合

試験結果のなかには,EPAが許容値を設定しておらず,かつ,FDAがアクションレベルを設定していない残留農薬が,0.01 ppm以上検出される場合もありうる。この場合,サンプリングした経営体に試験結果を通知し,生産物は有機として販売できないことを通知する。また,なぜ当該禁止物質が検出されたかを調査して,今後の対策を経営体に示すとともに,所管官庁に報告する。

●定期試験のコスト負担

定期試験に関するNOP規則の改正を公布した官報(Federal Register Vol. 77, No. 218. p.67239-67251 )に,提示した改正案に対して寄せられた意見とそれに対する対応が経緯として記されている。

そのなかで注目されるのは,定期試験のコストは認証機関が負担することに対する意見である。いく人かの意見提出者は,「反対」の立場から意見を寄せ、その内容をまとめると次のようになる。

「認証機関の自己負担で行なうことは,残留物試験を阻害することになる。そもそも今回の規制の大元である有機食品生産法には,誰が試験費用を支払うべきかについて記述されていないし,その上,NOPだけでなく,EUや他の国の有機基準に基づいて認定を行なっている認証機関に対しては,EUなどはその認証機関に対して農薬分析費用を負担するように義務づけていない。コストは経営者に直接請求されている」。

他方,認証団体への不信と経営体への負担の両面から「反対」する意見もあった。

「経営体がコスト負担を行うことにすると,規則で最低要求されるよりも認証機関が多くのサンプルを採取して,経営体に無駄な負担をかける恐れがある」

改正された規則には,定期試験とは性格が異なるもう1つの試験が規定されている。すなわち,農業マーケティング局の担当行政官,州の有機プログラム担当官または認証機関が,生産物が使用禁止物質で汚染されていると信ずるだけの理由がある場合には,当該産物またはその生産に使用された農業資材のプレハーベスト,またはポストハーベスト段階での試験を要求することができるとしている。そして,この種の試験は,州の有機プログラム担当係官または認証組織が,係官または認証組織の負担によって実施しなければならないとしている。これとの整合性をとるために,定期的な定期試験も認証機関の負担とした。

農業マーケティング局は1経営体について500ドルの費用がかかるとしているが,サンプルを持ち込まれる分析所のなかには,250ドルで分析可能との意見を述べたところもある。しかし,認証機関が現地に出かけてサンプリングを行なう出張費などもあり,農業マーケティング局は500ドルを原案として保持したまま譲らなかった。そして,認証機関が試験する経営体数は,認定経営体数の少なくとも年5%か,認定数の少ない認証機関は年1経営体だけなので,大きな経済負担にはならないとしている。

●EUの「有機農業実施規則」における監督訪問の規定

EUは1991年に公布した「有機農業規則」を,2007年と2008年に全面的に改正した。2007年に有機農業の基本的枠組を定めた「有機農業規則」(Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 )を改めて制定し,2008年に「有機農業実施規則」(Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control )を改めて制定した。

EUは「有機農業実施規則」の第65条で,アメリカと同様に,定期試験に関する条文を規定している。

EUは「認証機関」の代わりに,「監督機関」(control body)という用語を用いている。監督機関は,「有機農業実施規則」の規定にしたがって有機生産分野における検査と認証を行なう,民間の独立した第三者機関であり,必要な場合には,第三国の同等の機関や第三国で営業している同等の機関も含むと定義されている。そして,アメリカの定期試験を「監督訪問」(control visit)と呼んでいる。下記に第65条の条文を記す。下記の第4項がアメリカの定期試験に相当する。

第65条 監督訪問

  1. 監督官庁ないし監督機関は,少なくとも年1回は全ての経営体の物理的検査を実施しなければならない。
  2. 監督官庁ないし監督機関は,生産物が有機生産として承認されていないかを試験したり,有機生産規則に合致していない技術を使っていないかをチェックしたりするために,サンプルを採取することができる。有機生産用に承認されていない生産物で汚染されている可能性を検出するために,サンプルを採取し分析することができる。ただし,こうした分析は有機生産用に承認されていない生産物を使用していることが疑われる場合には,実施しなければならない。
  3. 監督報告書は各訪問後に作成し,経営体の運営者ないしその代表者の連署を得なければならない。
  4. さらに,監督官庁ないし監督機関は,無作為の監督訪問を,基本的に無通知で,少なくとも以前の監督結果,当該生産物の量や生産物交換のリスクを考慮に入れた,有機生産規則の非遵守リスクの全般的評価に基づいて,実施しなければならない。

この枠組に基づいて加盟国が具体的細則を定めることになる。

●イギリスの監督訪問の規定策定の動き

1.意見公募

イングランドのDEFRA(環境食料農村地域省)は,上述したEUの有機農業実施規則の第65条を,具体的に規定する細則を目下策定中である。策定に向けて,2012年9月に,細則策定のために利害関係者の意見を公募した(DEFRA (September 2012) Testing of Organic Products in the UK: Draft Guidance on the testing procedure for prohibited substances in organic products. 15p. )。

この意見公募では,具体的な条文案を示してはおらず,条文案を作成する際の基本的問題に関する意見を,19の設問に対する回答の形で求めている。その際,最も問題にしているのは,有機農業で使用禁止になっている物質などが検出されたとしても,意図的に使用禁止物質を施用したのでなく,ドリフトなどで汚染された場合,有機経営体の責任ではないので,どのレベルの汚染までは有機農産物として認めるかの問題である。

アメリカの場合には,EPAやFDAが許容値(最大残留上限濃度:MRL)やアクションレベルなどを既に細かく規定していて,おおまかにいえば,検出濃度が0.01 ppm未満であれば,全ての残留農薬などについて認め,最大EPAの許容値の5%以下であれば,有機農産物として認めている。

だが,イギリスの場合,「アメリカのように,食品や農薬の種類ごとに有機農産物として良いか否かの基準濃度が異なると,現場に混乱が生じないか。」「できれば基準濃度は単純に設定できないか。」と,この点をかなり気にしていた。イギリスは,監督訪問で採取したサンプルを分析し,分析結果次第でより詳しい調査を必要とするトリガーレベル(引き金となるレベル)を設定することを提案している。トリガーレベルとしては,検出された禁止物質の濃度がある濃度を超えた場合と,濃度に関係なく,禁止物質が3つ以上検出された場合との2つを設定することを提案している。そして,トリガーレベルの1つとしての,ある濃度を超えた場合の濃度基準について,下記の4つのケースを設定して,意見を求めている。

オプション1有機生産物や禁止物質ごとに個別のトリガーレベルを設定する

この案では,DEFRAが専門家と協力して,個々の有機生産物ごとにそのなかに特定の禁止物質が偶発的に存在しても,ある濃度以下なら有機生産物としての完全性にリスクを与えないとの考えの下に,それを超える濃度の場合にのみさらなる調査を行なうもので,その濃度をトリガーレベルとするものである。これはアメリカの食品中の残留農薬のように,食品や残留農薬の種類によって,有機生産物として扱うレベルが異なり,監督機関や有機事業者が混乱するリスクが存在する。

オプション2BNN値に基づいたトリガーレベル

ドイツの連邦有機産物生産・取扱事業者協会(BNN)の開発した方式で, 乾物重当たりの全ての禁止物質残留物のトリガーレベルを0.010 ppm (mg/kg)とするものである。あくまでもこの濃度はガイドラインで,安全性を保証するものではない(Bundesverband Naturkost Naturwaren Herstellung und Handele.V (‘BNN’) BNN Orientation Value for pesticides – A guideline to evaluate pesticide residues in organic products. Version: August 2012 参照)。

BNN値はトリガーレベルとして,ドイツ,オランダ,フランス,ルクセンブルク,オーストリア,スペインを含む多数のEU加盟国で使用されており,この方法だと,イギリスもこれらの加盟国と合わせることが可能になる。BNN値は全ての禁止物質や生産物について同じ値なので,比較的単純に適用できる。しかし,一部の生産物では不要な調査を行なうことになりかねない。

オプション3最大残留上限濃度(MRL)の一定割合をトリガーレベルとする

有機生産物中の禁止産物ないし物質の残留物を調査するトリガーレベルを,最大残留上限濃度(MRL)の一定割合(15%)とする。この方式では,トリガーレベルをMRLに従って,いろいろな生産物や物質のタイプに調整できる。ただし,禁止物質によっては,MRLが検出限界のわずか上にすぎず,MRLの15%が検出限界よりも下になってしまうこともありうる。このため,監督機関には複雑になる可能性もある。

オプション4検出された全てのケースを調査対象にする(トリガーレベルを設定しない)

分析でポジティブとなった生産物は,全て違反の疑いがあるとして,さらなる調査を必要とする。この方式の利点は,トリガーレベル設定の妥当性を問題にしないですみ,監督機関も試験結果の判断で悩む必要がないことである。そして,自らの産物をトリガーレベル未満の汚染レベルに見せかけるように希釈する悪質事業者のリスクを減らすことができる。しかし,この方式では調査数が増加し,そのうちには不要なものもあって,コストも増えることになる。また,EUの有機農業規則は禁止物質による不可避な汚染を認めているが,そのことを無視することにもなる。

2.意見公募の結果

上記の意見公募は,2012年9月28日から12月21日までなされ,その集約結果が2013年6月に公表された (DEFRA (2013) Testing of organic products in the UK. Consultation on draft UK guidance on the testing procedure for prohibited substances in organic products. Summary of responses. 29p. )。

19の設問に対して寄せられた意見の概要が報告されているが,だからといって,DEFRAはこの考えにしたがって細則案を作るという明確な考えは表明されていない。近いうちに,細則案が示されて,再び意見公募がなされると考えられる。

寄せられた意見のうち,上記のトリガーレベルの設定に関する意見で多かったのは,トリガーレベルはEUの他加盟国よりも厳しいものにはせず,EUでまだ統一した基準がないなら,BNN値が良いとする意見が多かった。

また,コスト負担については設問自体が誰が負担すべきかを明示していないこともあって,多様な意見が寄せられており,収斂した意見はなかった。

●おわりに

有機農産物には,現在は禁止物質を使用しなくても,過去に長期残留性の有機塩素系殺虫剤が使用された土壌で栽培した作物から,現在でもそうした禁止物質が検出されている(環境保全型農業レポート「No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収」)。こうしたケースがあるため,隣接の慣行圃場からのドリフトなどによる混入がない場合でも,有機農産物中の使用禁止物質の濃度をときどきチェックすることが望まれる。

アメリカやEUは,この種の化学分析によるチェックを定期的に抽出した経営体について行なうことを,当初から有機農業の法律に規定していた。しかし,実際には実施していなかった。アメリカは一歩先んじて2013年から実施を義務化し,EU加盟国も実施のための準備を進めている。日本では今のところ,この種のチェックが法的に規定されていない。早急に検討すべきであろう。