No.83 まだ続く土壌残留ディルドリンの作物吸収

●有機塩素系殺虫剤の禁止から30年を経てなお

 DDT,アルドリン,ディルドリンなどの農薬は,地上部の害虫に加え,ケラ,タネバエなどの土壌害虫の防除にかつて盛んに施用された。塩素を含んだ殺虫剤は土壌微生物に分解されにくく,その殺虫効果が長続きして,土壌,特に畑土壌に長期残留し,作物に吸収されて農産物の安全性を損なうとともに,食物連鎖を通じて生体濃縮されて野生生物の繁殖などに深刻な影響を与えた。

 日本では,1968年にクロルデン,1971年にγ-BHCとDDTが販売禁止になって農薬登録が失効した。アルドリン,エンドリン,ディルドリンなどのドリン剤は,1971年に樹木や一部果樹を除く一般農作物への使用が禁止され,1975年に販売が全面禁止されて,農薬登録が失効した。また,ヘプタクロルは1975年に販売が禁止されて農薬登録が失効した。

 禁止から30年以上が経過しているのに,なお野菜から基準値以上の濃度で有機塩素系殺虫剤が検出されるケースが散見されている。なかでもディルドリン(アルドリンも土壌中で徐々に酸化されてディルドリンに変化して長期残留する)が野菜から検出された事例はしばしば以下に述べるように報告されている。2007年1月に公表された環境省の2005年度の残留性有機汚染物質調査結果でも,日本の野生生物,水質・底質,大気から,低レベルながらドリン剤が検出されている(環境省(2007) 平成17年度POPsモニタリング調査結果.)。また,2006年9月に北海道産のカボチャからヘプタクロルが検出されたことが報道された。

●現在における土壌残留の実態

 野菜からディルドリンが検出されたことが,最近でもときどき報道されている。例えば,2002年7月に東京都で生産されたキュウリから残留基準値を超えるディルドリンが検出され,東京都農林総合研究センターは,2002年秋に東京都の農地土壌とキュウリの残留実態を詳細に調査した。この結果は研究論文としても刊行されている(橋本良子(2005) 東京都の農地土壌およびキュウリにおけるディルドリンの残留実態(英文).日本農薬学会誌.30: 397-402 )。

 農地814か所の深さ0〜15 cmの土壌を採取して,3種のドリン剤濃度を分析した。アルドリンはどの土壌試料からも検出されず,エンドリンは3つの試料から検出されただけであったが,ディルドリンは85の試料(10.4%)から検出され,ディルドリンの長期残留が注目された。ディルドリン濃度は,検出された土壌試料の95%で0.5 ppm以下であったが,最も高い濃度は2.6 ppmに達した。

 そして,ドリン剤を吸収しやすいとされているキュウリの果実を圃場から採取した。採用した分析法での検出限界の0.01 ppmを超えるディルドリンが検出されたのは,試料総数330のうちの12試料(3.6%)で,その濃度は0.02〜0.1 ppmに達した。キュウリ果実でのディルドリンの残留基準値は0.02 ppmなので,これらのキュウリ果実は販売できない。

●野菜によるディルドリン吸収特性の違い

 作物の種類によって,土壌に残留しているディルドリンの吸収能がかなり異なる。この点について調べた4つの実験結果まとめて表1に示す。研究によって若干の違いがあるが,収穫部位のディルドリン濃度が高い作物は,ニンジン,ゴボウ,ジャガイモなどの根菜類・塊茎作物や,キュウリやカボチャなどである。他方,キュウリやカボチャを除く果菜類や葉菜類中の濃度は低くなっている。

 ただし,ダイコン,ホウレンソウ,ネギ,ダイズなどでの濃度は実験によってかなりの幅を示している。その原因の1つとして実験に使用した土壌の違いが考えられ,土壌有機物含量の高い土壌ほど吸収濃度が低くなる。

●対策技術

 東京都農林総合研究センターによる畑土壌におけるディルドリンの深さ別分布を調べた結果によると,不耕起の畑で30 cm,深耕した畑で70 cmの深さまでディルドリンが検出された(橋本良子,2005)。残留ディルドリンの吸収を多少抑制する土壌管理技術が既に開発されているが,野菜の根は1 m下にまで伸びるので,深さ1 mまでの土層を改良することが必要になる。それには莫大な経費がかかる。このため,残留量の多い土壌では,従来からディルドリンを吸収しやすい野菜の代わりに,吸収しにくい野菜を栽培してきた。

 しかし,農家としては多少ディルドリンが残留している土壌でも,ディルドリンを吸収しやすい作物を安全に生産できることが望まれる。

 群馬県農業試験場(現群馬県農業技術センター)はかつてキュウリのディルドリン濃度を調べたときに,夏秋作よりも春夏作のキュウリのディルドリン濃度が高いことを認めた。農家の聞き取りから,夏秋作は自根キュウリなのに対して,春夏作ではカボチャ(「黒ダネ」,「鉄カブト」)を台木とする接ぎ木キュウリであることが判明し,台木がディルドリンの吸収に大きく影響することを推定した。そこで,9種類のウリ科植物を台木にした接ぎ木キュウリを栽培し,シロウリ,ダイヒョウタン,ユウガオを台木にすると,自根キュウリよりも,ディルドリン濃度が低くなることを認めた。そして,接ぎ木のしやすさなどの点からユウガオが有望であるとした(須田鉄弥・岩田直記・山田要(1976)ウリ科植物を接ぎ木台木としたキュウリによる土壌中のドリン剤の吸収.日本農薬学会誌.1: 59-63)。

 最近,キュウリの接ぎ木とディルドリンの吸収能の関係が改めて検討された(大谷卓・清家伸康(2006) 接木キュウリのディルドリンおよびエンドリン吸収に及ぼす台木と穂木の影響比較(英文).日本農薬学会誌.31: 316-321),(ディルドリンを吸収しにくいカボチャ台木を用いてキュウリ果実中の残留濃度を低減(2007)平成18年度研究成果情報.第23集.農業環境技術研究所)。

 まず,キュウリ栽培で一般的に使用されている台木用カボチャ10品種と穂木用キュウリ23品種をそれぞれ単独に栽培して,茎葉部のディルドリン濃度を比較し,台木と穂木とも品種によって吸収能に2〜3倍の差があることを認めた。

 次いで,吸収能の異なる台木用カボチャ2品種と穂木用キュウリ2品種について,6通り組合せの接ぎ木キュウリを作成し,ディルドリン汚染土壌で栽培した。キュウリ果実中のディルドリン濃度は,穂木品種よりも台木品種の影響を強く受けた。吸収能の低い品種の「ゆうゆう一輝黒タイプ」を台木にすると,吸収能の高い品種を台木にした場合よりも,キュウリ果実中のディルドリン濃度が30〜50%低減した。なかでも台木に「ゆうゆう一輝黒タイプ」,穂木に「夏ばやし」を用いた接ぎ木では,汚染された褐色低地土の場合,果実中のディルドリン濃度が残留基準の0.02 ppm以下に低下した(図1)。
 この結果は接ぎ木によって汚染土壌でもキュウリの栽培が可能になると期待させるものである。

 ☆農薬の流出・分解・影響についての農業技術大系の記事 → 検索