No.215 全米有機プログラム(NOP)規則ハンドブック2012年版

NOPのプログラムハンドブックとは

アメリカで有機食品の生産・加工・流通を全米レベルで規制している基本の法律は,1990年公布の「有機食品生産法」?(Organic Foods Production Act of 1990) である。その施行規則が「全米有機プログラム規則」(7 CFR part 205 National Organic Program:NOP規則) で,これを所管しているのが,USDA(アメリカ農務省)の農業マーケティング局(Agricultural Marketing Service)である。同局のなかに「NOP規則」に関する事務を行なうNOP事務局が置かれている。

 「NOP規則」が関係者に正しく理解されて,施行にともなう混乱が少なくなるように,NOP事務局が参考となる文書をまとめたのがプログラムハンドブックである。

プログラムハンドブックには,認証組織や有機認証を受けた生産・加工・販売などの経営体に向けた,次の3種類の文書が集められている。

(1) ガイダンス:「NOP規則」で法的に求められている要件の説明や,複雑で論議の多い問題(技術的問題を含む)に対する,統一的な解釈や対処方法などを明記した指導書。ガイダンスを確定する前に,案の段階で官報(Federal Register)やNOP事務局のホームページで公開されて,意見が公募され,それを踏まえて最終版が作られている。

(2) 指示:認定や認証を受ける,あるいは受けた組織や経営体に,認定や認証を受ける手続や,「NOP規則」を遵守するための手続の優良規範を通知する文書。

(3) 方針メモ:規則の特定問題についてNOP事務局の考え方を通知する文書。

これらの文書自体は法的拘束力を有するものではない。むしろ,「有機食品生産法」とその施行規則が如何に運用されているかを説明し,有機の関係者が法的に外れないのを助けるものである。

プログラムハンドブックの2010年秋版の一端を既に紹介したが(環境保全型農業レポート「No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行」),2012年版(2012年10月24日付け)を紹介する。

●ガイダンスの概要

2012年版には下記のガイダンスが収録されている(括弧内はNOPガイダンス番号)。

  • (1) 有機作物生産における,加熱処理家畜ふん尿(NOP 5006)
  • (2) 再評価済み不活性成分(NOP 5008)
  • (3) 有機生産における,液体肥料の承認(NOP 5012)
  • (4) 有機酵母の認証(NOP 5014)(注:食品や飼料の加工に使用する有機酵母の規格)
  • (5) 有機生産システムにおける,グリーン廃棄物の許容(NOP 5016)
  • (6) 放牧地における,家畜の乾物摂取量の計算(NOP 5017-1〜5017-7)
  • (7) 有機作物生産における,堆肥とミミズ堆肥(NOP 5021)
  • (8) 野生作物の収穫(NOP 5022)
  • (9) 有機の生産およびハンドリングにおける,混合および汚染の防止(NOP 5025)
  • (10) 有機の生産およびハンドリングにおける,塩素資材の使用(NOP 5026)

これらのガイダンスのいくつかの概要を紹介する。なお,これらのうち,2010年秋版に既にあって,2012年版で新たに追加されたガイダンスは,上記リストの(7)〜(10)の4つである。

 

有機作物生産における加熱処理家畜ふん尿(NOP 5006)

このガイダンスの最初の版は2007年7月に刊行されたが,2011年7月から新しい版が発効した。内容は変わらないが,ガイダンスのスタイルを新たな項目建てに統一し,それにともない文章を多少変更した。

このガイダンスのポイントは下記のとおりである。

「NOP規則」は,堆肥化していない家畜ふん尿を施す際には,葉菜類や果菜類のように可食部が土壌と接触していない作物では,少なくとも収穫の90日前までに,根菜類のように可食部が土壌と接触している食用作物では,少なくとも収穫の120日前までに施用することを規定している(セクション205.203)(環境保全型農業レポート「No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行」参照)。このように,堆肥化していない家畜ふん尿を収穫日のかなり前に施用することを規定しているのは,家畜ふん尿中の病原生物が土壌中で死滅せずに,作物に移行して収穫物を汚染する可能性を排除するためである。

加熱処理家畜ふん(Processed Animal Manures)は堆肥化せずに,生家畜ふん尿を高温のボイラー内を通過させるなどによって,高温と乾燥によって,病原生物の死滅を図ったものである。しかしこれまでの「NOP規則」では加熱処理家畜ふんについて論及していないため,堆肥化していない生家畜ふん尿と同様に扱われて,加熱処理家畜ふんも収穫日よりも70日とか90日前までに施用しななければならなくなっている。

2012年版ガイダンスによって,次の条件を満たした加熱処理家畜ふんは,規則にしたがった家畜ふん堆肥と同様に,病原生物による汚染の心配がないとして,いつでも食用作物に施用することが認められた。

家畜ふんの全ての部分について,燃焼させることなく,最低温度を少なくとも1時間66℃,または,短時間の場合は74℃に達せさせ,最大水分含量を12%までに乾燥させたものであって,最終製品1グラム当たりのふん便性大腸菌が1×103 MPN(Most Probable Number:最確値:統計的に最も確率の高い菌数)を超えず,かつ,製品4グラム当たり3 MPNを超えて含んでいないものであるならば,いつで食用作物に施用してもよい。

●再評価済み不活性成分(NOP 5008)

農薬製品中の補助剤などの有効成分以外の成分のうち,EPA(アメリカ環境庁)が認めている人間の健康や環境に悪影響を与えない成分のリストにある不活性成分のうち,再評価によって不活性と確認されたものは,有機産物から検出されても支障がない。

●有機生産における液体肥料の承認(NOP 5012)

窒素含有率が3%を超える販売用有機液体肥料を,認証組織が有機農業用に適正であると承認する手順をまとめたガイダンスである。

液体肥料の製造者が,「NOP規則」に準拠した原料を使っていて,その原料や製品の記録を保持し,製造プロセスなどの情報を整備・記録し,液体肥料の製造や貯蔵の施設や機械などが,非有機のものと混じり合わないように管理していることなどを,認証組織が確認するとともに,投入した原料の量と製造された製品の量の収支分析を行なって,バランスを確認することなどの手順を記している。

●有機生産システムにおけるグリーン廃棄物の許容(NOP 5016)

「NOP規則」のセクション205.203(c)で,「生産者は,植物養分,病原生物,重金属ないし残留禁止物質によって,作物,土壌あるいは水の汚染が生じないように,土壌有機物含量を維持ないし向上させるべく,植物性および動物性資材を管理しなければならない。」と規定されている。

グリーン廃棄物(green waste)は,刈り取った草や花,生垣の剪定枝のような庭や公園の廃棄物に加えて,家庭や商売での食品廃棄物など,堆肥化できる生分解性廃棄物と定義されている。グリーン廃棄物には,都市の道路脇収集作業や民間の会社のコントラクター事業によって収集されるものも多い。このため,農薬散布を行なった街路樹や,公園の剪定枝や,落ち葉から製造した堆肥から農薬が検出される危険がある。事実,2009年にカリフォルニア州で,3つの市販のグリーン廃棄物堆肥サンプルから, NOP規則では禁止されている,合成ピレスロイド殺虫剤のビフェントリンが検出されて問題になった。

このため,有機作物生産での使用が許されている合成物質のリストに含まれていない合成物質を含む廃棄物を使用することは許されない。ただし,直接散布を受けなかったものであっても,バックグランドレベル(平常賦存レベル)の合成農薬が存在しているケースは当然予測される。

しかし,「NOP規則」は生産プロセスに基づくもので,意図的に散布していないなら,原料中の残留合成農薬をゼロとすることを命じていない。上記にリストアップしたグリーン廃棄物原料から生産された堆肥で,そのなかにバックグランドレベルの残留農薬が存在したとしても,その濃度が作物,土壌や水の汚染に寄与しないなら,有機生産で使用して良いことを,ガイダンスで認めた。

?●有機作物生産における堆肥とミミズ堆肥(NOP 5021)

NOP規則のセクション205.203の「土壌肥沃度および作物養分管理方法基準」の(c)(2)に,堆肥化方法が下記のように規定されている。

(2) 次のプロセスによって堆肥化した植物質および動物質材料(は有機栽培に使用して良い)(括弧内は筆者加筆)。 

(i) 堆肥化出発時のC:N比を25:1と40:1の間にする。(筆者注 C:N比が低すぎるとアンモニア揮散による悪臭が発生し,C:N比が高すぎると有機物分解が遅れる。これらを防止するためにC:N比を調整)

(ii) 密閉型通気堆肥化装置や通気堆積システムを用いて,温度を55〜77℃に3日間維持する。

(iii) 通気装置のない大規模堆積堆肥化システム(ウインドロウ堆肥化システム)の場合は,材料を最低5回切り返して,温度を55〜77℃に15日間維持する。

 

しかし,これはアメリカの農場が最も多く使用している大規模な堆肥製造方法について規定しているのであって,使用して良い全ての方法を記載しているわけではない。小規模な堆積による堆肥化(コンポスターなどを使用したものを含む)やミミズ堆肥についての基準を含んでいない。なかでもミミズ堆肥は,セクション205.203(c)(2)に示された55℃を超える温度を確保することを絶対の条件にすると,有機栽培で使用できないことになってしまうため,NOP事務局も,下記のようなミミズ堆肥製造に関する規定を設けている。

ミミズ堆肥は,概略次のように製造する。

原料の植物や動物起源の有機物を,事前に水に漬けて十分に柔らかくしておく。好気的条件を維持して微生物とミミズに有機物を分解させるが,温度がミミズを殺してしまう35℃を超えるのを避けるために,有機物を薄い層状に1〜3日間隔で定期的に添加し,水分含量を70〜90%,温度を18〜30℃に維持する。病原生物は使用する技術によって異なるが,この条件下で7〜10日間で除かれる。

ミミズ堆肥化方法には,屋外でのウインドロウ堆肥化システム(通常6〜12か月),屋内の静置容器システム(通常2〜4か月),連続流動反応容器(通常30〜60日)などがある。屋外のウインドロウ堆積では,プロセスが完了したことの指標は,ミミズが堆肥から出てくることであり,典型的な場合,温暖条件で6か月,寒冷条件で12か月である。ミミズが有機廃棄物を細かく裁断し,低いC/N比の破片にばらした後,微生物が高い活性で分解する。窒素は大部分硝酸態で,カリとリンは可溶性である。大方の有機廃棄物は,元の原料の姿を肉眼的には判別できなくなる。

このため,NOP規則のセクション205.203の(c)(2)以外の堆肥化についても,次の条件をつけて認めることとした。

 

(1) 有機生産者は,製造した堆肥やミミズ堆肥の原料,製造方法や製造過程での温度の記録などを,事前に有機システムプランに記述する。認証組織がこれらをチェックして全ての要件が満たされていることが確認できれば,有機栽培での使用を認める。有機生産者は,温度,時間,水分含量,化学組成や生物活性を測定しておけば,堆肥要件を遵守していることを実証しやすくなる。

(2) セクション205.203の(c)(2)以外の堆肥化方法であっても,禁止されていない原料で製造された堆肥であって,全ての原料が少なくとも3日間最低55℃に加熱されたものであれば良い。この温度条件が確保されたことを証明するために,堆肥堆積物の混合時期や方法に加え,温度のモニタリング結果を有機システムプランに記入し,認証組織の現地調査時に確認を受ける。

(3) 次のミミズ堆肥は有機生産での使用が認められる。使用が認められている原料を用い,堆積物に定期的に有機物を層状に添加し,撹拌や強制パイプで通気して,水分含量を70〜90%に維持しつつ,好気的条件を維持して堆肥化を行ない,作物,土壌や水を,病原性生物や有害物質で汚染しない製品であれば良い。

●有機の生産およびハンドリングにおける混合および汚染の防止(NOP 5025)

有機として販売する産物は,農場生産から加工・運搬・販売といったハンドリングの全ての段階で,非有機産物と混合したり,禁止物質によって汚染されたりして,有機としての完全性が失われてはならない。有機としての完全性が失われやすい作業箇所を有機管理ポイントと呼ぶが,2012年版ガイダンスは,有機の生産およびハンドリングの経営体が注意すべき有機管理ポイントをまとめて,有機としての完全性が失われないように注意喚起している。

有機管理ポイントとして,有機産物だけを生産している経営体では,自己の経営体におけるポイントだけでなく,隣接する農場が非有機の場合には,隣接農場の栽培作物(遺伝子組換え作物など),使用農薬とその散布の仕方,それらの飛散を防止する緩衝帯などにも注意する。

有機産物と非有機産物の両者を生産したりハンドリングしたりしている経営体では,経営体内部における有機用と非有機用の資材,容器,機械,装置,施設などの十分な清掃や,洗浄なしで利用することのないよう注意することを喚起している。

●有機の生産およびハンドリングにおける塩素資材の使用(NOP 5026)

有機生産では原則として塩素消毒は禁止だが,「安全飲料水法」(Safe Drinking Water Act)で規定されている4mg Cl2/L未満の塩素で消毒した水であるならば,有機作物の洗浄や灌漑,家畜の飼養や器具の洗浄,有機食品のハンドリング過程での洗浄などへの使用を例外として認める。

筆者注:日本の水道法では消毒に使用する塩素濃度ではなく,消毒後に残っている残留塩素濃度で規定しており,遊離残留塩素が0.1mg/L以上,結合残留塩素の場合は0.4mg/L以上,確保されることが定められている。

●おわりに

アメリカの「NOP規則」は,堆肥化過程での当初C:N比の範囲,堆肥化方法別の堆積温度とその持続期間など,日本の「有機農産物の日本農林規格」などよりも,はるかに具体的な規定を行なっている。そのうえ,「NOP規則」が規定していない問題や,規定内容があいまいな問題については,プログラムハンドブックによって,できるだけ具体化して,一人たりとも間違えた理解をしないよう,誤解を防ぐ努力を行なっている。日本では「有機農産物の日本農林規格」には具体性の乏しい規定が多い。例えば,堆肥化とはどのような条件を満たすことが必要かといった問題も明示されていないために,堆肥とはいえない未熟なものも堆肥として流通していることも多い。日本でも,国が有機農業についてのかなり具体的なガイダンスを作ることが望まれる。