No.157 有機質肥料による養液栽培

●有機質肥料による養液栽培へのチャレンジ

 根を伸張させるための土壌を使わず,水槽内に根を伸張させて,無機成分を溶かした水溶液を供給して作物を栽培するのが養液栽培である。土壌に根を伸張させている場合には問題が生じないが,有機物質を溶解ないし懸濁させた液で養液栽培すると,根腐れなどの障害が作物にでやすいので,養液には有機物質を原則として添加していない。では,土壌で作物を栽培するときには,堆肥や有機質肥料などの有機物を多量に施用して,作物を健全に生育できるのに,養液栽培で有機物質を添加すると,なぜ生育障害がでるのか。野菜茶業研究所の篠原信主任研究員(野菜IPM研究チーム)は,有機物質を溶解ないし懸濁させた養液での作物栽培にチャレンジした。その概要を下記の成果によって紹介する。

 (1) 野菜茶業研究所 (2006) 有機肥料による養液栽培技術の開発〜化学肥料を使わず有機肥料だけの養液栽培が可能に

 (2) 篠原信 (2006) 有機肥料の養液栽培〜並行複式無機化法による養液内微生物生態系構築法.農業および園芸.81(7) 753-764

 (3) 篠原信・大森弘美 (2007) 平成18年度野菜茶業研究成果情報

 (4) 篠原信 (2007) 養液栽培における有機物を活用した根部病害抑止技術.植物防疫.61(1) 17-20

 (5) 篠原信 (2008) 有機肥料で養液栽培・・・可視化する「根」.根圏微生物と根との相互作用を直接観察する.化学と生物.46(4) 230-232

●成功のポイント

 有機質肥料を使用した養液栽培を成功させるには2つのポイントがあった。一つは,栽培前の微生物培養で,水への有機質肥料の添加量をあまり多くしないこと,もう一つは,有機質肥料の添加に先立って,養液製造に使う水に硝化菌を含む微生物群を事前に接種しておくことであった。

 カツオ煮汁,ナタネ油粕,トウモロコシ油粕,魚粉,乾燥ビール酵母,トマト茎葉腐汁,メタン消化液,コーンスティープリカー(希薄亜硫酸水に浸漬して軟化させたトウモロコシを水中で破砕し,篩分けや遠心分離によってでん粉などを取り出した残りの廃液)などの,C/N比が11以下の易分解性の有機質肥料が使用できることが確認されている。ただし,これらの有機質肥料を養液に一度に高濃度で添加すると,有機質肥料中の有機態窒素が有機栄養微生物(エネルギー源と細胞成分合成の炭素源として有機物を利用する微生物)によって分解されて,アンモニウム(アンモニア態窒素)が放出される。

 酸素の乏しい土壌では,アンモニウムは硝酸に酸化されずに,アンモニウムのまま蓄積するが,多量のアンモニウムは生物に有毒である。イネのような水生植物は,過剰なアンモニウムを解毒する機構をもっているので,アンモニウムだけでも生育できる。しかし,畑作物や樹木などの陸生植物は,過剰のアンモニウムによって枯死してしまう。

 アンモニウムを硝酸に酸化する微生物は,硝化菌と呼ばれる特殊な細菌である。硝化菌は,細胞外部に存在する低分子の有機化合物を取り込んで代謝できるものの,無機栄養(アンモニウムまたは亜硝酸をエネルギー源として,大気中の二酸化炭素を細胞成分の炭素源として利用し,無機物だけで増殖できる)を基本にして生活している細菌である。この硝化菌には,2つのグループが存在する。一つはアンモニウムを亜硝酸に酸化してエネルギーを獲得するアンモニア酸化細菌。もう一つは,亜硝酸を硝酸に酸化してエネルギーを獲得する亜硝酸酸化細菌である。この2群の硝化菌が,酸素の存在する場で,アンモニウムを亜硝酸を経て硝酸に酸化している。亜硝酸は有毒だが,通常は2群が同調して増殖し,亜硝酸が蓄積することは少ない。

 有機物を多量に添加した養液では,有機栄養微生物が有機物を分解して大増殖してくる。硝化菌は有機栄養微生物よりも増殖がはるかに遅いので,硝化菌の菌数レベルが極めて低い初期段階では,大繁殖した有機栄養微生物に圧倒されて増殖が抑制されやすい。抑制の内容としては,多数の有機栄養微生物が硝化菌に付着して,硝化菌への酸素や養分の供給を制限して増殖を阻害することや,アンモニウムが多量に蓄積して養液のpHが異常に高くなりすぎ,硝化菌の至適pHの弱酸性から弱アルカリ性の範囲を超えてしまうこなどが推定される。

 こうした事態を回避するために,有機質肥料の添加濃度を低くすれば,有機栄養微生物の増殖が極端に多くならず,硝化菌も徐々に増殖できるようになる。図1は,養液へのカツオ煮汁の添加量を0.5 g/リットル/日にすれば,9日目から硝酸が蓄積し始めるが,2.5 g/リットル/日に増やすと,アンモニウムが生成されるだけで,硝酸が生成されてこないことを示している。これは上記のことによって説明できる。つまり,ポイントの一つは,栽培前の微生物培養で,水への有機質肥料の添加量を多くして,養液中の有機質肥料の濃度をあまり高くしないことであった。

 もう一つのポイントは,養液には元々硝化菌が存在していない。このため,養液の調製に先立って,養液製造に使う水に硝化菌を含む微生物群を接種しておくことであった。接種源には,硝化菌が生息している畑土壌やバーク堆肥などを用いる。

●養液栽培の仕方

 養液栽培の仕方は概略次のとおりである(図2)。

 (1) プランターに井戸水(初期の研究では2ないし15リットルの水を添加)を入れ,ポンプで爆気し,十分な溶存酸素濃度(2〜8 mg/リットル)を確保する。酸素不足だと有機質肥料が腐敗して悪臭が生ずるが,十分な爆気を行なえば,悪臭が生ずることはない。

 (2) 硝化菌を含む畑土壌やバーク堆肥を,5 g/リットル程度の割合で,水の出入りできる袋に入れてプランター内の水に添加する。

 (3) カツオ煮汁やコーンスティープリカーなど,C/N比が11以下の易分解性の有機質肥料を10日間,毎日少量(1 g/リットル/日以下)ずつ,プランター内の水に添加して,爆気を続け,有機質肥料の分解と微生物の事前増殖を図る。

 (4) 硝酸が生成され始めたら,有機質肥料の添加を止め,硝化菌接種源を入れた袋を取り出し,爆気を続ける。2〜3週間で硝酸態窒素濃度が約90 mg/リットルで安定する。

 (5) 油粕などのやや分解しにくい有機質肥料だと,栽培に先立つこの事前の増殖過程で窒素が窒素ガスなどによって大気に逃げる脱窒が起きやすい。脱窒を防ぐためには,硝酸態窒素濃度の上昇時に有機成分の残存量を多くしないように,早めに添加を中断するか,添加量を少なくする。

 (6) 硝酸生成が活発化して,硝酸態窒素濃度が安定したら,カルシウムやマグネシウムなどを補強する目的で,カキ殻石灰を10 g/リットル程度添加する。

 (7) 野菜苗を定植する。苗が養液になじんだ3日目あたりから,生育に応じた量の有機質肥料を養液に直接添加する。有機質肥料は直ちに分解されて,無機態窒素が作物に吸収される。トマトでは,第1花房が結実するまで,トマト1本当たり毎日6〜15 mgの窒素が供給されるように,有機質肥料を添加する。サラダナなどの葉菜類は,1株当たり毎日1.25 mg,葉長が3 cmを超えたらその倍の有機質肥料を添加する。

 篠原は,事前に硝化菌を定着させてからの作物栽培の段階では,日本酒の醸造プロセスと同様に,麹菌によるデンプンの糖化と,酵母による糖からのエタノール発酵とが同時に進行する並行複式発酵法と類似しているとして,この有機質肥料による養液栽培を並行複式無機化法と呼んでいる。

 実際の栽培の様子がインターネットの動画で提供されている(有機養液栽培など)。

●栽培結果

 栽培結果の1例を表1に示す。トマトやサラダナ,コマツナを栽培した結果では,収量や品質(糖度,ビタミンC ,グルタミン酸濃度など)は化学肥料区と有意の差が認められなかった。ただし,サラダナやコマツナといった葉菜類の茎葉中の硝酸濃度が,化学肥料区よりも有意に低下した。これは化学肥料区では養液中の硝酸濃度が高く維持されるのに対して,有機質肥料養液区では,有機物で施用した窒素が微生物に無機化されるプロセスを経るために,硝酸濃度がより低いためである。

●根毛が発達し微生物が群生

 一般に作物の根は水分不足条件で根を伸ばし,根毛も発達させるが,多湿になれば,根張りや根毛が少なくなる。化学肥料で養液栽培した場合がその典型で,根毛がろくに見えない。しかし,有機質肥料を使った養液栽培では,水中にありながら無数の根毛が発達し,細菌などの多様な微生物が群生している。その1例を図2に示す(篠原信:有機養液栽培の根(化学肥料との比較))。そして,低倍率なので,細菌は判別できないが,原生動物が群生した微生物を捕食している画像も提供されている(篠原信:有機養液栽培の根域〜原生動物)。

 化学肥料による養液栽培では,外部から病原菌が養液に飛び込むと,病原菌の蔓延を阻止するものが何もないので,大被害が生じてしまう。しかし,有機質肥料を用いた養液栽培では,根に群生している微生物が病原菌を抑止していると考えられる。というのは,トマト苗を化学肥料とコーンスティープリカーの養液にそれぞれ定植し,定植3日後に青枯病菌を養液に灌注接種したところ,化学肥料区では多くの株が罹病したが,コーンスティープリカー区では罹病株が全く生じなかった。養液から青枯病菌の検出を試みたところ,化学肥料区からはかなりのレベルで検出されたが,コーンスティープリカー区からは全く検出されなかった。こうしたことから,根系に群生している微生物が病原菌を抑止しており,有機質肥料を用いた養液栽培では,病原菌の飛び込みに過度の神経を使う必要はなしに栽培を行なうことができると期待される。

●硝化菌に対する誤った理解

 この篠原らの研究は,これまでの常識をひっくり返した画期的な研究といえよう。しかし,硝化菌について誤った理解をしているので,指摘しておく。

 硝化菌は無機栄養を基本に利用する,生育の遅い細菌である。そのため,微生物学の歴史において,硝化菌の分離や特性把握は難渋を極めた経緯がある。その過程で現在の知識からみれば誤った解釈がなされてきた。

 篠原は,有機物は硝化菌に有毒であることと,硝化菌の生育には固体表面への吸着が必要であることを指摘しているが,この2つこそが歴史的誤りであった。

 (1)有機物が硝化菌に有毒だとの誤解

 アンモニウムから硝酸を生成する反応が微生物によると最初に証明されたのは,有機性汚濁物質がたくさん存在する都市下水であった。つまり,石英砂のカラムに都市下水を毎日流し続け,20日を過ぎると硝酸が検出されるようになり,石英砂カラムをクロロホルムでくん蒸すると硝酸生成が停止したことから,硝化作用が微生物によるものであることが証明されたのである。1877年のことだ。

 このように,有機物の多い都市下水にも硝化菌が生息していることは古くから認識されていた。現在,有機物の多い都市下水や食品工場廃液の浄化処理槽でも,硝化菌が活躍していることは周知の事実である。また,堆肥製造時に,C/N比の高い易分解性有機物が多量に存在する初期段階には,有機栄養微生物によって有機物が活発に分解されるが,アンモニウムは放出されず,酸素不足になりやすい。このため,好気性菌である硝化菌は増殖できない。しかし,堆肥化が進行して易分解性有機物が減り,C/N比も低下すると,アンモニウムが蓄積され,有機栄養微生物による酸素消費レベルも下がる。そうすると硝化菌が増殖し始め,堆肥の中に硝酸が検出されるようになる。この硝酸の検出を,古くから堆肥化完了の目安している。完熟堆肥には,易分解性有機物が少なくなったといえ,まだかなり残っている。有機物が硝化菌に有毒なら,堆肥の山に多数の硝化菌がいるはずがない。

 自然界で硝化菌が生息している場は,堆肥の山,下水汚泥,有機物含量の高い土壌,河川や湖沼の底泥などの,実は有機物が多量に存在している場である。それは,硝化菌の増殖に不可欠なアンモニウムは,自然界では有機物の無機化によって供給されるのが通常だから,硝化菌は,有機物が多く,酸素が良く供給される場に生息している。

 それなのに,なぜ有機物が硝化菌に有毒と考えられたのか。硝化菌が有機栄養細菌と考えられていたこともあるが,それよりも,無機栄養細菌が存在すること自体知られていなかったのである。多くの研究者が有機物を加えた培地で硝化菌の分離を試みたが,生育の遅い硝化菌よりも,一般の有機栄養細菌が先に増殖してしまい,硝化菌の培養そのものに成功しなかった。そうしたなか,フランスのパスツール研究所にいた,当時は新進気鋭の微生物学者だった亡命ロシア貴族のヴィノグラドスキーが,硝化菌が無機栄養細菌であることを見抜き,有機物を一切含まないシリカゲルで固めた培地で,1891年に分離に成功した。ヴィノグラドスキーはその後にいろいろな無機栄養細菌の分離に成功し,名声をえた。偉大なヴィノグラドスキーが無機栄養細菌という新しい概念を出したことから,有機物が硝化菌に有毒だろうとの解釈が生まれたと考えられる。そのうえ,当時は培地の調製過程で,培地成分をすべて混合してオートクレーブ殺菌していた。こうした加熱殺菌を行なうと,メイラード反応(グルコースなどの還元糖とアミノ酸などの窒素が反応して,褐色分子などができる反応)などによって,感受性の高い微生物に有毒な物質が生成される。この高熱殺菌で生じた有毒物質は人工産物なのだが,このことから天然有機物も有毒との誤解を生み出した可能性も考えられる。その後,殺菌方法などを改善して,従来いわれていた有機物が硝化菌に有毒でないことが確認されている。

 (2)硝化菌の増殖には固形物が必要だとの誤解

 自然界に生息する微生物は,固形物があれば,大方は固形物に吸着されて存在する。土壌中の硝化菌もそうである。硝化菌は弱酸性から弱アルカリ性のpH を好む。アンモニウムが交換保持された土壌粒子表面のpHは高いので,酸性土壌の中では硝化菌に適した高pHの微小部位となっている。実際,土壌粒子に交換保持されたアンモニウムが多い土壌で硝化反応の速度が高いことから,硝化菌(アンモニア酸化細菌)は土壌に交換性保持されたアンモニウムを優先利用するという解釈が生まれた。また,昔は土壌から硝化菌を集積培養するさいに,pHを高く維持するために粒子状の炭酸カルシウムを加えて,土壌の希釈液を培養した。その際,硝化菌は炭酸カルシウム表面に付着して増殖した。こうした解釈や観察から,硝化菌の増殖には固形物の存在が必要だという誤解が生まれた。

 1958年にアメリカのAlexanderらが,固形物を一切含まない液体培地で,2群の硝化菌を培養することに成功した。しかも,従来の土壌そのものや土壌懸濁液で硝化菌を培養したときよりも,早い速度で増殖させることができた。このことから,硝化菌の増殖に固形物が必要だという神話は完全に壊された。そして,固形物のない培養液で増殖させた硝化菌の細胞を使って,生化学的研究が急速に進行した。その結果,硝化菌も培養液中に存在する各種の低分子有機化合物を細胞内に取り込んで代謝すること,エネルギー源となるアンモニウムや亜硝酸の存在下で,ある種の有機化合物によって増殖が促進されることなどが確認されている。

 (3)ではどのように理解するのか

 篠原は,2つの誤解をしたものの,結果として有機質肥料を用いた養液栽培に成功した。では養液栽培における硝化菌について,正しくはどのように理解したら良いのか。実は,上記の「●成功のポイント」に書いたことは,篠原の解釈ではなく,硝化菌の正しい理解に基づいて記述してあるので,参照していただきたい。ただし,ここで使用されたカツオ煮汁やコーンスティープリカーといった有機質肥料は,純粋培養の硝化菌を用いてその毒性の有無が確認されているわけではないので,それが証明されたなら,毒性を踏まえた,篠原の解釈が正しいことになる。

●有機質肥料による養液栽培は有機栽培か

 化学資材の化学合成農薬や化学肥料を使わずに,有機物を使って作物を生産すれば,有機農業あるいは有機農産物であると誤解される方があるかもしれない。

 「有機」という表示は,日本では「有機農産物の日本農林規格」に準拠したものにだけ表示が許され,準拠しないものには表示できない。「有機農産物の日本農林規格」では,有機農産物の生産の原則として,栽培する作物やキノコについては,「農業の自然循環機能の維持増進を図るため,化学的に合成された肥料及び農薬の使用を避けることを基本として,土壌の性質に由来する農地の生産力(きのこ類の生産にあっては農林産物に由来する生産力を含む。)を発揮させるとともに,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した栽培管理方法を採用した圃場において生産すること。」を規定している。つまり,生産の原則として,土壌の性質に由来する農地の生産力を発揮させることを定めていることから,水耕栽培やロックウール栽培の農産物は規格に適合しない(「有機農産物及び有機加工食品のJAS規格のQ&A」の問49)。それゆえ,有機質肥料を用いた養液栽培では,根系を伸張させて作物を育てるのに土壌を使用していないので,有機栽培といえない。

●有機質肥料の養液土耕栽培は有機栽培か

 では,作物を土壌に生やして,有機質肥料の養液を灌注する養液土耕栽培は有機栽培といえるのだろうか。養液土耕栽培では,土壌中の有機栄養微生物や硝化菌が有機質肥料を分解して硝酸を生成してくれるので,有機質肥料の養液を灌注しても生育障害は起きない。いろいろな有機質肥料の養液を用いた土耕栽培で,高品質の野菜が安定生産できることが確認されている(中野明正 (2007a) 有機液肥.農業技術体系 土壌施肥編 第7-1巻.p.肥料240-2〜240-8中野明正 (2007b) 有機養液土耕栽培.農業技術体系 野菜編 第12巻 p.養液土耕栽培74-2〜74-13)。

 養液土耕の多くは,灌注した養液がスムースに流れるように孔隙の発達した土壌を必要とするものの,養分供給能の高い土壌を必要としていない。養液土耕栽培は,上述の「有機農産物及び有機加工食品のJAS規格のQ&A」の問49 http://www.maff.go.jp/j/jas/jas_kikaku/pdf/yuuki_0911qa.pdfにある「水耕栽培やロックウール栽培の農産物は規格に適合しない」に準ずると理解される。ただし,問49には,続いて,「ただし,ポット栽培には,認定を受けた自らの圃場において土作りが行われた土壌を活用し,その認定を受けた圃場で栽培するのであれば適用の対象となる。」と記されている。この場合,土壌の物理性だけでなく,堆肥施用などで高めた養分供給能なども活用して,その分の施肥量を控えながら,ポット栽培することが前提になっていると理解される。それゆえ,土作りによって物理性や養分供給能を高めた土壌を用いて,土壌から供給される分の養分を減らして,有機質肥料による養液を灌注する,つまり,土壌からの養分と養液の双方によって,作物の養分を確保するなら,有機栽培と認定できるだろう。しかし,前作への施肥した化学肥料の残りである硝酸などの無機イオンの土壌中の残存量を考慮するだけや,土壌からの養分供給は無視できる量でしかなく,もっぱら養液によって養分を供給するだけなら,農地の生産力を活用しているとはいえず,有機栽培というのは無理であろう。

 中野(2007b)は,いろいろな有機廃棄物を循環利用して調製した養液を用いて,化学肥料を使用しないので,有機質肥料の養液土耕栽培を有機農業として,現在のやり方では,過剰養分が土壌から溶脱しているので,それを減らす,量の配慮が必要だとしている。そして,量の配慮を行なって,垂れ流しによる環境汚染をなくした,「真の有機農業」への転換の必要性を主張している。

 しかし,有機質肥料の養液土耕は,土壌生産力を生産の軸においてはいない。そのうえ,中野が使用しているコーンスティープリカーは,有機農業では使用できない。「有機農産物の日本農林規格」では,食品工場の農産物由来の資材で,化学的処理(有機溶剤による油の抽出を除く)を行なったものは使用できないことが規定されている。コーンスティープリカーは亜硫酸水に浸漬しているので,有機農業では使用できない。

 さらに付け加えるならば,今日では,コーンスティープリカーの原料のトウモロコシは,通常,遺伝子組換え体である。この点について,上述の「有機農産物及び有機加工食品のJAS規格のQ&A」の問96では,遺伝子組換え作物に由来する堆肥の使用について, 2006年度の改訂によって堆肥についても組換えDNA技術の使用が明確に排除されることになった。しかし,現状では植物およびその残さ由来の資材,発酵,乾燥または焼成した排泄物由来の資材,食品および繊維産業からの農畜水産物由来の資材,発酵した食品廃棄物由来の資材のそれぞれについて,遺伝子組換え作物に由来していないことを確認することが現実的には難しい状況にある。このため,これらの資材の活用が困難となることを考慮し,今回の改正では附則において,「当分の間」使用することができるとされている。なお,ここで言う「当分の間」とは,有機農産物のJAS規格の2011年度の定期見直しの改正までの期間を指す,と記述されている。

 それゆえ,遺伝子組換えトウモロコシを原料にしたコーンスティープリカーや,有機飼料でなく,抗生物質,銅,亜鉛,リン酸資材などの化学資材を多投した飼料で飼養した家畜のふん尿からメタンガスを生成した残渣などは,EUのように厳格な有機農業基準では使用できないし,日本でも使用できなくなる方向が出されている。

 有機生産基準を踏まえることなく,化学肥料を使わずに,有機質肥料を使いさえすれば,有機農業だという身勝手な解釈を披瀝されては,混乱が生ずる。

●コーデックス委員会の有機農産物の表示基準

 有機農産物を国際取引するためには,国によって有機農業の生産基準がまちまちでは混乱が生ずる。このため,食品の安全性,品質や表示の国際的ガイドラインがFAO(国連食糧農業機関)とWHO(世界保健機関)の合同委員会であるコーデックス委員会で作られている。コーデックス委員会で了解されたガイドラインが即,法律になるのでなく,ガイドラインを踏まえて,各国が法律を定めることになっている。「有機農産物の日本農林規格」も,コーデックス委員会の「有機農産物の生産・加工・表示・流通に関するガイドライン」(Guidelines for the Production, Processing, Labelling and Marketing of Organically Produced Foods )を踏まえて規定されている。ただし,各国の法律は,細部になると,違いが当然ある。

 コーデックス委員会のガイドラインは,有機農業について次の枠組を定めている。「有機農業は,生物多様性,生物学的循環や土壌の生物活性を含む農業生態系の健全性を促進かつ向上させるトータルな生産管理システムである。有機農業では,地域の条件には地域に適応したシステムが必要であることを考慮し,オフファーム(農場外)の投入資材よりも,トータル的管理的方法の使用を強調する。システム内の機能を満たすために,可能な限り,投入資材を使用せずに,栽培的,生物学的及び機械的な方法を使用して,有機農業を達成する。有機な生産システムは下記をねらいにしている。

 (a) システム全体の生物多様性を高める

 (b) 土壌の生物活性を増強する

 (c) 土壌の肥沃度を長期的に維持する

 (d) 農地へ養分を還元させるために,植物及び家畜起源の廃棄物をリサイクルし,非再生可能資源の使用を最小にする

 (e) ローカル組織化された農業システム内の再生可能資源に依存する

 (f) 土壌,水,大気の健全な使用を助長するとともに,農業行為によって生ずるこれらへの全ての形態の汚染を最小にする

 (g) 全ての段階において生産物の有機としての完全性や重要な品質を維持するために,慎重な加工方法を重視しつつ,農業生産物を流通・加工する

 (h) 転換期間を経て既往の農場に有機農業を確立する。ただし,転換期間の長さは農地の履歴,生産する作物や家畜のタイプのような場固有の要因によって定める

 このように有機農業は土壌生産力を活用するだけでなく,地域環境と隔絶させた施設内で化学資材を使わずに安全な作物を生産するのではなく,物質や生物が地域環境と循環ないし往来しつつ,地域環境と共存しながら,行われる農業であることが必要なのである。

●おわりに

 有機農業は,化学資材を排除すれば良いというだけでなく,土壌や身近な環境と共存しつつ,それらを活用しながら,できるだけ人為的なものを排除しつつ,持続可能な生産を行なおうとする生き方の問題である。その有機農業の規定に適用できないのに,有機農業だと無理な主張をする必要はなかろう。有機農業でなくとも,有機物を循環利用しつつ,農産物と環境の安全性を確保しつつ,持続可能な農業生産を続ける仕方があることを主張すれば良いはずだ。