No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す

●背景

 微生物の生産する抗生物質を含む抗菌剤は,感染症の治療薬として医療現場に革命をもたらした。しかし,耐性菌が出現し,しかも,複数の抗菌剤に耐性をもつ多剤耐性菌が出現して,抗菌剤の治療効果を皆無にしてしまう事態が生じている。このため,世界的に抗菌剤の安易な使用を防止する必要性が叫ばれている。

 抗菌剤は,人間だけでなく,食料生産動物(家畜や養殖魚類)の疾病の治療薬として利用されている。さらに食料生産動物の飼料に,治療目的でなく,飼料の栄養成分の有効利用の促進を目的とした添加物としても多量に利用されている。このため,食料生産動物の生産過程における抗菌剤の使用によって,動物体内で抗菌剤耐性菌が増加し,耐性菌が付着した畜産物や水産物を食べることによって,ヒトの体内で抗菌剤耐性菌が繁殖して,治療に使われる抗菌剤が効かなくことが懸念されている(環境保全型農業レポート.No.16 家畜ふん堆肥中の抗菌剤耐性菌)。

 日本はこの問題に注意を払いつつも,抗菌剤の飼料添加を禁止してはいない。しかし,EUは,2003年公布の動物飼料添加物に関する規則(Regulation (EC) No 1831/2003 of the European Parliament and of the Council of 22 September 2003 on additives for use in animal nutrition)によって,抗コクシジウム剤を除く抗菌剤の飼料添加を,2006年1月1日以降全面禁止している。

 アメリカでは,FDA(保健社会福祉省の食品医薬品局)は2003年10月に,食料生産動物への抗菌剤の添加について,工業規範152号(Guidance for Industry #152)(新規抗菌剤薬剤の人間の健康に強くかかわる細菌に対する微生物学的影響に関する安全性評価)を公布して,企業などが動物飼料に添加する抗菌剤の安全性をチェックすることを求めているが,禁止はしていない。

●抗菌剤の適切使用案

 FDAは,抗菌剤を適切に使用して抗菌剤の治療効果を長続きさせることが必要であるとの観点に立って,抗菌剤の食料生産動物における使用について,新たな工業規範を公布する方向で,2010年6月28日にパブリックコメントの募集を開始した(FDA: Draft Guidance #209. The Judicious Use of Medically Important Antimicrobial Drugs in Food-Producing Animals.;FDAニュースリリース(2010年6月28日)

 新たな工業規範は,2つの原則に立脚したものとすることを提案している。

 (1)抗菌剤の生産目的使用の禁止

 第一の原則は,「医学的に重要な抗菌剤の食料生産動物における使用は,動物の健康を確保するのに必要と考えられる場合に限定しなければならない」とするものである。

 抗菌剤耐性病原菌の深刻性から,FDAは医学的に重要な抗菌剤を,食料生産動物に対して,生育促進や飼料効率の向上といった生産目的で使用することは,抗菌剤の適切な使用と考えず,排除する。ただし,特定の疾病の治療や予防のための,飼料や水を介した抗菌剤投与は,必要な使用と考える。一部には疾病予防目的での抗菌剤の使用に反対との意見もあろうが,FDAは,当該抗菌剤を予防目的に使用することに,科学的な論拠があって,獣医師の治療行為に合致し,代替品がないなどの場合に,予防目的の使用を認めるとしている。

 (2)獣医師の関与

 第二の原則は,「医学的に重要な抗菌剤の食料生産動物への使用は,獣医師の監督や診察がある場合に限定しなければならない」とするものである。

 飼料添加する抗菌剤の大部分は,現在,医師の処方箋なしで販売できる一般市販薬として承認されている。しかし,FDAは,生産目的での抗菌剤の飼料添加を排除するのに加え,抗菌剤を治療や予防目的で使用する場合でも,抗菌剤の使用を,獣医師の監督や診察にしたがう場合に限定することを段階的に導入することが必要であると考える。すなわち,獣医師が動物の疾病を直接診断して,治療のために抗菌剤を投与する場合に加え,獣医師が生産者を定期的に訪問して診察して,当該動物群のために,予防目的も含めた特別な疾病管理プログラムを作成し,そのなかで抗菌剤の使用を指示した場合に限定する。

 (3)今後の予定

 官報にパブリックコメント募集が掲載されている(Federal Register/Vol.75, No.124/Tuesday, June 29, 2010/Notices. p.37450-3751 )。それによると,2010年8月30日までに意見を募集している。FDAは寄せられた意見を踏まえて,この問題についての具体的な工業規範を公布することになる。

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