No.159 ダイズ栽培輪換畑土壌の窒素肥沃度維持技術

●問題点

 水稲の生産調整が始まった当初の1970年代からしばらくの間は,水田を排水してダイズを生産すると,水田時代に蓄えられていた土壌有機物が活発に好気的に分解されて,多量の無機態窒素を放出し,普通畑よりもむしろ高いダイズ単収を上げることができた。しかし,コメの生産過剰が長期継続しているために,水稲生産に戻す田畑輪換が減り,転換畑のままダイズを生産する期間が長期化してきた。これにともなって最近では,転換畑土壌の窒素肥沃度が低下して,ダイズの単収低下が全国的に問題になっている。

 東北農業研究センターの水田輪作研究チーム(秋田県大仙市)は,この問題を1982年以来,圃場試験をベースにして地道に研究している。その一端は環境保全型農業レポート 「No.25 輪換畑ダイズ収量低下の原因」に紹介した。これまでの研究によって,転換畑でのダイズ栽培期間が長くなると,土壌の窒素肥沃度が低下して,ダイズ単収が低下し,慣行的な窒素施肥(基肥3kg/ 10a 程度)や,収穫残渣を搬出してしまうと,2 t/10aの稲ワラ堆肥施用でも,窒素肥沃度を回復できないことが確認されている(住田弘一・加藤直人・西田瑞彦 (2005) 田畑輪換の繰り返しや長期畑転換に伴う転作大豆の生産力低下と土壌肥沃度の変化.東北農業研究センター研究報告.103: 39 – 52)。

●土壌窒素肥沃度を維持する技術

 では,どうやってダイズを栽培している転換畑の窒素肥沃度を維持するのか。同研究チームは一つの解答を示した(西田瑞彦・関矢博幸・吉田光二・加藤直人・住田弘一・土屋一成 (2010) 寒冷地の水稲−ダイズの田畑輪換田における可給態窒素の維持技術.平成21年度 東北農業研究成果情報)。

 その結論は,収穫残渣を搬出した場合には,稲ワラ堆肥2 t/10a を連用して,概ねダイズ2作に対し水稲を3作作付けすれば,土壌窒素肥沃度を維持できるとするものである。なお,土壌の窒素肥沃度は,採取した土壌を風乾した後,ビーカー内で湛水して30℃に4週間保持したときに放出される無機態窒素量で表示したものである。

 この結論に至った研究は,まず,水田を1982年に「連用水田区」(収穫残渣のワラを搬出しつつ,毎年稲ワラ堆肥を2 t/10aを施用して水稲を連続栽培している区)と,「長期畑転換区」(収穫残渣を搬出しつつ,毎年稲ワラ堆肥を2 t/10aを施用してダイズを連続栽培している畑転換区)に分割し,1982年の試験開始前と1999年の収穫後の土壌窒素肥沃度を比較すること(住田ら,2005)から始まった。

 1982年から1999年までの18年間における窒素肥沃度の増減を計算すると,「連用水田区」では年平均2.5mg/土壌kgずつ増えたのに対して,「長期畑転換区」では年平均4.1 mg/土壌kgずつ減ったと計算された。この数値を踏まえると,窒素肥沃度が,稲ワラ堆肥を毎年2 t/10aを施用しつつ3年間水稲を生産すれば7.4 mg/土壌kg増える一方,稲ワラ堆肥を毎年2 t/10aを施用しつつダイズを2年間栽培すると8.2 mg/土壌kg減って,3作の水稲による窒素肥沃度の増加が2作のダイズによる窒素肥沃度の減少とほぼ釣り合うと推察された。

 そこで,同研究チームはこの点の確認を圃場試験で試みた。試験に使用した圃場では,1982年時点で土壌の窒素肥沃度が150 mg/土壌kgであったが,ダイズとの田畑輪換で窒素肥沃度が減少し,1999年の栽培終了時点で80 mg/土壌kgに低下していた。この圃場において,収穫残渣を搬出して,稲ワラ堆肥を毎年2 t/10aを施用しつつ,2000年から水稲を3作栽培した後,ダイズを2作栽培するサイクルを2回くり返した。その結果,2009年のダイズ栽培後の土壌の窒素肥沃度はほぼ80 mg/土壌kgに維持された(図1)。この結果から,稲ワラ堆肥2 t/10a を連用して,概ねダイズ2作に対し水稲を3作作付けすれば,土壌窒素肥沃度を維持できるという上記推定が正しいことが確認された。

●技術の一般化

 堆肥施用と短期の田畑輪換によって土壌の窒素肥沃度を維持できることが実証されたが,では,水稲3作とダイズ2作の田畑輪換を行なう際に,どのような種類の堆肥をどれだけ施用すれば良いのか。この実験では,水稲とダイズの収穫残渣を搬出した後,2 t/10aの中熟稲ワラ堆肥を1982年以降,30年弱も毎年連用している。このため,既に堆肥を長期連用しているこの圃場では,試験期間中に同じ量の堆肥を施したとしても,堆肥施用を開始したばかりの圃場よりもはるかに多くの無機態窒素が放出されているはずである。したがって,この堆肥長期連用圃場での堆肥施用量を他の圃場にまで一般化するのは問題であろう。

 収穫残渣を搬出している農家は少なくないだろうが,2 t/10aもの中熟稲ワラ堆肥を施用できる農家は現在では限定されよう。一方では,収穫残渣を圃場に還元し,購入家畜ふん堆肥を施用している農家も多いであろう。上記の研究結果を踏まえて,農家の通常の栽培管理での堆肥施用のガイドラインを提示することが望まれる。

●残渣還元下でのガイドラインも必要

 住田ら(2005)は,ダイズおよび水稲生産における窒素収支を概算している(表1)。表1は,降雨や潅漑水とともに投入される窒素量や,土壌から流亡や脱窒で失われる窒素量を考慮していないので,概算にすぎない。

 ダイズの場合,10 a当たりで,単収を300 kgとして,窒素吸収量は20 kgだが,根粒菌による窒素固定の10 kgと肥料の3 kgが土壌に投入される。このため,20 – 13 = 7 kgが不足する。収穫残渣を全量土壌に還元すれば,4 kgが土壌に戻され,7 – 4 = 3 kgが最終的に不足するが,収穫残渣のうち,茎と殻の1.2 kgを搬出してしまうと(落葉の搬出は無理とする),4.2 kgが不足する。この不足分は,水田時代に蓄積された土壌有機物の分解で放出された無機態窒素で補われているため,土壌の窒素肥沃度が減少する。

 他方,水稲では,単収を600 kgとして,窒素の吸収量が10 kgだが,田面水や土壌中の微生物による窒素固定量が2 kg,それに加えて窒素施肥量8 kgが投入されて,差し引きゼロになる。このとき,残渣を還元すれば,3 kgがプラスになり,残渣を搬出すれば収支がゼロとなる。

 表1は概算値だが,これに基づけば,水稲3作とダイズ2作の田畑輪換で,両作物の収穫残渣を土壌に還元すれば,5作の収支で3 kgのプラスになる。住田ら(2005)は,13年間にわたって,連年水稲を栽培した区と,短期と中期の田畑輪換を行った区の土壌窒素肥沃度を比較した。連年水田の無ワラ区(残渣搬出区)の窒素肥沃度は13年間ほぼ同じ値であったが,これは水稲の残渣搬出区で窒素収支がゼロであったこと(表1)と符合する。これに対して,短期田畑輪換した場合(水稲とダイズの栽培継続期間は1〜3年とまちまちだが,13年間に水稲7作とダイズ6作を栽培),稲ワラを還元した区では,連年水田の無ワラ区の窒素肥沃度を100とすると,1年目のダイズ栽培後に窒素肥沃度が93に低下したものの,13作後の窒素肥沃度は92とほぼ横ばいであった。この結果からも収穫残渣を全量還元しつつ,水稲3作とダイズ2作の短期輪作を行えば,窒素肥沃度の低下はわずかに抑えることができるといえよう。

 耕地土壌の生産力を維持・増進するために,「地力増進法」に基づいて「地力増進基本指針」が定められている。その中で耕地土壌の基本的な改善目標値が設定されている。水田土壌の窒素肥沃度(可給態窒素含有量)は80〜200 mg N/乾土kgとされている。コシヒカリを栽培する場合には,必ずしも高い窒素肥沃度は要求されない。

 このため,(1)土壌の窒素肥沃度を測定し,(2)それが80 mg/乾土kg未満である場合に,この値までに窒素肥沃度を向上させるのに必要な家畜ふん堆肥の施用量を示し,(3)水稲とダイズの作物残渣を還元しつつ,(4)水稲3作とダイズ2作の田畑輪換を行なうといった,わかりやすいガイドラインが提示されることが期待される。むろん,ガイドラインではこれ以外のケースについての技術指針も望まれる。

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