No.285 有機農産物中の農薬残留物

●有機農産物にも農薬残留物が存在する

有機農業では基本的に化学合成農薬を使用しないので,有機農産物は農薬残留物(ここでは残留している農薬そのもの(残留農薬)とその代謝産物を農薬残留物と呼ぶことにする)によって汚染されていないと一般に考えられている。

環境保全型農業レポート「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」に紹介したように,バランスキーら(2014)は,1992年1月から2011年12月までの論文(農薬については9つの論文)をメタ分析して,農薬残留物の検出頻度は,慣行作物では46%(95% 信頼区間は38と55%)で,有機作物よりも4倍(11%(95%信頼区間は7と14%)も有意に高かいことを確認した。このように,実際には割合は低いが,農薬残留物で汚染された有機農産物が実際には流通しているケースがある。その理由は次による。

(1) 過去に長期残留性農薬を散布した土壌における,当該農薬を吸収しやすい作物の栽培
(2) 隣接する慣行農場で散布した農薬のドリフトや表面流去水による流入
(3) 農薬で汚染された地下水や灌漑水の使用
(4) 農薬の違法な使用
(5) 輸送・加工・貯蔵過程での汚染
(6) 慣行農産物の有機農産物としてのうっかりミスによる販売

そこで,市場で販売されている有機農産物の農薬残留物による汚染の実態について,次の研究報告を比較してみた。

(1) Baker, B.P., C.M. Benbrook, E.G. III and K.L. Benbrook (2002) Pesticide residues in conventional, integrated pest management (IPM)-grown and organic foods: insights from three US data sets. Food Additives and Contaminants. 19(5): 427-446.

(2) Poulsen, M.E. and J.H. Andersen (2003) Results from the monitoring of pesticide residues in fruit and vegetables on the Danish market, 2000-01. Food Additives and Contaminants. 20(8): 742-757.

(3) Lesueur, C, M. Gartner, P. Knittl, P. List, S. Wimmer, V. Sieler, and M. F¨rhacker (2007) Pesticide Residues in Fruit and Vegetable Samples: Analytical Results of 2 Year´s Pesticide Investigations. Ernährung/Nutrition, 31(6): 247-259.

(4) Tasiopoulou, S., A.M. Chiodini, F. Vellere, and S. Visentin (2007) Results of the monitoring program of pesticide residues in organic food of plant origin in Lombardy (Italy) Journal of Environmental Science and Health Part B 42, 835-841.

(5) EFSA (European Food Safety Authority) (2015) The 2013 European Union report on pesticide residues in food. 169p.EFSA Journal 2015;13(3):4038. 169p.

●市場購入の有機農産物の農薬残留物検出率とMRL超過率

有機に限らず,慣行を含めた農産物の農薬残留物について,消費者は強い関心をいだいている。このため,主要国では国,地方自治体や消費者団体が食品中の農薬残留物のモニタリング調査を実施している。日本では厚生労働省が「食品中の残留農薬等一日摂取量調査」を毎年実施しているが,同省は有機食品についての分析は行なっていない。このため,ヨーロッパとアメリカで果実と野菜を中心に有機食品も分析した結果の一部をまとめてみた(表1)。

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サンプル採取や分析の方法は,それぞれの国で定められた手法に準拠している。サンプルは調査した国で生産されたものだけでなく,輸入されたものも含まれている。大部分はスーパーマーケットや小売店からサンプルを入手したが,一部は輸入業者ならびに食品加工会社から採取した。

農薬残留物については,体重1kg当たりのADI(許容1日摂取量)が定められている。これは,動物実験結果から求めた,影響のみられない無毒性量に安全係数の1/100を乗じた値で,その農薬を人が一生涯にわたって,仮に毎日摂取し続けたとしても害を及ぼさないと見なせる量で,主要農薬残留物について設置されている。ADI未満の農薬残留物は検出されても法的違反になることはない。ADIの設定されていないものについては,欧米や日本ではポジティブリスト制度によって,0.01 ppm (10μg/kg)がADIの替わりに用いられている(環境保全型農業レポート「No.31 残留農薬ポジティブリスト制度の導入」参照)。

表1で「検出率」は,分析手法による検出限界を超えたサンプル割合を意味し(ADI未満のものも含む),「超過率」はADIを超過したサンプル割合を意味する。

品目や国によって異なるが,「検出率」は,慣行産物の27〜82%に対して,有機産物では3〜25%と,有機産物のほうがはるかに低い。なかでもデンマークでは,他のEU国に比べてデンマークが承認している農薬数が非常に少なく,2000-01年でデンマークの承認していた有効成分は約200だが,EU全体で認められている有効成分数は700に達していた。このため,デンマーク産の果物では検出率は約25%なのに,外国産果物で62%,また野菜でもデンマーク産は6%だが,外国産は32%と高かった。また,「超過率」も慣行産物に比べて有機産物では数分の1ないし10分の1と明らかに低かった。

なお,表1でアメリカの結果には「超過率」の値がないが,その代わりに農薬残留物が検出された事例の品目別の平均残留濃度を表示している。その値は,慣行のほうが有機産物よりも高い事例が明らかに多い。

●長期残留有機塩素系殺虫剤による汚染

検出された農薬残留物のなかで特に問題なのが,過去に使用禁止になった有機塩素系殺虫剤がいまだに検出されることである。表1のアメリカの事例で,果実では問題でないが,野菜では有機塩素系殺虫剤に汚染されたサンプル数が多く,有機野菜では,農薬残留物が検出された22のサンプルのうち,13サンプルは有機塩素系殺虫剤に汚染されていた。これを除くと,「検出率」は23%が9%に激減した。また,慣行野菜では,農薬残留物の汚染された9,093のサンプルのうち,628サンプルが有機塩素系殺虫剤に汚染されたもので,これを除くと,「検出率」は65%が61%に低下した。

有機塩素系農薬残留物は,モニタリング結果で必ず検出が報告されている。2013年に,EUにノルウェーを加えた29か国で行なったモニタリング結果では,各種有機食品の合計4,620サンプルから,検出頻度の比較的高かった農薬残留物として,10位にヘキサクロルベンゼン(BHC)がランクされ,ポジティブリストの10μg/kgの上限値を超えたものが10サンプル,上限値以下が6サンプル,24位にDDTがランクされ,上限値を超えたものが6サンプル,上限値以下が2サンプル報告されている。このように,有機塩素系殺虫剤残留物による汚染は,慣行産物だけでなく,有機産物でもまだ続いている。

慣行農産物でだが,日本でも有機塩素系農薬による汚染が最近でも話題になっている(環境保全型農業レポート「No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収」参照)。

●有機塩素系農薬汚染土壌での汚染防止方策

ニンジン,ジャガイモなどの根菜類,カボチャやキュウリなどのウリ科,ホウレンソウなどの特定の葉菜類は,有機塩素系農薬を吸収して可食部に転流しやすい。このため,有機塩素系農薬汚染土壌ではこれらの農薬残留物を吸収しやすい作物を避け,吸収しにくい作物を栽培する。そして,カボチャやキュウリでディルドリンを吸収しにくい台木に接ぎ木した苗を用いる技術も開発されている(環境保全型農業レポート「No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収」参照)。

しかし,こうした対策は汚染が生じた後に行なわれるもので,汚染を未然に防止するには事前の土壌分析が必要である。アメリカ西海岸に位置するオレゴン州に所在する有機認証機関の「オレゴンティルス」(Oregon Tilth)は,同機関が農家の圃場の残留農薬分析を行なって,それに基づいた指導を行なうことがありうることを明示している(Oregon Tilth Certified Organic (2015) Procedures Manual. 25p )。また,農家の出荷物を分析し,禁止物質による汚染が既定値を超えた場合には所管機関に通知し公表することをマニュアルに記載している。Baker et al. (2002)は,アメリカの有機農業基準は事前の土壌残留農薬の分析を課していないが,課すべきであると記している。

また,数10年前に使用が認められていた時代に使用し,使用禁止後には一切使用していない有機塩素系殺虫剤の残留物による作物汚染や,隣接慣行農場からのドリフトや流出による農薬による汚染で,有機農産物として販売できなくなるケースが少なくない。そうしたケースは,販売有機生産者の責任でないことが多い。EUの有機農業規則の改正で,そうしたケースでの所得補償を,共通農業政策の方策を活用できるように検討されている(環境保全型農業レポート「No.280 EUの有機農業規則改正が成立に向けて前進」参照)。

●有機農業で認められている農薬の作物残留

有機農業でもいくつかの農薬の使用が認められている。そのなかで,銅とスピノサド(土壌放線菌のSaccharopolyspora spinosaに由来する殺虫剤のスピノシンAとスピノシンDの混合物)が高頻度で検出されている。EFSA (2015)の報告書では,各種有機食品の合計4,620サンプルから検出された件数で,1位は銅で,ポジティブリストの10μg/kgを超えたものが241サンプル,10μg/kg以下は0サンプル。3位がスピノサドで,それぞれ28サンプルと34サンプルも存在した。銅に由来する殺虫剤は,慣行食品よりも有機食品で多く検出されている。

銅は不足しても過剰でも健康障害が起きるが,例えば,厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2015 年版)」によると,成人の銅の耐容上限量は10 mg/日である。仮に10μg/kgを含む食品で10 mgの銅を摂取するには,毎日1トンの食品を食べることになる。それゆえ,10μg/kgを多少超えた食品があっても,それで健康障害が生ずることは極度の汚染が生じている土壌で生産された食品でない限り,健康障害が生ずることは考えにくい。銅では,鉱山からの廃水が灌漑水を通じて水田に流入してひどい汚染を起こした事例が存在する。このため,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」では土壌 1 kg当たり銅125 mg以上を含む水田土壌での水稲などの作物生産が禁止されている。それゆえ,銅が多少多い有機食品で健康障害が問題になることはないが,慣行食品よりも有機食品で銅含量が高いことは解消すべき課題であろう。

●おわりに

有機農産物は慣行のものに比べて農薬残留物が有意に低い。しかし,個別的には有機農産物にも無視できない濃度の農薬残留物が存在しているケースがある。このことについて,EUで検討されているように,農業者の責任でない場合には,公的資金で補償する制度が望まれる。