No.286 OECD国における有機農業基準の扱い方

●OECD事務局による加盟国の有機農業基準に関する調査

OECD(経済協力開発機構)事務局は加盟34か国に対して,その有機農業基準に関するアンケート調査を実施し(回答期限は2014年2月24日),ポルトガルを除く33か国から回答をえた。そして,回答で不明な点については回答作成者に電話で質問し,その結果を次の報告書として公表した。

Rousset, S., K. Deconinck, H. Jeong, M. von Lampe (2015) Voluntary environmental and organic standards in agriculture. agriculture: Policy implications, OECD Food, Agriculture and Fisheries Papers, No. 86, OECD Publishing, Paris. 44p.

そして,この報告書の付属文章として,アンケートと回答の生データを中心にした資料も公表した。

Annexes (2015) 134p.

ここではOECD国が有機農業基準をどのように設定し,有機農業や有機食品に対してどのような支援を行なっているかの扱い方などについて,生データを使ってまとめている付属文書の概要を紹介する。

●2つのタイプの有機農業基準

有機農業基準には,法律(規則,告示などを含む)のなかでその遵守が強制的に義務づけられているものと,法律ではなく,民間の自主的協定のなかでその遵守が要求されているものとがある。

大部分のOECD国は,国内で販売する有機の農産物・食品(以下,有機産物と呼称する)と輸出するものとの両者を,法律に基づいた同じ有機基準にしたがって,認証機関が検査している。これに対して,後に再度触れるが,オーストラリアとニュージーランドは,自国内で販売する有機産物については民間の認証機関とその基準に任せ,輸出用の有機産物についてだけ,国の法律に基づいた有機基準にしたがって認証機関が検査を行なっている。このように有機農業基準には,国の法律に基づいた規則にしたがっているものと,国の法律ではなく,民間の自主的協定のものとがある。

● OECD国における有機農業基準の制定

有機の生産物に対する消費者の需要が高まるとともに,有機産物の生産方法の基準が国際的に問題になった。例えば,化学資材の使用についての基準がゆるやかであれば,生産のための労力やコストが低くなると同時に消費者の不信感は高くなり,厳しければ,消費者の不信感が少なくなるものの,労力とコストがかかり,生産物の価格が高くなる。

このため,民間団体の多くが集まって,1972年に有機運動の国際的なアンブレラ組織として国際有機農業運動連盟 (IFOAM) を結成し,世界的に共通できる有機農業の原則や基準などを審議のうえ決定している(基本基準は1980年に公表)。その後,有機産物に対する消費者の需要の高まりを受けて,有機農業基準を法律で定める国が出現してきた。早かった国としては,フランスが1980年に化学合成した肥料や農薬を使用しない農業を法律で規定した。1987年には,デンマークが有機農業について世界で最初の総合的な法律を制定した。また,スペインは1989年に有機農業法を公布した。こうした動きによってEUは,域内での有機農業基準を統一する必要性が高まったため,1991年に閣僚理事会規則(EEC) No. 2092/91 (Council Regulation (EEC) No 2092/91 of 24 June 1991 on organic production of agricultural products and indications referring thereto on agricultural products and foodstuffs)を公布して,EU全12か国(当時)の有機農業規則の共通フレームワークを制定した。

アメリカは,有機農業法のフレームワークとなる「1990年有機食品生産法」Organic Foods Production Act of 1990を公布したが,具体的な基準は,2000年に「全米有機プログラム」National Organic Programとして公布した。

このように有機生産物に関する基準が多くの国で公布されたが,その内容がまちまちだと,有機の農産物・食品の貿易で摩擦が生ずる。このため,FAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会で,食品の基準や規格を論議するコーデックス委員会が,1999年に「有機的に生産される食品の生産,加工,表示及び販売に係るガイドラインCAC/GL 32-1999」Guidelines for the Production, Processing, Labelling and Marketing of Organically Produced Foods. GL 32-1999を作成した(この2013年版の日本語訳が農林水産省によって作成されている)。

日本は1997年に「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)を有機の農産物や食品を対象にできるよう改正して,2000年に「有機農産物の日本農林規格」(告示)を公布し,その後に,有機の畜産物,飼料,加工食品に関する日本農林規格を公布した。EU,アメリカ,日本などはこのコーデックス委員会のガイダンスをベースにして,自国の有機農業法を公布している。このため,有機農業法は基本的には国際的に整合性が図られている。

●OECD国が有機農業規則を制定した動機

OECD国が有機農業規則を法律で制定した動機として,次のようなことがあげられる。

共通して回答の多い問題は,食品需要に関連した問題で,最も回答の多かったのは「偽表示からの消費者保護」であった(EU加盟国を1か国にまとめると,14か国となる。その中でオーストラリア,ニュージーランド,トルコを除くと11か国)。「国内の有機食品マーケットの改善」と「外国マーケットへのアクセス改善」も,重要な動機になっている(14か国中9か国)。

有機の農業・食品の利点を動機にしている国数は需要関連問題に比べると少なく,若干多い国々が有機農業の「環境便益」を報告している(14か国中8か国)。「動物福祉の向上」,有機食品の「消費者の健康」や「雇用へのプラス影響」も,一部の国によって指摘されている。

国別でみると,オーストラリアとニュージーランドは「外国マーケットへのアクセス改善」だけを動機としている。これは両国とも,農業政策で国の関与をできる小さくしており,国内の有機の農業・食品については民間機関の基準や検査に委ねている。このため,国が有機の農業・食品に関する法律を作ったのは,コーデックスのガイドラインに準拠して,輸出用の有機の農産物・食品についての法律を作ったからである。アイスランドとスイスの有機規則では,EUとの貿易協定(欧州経済地域協定,EU−スイス二国間協定)を締結して有機の農産物・食品の貿易を行なうことが,「国内マーケットへの対応」などとともに,大きな動機となっている。

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表1で,オーストラリア,ニュージーランド,アイスランド,スイスに加えて,韓国,カナダは,有機農業規則を制定した動機として,食品需要関連問題を指摘し,環境便益など(雇用を除く)の有機農業・食品の利点を指摘していない。オーストラリア,ニュージーランドやカナダは,有機農業の慣行農業に比した環境便益に対して中立の立場をとっている。逆に有機農業の環境便益は,チリ,EU,イスラエル,日本,メキシコ,ノルウェー,トルコ,アメリカでは規則策定の動機となっている。これに加えて,動物福祉の向上が,EU,イスラエル,日本,ノルウェーやアメリカで強調されている。

ただし,表1において韓国の有機農業規則を制定した動機として,食品需要関連問題の「偽表示からの消費者保護」だけが指摘され,有機農業・食品の利点の環境便益などについては何らのマークもつけられていない点に,筆者は大きな疑問を感ずる。

韓国では有機農業などに関する法律が改正されて,2013年6月から「親環境農漁業育成および有機食品などの管理・支援に関する法律」が施行されている。同法律の第1条は,「この法律は農漁業の環境保全機能を増大させて農漁業による環境汚染を減らしながら,親環境農漁業を実践する農漁民を育成して持続可能な親環境農漁業を追求してこれと関連した親環境農水産物と有機食品等を管理し,生産者と消費者を共に保護するのを目的とする。」としている。そして,第7条(親環境農漁業育成計画)で,農林水産部長官は関係中央行政機関の長と協議して,5年ごとに親環境農漁業発展のための親環境農漁業育成計を定めるものとして,そのなかに下記を含めなければならないとしている。

1. 農漁業分野の環境保全のための政策目標および基本方向

2. 農漁業の環境汚染実態および改善対策

3. 合成農薬,化学肥料および抗生剤・抗菌剤等化学者材使用量縮小方案

・・・・

7. 親環境農漁業の公益的機能増大方案

こうした点から,表1の環境便益をマークしていない韓国の回答は適切でないと考える。

●OECD国で有機農業を支援していない国

回答のあった33か国のうち,オーストラリア,チリ,イスラエル,メキシコとニュージーランドの5か国は,政府予算による有機農業および有機食品支援方策を行なっていない。なお,これらの5か国は,有機農業の規制や支援を最少しか行なっていないオーストラリアとニュージーランドと,有機基準を最近施行した国(イスラエル2005年,チリとメキシコ2006年)である。

また,オランダは1920年代にバイオダイナミック農場が作られ,有機農業の長い歴史を有している。そして, EUの有機農業規則が作られた1991年に,民間有機農業団体の「エコマーク」EKO Markが設立されて以来,いくつかの民間団体が活躍している。EUではEUの有機農業規則を遵守し,それと同等以上の厳しい基準を遵守したものであれば,EUの有機産物のロゴと同時に民間団体のロゴを表示すれば,販売できる。オランダ政府は,これまで共通農業政策などを利用して有機農業を支援してきた。しかし,民間の有機農業団体の発展を踏まえ,国の任務をEUの有機農業規則の遵守状況のモニタリングなどに限定し,有機農業を含む環境に優しい農業の支援は継続しているものの,有機農業者だけを対象にした直接支援を2014年から止めた。このため,後で示す表4〜表6でオランダは他のEU国と異なり,何らの支援も行なっていないことになっている。

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●OECD国が有機農業を支援する動機

有機農業を支援する動機の主たる動機は,有機農業にともなう「環境便益」である(27か国中の25か国)。次いで,「消費者要求への対応」と「動物福祉の向上」が動機として記載され,「雇用へのプラスの影響」と「消費者の健康」が,約三分の一の国で動機として記載されている(表2)。そして,環境便益のなかでは,生物多様性の保全,土壌保全と水質保全が特に重視されている(表3)。

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●OECD国政府が有機農業者に行なっている支援の概要

回答のあった33か国のうち,上記6か国を除く,27か国の政府は,カナダを除き,何らかの支援を有機農業者に対して行なっている(表4)。

有機農業者に対する支援で広く行なわれているのは,直接面積支払で,52%の国が有機農業への転換に支払を行なっており,58%の国が有機農業継続のための何らかの支払を行なっている。ただし,カナダ,チェコ共和国,ギリシャとイタリアは,面積支払による直接支援を有機農業者に行なっていない。

EU加盟国での有機への転換に対する支払は,最初に1992年の「農業環境規則No.2078/92」(Agri-Environmental Regulation 2078/92)で実施された。現在は,2014-2020年の,農村開発のためのヨーロッパ農業基金に関する規則(Regulation (EU) No 1305/2013 of the European Parliament and of the Council of 17 December 2013 on support for rural development by the European Agricultural Fund for Rural Development (EAFRD) and repealing Council Regulation (EC) No 1698/2005 )の第29条に基づいて有機農業が支援されている。具体的には,有機農業への転換と継続に対して,ヘクタール当たりの年間支援額は,1年生作物で600ユーロ,指定された永年性作物で900ユーロ,その他の土地利用で450ユーロと規定されている(2015年10月の裁定相場は1ユーロ137円)。

アメリカでは,自然資源保全局NRCSの所管している「環境質インセンティブプログラム」Environmental Quality Incentives Program (EQIP)のなかで,「EQIP有機イニシアティブ」EQIP Organic Initiativeを実施している。これに参加するためには,下記の諸点を,実践しようとする有機農業のなかに取り込むことが必要である。(1) 保全プランを作成する,(2) 水辺周縁に牧草を生やした緩衝帯を設ける,(3) 受粉昆虫の生息地を設ける,(4) 土壌侵食を最小に抑えるために土壌の質と土壌有機物含量を高める,(5) 灌漑効率を高める,(6) 輪作体系と養分管理を向上させる。ただし,これらに限られることはない。

上記の要素を取り込んだ有機農業プランに対して,金銭的支援と技術支援がなされる。金銭的支援の上限額は年間2万ドル,6年間の契約で総額が8万ドルを超えない金額が支払われる。

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認証コストを補償しているケースは比較的多く(36%),農業者に対する資金出資(24%)もなされている。ハンガリーでは,若い農業者に対する就農プログラムや家畜生産ユニットの近代化のなかで,有機農業は重要な評価ポイントになっており,追加ポイントが加えられる。農地購入でも有機農業者は優先されている。

人的資源の向上対策には,アドバイスと技術支援(48%),就農訓練(24%),基礎・高等教育のカリキュラムへの組込(21%) などが行なわれている。

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●OECD国政府が有機流通経路に行なっている支援の概要

政府は有機産物の流通経路にも支援している。有機フェアの開催への支援(39%)や,有機産物販売のための戦略策定に対する支援(33%)がなされている(表5)。

政府機関のレストランや学校給食などで有機産物を調達することを法律で定めた公的調達は広くは実施されておらず(18%),ヨーロッパ(デンマーク,フランス,アイスランド,イタリア,ノルウェー,スイス)で見られるだけである。これには行政や学校,その他のケータリング業務で,有機産物調達の義務割合や有機メニューへの補助金が含まれている。

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●OECD国政府が行なっているその他の支援の概要

OECD国政府がその他に行なっている支援としては,過半の国が,有機の農業と食品に関する研究プロジェクト(58%)や,業界情報の提供(58%)を支援している。こうした国々は情報や総合的な推進キャンペーンを提供したり,情報や推進キャンペーンに資金提供を行なったりしている(39%)(表6)。

カナダは,農業・農産食料省が,農業・農産食料分野で,その時代に合わせて必要な方策を推進するための戦略を,行政と民間の利害関係者(投入資材供給者,生産者,加工業者,外食産業,小売業者,取引業者や協会)の代表から構成される「バリュー・チェーン円卓会議」Value Chain Roundtables (VCRT)を13の問題について設定し,論議している。この1つとして有機農産物・食品の円卓会議も2006年12月に設立され,有機産物の生産から加工・流通について,有機食品部門のブランド戦略,科学研究プログラム,国際戦略の策定などを含めた5か年戦略プランを策定している (Agriculture and Agri-Food Canada: Organic Value Chain Roundtable.)。表6でカナダにマークされている支援はこうした内容である。

●民間の有機農業基準

回答のあった33のOECD国のうち,25か国で民間機関(NGO,民間認証機関,営利会社など)の有機農業基準が機能している。農場数や有機面積でみた民間有機農業基準のシェアは,なかでもオーストリア60%,アイルランド99%,ルクセンブルク58%,オランダ27%,スウェーデン97%,スイス95%,さらにオーストラリアとニュージーランドでは国内販売用には国の有機農業基準がないので,民間の有機農業基準が100%となっている。

日本ではJAS規格に基づいた有機基準基準が大部分であるが,OECD(2015)の報告書によると,特定非営利活動法人日本オーガニックアンドナチュラルフーズ協会が独自の基準に基づいた認証事業を行なっている。

●民間の有機農業基準への政府の関与

民間機関の有機農業基準がある25か国だが,その大部分で,政府は民間基準の適法性を審査する以外,基本的には無関係である。ただし,オーストラリア,ドイツ,ハンガリー,アイルランド,ノルウェー,ニュージーランド,スイスの7か国だけが多少関係している。民間機関の会議に政府の係官が招待されて基準案にコメントを述べたり,ガイダンスを与えたりしている。政府が民間機関と相互作用する主要な動機は,基準設定が透明かつ公正で,政府の目的を踏まえて矛盾しないようにすることである。なお,どのOECD国政府も,民間の基準策定活動に資金提供を行なってはいない。

●法律の有機農業基準と民間基準が共存するメリットとデメリット

大部分のOECD国では,民間基準は有機農業に関する法律で規定されている法的最低要件を遵守しなければならない。このため,民間基準が法律の基準よりも厳しくなる可能性がある。例えば,アイルランドの民間基準は,EUの有機農業規則(EC) No 834/2007に追加の要件を加えて,より厳しい要件を規定している。このために,ヨーロッパ大陸の国に自国の生産物を輸出するのに魅力を加えている。

さらに民間基準は,例えば動物福祉やバイオダイナミック農業のような特定の問題について民間機関のスタンスに基づいて強化して,消費者に対するブランドネームの信頼を高めている。スロベニア,スイスなど,いくつかの民間有機基準は,生産物の原産地を保証して,国内外の消費者から評価されている。このように,有機生産者は民間基準によって自分の生産物を目立たせて,いろいろな販売経路にアクセス可能となっている。

また,民間基準は法律の基準よりも一歩先行しているものがあり,その後に当該要件が法律の有機農業規則に取り込まれるケースが少なくない。このように,国の規則は,いくつかのOECD国では民間の有機基準によって影響されている。

認証機関はしばしば生産者に対して自らの独自性を目立たせる民間基準を提案して競争しているが,民間基準の主たる欠点は,消費者が国の基準と民間基準の違いを認識しているかどうか明かでないことである。

●日本政府による有機農業支援に関する記述

表4〜6にマークがつけられている日本政府による有機農業支援の内容について,2015年度予算(農林水産省生産局農産部農業環境対策課:平成27年度予算の概要)によって補足説明をしておく。

A. 表4の農業者に行なっている支援

(1) 有機農業生産継続への支払:

2015年度からは「農業の有する多面的機能の発揮の促進に関する法律」に基づいて,「環境保全型農業直接支払交付金」として下記が公布される。

カバークロップ(緑肥)の作付け       8,000円/10a

堆肥の施用                   4,400円/10a

有機農業(うちそば等雑穀・飼料作物)  8,000円/10a(3,000円/10a)

同一圃場において1年間に複数回の対象活動を行なう場合は,それぞれの活動を支援(2取組目まで)

(2) 政府による無料/格安検査と,アドバイスと技術支援

「産地リスク軽減技術総合対策事業」のうち「有機農業拡大支援事業」で,民間団体等が行なう事業に農林水産省が補助金を支給する。

 ・産地の安定供給力強化のための栽培技術の実証,有機農業栽培技術講習会の開催,堆肥および土壌分析など

  ・ 産地販売力強化のための実需者などの啓発活動,有機農産物の成分分析など

  ・有機農業者育成強化のための参入希望者の現地説明会,有機JAS取得のための講習会の開催など

B. 表5の「有機フェアへの支援」:論拠不明

C. 表6の「研究プロジェクトの支援」

2013〜2017年の「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のためのプロジェクト」のなかの「生物多様性を活用した安定的農業生産技術の開発」などで,農林水産省予算による有機農業課題を研究。

なお,OECDの資料(2015)で驚いたことがある。同資料の4頁には国名の略号一覧表があり,日本は”JPN”となっている。ところが,掲載されている表の日本の国名は”Jap”となっている。差別用語の”Jap”が堂々と使われているのである。若い世代は差別用語とご存じないのかもしれないが,恐らく日本の担当者が気付かずに指摘しなかったのであろう。こうした表記は是正されるべきである。