No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌

●食品安全委員会による抗菌性物質耐性菌の安全性評価

抗生物質はペニシリンの登場以来,感染症に対する劇的な治療薬として汎用されている。しかし,安易に抗生物質を投与することによって,抗生物質に耐性な病原菌の出現もまた促進されおり,その結果として当該抗生物質の治療薬としての効果がなくなり,絶えず新しい抗生物質を開発する必要性に追われている。そして,抗生物質耐性菌が蔓延した病院において,バンコマイシン耐性腸球菌などの抗生物質耐性菌の感染による体力の弱った患者が死亡する事故が起きている。こうした現実に対して,世界的に抗生物質の安易な使用を防止する必要性が叫ばれている。

抗生物質は人間の治療薬として利用されているだけでなく,家畜や養殖魚類用の動物医薬品に加え,飼料が含有している栄養成分の有効な利用の促進を目的とした家畜飼料添加物としても多量に利用されている。農林水産省の資料によると,抗生物質の使用量は,ヒトの治療薬として約520トン(1998年度),動物治療薬として約1060トン(2001年度),飼料添加物として約230トン(2001年度)に達しており,ヒトよりも家畜に対する使用量の方が多い。このため,家畜や魚の生産過程における抗生物質の使用によって,動物体内で抗生物質耐性菌が増加し,耐性菌が付着した畜産物や水産物を食べることによって,ヒトの体内で抗生物質耐性菌が繁殖して,治療に使われる抗生物質が効かなくことが懸念されている。

農林水産省は2003年11月10日に「家畜に使用する抗菌性物質に関する意見交換会」を開催し,そこで抗菌性物質(抗生物質と合成抗菌剤)使用に対する懸念が表明された。このことを踏まえ,農林水産省は2003年12月8日に内閣府の食品安全委員会に対して,家畜に使用されている抗菌性物質の食品安全性評価の検討を依頼した。これを受けて,食品安全委員会は,動物用医薬品・肥料・飼料等合同専門調査会においてこの問題を検討しており,2004年9月30日に「家畜等への抗菌性物質の使用により選択される薬剤耐性菌の食品健康影響に関する評価指針」を決定した。この評価指針は,評価する対象を,「家畜等に動物用抗菌性物質を使用することにより選択される薬剤耐性菌が食品を介してヒトに伝播し,ヒトが当該細菌に起因する感染症を発生した場合に,ヒト用抗菌性物質による治療効果が減弱あるいは喪失する可能性及びその程度」に限定し,評価すべき項目や情報をまとめたものである。食品安全委員会は,この評価指針に基づいて,個々の抗菌性物質の安全性を現在検討している。

●家畜への抗菌性物質の投与と環境問題

家畜に投与した抗菌性物質とヒトとの間には,薬剤耐性菌が畜産物とともに食されてヒトの体内に入る以外にも,別の感染ルートが想定される。すなわち,(1)薬剤耐性菌の付着した家畜にヒトが接触して感染するルート,(2)薬剤耐性菌の集積した家畜ふんや家畜ふん堆肥を施用した耕地から耐性菌が水に流出し,その水を飲用したり,耕地から飛散した耐性菌の付着した土壌粒子を吸引したりして,ヒトに感染する場合,(3)家畜ふんや家畜ふん堆肥から持ち込まれた耐性菌が土壌中で生き残って,作物体に付着して,ヒトの体内に取り込まれる場合が想定される。この(2)や(3)は環境を介した感染だが,これらのルートによって実際に家畜由来の薬剤耐性菌がヒトに取り込まれたことを証明する研究結果はまだない。しかし,これに関連する研究が最近公表された(Kobashi, Y., A. Hasebe and M. Nishio (2005) Antibiotic-resistant bacteria from feces of livestock, farmyard manure and farmland in Japan – case report-. Microbes and Environments 20: 53-60)。その概要を紹介する。

●抗生物質耐性菌は土壌中に広く存在し,家畜ふん堆肥の添加で増加する

厳密に比較可能な試験区,つまり,抗生物質添加および無添加飼料で飼養した家畜のふんや,それらから調製した堆肥,ならびに,それらの施用および無施用の土壌での比較ではないが,豚と鶏のふん,豚,鶏および牛ふん堆肥や,土壌中の抗生物質耐性細菌数を調べ,次の結果がえられた。

  • (1)家畜ふんやその堆肥を全く施用したことのない畑土壌や筑波山の森林土壌,ならびに,抗生物質を全く添加していない飼料で飼養した鶏のふんからも,抗生物質耐性細菌がかなりのレベルで検出された。これは,土壌中には抗生物質生成菌が常時生息するために,生存のために抗生物質に対する耐性を獲得した細菌が生息しているためと推定された。
  • (2)一方,抗生物質添加飼料で飼養した豚の生ふん中の抗生物質(6種類:アンピシリン,バンコマイシン,カナマイシン,クロラムフェニコール,リファンピシンおよびテトラサイクリン)に耐性な細菌出現頻度は,サンプルによって異なったが,全生細菌に対する耐性菌の割合はアンピシリンで0.3〜83%,カナマイシンで2〜34%,テトラサイクリンで0〜100%で,耐性菌レベルが非常に高いケースが存在した。
  • (3)鶏ふん堆肥(100t/ha・年)を10年間連用した畑土壌ではアンピシリン耐性菌が対照土壌の約10倍に増加して,全生細菌数とほぼ同じレベルにまで増加していた事例も存在した。
  • (4)上記の(2)と(3)の結果から,家畜ふんや家畜ふん堆肥を施用すると,土壌に常在している抗生物質耐性菌のレベル以上に,家畜ふんや家畜ふん堆肥由来の抗生物質耐性菌が増加すると推定された。
  • (5)6種類の抗生物質のいずれかに耐性な細菌株を分離して,残り5種類の抗生物質に対する耐性を調べた結果,抗生物質添加飼料で飼養した豚の生ふんから分離された抗生物質耐性菌株のほとんど全てが,6種類の抗生物質に耐性な多剤耐性菌であった。しかし,家畜ふん堆肥無施用の畑土壌からの耐性細菌株では,テトラサイクリン耐性菌株のみが,6種類の抗生物質全てに耐性であったが,他の抗生物質に耐性な菌株の多くは2〜3種類の抗生物質に耐性なだけであり,森林土壌から分離された耐性菌株の大部分は2〜3種類の抗生物質に耐性なだけであった。この結果から,家畜消化管内で抗生物質に暴露されると,細菌の多剤耐性の程度が高まることが推定された。

●高温堆肥化によって抗生物質耐性菌がほぼ完全に消滅

養豚および養鶏経営体の製造した家畜ふん堆肥と,ホームセンターで市販されている家畜(豚,鶏,牛)ふん堆肥の抗生物質耐性細菌数を調べた結果,1例を除いて,抗生物質耐性菌が高レベルで検出された。耐性菌がほとんど検出されなかった例は,鶏ふんを屋内で高温を発しながら堆肥化したものであった(図1)。この結果から,高温(恐らく70℃前後)が出るほどの堆肥化を行えば,耐性菌をほぼ完全に死滅させることが可能と推定された。

●飼料添加抗生物質の影響をどう考えるか

飼料に添加した抗生物質がふんに排泄され,堆肥化しても残ることに対して不安を抱いている人が多い。しかし,抗生物質が土壌粒子に吸着されると,微生物に分解されにくくなるが,家畜ふん中では抗生物質は比較的容易に微生物に分解されると考えられる。抗生物質そのものよりも,抗生物質耐性菌の影響の方が問題であろう。

女子栄養大学の上田茂子教授は,検査した有機肥料の5〜25%からバンコマイシン耐性腸球菌を検出し,同菌が国産および輸入野菜のそれぞれ33および34%から検出したことを報告している(上田茂子 (2002) 衛生微生物の面から有機資源をリサイクルできるか? 日本土壌肥料学会講演要旨集。48:172)。そして,有機資源のリサイクルに際して,抗生物質耐性菌を断ち切るために,十分な発酵熱が必要であることを指摘している。

こうした家畜ふん→土壌→作物→人間のルートを断ち切る観点から,堆肥化条件を再点検することが必要であろう。