No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢

EUとアメリカの違い さて日本では?

●EUは政府が支援,アメリカは市場主導

 2003年における世界全体の有機農産物の販売額は250億ドル(約2.75兆円)で,そのうちEU(15)(欧州連合15カ国)が約130億ドル,アメリカが約100億ドルを占めている。アメリカの有機農業に関する最新統計は2001年のものだが,2001年時点でEUとアメリカの有機農業を比較すると,認証有機農地面積は440万ha対94.9万ha,農地面積に占める有機農地面積割合は2%対0.25%,有機農場数は143,607対6,949と,EUの方で有機農業が圧倒的に発展している。この違いを解析した資料が,2005年8月にアメリカ農務省経済研究局(ERS)から公表された【Carolyn Dimitri and Lydia Oberholtzer (2005) Market-Led Growth vs. Government-Facilitated Growth: Development of the U.S. and EU Organic Agricultural Sectors. ERS Outlook Report No.WRS0505. 26 pp 】。

 本資料は,EUでは加盟国政府が有機農業への転換補助金や直接支払を行って生産者を積極的に後押しているのに対して,アメリカ政府は有機農産物市場の発展を支援する点に焦点を当てた政策を行って,生産者に補助金をあまり支給していないことを結論として述べている。(2003年の世界の有機農地面積などについては,【環境保全型農業レポート No.10. 2005年3月31日号」参照】)

●EUが政府支援を行う論拠

 EUは,有機農業に転換しようとする農業者や有機農業をさらに継続しようとする農業者に対して補助金を支給している。その論拠は次のとおりである。すなわち,有機農業は環境汚染の軽減,生物多様性の向上,農村景観の保全などの重要な便益(多面的機能)を社会に提供しているが,農業者はこうした社会的便益を意識しておらず,その対価も受け取っていない。そこで,慣行農業に比べて収量の低い有機農業に転換したり,実施したりすることによって生じた収益減を補償し,社会的便益に対する対価を支給するというものである。これはWTO(世界貿易機関)農業協定で削減対象外のグリーン支払とされている。

●EUの有機農業に対する政府支援の概要

 EUの有機農業に対する政府支援は,1992年に公布された「農業環境規則」(閣僚理事会規則2078/92)によって,農業環境政策の一環として1994年から開始された。その後,この規則は1999年に条件不利地域対策の規則と一本化されて,新たに作られた規則(閣僚理事会規則1257/1999)によって2000年から農村開発の一環として支援されている。これらの規則で,有機農業は環境保全と調和することが強く求められており,規定された農法を5年以上遵守すること(クロスコンプライアンス)を政府と契約した農業者に補助金が支給される。2001年には2つの規則に基づいて,有機農業に対してEU(15)全体で総額5億ユーロ(約650億円)が支給されたが,支払の金額や条件は加盟国によって異なる。平均支払金額は表1のとおりである。2001年において慣行農地に支払われた補助金は平均89ユーロ/haであったのに対して,有機農地には平均183〜186ユーロ(約2万4000円)/haが支払われ,慣行農地よりも多くの支援がなされている。

 EUでは政府が各種補助金によって有機農業を積極的に支援しているが,過去において特に有機の牛乳生産が需要を超えて急速に成長した結果,有機の牛乳価格が下落して,生産から撤退する酪農家が出現した。イギリスでは有機の牛乳の需要が増加しているにもかかわらず,生産が回復せず,供給不足が生じているという。

 政府支払を受けた農地面積が認証有機農地面積に占める割合は国によって大きく異なり,スウェーデンは非認証農地にも支給しているために,113%に達しているが,他の国ではフランスの33%からルクセンブルクの98%にわたっている。そして,EUのうち,フランス(一部例外地域がある)とイギリスは有機農業への転換農地に対してだけ支払を行い,既存の有機農地には支払を行っていない。

●アメリカの有機農業に対する政府支援の概要

 アメリカ政府は,有機農業が土壌の質や侵食に対してプラスの便益を与えていることを認識しつつも,農業生産全体が停滞しているなかで,拡大している有機農産物マーケットの一層の発展を支援することに重点を置き,有機食品を消費者にとっては差別商品であると見なしている。

 有機農産物は見た目だけでは確認できないため,信頼できる基準に準拠して生産・加工・流通・表示がなされていることを消費者に担保することが必要であり,この担保によって有機農産物のマーケティングコストを削減できる。アメリカは1990年に「有機食品生産法」を公布して国定基準を作ることを規定したが,直ぐには作れず,州ごとに様々な基準が作られて混乱が生じた。2002年になってようやく国定基準が公布された。国定基準のなかで,最終的には農務省が管理する生産基準や認証システムなどが整備された。

 「2002年農業法」で,有機農業者に生産とマーケティングを直接支援するための研究及び技術支援の条項が初めて設けられた。そして,生産者が認証に要する経費を負担する「コスト負担プログラム」や,新しいオーガニックに関する研究,教育,普及活動の資金プログラムが開始された。2005会計年度には,有機農業プログラム(国定有機農業プログラム,認証コスト負担プログラム,総合有機農業プログラムなど)に約700万ドルが配分され,そのうちの470万ドル(約5.2億円)が有機農業研究用の予算である。他方,EUの有機農業研究予算は年間7000万〜8000万ユーロ(約91億〜104億円)と推定され,アメリカの有機農業に対する連邦政府予算はEUに比べてはるかに少ない。アメリカでは2002年に二大政党の38名の議員で構成される有機農業特別委員会が下院に設置された。この特別委員会は有機農産物の生産とマーケティングを助長するのに必要な政策の推進を任務とし,次の農業法の中に何らかの有機農業政策を盛り込むように影響を与えると考えられている。

●EUとアメリカの有機食品に対する見方の違い

 EUの消費者が有機食品を購入する動機の第1位は食品の安全性と健康である。EUではBSEが一時激発し,それによって有機食品の売上が30%増加したという。第2位の動機は環境保護,次いで,味,自然保全,動物福祉の順であるという。ただし,EUの中でも地域によって異なり,例えば,動物福祉や環境問題は,イタリアやギリシャといった地中海諸国では動機となってなく,北ヨーロッパで重要な役割を果たしている。

 他方,アメリカでは有機食品消費者の3分の2が購入理由の第1位に健康と栄養を上げ,次いで,味(38%),食品の安全性(30%),環境(26%)となっている。1980年代までは環境がアメリカの消費者の動機で高い位置を占めていたが,現在では第4位に下がっている。

 こうしたEUとアメリカの消費者の違いの原因として,BSEや飼料へのダイオキシン汚染など,食品の安全性に対する不安が,EUではアメリカよりも頻発したこと,遺伝子組換え食品に対するEUの強い反発が存在することを上げている。そして,遺伝子組換え食品に対するEUの反発を文化的な見方の違いと理解している。

 こうした消費者の有機食品に対する見方の違いも,EUとアメリカの有機農業に関する政策の違いに反映されているとしている。

●農林水産省の有機農産物に対する見方の不思議

 EUは,有機農業が社会に対して便益(多面的機能)を提供していることを土台にして政策を展開している。これに対して,アメリカは,有機農業を高付加価値農産物生産に位置づけて,マーケティングに力点を置いた有機農業政策を展開している。

 では日本はどうであろうか。日本はWTO交渉などで,水田の国土保全機能を軸に,EUとともに農業の持つ多面的機能の重要性を主張している。しかし,有機農業については多面的機能を認めず,農林水産省は1989年の有機農業対策室の設置以来,有機農業を安全・高品質農産物を生産する高付加価値農業に位置づけ,「新しい食料・農業・農村基本計画」でも,有機農業や特別栽培制度を同様に高付加価値有機農業に位置づけている【環境保全型農業レポート No.5 2004年10月22日号参照】。つまり,日本は有機農業をアメリカと同じように高付加価値農業と位置づけている。

 なぜこうした見方になるのであろうか。その根底には,日本はプラスの多面的機能だけを主張し,集約農業が環境汚染を起こしていることを認めたがらないことがあると考えられる。EUは集約農業が環境汚染などのマイナス影響を環境に与えていることを認め,それゆえに集約度を下げた有機農業が環境にプラスの効果を持つと位置づけている。農業が環境にマイナス影響を認めない限り,有機農業が社会に便益を与えているから,政府が支援するという論理は生まれてこないであろう。

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