No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認

●ロンドン大学のダンゴアらのまとめ

ロンドン大学のダンゴア(Alan Dangour)らは,有機と慣行の食品の栄養品質や健康効果に差があるのか否かについて,イングランドの食品基準庁(FSA)から文献調査を依頼された。そこで,有機と慣行で生産された農畜産物のデータを報告した文献についてメタ分析を行ない,その結果を2009年に食品基準庁への報告書にまとめた。そして,有機と慣行の間で,大部分の栄養物について含有量に差があるとの証拠が見いだせず,両者はおおむね栄養物含有量の点で同等であって,健康に対する効果にも違いがないと結論した(環境保全型農業レポート「No.137 有機と慣行の農畜産物の栄養物含量に差はない」)(メタ分析については,環境保全型農業レポート「No.257 有機食品と慣行食品の安全性と品質をめぐる意見の対立」参照)。

●ニューキャッスル大学のバランスキーの批判

しかし,最近,ダンゴアらの文献選定の仕方では,対象とすべき研究論文数を少なくしてしまい,そのために有意差判定の精度を引き下げてしまったとの批判が出された。イギリスのニューキャッスル大学のバランスキー(M. Barański, 2014)らは次を指摘した。

ダンゴアらの実施した研究では,

(1) EUの「有機農業規則」で承認されているにもかかわらず,バイオダイナミック農法による研究を対象にしなかった。

(2) 圃場実験で有機認証を行なった認証機関名を明記していない研究は,一応分析対象に入れたが,「満足できる質の研究」には含めなかった。

これに対して,バランスキーらは,バイオダイナミック農法による研究とともに,認証機関を明示していない研究も,有機基準に準拠していると考えられる研究は対象に含めた。

Barański,M., D.Średnicka-Tober, N.Volakakis, C.Seal, R.Sanderson, G.B. Stewart, C.Benbrook, B.Biavati, E.Markellou, C.Giotis, J.Gromadzka-Ostrowska, E.Rembiałkowska, K.Skwarło-Sońta, R.Tahvonen, D.Janovská, U.Niggli, P.Nicot and C.Leifert (2014) Higher antioxidant and lower cadmium concentrations and lower incidence of pesticide residues in organically grown crops: a systematic literature review and meta-analyses. British Journal of Nutrition (2014), 112, 794-811.

ダンゴアらは,1958年1月から2008年2月までの論文を対象にして,栄養成分に関する162の論文,栄養成分の健康効果に関する11の論文を対象にしてメタ分析を行なった。そして,「満足できる質の論文」が55,それ以外の論文が107となり,107のうちの87が認証機関名を明記していない論文であった。

これに対して,バランスキーらは1992年1月から2011年12月までの論文を対象にして,成分に関する343の論文を選定した。選定論文数が増えたのには最近になって関係論文が急速に増えたこともある。343の論文のうち,実験の反復数,標準偏差または標準誤差を明記した論文が156であった。343の論文についてはその全てを対象にして重み付けをしないメタ分析を行ない,156の論文については重み付けをしたメタ分析を行なった。

分析対象とする論文数が多いほど有意差判定の精度が上がり,重み付け分析の方がメタ分析で求めた推定値そのものの正確さが高まる。

以下にバランスキーら(2014)の研究の概要を紹介する。

●論文で分析された作物のタイプと国別論文数

メタ分析の対象にした343の論文が扱った作目は(1つの論文で複数の作目を扱ったものがあった),野菜174,果実112,穀物61,他の作物ないし作物ベースの食品(油料種子,マメ類,ハーブと香辛料,複合食品)が37であった。

国別の論文数が最も多かったのはアメリカで43であったが,地域別には全論文数の約70%はヨーロッパで,主にイタリア(37),スペイン(34),ポーランド(32),スウェーデン(16),チェコ共和国(16),スイス(13),トルコ(12),デンマーク(11),フィンランド(10),ドイツ(8)などであり,残りの論文はブラジル(27),カナダと日本(それぞれ7)などであった。

●分析結果の表示方法

バランスキーらは,メタ分析において,有機と慣行の化合物濃度の平均値差のパーセント値[MPD (Mean percentage differences):有機と慣行の化合物濃度の差を両濃度の平均値で除した値をパーセント表示]と,その95%信頼区間や統計的有意性などを計算した。MPDがプラスなら,有機の化合物濃度の平均値が慣行よりも高く,マイナスなら有機の平均値が慣行よりも低いことを示す。

また,有意確率(P値)が0.05未満を統計的に有意とみなした。

●抗酸化活性

抗酸化活性(人体の代謝にともなって生ずる活性酸素やフリーラジカルなどの酸化ストレスを抑制・除去する潜在的活性のことで,アスコルビン酸(ビタミンC),(ポリ)フェノール類、フラボノイド類およびトコフェロール(ビタミンE)などが抗酸化活性を有している。)をいろいろな方法で測定した結果(重み付けなしメタ分析で160,重み付けメタ分析で66)をメタ分析した。重み付けなしと重み付けメタ分析とのMDPと95%信頼区間は,それぞれ18%(11と25%)と17% (3と32%)で,有機生産物が慣行のものよりも有意に高い活性を示した(表1)。果実と野菜について報告されたデータを別個に分析すると,果実について有意な差が検出されたが,野菜についてはもう少しで有意となる結果が観察された(P=0.06)。

●(ポリ)フェノール類

フェノール類はフェノール性ヒドロキシ基を有する化合物のことで,複数のフェノール性ヒドロキシ基を有する化合物が(ポリ)フェノール類と総称される。ここでは,1つまたは複数のフェノール性ヒドロキシ基を有する化合物を(ポリ)フェノール類と記す。(ポリ)フェノール類には,フラボノイド(カテキン,アントシアニン,タンニン,ルチン,イソフラボン),フェノール性酸,クルクミン,クマリンなど多様な化合物がある。因みにワインの(ポリ)フェノール類は,アントシアニン,カテキン,クルクミンなどの系列のいろいろな化合物からなる。

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(ポリ)フェノール類の重み付けしたメタ分析で,全フラボノイド,フェノール性酸,フラバノン,スチルベン,フラボン,フラバノール,アントシアニンなどの濃度は有機のほうが有意に高かった。重み付けなしのメタ分析は,(1)全フラボノイドでは有意な差が検出されなかったことと,(2)フラバノンとフラボンでは有機作物で有意ではないが,高い傾向が見られたことを除き,重み付けした分析と類似した結果を示した。これらの化合物の大部分のMPDは18%と69%の間であった。

差がより小さいが,統計的に有意で生物学的に意味のある組成の差が,少数のカロテノイドとビタミンについて検出された(表1)。重み付けなしと重み付けしたメタ分析の両者とも,有機作物で,キサントフィルとL-アスコルビン酸(ビタミンC)の濃度が有意に高く,ビタミンE(トコフェノール)の濃度が有意に低かった。より高い濃度のカロテノイドとルチンも,重み付けなしのメタ分析で検出された。MPDは,全カロテノイドで17%(95%信頼区間は0と34 %),カロテノイドで15%(95%信頼区間は-3と32)%,キサントフィルで12%(95%信頼区間は-4と28%),ルチンで5%(95%信頼区間は-3と13%),ビタミンCで6%(95%信頼区間は-3と15%),ビタミンEで-15%(95%信頼区間は-49と19%)であった。

●多量栄養素,繊維,乾物含量

重み付けなしと重み付けしたメタ分析の両者で,有機の作物ないし作物ベースの食品で,有意に高い全炭水化物濃度と,有意に低い蛋白質,アミノ酸と繊維が検出された(表1)。重み付けなしのメタ分析では有機作物で還元糖と乾物の濃度が有意に高いことも検出された。MPDは,全炭水化物で25%(95% 信頼区間は5と45%),還元糖で7%(95%信頼区間は4と11%),アミノ酸で-11%(95%信頼区間は-14と-8%),乾物で2%(95%信頼区間は-1と6%),繊維で-8%(95%信頼区間は-14と-2%)であった。

●有毒金属,窒素,硝酸,亜硝酸,農薬

重み付けしたと重み付けなしのメタ分析の両者で,有機の作物で有毒金属のカドミウムと全窒素の濃度が有意に低かったのに対して,NO3とNO2の濃度が有機の作物で低いことは,重み付けなしのメタ分析でのみ検出された。MPDは,カドミウムで-48%(95%信頼区間は-112と16%),窒素で-10%(95%信頼区間は-15と-4%),硝酸NO3で-30%(95%信頼区間は-144と84%),亜硝酸NO2で-87%(95% 信頼区間は-225と52%)であった。

有害金属のヒ素と鉛については,メタ分析で有機作物と慣行作物とで有意な差が検出できなかった。

重み付けしたメタ分析で,農薬残留物の検出頻度は,慣行作物で46%(95% 信頼区間は38と55%)で,有機作物よりも4倍(11%(95%信頼区間は7と14%)高かった。作目別の検出率は,慣行果実で75%(95%信頼区間は65と 85%),慣行野菜で32%(95%信頼区間は22と43%)や作物ベースの慣行食品で45%(95%信頼区間は25と65%)であり,果実の検出頻度が最も高かった。これに対して,有機のものではでは作物タイプが違っても汚染率が低く非常に類似した値であった。

●抗酸化物質濃度が高いことは栄養学的に有利か

上述の結果が示すように,有機の作物とそれをベースした食品で抗酸化活性と多様な抗酸化物質の濃度がより高かったことは,非常に大きな潜在的なメリットをもたらすと考えられる。つまり,上記結果に基づくと,作物の消費を慣行のものから有機のものに切り替えることによって,エネルギー摂取量の増加なしに,(ポリ)フェノール類などの抗酸化物質の摂取量を20〜40%増加(いくつかの化合物では60%超)をもたらすと試算される。この推定した違いの大きさは,毎日消費することが推奨されている果実や野菜の量の5分の1から2に存在する抗酸化物質ないし(ポリ)フェノール類の量に相当し,人間の栄養の点で意味があろうと著者のバランスキーらは記している。しかし,抗酸化物質ないし(ポリ)フェノール類の摂取レベルを高めたり,有機食品消費に切り替えたりすることの人間の健康への影響についての知識がなお欠落していることを著者らは指摘している。

なお,この点について,Brandt ら(2011)は,慣行の果実・野菜を摂取していたオランダの消費者が,有機栽培の果実・野菜に切り替えて,果実・野菜の摂取量を12%増加させたと仮定したときの健康増進効果を試算した。その結果,平均余命が女性で17日,男性で25日増えると計算された。

これを別の人達の研究結果に基づいて評価すると,乳ガン検査を完全実施して,乳ガンをなくすと,女性の平均余命が全体で35日間増えると試算されているが,この効果は男女を合わせた全人口でみれば,その半分の約17日の平均余命の増加となる。このため,果実・野菜の摂取量12%の効果は,乳ガン撲滅と同じような大きさの効果になると試算された(環境保全型農業レポート「No.258 有機作物に多い二次代謝産物が,作物の病害虫抵抗性と人間の健康に貢献」参照)。

●有機の作物で抗酸化物質や(ポリ)フェノール類の濃度が高いのか

有機の作物体中の(ポリ)フェノール類は,病害虫に対する植物の抵抗性メカニズムとなっているケースが多い。その場合,有機の作物では農薬を使用しないために,病害虫の被害が多く,そのために作物体に(ポリ)フェノール類が多く作られる可能性が想定しうる。しかし,著者らは,病害虫の被害度合が高いと,有機作物中の抗生物質ないし(ポリ)フェノール類濃度が高くなるという因果関係があることを証明した,しっかりした証拠はないと指摘している。

これと対照的に,有機と慣行の生産システムの施肥条件の違い(ならびに特に多量の無機N肥料量を投入しないこと)が,有機作物での高い(ポリ)フェノール濃度の重要な動因であるとの証拠が増えてきていることを指摘している。

本研究のメタ分析でも,有機の作物で,窒素,硝酸および亜硝酸濃度が有意に低いことが示されており,有機作物への窒素の供給量が慣行作物よりも少ないために,抗酸化物質ないし(ポリ)フェノール類濃度が高くなったとの推定が支持される。

●有機の作物で残留農薬やカドミウム濃度が低いのか

有機の作物体やそれをベースにした食品で残留農薬濃度が,慣行のものよりも低いのは,有機農業では基本的に農薬を使用しないためである。有機のサンプルでの農薬残留物の検出割合が約11%であった。これは隣接慣行圃場からの二次汚染,残留性の非常に高い農薬(有機塩素化合物など)の圃場での残存,過去の慣行管理を受けた永年性作物組織の残留,有機農場での禁止農薬の偶然ないし不正な使用に起因しよう。

カドミウム濃度が慣行作物とそれをベースにした食品で有機のものよりも有意に高かったのは,慣行栽培での無機リン肥料の施用にともなって生じたとことが他の研究から示されている。

●なぜ有機の作物で蛋白質,アミノ酸が多く,全炭水化物,還元糖が少ないのか

有機の作物で蛋白質やアミノ酸が多いのは,既に記したように有機栽培では窒素の平均の供給量が少ないことによる。

著者らは記していないが,窒素の供給量が多いと,アミノ酸合成に使われる還元糖が増えて,還元糖や全炭水化物の量が減少することは容易に推定される。目黒らは,ホウレンソウで窒素の供給量を増やすと,ホウレンソウ体内の硝酸含量が増加し,それとともにビタミンC含量が低下することを証明している(目黒孝司・吉田企世子・山田次良・下野勝昭 (1991) 日本土壌肥料学雑誌.夏どりホウレンソウの内部品質指標.62: 435-438)。このことからも,有機栽培なら,硝酸含量が低く,還元糖やビタミンCが多いと確実にいえるのではなく,窒素の供給量が少ない有機栽培であることが重要な前提になっているといえる。家畜ふん堆肥や有機質肥料をたっぷり施用して窒素を慣行農業並みあるいはそれよりも多く施用したのも,有機農業として認められるが,そうしたケースでは硝酸が多く,糖度やビタミンCが少なく,抗酸化物質や(ポリ)フェノール類も少なく,品質の低い作物が生産されることになる。

●おわりに

ロンドン大学のダンゴアらが,既往の文献をメタ分析して,有機と慣行の作物体や食品は,おおむね栄養物含有量の点で同等であって,健康に対する効果にも違いがないと結論した。しかし,その後,有機と慣行の作物体や食品の品質を調べた研究が増えて,一部の成分の抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量については,両者に有意の差が認められるようになった。

しかし,有機栽培では平均の窒素供給量が慣行よりも少ないことが同時に示されていることを重視すべきである。家畜ふん堆肥や有機質肥料を多量に施用して,慣行なみあるいはそれを超える窒素の供給を行なっては,抗酸化物質が有機で多いことはありえないことを銘記すべきある。有機なら品質や安全性が高いといった誤りの多いイメージの段階から,こうした条件の有機栽培ゆえにどの品質や安全性が高いという評価が得られる段階に進んで欲しいものである。