No.234 リン鉱石埋蔵量の推定値が大幅に増加

●リンのピーク仮説

2008年に原油価格の高騰などによって肥料価格が急騰したことから,リンを始めとする化学肥料原料の資源量への関心が高まったことは記憶に新しい。環境保全型農業レポート「No.112 望まれるリンの循環利用」(2008年9月16日掲載)に記したように,これまでの研究では,現在の経済条件で開発可能な埋蔵量は60〜130年で枯渇するとされていた。

この時期に,P. Dėry and B. Anderson (2007) (Peak phosphorus. Energy Bulletin. August 13, 2007) は,食料増産のために当面リン肥料の需要は拡大するが,間もなく,リン資源の不足が制約になって,数十年のうちに,リンの生産量や消費量がピークに達した後,急速に減少すると予測した(いわゆるリンのピーク仮説)。他の人達も,リン鉱石埋蔵量は次の世紀には枯渇し,2033-2034年がリン生産のピークになるとの類似した結論に到達した。

こうした研究に基づいて,現在の技術で経済的に利用できるリン鉱石は遠くないうちに枯渇するという見方が一般的になっていた。

●アメリカ政府機関のリン鉱石調査能力の低下

1950年代から1980年代中頃まで,アメリカには,地質調査所(United States Geological Survey : USGS)と鉱山局(United States Bureau of Mines: USBM)の2つの政府機関が,アメリカと世界のリン鉱石を含む鉱物資源の資源量について調査を行なって,その推定値を公表していた。そのために,2つの機関とその委託機関によって,リン鉱石の存在する地域について掘削を含めてしっかりした調査が実施されていた。1995年にアメリカ議会は2つの機関は重複だとして,鉱山局を廃止し,1996年3月までに約1,000人を解雇し,その機能を他の部局に移管した。また,地質調査所も1990年代に人員整理を行なった。これによって,アメリカ政府のリン鉱石に関する調査機能は大幅に減退した(S. J. Van Kauwenbergh (2010) World Phosphate Rock Reserves and Resources. IFDC Technical Bulletin 75. 58p.のp.15)。

こうした経過をへて現在に至るアメリカ地質調査所だが,リン鉱石の資源量について推定値を公表している唯一の政府機関である。世界的にリン鉱石の利用可能性に関する研究の多くは,アメリカ地質調査所のデータを使って解析を行なっている。しかし,アメリカ地質調査所は,1990年から2010年の間,リン鉱石の資源量に関する統計値を,非政府機関からの情報を十分含んだ形で更新していなかった(European Commission: Communication from the Commission to the European Parliament, the Council, the European Economic and Social Committee and the Committee of the Regions. Consultative Communication on the Sustainable Use of Phosphorus. COM(2013) 517 final 19p.)。

●国際肥料開発センター(IFDC)の検討

国際肥料開発センター(IFDC: International Fertilizer Development Center)は,アメリカに本部を置き,途上国の農業を,肥料問題を中心に支援する国際的なNPO組織である。この研究開発部門の主任研究者のSteven J. Van Kauwenberghが,リン鉱石の埋蔵量と資源量に関する文献をレビューして,その結果を2010年に公表した(S. J. Van Kauwenbergh (2010) World Phosphate Rock Reserves and Resources. IFDC Technical Bulletin 75. 58p. PDF版10ドル )(概要はウェッブ記事)。

●国際肥料開発センターのリン鉱石の埋蔵量と資源量の定義

リン鉱石の埋蔵量や資源量の定義は,P2O5含有率の品位だけでなく,採掘や精鉱の技術的可能性や経済性を加味しており,研究者や機関によって異なっている。

アメリカの地質調査所の定義は,概略次のようになっている。

すなわち,現在の採掘や生産の方法に関連して,品位,品質,厚さ,深さなどの物理的・化学的な最低基準を満たしたことが確認された資源を,「基礎鉱量(Reserve base)」と呼んでいる。基礎鉱量は,鉱床の状態が現場で確認されたもので,推定だけのものを含んでいない。

「基礎鉱量」は,現在の条件で経済的に成立できる鉱量(reserves),経済性がぎりぎりの鉱量(marginal reserves),経済性のない鉱量(subeconomic resources)に分類されている。経済性の判断基準として,現在はリン鉱石をトン当たり100ドル未満で採掘・選鉱できるものとしている。

このほかに,リン鉱石鉱床の現場での確認がまだなされていないもの,法的に採掘が制限されているものなど,多くのカテゴリーを設けている。

これに対して,国際肥料開発センターは,アメリカの地質調査所の分類は実際に区分することが難しいほど多岐になっているとして,次のように単純化している。

経済的鉱量(Reserves):推計の時点で使える技術を用いて,経済的に生産できるリン鉱石の量で,精鉱(選鉱して濃縮したP2O5 30%以上のリン鉱石)のトン数で表示する。

資源量(Resources):将来のいつかには生産できると考えられる,等級を問わないリン鉱石で,鉱量を含む。現場での品位とトン数で表示する。

ここで注意すべきは,リン肥料が高騰すれば,それに応じて生産コストの高い技術を使って経済性を確保できるようになることである。技術や経済性は,時代によって変わるということである。

●国際肥料開発センターのリン鉱石の埋蔵量と資源量の推定

国際肥料開発センターのVan Kauwenbergh (2010)は,アメリカの地質調査所がリン鉱石について調査対象としている国について,徹底した文献調査を実施した。そして,モロッコ,北アフリカ,中近東については多量の埋蔵量が存在することが多くの文献によって報告されているが,これらの地域については不完全な現地調査しかなされていないとして,アメリカの地質調査所は一部のデータしか採用していなかった。しかしモロッコでは,モロッコ国家リン酸事業体(Office Chėrifien des Phosphates (OCP)によってリン鉱石の生産・販売が一元管理されている。1980年代以降,OCPやいろいろな人によって,現地調査が多々なされて報告された。こうした結果を吟味して,国際肥料開発センターはモロッコの経済的鉱量を精鉱で510億トンとした。

国際肥料開発センターが発表したこの経済的鉱量は,アメリカ地質調査所がリン鉱石の経済的鉱量を2010年まで57億トンとしてきたのに比して,格段に多量である(表1)。アメリカの地質調査所は国際肥料開発センターの結果を踏まえて,翌年の2011年の推定値を500億トンに増やした。同様に,ロシア,アルジェリア,セネガル,シリアについても国際肥料開発センターはより高い値を提案し,アメリカ地質調査所はこれを考慮して2011年の推定値を増やした(IFDC: USGS Revises World Phosphate Rock Reserve Estimates Based on IFDC Study )。こうして,世界の経済的鉱量の総量は,国際肥料開発センターが600億トン,アメリカ地質調査所が650億トンと推定し,現在は経済的でないものを含めた資源量は,国際肥料開発センターによって2900億トンと推定されている。

 

●リン鉱石の枯渇は当面ないが,価格は下がらない

リン鉱石の経済的鉱量の推定値が大幅に増加したが,Van Kauwenbergh (2010)は,リン鉱石からのリン酸肥料の年間製造速度が続くとすると,300〜400年間はリン酸肥料の製造が可能であると試算した。もっとも肥料の製造速度が一定に維持されることは考えにくく,食料増産のためにリン酸肥料の生産を増やせば,製造可能期間は多少短くなる。

M. Blanco (2011) (NPK – will there be enough plant nutrients to feed a world of 9 billions? ~ Supply of and access to key nutrients NPK for fertilizers for feeding the world in 2050. 39p. )は,2050年にリン肥料の製造量を2倍にするためには,リン鉱石の採掘量を毎年1.75%の割合で増加しなければならないが,その場合,現在のリン鉱石埋蔵量の約16%が2050年までになくなることになると試算した。この場合でも,数年前まで「常識化」していた,現在の経済条件で開発可能な埋蔵量は60〜130年で枯渇することはない。リン鉱石について枯渇が切迫していると大騒ぎすることは正しくなくなった。

しかし,経済的鉱石量が増えたからといって,リン酸肥料の価格が下がることは期待しにくい。2010年時点で,リン鉱石の価格は80〜110USドルの範囲に上昇したが,この価格がいくらで安定化するかは不明である。1988年にFantelらが,既存の生産に置き換わる別の鉱山を開発するのに要する投資額と,そのために生ずるリン鉱石の価格を予測した研究を行なった (Fantel, R.J., R.J. Hurdelbrink, D.J. Shields and R.L. Johnson. 1988. Phosphate availability and supply, a minerals availability appraisal, Information Circular 1987, United States Department of the Interior, Bureau of Mines, 70 p. )。Van Kauwenbergh (2010)は,この結果を踏まえると,新しく開発した鉱山からのリン鉱石の価格は,2010年の為替レートで85〜103USドル(2010年ドル)のオーダーになると指摘している。

●おわりに

リンは枯渇寸前の資源ゆえに,ますます入手しがたくなり,リン酸肥料の価格がますます高騰して,世界の食料増産の展望が持てないというのが,数年前までの論調だった。しかし,かつて石油の資源量もそうであったが,新しい鉱床が発見されて資源の枯渇時期は先に伸びている。

だから安心なのではない。所詮有限資源であり,枯渇時期が先に伸びて精神的にゆとりができた今こそ,過剰施用によって深刻な環境汚染を引き起こしているリンの効率的使用やリンの再利用を図って,環境保全を図りつつ,リン鉱石の採掘量を減らして資源をできるだけ長く温存する取組を強化することが大切である。